2019年02月16日

日本語ウォッチング(12)  織田多宇人

口を濁(にご)す
「彼は口を濁(にご)した」と言ふ表現を耳にすることがあるが、正しくは「言葉を濁(にご)す」だろう。口には比喩的な成句が澤山ある。例へば、「口が重い」は口數が少いこと、その反對が「口が輕い」であり、「口が酸(す)くなる」は何度も同じことを言ふこと、「口に合ふ」は好みの味と一致すること、「口を合せる」は接吻することではなく二人の言ふことを一致させること、「口を尖(とが)らす」は不滿さうな顔附をすること、「口を糊する」はやっと暮しをたてること、「口を割る」は白状すること等など。しかし「口を濁(にご)す」はない。それは「言葉を濁(にご)す」といふ言ひ方が別にあるからだ。文化廳が發表した平成17年度「國語に關する世論調査」では、本來の言ひ方とされる「言葉を濁(にご)す」を使ふ人が66.9パーセント、本來の言ひ方ではない「口を濁(にご)す」を使ふ人が27.6パーセントといふ結果が出てをり、正しい使ひ方をする人の方が多い。
因みに「口」と「言葉」、どちらも使へる慣用句もある。「口(言葉)を愼む」、「口(言葉)が過ぎる」等が、その代表例。そのため、「口を濁(にご)す」も「言葉を濁(にご)す」と同じ意味で使へると認めてゐる辞書もあるが、「言葉を濁(にご)す」が正統であることは變らない。
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2019年02月08日

數學における言語(41)(42) 河田直樹

射影幾何學と無限遠点(U)(41)
 前回は『ART & GEOMETRY A Study In Space Intuitions』といふ本を取り上げて、古代希臘の“造形藝術とユークリッド幾何の平行線”の關係性について考えてみましたが、希臘文化においては「藝術と哲學」はある意味では「水と油」でした。ブルクハルトも「哲學と藝術のあひだは、それこそ眞の意味で敵對關係にあった」(『文化史』第6章第3節)と述べてゐます。プラトンが彼の理想國家において、藝術を無用なものとして排除したのは有名な話です。また、アリストテレスは「『觀相學』や『詩學』、音樂についての多くの文章を殘したにもかかはらず、造形藝術には全く言及せずに沈黙」してゐます。
 ご承知のやうに、希臘藝術は「現前する可視的な調和と均衡美の體現」を徹底的に志向しますが、その一方で希臘哲學はソクラテスに代表されるやうに「論理的な言論によつて見えざる魂」を探究しました。言ふまでもなく「見えざる魂(=無限定なもの)」など、「完璧な調和と均衡美(=限定されたもの)」の前にあつては、はじめから敗北すべき運命(それを深く自覚するのが魂の倫理といふものである)を負つたものであり、希臘藝術にとつては唾棄すべきものでした。ブルクハルトはソクラテスを「外見と内面との極端に大きなコントラストによつて人目を惹きながら、友人たちの義捐によつて貧しく、かつ、つつましく生活しつつ、朝から晩までありとあらゆる場所で、ありとあらゆる事柄について問答をやつたのである」(『文化史』第8章第4節)と述べてゐますが、「外見と内面とのコントラスト(不調和、不均衡)」こそ、希臘藝術のもつとも忌避する無限定の姿であり、さうであれば、異形の奇人ソクラテスがアテナイ市民から、若者を誑かす者として忌み嫌われたのは當然でした。アリストパネスの『雲』のソクラテスは、その戯画に他なりません。
數學を「哲學」と規定してよいかどうかは疑問ですが、この「水と油」が、“無限”を介して「平行線の公理」に同居してゐた、といふことに、私は非常に興味深いものを感じます。なぜなら、この“水と油”の同居こそが「射影幾何」を生み、「非ユークリッド幾何」を創出せしめたからです。それは、ある意味では、敗北すべき「見えざる魂」のぎりぎりの地点における「完璧な調和と均衡美(筋肉触感)」に對する復讐であつたと見ることもできないわけではありません。『ART & GEOMETRY A Study In Space Intuitions』の第4章から最終章(10章)までは、プロティノス(204〜270)、ボエティウス(480〜524)、クザーヌス(1401〜1464)などにも言及しながら、「反‐筋肉触感」から生まれる透視画法や射影幾何が成立していく“復讐劇”を活寫してゐます。それはちやうど、希臘哲學が東方文化(MohammedanやByzantine)と出會ひ、ヘレニズム文化の洗禮をうけてやがて宗教色の強い中世哲學に至る時期と重なり、vanishing pointがGodに擬せられていく過程とも呼應してゐるやうに感じられます。実際、ソクラテスから始まる「精神の遠近法」の復讐劇は、キリストやプロティノスやアウグスティヌスによつて成功裡のうちに終つたやうにも思はれます。希臘の「觸覺文化」の後繼者であるローマ帝國は、「ミラノの勅令(313年)」によつてキリスト教を公認し、さらに392年にはつひに自國の「國教」としたのでした。
 それからおよそ1500年後、ソクラテスやキリストを敵視してゐた、これまた一人の奇人が「神は死んだ」と叫ぶことになります。新教徒の聖職者の家に生まれ、古代希臘の文獻學者がなぜこのやうに絶叫したのか。彼は『この人を見よ』(阿部六郎譯)で「生命に對して復讐をたくらむ者、それこそ不吉な、根本のところ不治な非人どもだ・・・私はさういふものの反對物であるつもりだ」と書き遺してゐます。「生命に對して復讐をたくらむもの」とは、「有限(肉、形式)」に對して反旗を翻した「無限(=魂、内容)」とみることもできますが、私はむしろそこに近代人の分を辨へぬ「魂(無限)」と「觸覺」との野合を見る思ひがします。魂は、現世ではそれ自體の存在證明は絶對に不可能であり、それは「祈り」といふ「形」をとる他はありません。


魂・無限と肉・有限(T)(42)
 2回に亘つて、「有限」に対して反旗を翻した「無限」という視点から、射影幾何を考へ、さらにこれに託けて「肉」と「魂」の問題にも言及しましたが、これから2回は“幕間”といふことで、この問題についていま少し論じてみたいと思ひます。
 「魂(=無限、内容)」と「肉(=有限、形式)」の問題は、私も若い頃から随分と考へてきたテーマでした。その問題とは、ひと言で言へば「なぜ、魂(心、霊、精神)は魂自身によつて自己證明できないのか、なぜそれは常に現世的な形を通してしか、その存在證明が不可能なのか」といふ問ひです。簡單に言へば、人の誠意(眞心)は、それ自身について百萬言を費やしても、つひには他人(自分にも?)には傳はらないものです。それゆゑ、昔から日本人は我が身の潔白や誠意を證明するために「己が魂を見せる(可視化する)」儀式として、“ハラキリ”といふ行爲を行つてきました。勿論、切腹はそれだけの理由からではありませんが、これに關聯して思ひ出すのが上田秋成の「菊花(きくくは)の約(ちぎり)」です。
 「菊花の約」は有名な話で、この小話について讀者の方に説明するのは釋迦に説法ですが、要するにこれは丈部(はせべ)左門と赤(あか)穴(な)宗右衛門との友情物語で、陰暦9月9日の重陽の節句に再會を約しながら、その約束を守ることが不可能と知つた赤穴が、自刃してその「魂」だけを丈部の所に届けるといふお話です。亡霊となつて、丈部を訪ふ赤穴は「吾は陽(うつ)世(せみ)の人にあらず、きたなき霊(たま)のかりに形を見えつるなり」と語り、さらに次のやうに話します。
   「人一日に千(ち)里をゆくことあたはず。魂(たま)よく一日に千里をもゆく」と。此のことわりを思ひ出て、みずから刃(やいば)に伏(ふし)、今(こよ)夜(ひ)陰風(かぜ)に乗(のり)てはるばる来り菊花の約(ちかひ)に赴(つく)。
 私のやうな數學屋にとつて、「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」といふ理屈は、即ち「有限と無限、肉と魂」の問題であり、「菊花の約」は魂の自己證明、存在證明の逸話にほかなりません。すべての手段を奪はれ、すべての肉を削ぎ落とされた赤剥けした「無限」の魂は、現實に“挫折”し、現世(肉)に“敗北”することによつてのみその「まこと」を證明できるといふわけです。もつとも“挫折”だの“敗北”だのと表現するのは、いささか感傷的かつ浪漫的過ぎる言ひ方だと私は感じてゐますが、一般的な現代人にとつてはやはりそのやうに感じられると言ふほかはないのでせう。
ともあれ、イエス・キリストはその“敗北者”の典型でしたが、「ぼくはひたすら快樂のためにのみ生きてきたものだ」と『獄中記』(福田恒存訳)で語るワイルドは、しかし同じ『獄中記』で「クリストの場所は、まさに詩人とともにあるべきだ」と述べて、次のやうに記してゐます。
  クリストがつねに探し求めてゐるものは人間の魂なのだ。「神の國」と呼んで、かれはそれをすべてのひとのなかに見いだしてゐる。ささやかなるもの、ちいさき種(たね)、ひと握りのパンだね、一粒の眞珠になぞらへてゐる。よかれあしかれ、あらゆる種類の情念、あらゆる後天的な教養、あらゆる外觀的な財産を捨て去つてはじめて、ひとはみずからの魂をそれと實感するからなのだ。
いかにも、藝術にも實生活にもその天才を捧げた耽美派の逆説家、ワイルドらしい言葉ですが、彼が「幸福な王子、ナイチンゲールと薔薇の花、忠實な友達」などのやうなペシミスティックな童話を書き殘したことと思ひあはせると、彼の實人生に對する癒しがたい悲哀が見えてきます。「ぼくは快樂のために生きてきたことを一瞬たりとも後悔しない」と豪語して憚らなかつたワイルドも、彼の内なる「ピレポス」と「ソクラテス」との葛藤に苦しんだに違ひありません。彼の「死刑囚にして死刑執行人」の物語である『ドリアングレイの肖像』や『社会主義のもとにおける人間の魂』といつた作品はその葛藤の軌跡と言ふべきです。ともあれ、ワイルドは「あらゆるものを捨て去る」といふ“敗北”を逆説的に生きた藝術家なのかもしれません。
  (河田直樹・かはたなほき)
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2019年02月01日

日本語ウォッチング(11)  織田多宇人

口をつむつてゐた
昔の文藝春秋の記事に「大男の辛さが解つてたまるかと私は口をつむつてゐた」とあつたが、口をつむると言ふ表現はない。つむるは「つぶる」とも言ひ、閉ぢるとか塞ぐと言ふ意味だから、意味の上では矛楯がないやうにみえる。しかし、つむるの漢字は「瞑る」であり、目を瞑るとは言へても口を瞑るとは言へない。
つむるは閉ぢると言ふ意味だからと言つて、戸をつむるだの、本をつむるだのとは言はない。口を閉ぢると言ふ意味で一般に使はれてゐるのは「噤(つぐ)む」である。因みに他の言ひ方としては、沈黙する、語らない、 黙つてゐる、口にチャックをする、貝になる等がある。
posted by 國語問題協議會 at 21:40| Comment(0) | 織田多宇人