2018年08月18日

一口話(一)   雁井理香

1.戦前の日本海軍の「連合艦隊」を「聯合艦隊」と書いてあるのをごらんになつた記憶のある方もいらつしやるでせう。たいていの方は「連」が新漢字(略字)で、「聯」が舊漢字(正字)だと思つていらつしやるやうですが、さうではないのです。
 實は、「連」と「聯」は別字です。「連」は「もしくは縦に、まつすぐ一本につながつてゐる」(一次元的)様子を表し、「聯」は「四方八方とのつながりがある」(二次元的)様子を表してゐます。戦前はちやんと使ひ分けてゐたのに、敗戰後當用漢字を定めた際に、區別をやめて、いはば「聯」を「連」に吸収させてしまつたのです。
 「連続」は「連」、「聯合」は「聯」です。「連續」は「一本につながつている」、「聯合」は「四方八方から呼び寄せて一緒になる」といふニュアンスがお分かりになるでせう。因みに、戰前の「國際レン盟」は當時は「國際聯盟」と書いてゐました。「國際レン合」は一九四五年に結成されたときには、「國際聯合」と書いたのに、その後當用漢字で漢字の使用が制限されたために「国際連合」になりました。
 「国際連合」のことを英語ではthe United Nationsと言ひますが、これは戰時中の「連合國(聯合國)」のことです。連合國がそのまま國際連合になつたので、歐米人の意識としては、「連合國」と「國際連合」は同じものなのです。だからこそ、「敵國條項」といふのがあつて、戰時中に連合國に敵對した日本などは、いまだに差別待遇を受けてゐます。
 中國語では、「連合國」も「國際連合」も「聯合國」と呼ぶのが面白い所です。台湾ではこの漢字(正漢字)のままですが、大陸では簡体字を使ひます。
 ただ、「連」も「聯」も發音は同じ(lianリェン)で、聲調(四聲・アクセント)まで同じですから、もともとは同じ單語だつたのかも知れません。
posted by 國語問題協議會 at 14:41| Comment(0) | 雁井理香

2018年08月13日

日本語ウォッチング(4) 會議を持つ 織田多宇人

會議を持つ
「會議を持つ」といふ言ひ方は英語の直譯から來た表現であらう。國語では、會議は「開く」ものである。言葉と言ふものは時代によつて動いて行くものだし、古くは漢文の訓讀によつて特殊な言ひ囘しなども固定した例があるから英語の翻譯によつて變つた表現が作られ、それが新鮮に感じられたりして次第に用ゐられるやうになるのだ、と言へばそれまでのことである。
しかし、素晴らしい翻譯文に會ふと嬉しくなる。米原万里氏の『不実な美女か貞淑な醜女か』にこんな文章があつた。「來年度の日本のGNP成長率は四%前後になります」と言ふ發言に對して、「Oh, it’s too optimistic!」と言ふ反應があつた場合、田中さんは決してこれを「それは、餘りに樂觀的過ぎます」なんてこなれない日本語に置き換へたりせずに、「讀みが甘過ぎませんか」と譯してくれるのだから、舌を卷く。
posted by 國語問題協議會 at 10:01| Comment(0) | 織田多宇人

2018年08月04日

數學における言語(29)  無限思想への旅立ち

 「人生百年時代」などと言はれる昨今ですが、還暦を過ぎて自分の人生も後半に突入し、大袈裟ではなく「命旦夕に迫る」思ひを深くするやうになつて、結局自分はこの人生で一體何を欲し、何を望んできたのかを考へるやうになりました。勿論、若い頃からそんなことはいろいろと考へてきたことではあるのですが、結局最後に殘された切實な關心事とは何か?おそらく私にとり、それは「無限」の問題に盡きる、と言へるのかもしれません。そして「その餘のことはすべて人生の瑣事」といふのがいまの率直な實感です。そんなことを言へば、世間の多くの人にお叱りを受けるかもしれませんが、自分が「數學」を生業にしてきたことも、「數學」そのものをやりたかつたのではなく、子供のころから不思議だつた「無限」を考へるよすがにしたかつたためでもあります。數學の才能に早くから見切りをつけてゐた私は、ときに數學の授業中に吐き捨てるやうに「數學なんかどうでもいいんだ」と語ることもありました。全く恥知らずの所業です。
 數學者のダビッド・ヒルベルト(1862〜1943)は、「無限!ほかの問題で今まで人間精神をこれほど深く動かしたものはない。ほかの觀念で人間の理知をこれほど刺激して結果を生ぜしめたものはない。しかもほかの觀念で無限の概念ほど多大の純化を要するものはない」と語つてゐますが、正に至言といふ他はありません。
 古來、洋の東西を問はず「無限」は多くの人々を魅了してきましたが、漢詩の世界でも「盡きぬ想ひ」を詠んだものが多く見られます。たとへば唐の詩人張説(ちょうえつ)は彼の友梁六(りょうろく)を思つて「聞道神仙不可接/心随湖水共悠悠(聞くならく神仙接すべからず/心は湖水に隨ひて共に悠々たり)」とうたつてゐます。すなはち、左遷された友を俗世の人間には近づき難い「神仙世界」の住人になぞらへ、「大兄への思ひは、この湖水と同様、限り無く盡きない」と述べてゐるわけです。友や戀人、家族、そしてこの大自然への「無限の思ひ」は、多くの人たちの共感するところですが、しかしヒルベルトの語る「無限」、すなはち愚直な數學者たちの考へるそれは、張説の「限り無い思ひ」とは明らかに異なつてゐます。數學者たちの「無限」は、何よりもまづ「嚴密な論理的規定が求められてゐるもの」であり、それは決して單なる「漠漠とした想ひ」ではありませんでした。それが、ヒルベルトの語る「多大の純化」といふ意味です。
 よく私たちは「それは單なる神學論争にすぎない」といふ言ひ方をしますが、しかし私は數學における「無限」の論理的かつ徹底的な純化のためには、アウグスティヌス(354〜430)、ボエテイフス(489?〜524?)、アヴェロエス(1126〜1198)、トマス・アキナス(1225〜1274)、ニコラス・クザーヌス(1401〜1464)に代表されるやうな古代から中世にかけての「神學論争」がどうしても必要だつたと考へてゐます。現代人にとつては、ほとんど徒勞かつ無意味とも感じられる「『無限の神』の存在證明」への熱情こそ、「純化された無限」を生み出したとも言へます。
 「無限の學」ともいふべき「集合論」の創始者でゲオルグ・カントル(1845〜1918)には『超限集合論』といふ著作があります。その日本語譯の譯者の一人である村田全(たもつ)氏はその解説で、「あへて私見を述べるならば、カントルは現代數學の創始者の一人、あるいは單に純粹な數學者といふよりも、中世末期から近世にかけての數學−哲學の歴史の中にしばしば見られる『形而上學的數學者の最後の一人』とよぶはうがよいように思はれる」と述べられてゐます。カントルは、「自然數全體のつくる無限」と「實數全體のつくる無限」とには、その無限の程度に違ひがある、と常人には思ひも及ばぬことを主張し始めた數學者で、そのために重度の躁鬱病になり、ハレ大學の精神病院への入退院を繰り返したと言はれてゐます。それこそ、カントルの主張は一般人には「~學論爭」とも受け取られかねないものですが、彼の‘~學’がこんにちの現代數學の礎になつてゐることは間違ひないことです。私が、中世の「~學的無限論」を考へてみたいゆゑんです。

(30)古代希臘の無限思想(T)
 プラトン後期の對話篇に『ピレポス−快樂について−』(田中美知太郎譯)といふ作品があります。これは、プラトン67歳前後の頃(紀元前360年頃)に書かれたもので、「思慮(知)と快樂のどちらが、究極の『善』たるものの自足性を有してゐるのか」といふ問答の記述です。すなはち、「快樂最善説」を支持するピレポスとそれを擁護するプロタルコス、それを批判する「思慮」派のソクラテスとの、全部で42章からなる對話なのですが、ここで私が問題にしてみたいのは、この對話篇のさうしたメインテーマではなく、この議論の土台となる前半部分にある「一と多についての方法論的な考察」についてです。議論するにあたつて、まづ「議論の方法」について共通了解に達しておかう、といふわけです。
 「一と多」といふ言葉から容易に連想されるかと思ひますが、これはひと言で言へば「有限性と無限性」の問題です。「快樂」について議論するに先立つてこの二つを取り上げてゐるのはなかなか示唆的で、いささか飛躍しますが、このテーマは18世紀のあの悪名高いマルキ・ド・サド、「ジル・ド・レー」を扱つた『彼方』の著者である19世紀のユイスマンス、そして20世紀の『エロティシズム』の哲学者ジョルジュ・バタイユ(彼には『ジル・ド・レ論』がある)たちの根本テーマに通底してゐると私は密かに思つてゐます。若かりし頃、數学の「無限と連續」の問題を考へてゐたとき、數学屋でありながらこの問題はいはゆる“數學”だけには納まりきれないものを内包してゐると強く感じてゐた私は、バタイユの『エロティシズム』を讀んで、「無限と連續」について我が意を得たり、と“腑に落ちた”記憶があります。これについてはいづれこの連載で議論の俎上にのせてみたいと考へてゐますが、いまは深入りしないことにします。
さて、ソクラテスは第12章で「~は存在の一部を無限として示し、他を限(もしくは限度)として示した」と述べてゐますが、彼は「無限」をどのやうに考へてゐたのでせうか。同じ12章には「終結の生ずるのを許さない」とか「一定量であることを許さない」とか「いつも前進してゐて止まることなく」といつた言葉があり、そして「およそもつと多くもなれば、もつと少なくもなるとわれわれの目に明らかに見えるもの」が無限性であると結論してゐます。
さらに、この世界の存在(在るもの)を4つに部類分けして、第一類が「無限性」、第二類が「限度(有限性)」、第三類が「無限性と有限性の二つから混合され、生成させられた存在」、そして第四類が「この昆合と生成の原因となるもの」としてゐます。
ソクラテスが言ふ第一類の「無限性」とは、「ぺラス(終り、限定、限界)」の否定である「アペイロン」の意味で、これはむしろ「無限」と言ふよりは「無限定」といふ言葉を用ゐいた方が分かり易いかもしれません。“無限”と言へば、高校の數学の授業で“無限數列”とか“無限級數”といつた言葉を習つたことがあるために、私たちはそこから連想される“近代的な極限としての無限概念”を想起しがちですが、翻譯で用ゐられてゐる「無限性」とは「無限定性あるいは非限定性」と理解しておくべきです。とは言へ、ソクラテスは「いつも前進してゐて止まることなく」といふ言ひ方もしてゐて、ここには自然數の「無限進行」のやうな意味合ひも含まれてゐると言へなくもありません。これはアリストテレスの「可能無限、潜在無限」に通じるもので、彼の『自然學』第3巻の第6章には「一般に無限なるものは、その或る一つに繼いで他の一つがと絶えず相繼いでとられてゆく仕方で、ただし、とられてゆくその一つ一つは常に限られてゐるが、しかもその一つは常に他と異なつてゐるといふやうな仕方で、存在する」(出隆・岩崎充胤訳)とあります。
 アリストテレスが、ソクラテス、プラトンの「無限論」を緻密化して“無限”を「可能無限」と「現實無限」に分類したことはよく知られてゐますが、いまはこの問題は後回しにして、次回も『ピレポス』の“無限論”について考へていきます。    (河田直樹・かはたなほき)

posted by 國語問題協議會 at 17:48| Comment(0) | 河田直樹