2016年09月26日

書きことば、話しことば、息づかひ  原山建郎(はらやま たつらう) 書きことば、話しことば、息づかひ  原山建郎(はらやま たつらう) 書きことば、話しことば、息づかひ  原山建郎(はらやま たつらう)

コミュニケーション論で配布する文献資料のいくつかは、著者の「伝へたい」思ひ、つまり「文の息づかひ」が「伝はる」やうに、その「さはり」を原文のまま引き写す(著作権の教育的利用)。である調・ですます調の「書きことば」、対談・聞き書きの「話しことば」たち、読み手をぐいぐい引き込む力が「伝はつて」くる。
野の花診療所所長の徳永進さんは、岩下看護婦さんと「カルテ」、無言のせりふ「……」で、それぞれの「想ひ」を語る。

☆「書きことば」(せりふ入り)
【「先生、あれはね、昭和二十八年頃でした。そう、確かにそう。……」
岩下看護婦さんは、机の上に並んでゐるカルテを手に取つた。
「すみちゃんていう小学五年生の可愛い子が入院してたんです。……」
岩下看護婦さんは、カルテを抱き締めるやうにして話し続けた。
「あれは、そう、真つ青な空が広がる三月でした。……」
岩下看護婦さんはカルテを強く抱きしめた。
「それからお昼になつて、みんなが部屋に戻つたんです。帰つたそのとき、……。」
カルテを抱いたまま、岩下看護婦さんは、動かなかつた。(『カルテの向こうに』257ぺーじ)

★「書きことば」(せりふ入り)
【「頭、痛い?」「……」「熱、出た?」「……」「けいれんですか?」「ハイ」
抗けいれん薬を打つとすぐにおさまつた、てな具合。
別の日、ナースが「様子が変」と駆けつけた。「寒いですか?」「……」「けいれんですか?」「……」「便ですか?」「ハイ」。摘便でドつサリ、てな具合。】
(『野の花ホスピスだより』27ページ)

硬派の「文明・文化論」で知られる内田樹さんの著書は、ブログを編集したものが多い。「である調」で書かれたブログが、著書の書きことばでは「ですます調」になつている。
☆書きことば(ですます調)
【マスメディアの凋落の最大の原因は、僕はインターネつトよりもむしろマスメディア自身の、マスメディアにかかわつている人たちの、端的に言えばジャーナリストの力が落ちたことにあるんじゃないかと思つています。】(『街場のメディア論』38ページ)

★書きことば(である調)
【自然災害であれ、人間が発する邪悪な思念であれ、それが私たちの生物としての存在を脅かすものであれば、私たちはそれを無意識のうちに感知し、無意識のうちに回避する。】
(「内田樹の研究室」二〇一二/六/一八)

また、「からだとことば」の関係性を平明に説く、演出家の竹内敏晴さんの話しことば(対談)、書きことばは、ともに長めのセンテンスだが、句読点の息づかひ、独特のリズム感が伝はつてくる。

☆話しことば(対談)
【わたしにとつてのことばつていうのは、そういうふうにまず第一に、ほんとうに人が人に働きかけられるかという、一つの、なんて言うのかな、証しであつて、こういう話をしてしまえば、結論っていうか、はっきりするわけだけれども、わたしにとっては、ことばっていうのは文章ではなくて、まず第一に話しことばなわけです。】
(『教師のためのからだとことば考』、190ページ)

★書きことば(である調)
【意思としては話しかけよう、目当ての人とつながろう、としているのだろうが、からだは行かないで、とひきとめている。これでは声は前へ行けないな。まず手を解き放ち、相手の方へ「手を出し」「足を出し」て、からだ全体が動き始めなくては、声が届くはずがない。】
(『「からだ」と「ことば」のレつスン』33ページ)
(武蔵野大学非常勤講師 『出版ニュース』誌のコラム Book Therapy no.7

posted by 國語問題協議會 at 13:52| Comment(0) | 原山建郎

2016年09月19日

數學における言葉(4) ニーチェ・ソクラテス・リーマン (河田直樹・かはたなほき)

 學問あるいは哲學とは、世界の根源を“論理的”に考へてみることだ、と前囘申し上げましたが、では“論理的に考へる”の、その“論理”とはいかなるものなのか、この問ひに關聯してすぐに思ひ出されるのが、プラトンの初期の對話篇『エウテュプロン』で展開されるソクラテス(470〜399B.C)の“論理”です。ソクラテスと言へば、學校の授業で「善やコを探究した立派な哲學者」といふお決まりのイメージを與へられますが、端的に言へばソクラテスは徹頭徹尾“論理の人”でした。
奇妙な話ですが、私がソクラテスの人物像を具體的に思ひ描くことができるやうになつたのは、プラトンの著作物によつてではなく、ニーチェ(1844〜1900)の處女作『悲劇の誕生』のお陰です。この本では、ソクラテスは「非ディオニュソス的」人物としていささか戲畫的に描かれてゐますが、ずばり言つてしまへば『悲劇の誕生』の11章から17章まではニーチェの「反ソクラテス論」です。
ニーチェはこの作品で、ソクラテスを「論理的天性が一種の異常發育によつて過度に發達」した人物であると記し、「なんの拘束もなく奔流のやうに論理的衝動が發揮されるさまは、一種の自然の威力にも似てゐた」と述べてゐます。また「ソクラテスは理論的樂天主義者の原像である。理論的樂天主義者とは、事物の本性を究明できるといふ信念から、知識と認識に萬能薬の力を認め、誤謬こそ惡そのものであると解する人間のことである」とも語つてゐます。ソクラテスへの上述のやうな言及を、私はいささかヒステリック過ぎるのではないかと感じてゐますが、ニーチェは1864年に書いた「生ひ立ちの記」の中で「プフォルタ高等學校(ギムナジウム)へ轉校した」頃のことを囘想して、學校で習ふことは何にでも興味を覺えたが「しかし數學だけは別で、數學といふのは餘りに 理詰めの學問で私には退屈すぎる」と語つてゐます。宜なるかな、ソクラテスを論理の權化として、自分の敵對者と思ひなす萌芽が、すでに感じられる物言ひです。
 ところで、『悲劇の誕生』が希臘人の藝術世界の根底にある「アポロン的夢幻」と「ディオニュソス的陶醉」の分析からはじめられることはよく知られてゐますが、ニーチェは「藝術の發展といふものは、アポロン的なものとディオニュソス的なものといふ二重性に結びついてゐる」と述べてゐます。實は、これは「數學の發展」についても言へることで、唐突で牽強付會の印象を持たれる方もいらつしゃるかもしれませんが、ニーチェのこの言葉で私がいつも想起するのが、數學上の有名な未解決問題である「リーマン假説(The Riemann Hypothesis)」です。この假説を一言で述べれば、素數の混沌たる「ディオニュソス的」宇宙が、實は秩序正しい「アポロン的」論理に支配されてゐるにちがいない、といふ驚くべき豫想です。
 「素數」とは、2、3、5、7、11のやうな、1と自分自身以外の約數を持たないいわば“數の原子”ですが、1、2、3、4、5、6、7・・・といふ自然數の世界で、素數は何の秩序も規則性もなく分布してゐると長い間信じられてゐました。實際、これは素數を具體的に書き竝べてみれば多くの人が納得する事實で、いはば「ディオニュソス的」宇宙といふほかはありません。ところが、ニーチェとほぼ同時代の數學者リーマン(1826〜1866)は、この素數の「ディオニュソス的」世界に、はじめて「アポロン的」な調和と秩序があるのでは、と豫想したのです。
ときどき、數學とはどんな學問か?と訊かれることがありますが、私は、この世界のディオニュソス的混沌に對峙しながら、“論理”によつてそこにアポロン的秩序と構造を見出す學問だ、と答へることにしてゐます。これは何も數學に限つたことではありませんが、この世界の根源を“論理的”に考へ、認識するとは、ともかくさういふことなのでせう。そして、そこにはまた、最終的に、あのプラトン的なイデア世界への信仰と思慕とがひそんでゐた、と言ふべきなのです。        (河田直樹)




posted by 國語問題協議會 at 10:59| Comment(0) | 河田直樹

2016年09月10日

きゃりこの戀(30) 立春と正月  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 變な歌、教はつたよ。
 年のうちに春は來にけり一年(ひととせ)を去年(こぞ)とやいはむ今年とやいはむ
オスカー:
 これは在原元方(もとかた)の歌です。在原業平の孫。
 年内に春が來てしまつた。これから元日までの殘りを、去年と言はうか、今年と言はうか、と迷つてゐる歌です。正岡子規が、「こんな當り前のことを歌にして何になるんだ」と散々馬鹿にしてゐます。
きゃりこ:
 「春が來た」つて、どういふ意味。暖かくなつたといふこと?
オスカー:
 立春が來たといふことです。
きゃりこ:
 立春つて、春になるといふことだとは知つてゐるけど、なんか決りがあるの?
オスカー:
 これは二十四節氣(にじふしせつき)の一つです。二十四節氣つて、啓蟄とか、春分とか。
きゃりこ:
 そもそも、二十四節氣の一番最初は何なの? どうやつて決めるの?
オスカー:
 立春が最初と言つてもいいでせう。冬至と春分の真ン中の日と決つてゐます。そして、冬至は一年で一番日照時間の少ない日、春分は昼と夜の長さが同じ日ですから、正確に数字で決めることができます。
きゃりこ:
 昔の日本人つて、アバウトなのかと思つてゐたら、案外細かいんだね。
オスカー:
 旧暦(太陰暦)の数学的正確さといふのは、驚くべきものがあります。そして、立春に一番近い新月(朔)の日が元日と決つてゐるのです。
きゃりこ:
 ぢやあ、「年内に春が來た」といふのは、正月の前(十二月中)に立春が來たといふことなのね。この歌の感じからすると、それは珍しい現象なんでせうね。ふつうは、立春は一月なのかな。
オスカー:
 正岡子規の批判とは別に、この歌の罪はさういふ誤解を後世に殘したことです。
 数学的にじつくり考へてみてね。
 立春に一番近い新月の日が元日です。そして、二十四節氣は月の満ち缺けとは無関係なのですから、年内に立春が來る確率はすぐに計算できるぢやないですか。
きゃりこ:
 数学、よく分からないんだけど、直感的には、五分五分になりさうな氣がする。
オスカー:
 さうなんですよ。立春と月の満ち缺けは、無関係に決るのですから、一番近い新月が立春の前に來るか後に來るかは、向ふから來る車のナンバーが偶数か奇数かといふのと同じです。確率は50%。
 この歌は、別に、「今年は珍しく春が年内に來た」と言つてゐるのではなく、單に、「別に珍しくもないが、今年は立春が年内になつた」といふだけの話。だから、後世に誤解を与へたとは言つても、元方の罪といふのは酷なんですけどね。
posted by 國語問題協議會 at 10:33| Comment(0) | 雁井理香