2016年08月22日

ブックセラピー(1) 胎内進化のつづき、母語、ひらがな。     原山建カ


NHKの番組、クローズアップ現代(平成二十五年六月一一日)で「オノマトペ」特集が放送された。同番組では、コンビニ商品の「おいしいを感じる言葉」ランキングで、説明調の「コシ(腰)のある」「舌触りのよい」に代はり、短く直感的に伝はる「もちもち」「もつちり」など、オノマトペ(擬音語、擬声語、擬態語)たちが急上昇し、商品の売上が五倍も伸びてゐることが紹介されてゐた。
これまで「幼児ことば」、「舌つ足らず」と揶揄され、軽視されてきたオノマトペのマーケティング手法による復権だが、注目すべきは、これらがすべて「ひらがな(カタカナ)」で表記されてゐることである。

上古代の日本人は、中国の漢字が朝鮮半島を経由して伝はる五世紀まで、文字をもたななかつた。いや、書かれた文字よりも、豊かなオノマトペによつて彩られた「口承文化」が美しいことばを紡いでゐた。それが「やまとことば」と呼ばれる原日本語(和語)である。
最古の歌集である万葉集には、漢字の音を借りて表記された万葉仮名が登場する。「やまとことば(万葉仮名)」はその後の千三百年あまりを「変体仮名(江戸かな)」として生きつづけ、明治三十三年、一字一音の「ひらがな」に統一されたあとも、なほ日本人の心性をあらはすことばとして輝いてゐる。
よく、「(ものの)あはれ」の『源氏物語』、「をかし」の『枕草子』といふが、これを漢字で書いたら、哀れ(憐れ)で可笑しなことになつてしまふ。

ここ半年ほど、「ひらがなのちから」を研究してゐるが、先日、風の谷保育園(川副孝夫園長)で、保護者対象の「ひらがな育児」講座と、その前日に保育スタッフ対象の「ひらがな保育」研修を行ふ機会があつた。
前日に研修を行つたのは、講座を受講する保護者を上回るレベルでの予習であり、当日は講座に出られない託児担当のスタッフも参加してもらふ、そして何よりも、「ひらがなのちから(育児・保育)」を保護者と保育者が共感・共有しながら、子どもたちの「楽しいからだ」「うれしいからだ」を育ててほしいと思つたからである。

「ひらがな育児」講座では、「胎内進化」と「母語」といふ二つのキーワードを用ゐた。
「胎内進化」とは、受胎から出産まで約二八〇日の妊娠期間に、ヒトの胎児は母胎といふ「いのちの揺り籠」のなかで、生命誕生三十五億年の進化の過程を〈魚類・両生類・爬虫類・哺乳類・ヒト〉といふ系統発生の順序で体験することをいふ。
とくに受胎後三十二〜三十八日目には、海中でエラ呼吸してゐた魚類が陸上で肺呼吸する両生類に進化する過程での胎児の苦労を、母親は「つはり」といふかたちで体験を共有する。
さらに、ヒトは未熟児で生まれ、約二歳の幼児までは「胎内進化」のつづきであるといふことを紹介した。
ある母親は「つはりはいやなものと思つてゐたが、お腹の子も苦労してゐると考へて、いつしよに頑張らうと思つた」と述懐した。〇歳児を担当する保育士は「小さな赤ん坊を預かつてゐるといふ意識から、まだ胎内進化のつづきだといふ認識に変はつた」と語つてくれた。

「母語」とは、幼少期から自然に習得することば、つまり人生の最初に出会ふことば。たとへば、妊婦が心から「ありがたう」と言うと、「ありがたう」の音声の母胎振動と、母胎の満ち足りた気持ちのバイタルサイン(呼吸や脈拍の回数や強弱の変化、母胎に送り込まれる血液などの変化)を、胎児は文字どほり全身で感じとる。
母親の「ありがたう」といふ発音体感は母胎共鳴を介して、漢字の「有難う」ではなく、ひらがなの「ありがたう」として胎児に届く。 以上

『出版ニュース』誌のコラム「Book Therapy」no.20(2013年8月)
<文字遣ひは歴史的假名遣に直し、漢字は雜誌揭載(新字體)のままとしてゐます>

posted by 國語問題協議會 at 10:34| Comment(0) | 原山建郎

2016年08月16日

數學における言葉(3) ソクラテス以前の哲学者 河田直樹

 哲学思想史家のブライアン・マギーは、その著『知の歴史(The story of philosophy)』(中川純男監修・BL出版)の冒頭「ソクラテス以前の哲学者たち・論理的な思考のはじまり」で次のやうに述べてゐます。

 最初に登場した哲学者たちは、ふたつの点で過去と決別しました。まづひとつは、宗教や権威や伝統とは関係のない、みづからの論理で現実を理解しようとしたこと、これは人類の精神史において画期的な試みでした。そしてもう一つは、他の人びとにも自分の力で考へるやうに説いたことです。たとへ弟子の立場にあつても、師の教へをそのまま受け入れる必要はないといふのです。彼らは、知識を純粋かつ不動なものとして弟子に押しつけず、議論や討論を奨励し、自分自身の考へを堂々と述べるのがよいと教へた最初の教師でした。

 この精神の最初の体現者はミレトス派のタレス(624?〜546?B.C.)と言はれてゐますが、人間生活において「宗教や権威や伝統」を一概に否定、無視してよいかどうかはもちろん疑問で、「言葉が過去からやつてくる」とすれば、それらは当然尊重されてしかるべきでせう。上で引用したやうな言葉を言質にとつて、何に対してもすぐに「アンチ」を唱へ、権威や伝統に抗ふことが恰も生者の特権のやうに思ひなす人たちもいますが、論理的思考と根源的自己批判を欠いたその種の振る舞ひは、醜いというほかはありません。これはこれで、近現代人の問題として考へてみたいテーマですが、いまは措いておくことにします。
 上で語られてゐる「教師の言ふことを鵜呑みにしないで自分自身で論理的に考へてみよ」といふ教えは、確かに「人類の精神史において画期的な試み」だつたといふべきです。そして、この精神が最も生き生きとした形で動き出すのが、実は「数学」の世界と言つてもよいのです。数学の言葉は、常に論理といふ厳しい自己批判に曝されてゐて、原則として思考の誤謬や混乱は必ず自分自身に鋭く跳ね返つてきます。
 スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセつト(1883〜1955)は、『個人と社会』の第2章で「2たす2が4と繰り返すことができるが、それは人がさういふのを何度も聞いたからにほかならない。しかしほんたうに『2たす2が4であつて、3でもなければ5でもない』と自分で考へること――つまりそれが真実であることの確証を得ること――それは、私が、私ひとりが自分のためにしなければならないことである」と述べてゐます。まさに数学における論理思考は、最終的にはオルテガが述べるやうな孤独な形で行はれるほかはありません。論理的に考へていくことは、ある意味では「超越者とのごまかしの許されない対話」とも言ふべきで、きはめて孤独な作業です。
 ところでタレスは、こんにちでも私たちが中学の幾何で学ぶ「対頂角は等しい、円の直径に立つ円周角は直角である(前回触れた図を参照のこと)」といつた命題を“証明”し、紀元前585年の日食を予言、さらに大変優秀な土木技術者であり、ピラミつドの高さを測つてアマシス王を驚かせたなど、様々なエピソードが残されてゐます。
しかし、タレスを最も悩ました問題は「万物は何でできてゐるのか、物事の根本、世界の根源とは何か」といふものでした。かうした問ひを「神話」からではなく現実に即して“論理的”に考へてみること、これこそはタレスの「画期的な試み」であり、そしてこの問ひに寄り添ふやうに“論証としての数学”が誕生してきました。学問、あるいは哲学(=智への希求、あるいはエロース)とは、要するに世界の根源を“論理的”に考へてみる(思ふ、想ふではない)ことであり、不謹慎なことを言へばこれほど面白いことはありません。なぜなら、世界が存在すること、自分がいまここに在ることは、誰にとつても驚き(thaumazein)だからです。次回はこの問題と数学について少し考へてみたいと思ひます。
                   (河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 13:02| Comment(0) | 河田直樹

2016年08月12日

法・法華経---鳥の鳴き聲に文法 中谷信男

動物行動學者の岡ノ谷一夫氏は、動物の鳴き聲を研究してゐるうちに、そこに文法のあることに氣づき、言語の發生のメカニズムが歌からであることに想到しました。異論や反論もありますが、一方で異をとなへる人にもかなり魅力的な觀察結果なやうです。十姉妹を調べてゐるうちに、雄は求愛の歌を囀るが、自分獨自の複雜な歌をうたへる雄ほど雌を惹きつけることがわかつてきました。そのやうな雄になる雛は、親も含め複數の雄の歌を聞いてそれを手本とし、そこにあるチャンク(肉などの塊、ここでは「音の塊」)を聞き分け、それを「切り貼り」して自分の歌にすることが證據だてられました。その切り貼りに文法があるといふのです。
ことばに關係する他の多くの動物實驗例は岡ノ谷先生の本を讀まれればよいと思ひますが、話はこのあたりから人間に及び、人の祖先は活溌に歌をうたふ靈長類だつたのではないかと類推されます。赤ん坊は泣き聲をつかつて親を操り、その反應の場面と聲とから共通部分が切出され、つまりチャンク化され、そこに意味がつき、單語が生れた。何百世代もかけてこの過程が繰返され、そして私たちの「ことば」が生れたとの推論です。
この説の當否は別とし、筆者が特に興味を惹かれたのがこのチャンク、一種の文節の聞き分け、とらへ方であり、そこに文法が發生するとする意見です。
「文節」といふことばは、國語學者の橋本進吉博士が昭和になつて使ひ出した(『國語法研究』)單位で、瑞西の言語學者ソシュールの影響を受けながらも獨自の考へから導入し、日本化した用語だと思はれます。そしてこの文節とは、「意味や發音の上で不自然な言ひ方にならないやうに、出來るだけ小さく切つた一區切の言葉」(大野晉)のことです。「不自然にならないやうに切る」つまり「自然に切れる」とするやうな定義は、論理とはなりえません。このやうな形式主義的な區切りを基本に据ゑた文法が今に至るまで學校で教へる國文法となつてゐることはまことに不幸なことです。
「文章」を成り立たせる「文」には構造があつて、それが文節・チャンクを必要としてゐます。そのチャンクをどうとらへるのか。既に金田一春彦氏が『日本語』の中で次のやうに言つてゐます。
單語の切り方が學者によつてずいぶんまちまちだ。たとへば「行かせたから」といふ語句をとると、
松下大三郎博士の文法では全體を長い一語とする。山田孝雄博士の文法では、行カセタ+カラと切り二
語とする。時枝誠記博士の文法では、行カセ+タ+カラと切り、文部省文法では、――これは大槻(文
彦)文法であるが、ここでは、行カセ+タ+カラと切る。
誰もが文法は大切だと主張しながら、博士によつて國文法の基礎に据ゑられるべき文節がこれほどに違ふのです。このことは言語學者である町田健氏も前々から具體的に指摘してゐますが、さうではあつても、橋本文法を越える新規の國文法體系が學校で使はれてゐるとは聞いてゐません。
筆者とてとても體系化はできないとわかつてゐますが、基本的な考へ方は次の通りです。
「文は、体(體)相用の語の塊から構成される」
(語の塊はチャンクのことで、「〜句」にあたります)
とするものです。この「体相用」といふのは、古代印度人の思辨から出てきたことで、佛教用語になつてゐますが、古代ギリシャでもカテゴリーとしてこのやうな存在を分類してゐます。
《体》は本体・實體・質量、
《相》は形・状態・形相、
《用》は作用・目的
と譯せるもので、思ひ返せば今の文法で品詞名に「体言」とか「用言」と命名したのはこの考へから來てゐることは間違ひありません。「文型」もここから生れます。
更に反芻すれば、江戸時代中期の國學者富士谷成章がかなり近代的な文法を發想をしてゐます。個人の記憶による言語と、その個人の社會に共通な單語や文法があるとするあたり、ソシュールの提案した概念、パロールとラングの先驅とさへ言へさうです。萬葉集、古今集などを通時的に觀察し、共時的分析もあつて、「天地(あめつち)の言靈は理(ことわり)を持ちて靜かに立てり」といふあたり、前代の僧契沖と似た基本姿勢です。本居宣長や上田秋成と同時代人で、その著書『あゆひ抄』のある版では與謝蕪村が序文を書いてゐるさうです。
冒頭の「大旨 上」に「名をもて物をことわり、裝をもて事を定め、插頭・脚結をもて言葉を助く」とあります。
《名》は名詞・名稱のことであり、
《裝》(よそひ)は用言、
《插頭》(かざし)は、「代名詞・副詞・接續詞・感動詞・接頭語」に當り、
《脚結》(あゆひ)は、「助動詞・助詞・接尾語」にあたるとされてゐます。
和歌のための文法を目指してゐましたので、脚結が獨立してをり、その中で和歌では省かれやすい[に][を][は]を付けて理解しろとあります。チャンクとして必要であることを意識はしてゐたやうで、この脚結を除けば、「体・相・用」のチャンクとなつてゐます。
何より用語の命名が和語そのものであることがみごとです。「裝」は整つた衣裳、「插頭」は髮や冠に插した飾り、「脚結」は袴の上から膝下に紐で結んだ飾りで、論理的な概念に、情緒的なイメイジ語をあててゐるのです。
我々人間は、鳥の鳴き聲に人間竝の意味をみつけようとします。杜鵑(ほととぎす)の何か訴へるやうな甲高い聲を昔の人は「てつぺんかけたか」と聞き取り、現代では口眞似で「東京特許許可局」と表現します。人間なりに意識的にチャンクを見つけ、意味を付與するのです。その好例が鶯ではないでせうか。「法・法華經」の最初の「法」は息を吸ひながらの音ださうで、後の「法華經」で息を吐きます。いづれにせよ、鳥は鳥で鳴き聲のチャンクを意識的に見つけ、意味を付與して自分のものにします。自然に切れ目がわかるわけではない所が言語の言語たる所以です。

posted by 國語問題協議會 at 15:51| Comment(0) | 中谷信男