日本人に個有の
「これは日本人に個有のマイナス面だ」と言ふやうに、「固有」と書くべき所󠄁が「個有」となつてゐるのをしばしば見かける。「固有名詞」を始め「こいう……」は全󠄁て「固有」で無ければならない。「固」の音󠄁は「コ」であり、訓は「かたい、かためる、もとより」であり、「固有」と言ふのは「もとからあること、特にそのものにだけあるもの」と言ふ意󠄁味である。一方「個」は音󠄁は同じ「コ」で、訓は特に無いが、全󠄁體に對して一つとか一人を意󠄁味し、「個人、個性、個體」等の熟語を作る。このやうに、漢字はそれぞれ「固有」の意󠄁味を持つてゐるのでそれを先づ知ることが肝要󠄁である。
2025年08月30日
日本語ウォッチング(79)「日本人に個有の」/織田多宇人
posted by 國語問題協議會 at 10:35| Comment(0)
| 織田多宇人
2025年08月23日
かなづかひ名物百珍(47)「築󠄁地」/ア一カ
「築󠄁地(ついぢ)塀」は版築󠄁工法の土塀、また「築󠄁地(つきぢ)市場」はもと埋立地を意󠄁味する地名であった。この二つの語は同じ「ぢ(地)」でも音󠄁訓が異る。「ついぢ」は「つき(築󠄁)+ひぢ(泥)」のイ音󠄁便で、「土方(ひぢかた)歲三」でわかるやうに水分の多い土「ひぢ」の轉である。一方の「つきぢ」は埋立てて新しく築󠄁いた「地(ち)」で、字音󠄁由來である。
地名の「築󠄁地」は東京ばかりでなく、「ついぢ」「つきぢ」共に全󠄁國に廣く分布する。「つきぢ」の方が川岸や海沿󠄂ひにあるとも限らず、どちらの語に由來するのか穿鑿は容易ではない。「つきぢ」から「ついぢ」へと變化󠄁した可能性もあるだらう。
さて「字音󠄁假名遣󠄁だけは發音󠄁どほりでよいのではないか」といふ意󠄁見は昔からあり、現實的󠄁な對處法であると筆者も思ふ。『廣辭林(大正14年初版)』はその嚆矢で、「ついぢ」「つきじ(ぢ)」兩語を的󠄁確に排列してゐる。語によっては音󠄁訓の別が判󠄁然としないし、またそれを日常するとも限らない。
小學『日本國語大辭典(二版)』は最大規模の國語辭典であり、かつ最も標準とされる。編󠄁輯に携はった松井榮一氏の著作によると、古語も收錄するため和語のみ歷史的󠄁假名遣󠄁排列にする案がかなり有力であったらしい。結局はすべて現代假名遣󠄁順となり、「古語も現代假名遣󠄁で扱󠄁へる」實例を作ってしまったのは返󠄁す返󠄁す殘念な事であった。
posted by 國語問題協議會 at 07:15| Comment(0)
| 高崎一郎
2025年08月17日
國語のこゝろ(35)「新字と同じ字體は古代から存在した」/押井コ馬
【今囘の要󠄁約󠄁】
@「戰前󠄁は新字を使はなかった」は誤󠄁りで「正字と略字が倂用」されてゐました
A字體の整理(一本化󠄁)が始まったのは大正時代でした
Bしかし略字は飽󠄁くまでも略式の書き方でした
【主󠄁な漢字の新舊對應表】
國(国) 體(体) 囘(囘) 戰(戦) 舊(旧) 對(対) 應(応) 敕(勅) 實(実) 擧(挙) 學(学) 續(続) 發(発) 點(点) 飜(翻) 讀(読) 禮(礼) 畫(画) 覽(覧) 檢(検) 樣(様) 稱(称) 區(区) 默(黙) 亂(乱) 當(当) 既(既) 歐(欧) 圖(図) 錄(録) 雜(雑) 卷(巻) 總(総) 海(海) 數(数) 爲(為) 餘(余) 圍(囲) 變(変) 嚴(厳) 廳(庁) 壞(壊) 傳(伝) 隱(隠) 關(関) 繪(絵) 團(団) 斷(断) 眞(真) 據(拠) 乘(乗)
前󠄁々囘の記事國語のこゝろ(33)「『ひらがなを禁止する』のではない」では、「戰前󠄁の國語表記は漢字カタカナ交じり文しか存在しなかった」といふ說が間違󠄂ってゐる理由を說明󠄁しました。當時の詔敕や法令は漢字カタカナ交じりだったのは事實ですが、公的󠄁な文書にも漢字ひらがな交じり文が少なからず使はれてゐた實例を幾つか擧げました。學校ヘ育ではカタカナから先に學びましたが、飽󠄁くまでも「カタカナ先習󠄁」で、後からひらがなを習󠄁ふ方式でした。
今囘はその續きで、漢字の話です。
■「新字體があるから、戰前󠄁の文書の贋作だ!」
……といふ主󠄁張を近󠄁年よく聞くやうになりました。「戰前󠄁の文書」として紹介されてゐるものに、戰後の「新字體」と同じ漢字を見つけると「これは贋作(ニセモノ)に違󠄂ひない」といふのです。具󠄁體例を擧げると「乱・雑・巻・総・海・数・為・余」といった漢字です。
■「れ」はどの漢字を崩󠄁した字?
しかしこれは現代人的󠄁な發想です。現代の學校ヘ育で「新字」は習󠄁ひますが、いはゆる「舊字」は習󠄁ひません。それなら國語改革が實施される前󠄁の戰前󠄁はその全󠄁く逆󠄁、つまり「舊字」は習󠄁ふが「新字」は全󠄁く使はれてゐなかったのだらう、といふわけです。
でもちょっと待って下さい。ひらがなに「れ」といふ字があります。ひらがなはいつ頃できた字でせうか。さう、平󠄁安時代です。そして「れ」はどの漢字を崩󠄁した字でせうか。さう、「礼」です。

平󠄁安時代に作られた古今和歌集にはこんな歌があります(濁點がないため飜刻文では補った)が、「れ」の字にご注󠄁目下さい。
古今和歌集卷第七
賀哥(歌)
題しらず 讀人しらず
我君は千世にやちよにさゞれ石のいはほと成󠄁て苔のむすまで

でも「礼」は「新字」、對應する「舊字」は「禮」ではありませんか。もし「戰前󠄁には新字體が存在しなかった」のなら、平󠄁安時代に「新字」の「礼」を崩󠄁して作られたひらがなの「れ」は、「オーパーツ」になりませんか?
■實際の用例を調󠄁べてみませう
ここで面白いツールを紹介します。「人文学オープンデータ共同利用センター」による、くずし字データベース検索です。これは江戶時代の本が中心ですが、昔の資󠄁料のかなや漢字がどんな形で書かれたのか、本から實際の文字を切り出した畫像を一覽表示してくれます。なほ、漢字の場合は「舊字」ではなく「新字」で入力して下さい。「新字」で入力すれば對應する「舊字」と「新字」のどちらも引っ掛かります。
たとへば「礼」を檢索してみませう。

幾つかの事が分かると思ひます。まづ、もちろん「禮」の字も使はれてゐますが、「礼」の字も少なからず使はれてゐます。次󠄁に、同じ本の中でも叮嚀な楷書で書かれた字もあれば、かなり崩󠄁して書かれた字もあります。そして、示偏󠄁の書き方は新舊の二種類とは限らず、樣々なヴァリエーションがあります。
この調󠄁子で、最初に擧げた「乱」などの字も調󠄁べてみませう。
乱 雑 巻 総 海 数 為 余
(※一人稱の「余」は「舊字」でも「余」なので參考程󠄁度に)

■昔の中國の書家も略字を書いた
實は、戰後「新字」が決まる前󠄁の漢字は「舊字の一種類」ではなかったのです。幾通󠄁りものヴァリエーションがありました。改まって書く時の「正字」もあれば、畫數を省略して早く書ける「略字」もありましたし、「正字」ではないが一般的󠄁に使はれてきた「俗字」もありました。そして崩󠄁し方も「楷書・行書・草書」とはっきり區別できるとは限らず、楷書だけど少し崩󠄁してゐるとか、同じ本の中の同じ字でも崩󠄁し具󠄁合の違󠄂ふものが混在してゐたり、それは自由でした。そしてこれは日本だけのものではなく、中國大陸や朝󠄁鮮半󠄁島などを含めた漢字圈共通󠄁の、昔からの暗󠄁默の諒解でした。
『五體字類』(初版は大正五年)といふ本には、昔の中國の書家が書いた漢字の例が載せられてゐます。たとへば「亂」の字を見てみませう。

揭載例の多くは「亂」ですが(この本を作った人が「亂」の方を多く選󠄁定したといふだけで、當時「乱」より「亂」の方が多く使はれてゐたといふ意󠄁味ではない事に注󠄁意󠄁)、略字の「乱」も既に存在してゐます。下の略號は字を書いた人を表し、「歐」は歐陽詢(557-641)、「米」は米芾(1051-1107)のことです。
『五體字類』は國會圖書のサイトにも登錄者限定で公開されてゐますので、IDをお持ちの方は他の字も是非御覽下さい。
亂 雜 卷 總 海 數 爲 餘
■大正時代に字體の整理が始まる

皆さんは「令和」の「令」の字をどう書きますか。主󠄁に二通󠄁りの形があります。實はどちらも「許容範圍內」で正しい形なのですが、ある人は「二つとも正しいなんてあり得ない。一つに統一すべきだ」と主󠄁張するかもしれません。實は、昔の人の中にも、さう考へてゐた人がゐました。
「戰前󠄁は『舊字』だけが使はれてゐたが、戰後に新しくできた『新字』に變はった」と漠然と思ってゐる人も多いでせうが、嚴密には誤󠄁りです。先にも調󠄁べた通󠄁り、戰後の學校ヘ育で採󠄁用された「新字」は、戰前󠄁も「舊字」と倂用されてゐました。
戰前󠄁:「(後の)舊字」+「(後の)新字」+「その他の異體字(同じ漢字の別の形の字)」
戰後:「新字」に一本化󠄁し、「舊字」「異體字」は特別な場合を除き切捨󠄁て
複數の形の漢字を一本化󠄁するのを「字體整理」と呼びますが、この準備が始まったのが大正時代でした。文化󠄁廳のウェブサイトには、文部省國語調󠄁査室が大正八年に作成󠄁した『漢字整理案』が揭載されてゐます。

先の八文字+αを拔きだしたのがこの畫像です。これは、一般に書かれてきた複數の字體のうち、どれを標準の字體にするかの案でしたが、後の「当用漢字」「常用漢字」にも採󠄁用された略字の一部が既に存在してゐる事が分かります。
■正字と略字
「國語改革はGHQが首謀者」だと思ってゐる人も多いのですが、先の字體整理案から分かる通󠄁り、本當は日本人自身により戰前󠄁から試案が作られてゐました。また、ひらがなの「れ」が「禮」ではなく「礼」に由來するやうに、略字は千年、二千年もの昔から漢字圈で作られ書き續けられてきました。
それでも昔ながらの略字と、戰後の國語改革で採󠄁用された略字の、背後の考へは似て非なるものです。我々が「㐧」の字を書いても、正字の「第」も知り決して捨󠄁てないのと同じく、昔は飽󠄁くまでも略字と割󠄀り切って使ってゐました。天皇陛下の詔敕を含め、正式な場では正字で書くのが原則でした。
しかし例の字體整理案や「当用漢字」「常用漢字」では「略字を正字に格上げし、正字の使用を制限」しました。略字は使用頻度の高い字ほど作られやすいので、漢字制限が前󠄁提の改革でした。そして漢字制限が形骸化󠄁した今、「釈(釋)・沢(澤)・駅(驛)・鐸・繹」のやうに文字部品の不整合による秩序の破壞が明󠄁るみに出てゐます。
略字の傳統を正確に理解しませう。略字で書く場合もあるとしても、せめて「正字といふ『建前󠄁』の存在」を博く國民が知る事が必要󠄁だと私は考へます。
■上の說明󠄁で隱してゐたこと
私が前󠄁囘の記事や今囘の記事でここまで隱してゐた事を最後に說明󠄁します。
「漢字ひらがな交じりによる戰前󠄁の文章は贋作だ」「新字體と同じ形の字が書かれた戰前󠄁の文章は贋作だ」といふ意󠄁見が最近󠄁上がったのは、あるニュース動畫が切っ掛けといふ事です。それは關東大震災の後に發生した朝󠄁鮮人虐󠄁殺を描いた繪卷物でした。
本會は飽󠄁くまでも國語國字問題を扱󠄁ふ團體で、ナントカ鑑定團でもなければ攘夷論者の團體でもないので、この繪卷物が眞作か贋作かの判󠄁斷はこの記事では控へます。しかし少なくとも「漢字ひらがな交じり」「新字と同じ字體」邊りは「贋作の根據」から外した方が良いでせう。さもないと贋作說の信用を無くすだけです。そして更に「漢字ひらがな交じり文や新字と同じ字體が戰前󠄁に存在した」といふ指摘に對し「お前󠄁は噓を吐く朝󠄁鮮人の肩󠄁を持つのか。お前󠄁は日本が朝󠄁鮮人に乘っ取られて良いのか」の類が「反論」になると思ひ込󠄁んでゐるなら、それはとても論理的󠄁思考とは言へませんし、更に贋作說の信用を無くす事になりかねません。
このニュース動畫の話を最初に擧げると「朝󠄁鮮人は噓吐きだ、日本が朝󠄁鮮人に乘っ取られる」(※私はこの意󠄁見には必ずしも同意󠄁しません)とパニックに陷って思考停止し、說明󠄁を最後まで聞かなかったり自說を一方的󠄁に延󠄁々と語り始めたりでうんざりするので、敢へて後囘しにしました。
■更に知りたい方のために
「旧字体」は「昔の漢字の形」ではない
旧字体とは?【レトロデザインのための近代日本語講座〈1〉】
@「戰前󠄁は新字を使はなかった」は誤󠄁りで「正字と略字が倂用」されてゐました
A字體の整理(一本化󠄁)が始まったのは大正時代でした
Bしかし略字は飽󠄁くまでも略式の書き方でした
【主󠄁な漢字の新舊對應表】
國(国) 體(体) 囘(囘) 戰(戦) 舊(旧) 對(対) 應(応) 敕(勅) 實(実) 擧(挙) 學(学) 續(続) 發(発) 點(点) 飜(翻) 讀(読) 禮(礼) 畫(画) 覽(覧) 檢(検) 樣(様) 稱(称) 區(区) 默(黙) 亂(乱) 當(当) 既(既) 歐(欧) 圖(図) 錄(録) 雜(雑) 卷(巻) 總(総) 海(海) 數(数) 爲(為) 餘(余) 圍(囲) 變(変) 嚴(厳) 廳(庁) 壞(壊) 傳(伝) 隱(隠) 關(関) 繪(絵) 團(団) 斷(断) 眞(真) 據(拠) 乘(乗)
前󠄁々囘の記事國語のこゝろ(33)「『ひらがなを禁止する』のではない」では、「戰前󠄁の國語表記は漢字カタカナ交じり文しか存在しなかった」といふ說が間違󠄂ってゐる理由を說明󠄁しました。當時の詔敕や法令は漢字カタカナ交じりだったのは事實ですが、公的󠄁な文書にも漢字ひらがな交じり文が少なからず使はれてゐた實例を幾つか擧げました。學校ヘ育ではカタカナから先に學びましたが、飽󠄁くまでも「カタカナ先習󠄁」で、後からひらがなを習󠄁ふ方式でした。
今囘はその續きで、漢字の話です。
■「新字體があるから、戰前󠄁の文書の贋作だ!」
……といふ主󠄁張を近󠄁年よく聞くやうになりました。「戰前󠄁の文書」として紹介されてゐるものに、戰後の「新字體」と同じ漢字を見つけると「これは贋作(ニセモノ)に違󠄂ひない」といふのです。具󠄁體例を擧げると「乱・雑・巻・総・海・数・為・余」といった漢字です。
■「れ」はどの漢字を崩󠄁した字?
しかしこれは現代人的󠄁な發想です。現代の學校ヘ育で「新字」は習󠄁ひますが、いはゆる「舊字」は習󠄁ひません。それなら國語改革が實施される前󠄁の戰前󠄁はその全󠄁く逆󠄁、つまり「舊字」は習󠄁ふが「新字」は全󠄁く使はれてゐなかったのだらう、といふわけです。
でもちょっと待って下さい。ひらがなに「れ」といふ字があります。ひらがなはいつ頃できた字でせうか。さう、平󠄁安時代です。そして「れ」はどの漢字を崩󠄁した字でせうか。さう、「礼」です。
平󠄁安時代に作られた古今和歌集にはこんな歌があります(濁點がないため飜刻文では補った)が、「れ」の字にご注󠄁目下さい。
古今和歌集卷第七
賀哥(歌)
題しらず 讀人しらず
我君は千世にやちよにさゞれ石のいはほと成󠄁て苔のむすまで
でも「礼」は「新字」、對應する「舊字」は「禮」ではありませんか。もし「戰前󠄁には新字體が存在しなかった」のなら、平󠄁安時代に「新字」の「礼」を崩󠄁して作られたひらがなの「れ」は、「オーパーツ」になりませんか?
■實際の用例を調󠄁べてみませう
ここで面白いツールを紹介します。「人文学オープンデータ共同利用センター」による、くずし字データベース検索です。これは江戶時代の本が中心ですが、昔の資󠄁料のかなや漢字がどんな形で書かれたのか、本から實際の文字を切り出した畫像を一覽表示してくれます。なほ、漢字の場合は「舊字」ではなく「新字」で入力して下さい。「新字」で入力すれば對應する「舊字」と「新字」のどちらも引っ掛かります。
たとへば「礼」を檢索してみませう。
幾つかの事が分かると思ひます。まづ、もちろん「禮」の字も使はれてゐますが、「礼」の字も少なからず使はれてゐます。次󠄁に、同じ本の中でも叮嚀な楷書で書かれた字もあれば、かなり崩󠄁して書かれた字もあります。そして、示偏󠄁の書き方は新舊の二種類とは限らず、樣々なヴァリエーションがあります。
この調󠄁子で、最初に擧げた「乱」などの字も調󠄁べてみませう。
乱 雑 巻 総 海 数 為 余
(※一人稱の「余」は「舊字」でも「余」なので參考程󠄁度に)
■昔の中國の書家も略字を書いた
實は、戰後「新字」が決まる前󠄁の漢字は「舊字の一種類」ではなかったのです。幾通󠄁りものヴァリエーションがありました。改まって書く時の「正字」もあれば、畫數を省略して早く書ける「略字」もありましたし、「正字」ではないが一般的󠄁に使はれてきた「俗字」もありました。そして崩󠄁し方も「楷書・行書・草書」とはっきり區別できるとは限らず、楷書だけど少し崩󠄁してゐるとか、同じ本の中の同じ字でも崩󠄁し具󠄁合の違󠄂ふものが混在してゐたり、それは自由でした。そしてこれは日本だけのものではなく、中國大陸や朝󠄁鮮半󠄁島などを含めた漢字圈共通󠄁の、昔からの暗󠄁默の諒解でした。
『五體字類』(初版は大正五年)といふ本には、昔の中國の書家が書いた漢字の例が載せられてゐます。たとへば「亂」の字を見てみませう。
揭載例の多くは「亂」ですが(この本を作った人が「亂」の方を多く選󠄁定したといふだけで、當時「乱」より「亂」の方が多く使はれてゐたといふ意󠄁味ではない事に注󠄁意󠄁)、略字の「乱」も既に存在してゐます。下の略號は字を書いた人を表し、「歐」は歐陽詢(557-641)、「米」は米芾(1051-1107)のことです。
『五體字類』は國會圖書のサイトにも登錄者限定で公開されてゐますので、IDをお持ちの方は他の字も是非御覽下さい。
亂 雜 卷 總 海 數 爲 餘
■大正時代に字體の整理が始まる
皆さんは「令和」の「令」の字をどう書きますか。主󠄁に二通󠄁りの形があります。實はどちらも「許容範圍內」で正しい形なのですが、ある人は「二つとも正しいなんてあり得ない。一つに統一すべきだ」と主󠄁張するかもしれません。實は、昔の人の中にも、さう考へてゐた人がゐました。
「戰前󠄁は『舊字』だけが使はれてゐたが、戰後に新しくできた『新字』に變はった」と漠然と思ってゐる人も多いでせうが、嚴密には誤󠄁りです。先にも調󠄁べた通󠄁り、戰後の學校ヘ育で採󠄁用された「新字」は、戰前󠄁も「舊字」と倂用されてゐました。
戰前󠄁:「(後の)舊字」+「(後の)新字」+「その他の異體字(同じ漢字の別の形の字)」
戰後:「新字」に一本化󠄁し、「舊字」「異體字」は特別な場合を除き切捨󠄁て
複數の形の漢字を一本化󠄁するのを「字體整理」と呼びますが、この準備が始まったのが大正時代でした。文化󠄁廳のウェブサイトには、文部省國語調󠄁査室が大正八年に作成󠄁した『漢字整理案』が揭載されてゐます。
先の八文字+αを拔きだしたのがこの畫像です。これは、一般に書かれてきた複數の字體のうち、どれを標準の字體にするかの案でしたが、後の「当用漢字」「常用漢字」にも採󠄁用された略字の一部が既に存在してゐる事が分かります。
■正字と略字
「國語改革はGHQが首謀者」だと思ってゐる人も多いのですが、先の字體整理案から分かる通󠄁り、本當は日本人自身により戰前󠄁から試案が作られてゐました。また、ひらがなの「れ」が「禮」ではなく「礼」に由來するやうに、略字は千年、二千年もの昔から漢字圈で作られ書き續けられてきました。
それでも昔ながらの略字と、戰後の國語改革で採󠄁用された略字の、背後の考へは似て非なるものです。我々が「㐧」の字を書いても、正字の「第」も知り決して捨󠄁てないのと同じく、昔は飽󠄁くまでも略字と割󠄀り切って使ってゐました。天皇陛下の詔敕を含め、正式な場では正字で書くのが原則でした。
しかし例の字體整理案や「当用漢字」「常用漢字」では「略字を正字に格上げし、正字の使用を制限」しました。略字は使用頻度の高い字ほど作られやすいので、漢字制限が前󠄁提の改革でした。そして漢字制限が形骸化󠄁した今、「釈(釋)・沢(澤)・駅(驛)・鐸・繹」のやうに文字部品の不整合による秩序の破壞が明󠄁るみに出てゐます。
略字の傳統を正確に理解しませう。略字で書く場合もあるとしても、せめて「正字といふ『建前󠄁』の存在」を博く國民が知る事が必要󠄁だと私は考へます。
■上の說明󠄁で隱してゐたこと
私が前󠄁囘の記事や今囘の記事でここまで隱してゐた事を最後に說明󠄁します。
「漢字ひらがな交じりによる戰前󠄁の文章は贋作だ」「新字體と同じ形の字が書かれた戰前󠄁の文章は贋作だ」といふ意󠄁見が最近󠄁上がったのは、あるニュース動畫が切っ掛けといふ事です。それは關東大震災の後に發生した朝󠄁鮮人虐󠄁殺を描いた繪卷物でした。
本會は飽󠄁くまでも國語國字問題を扱󠄁ふ團體で、ナントカ鑑定團でもなければ攘夷論者の團體でもないので、この繪卷物が眞作か贋作かの判󠄁斷はこの記事では控へます。しかし少なくとも「漢字ひらがな交じり」「新字と同じ字體」邊りは「贋作の根據」から外した方が良いでせう。さもないと贋作說の信用を無くすだけです。そして更に「漢字ひらがな交じり文や新字と同じ字體が戰前󠄁に存在した」といふ指摘に對し「お前󠄁は噓を吐く朝󠄁鮮人の肩󠄁を持つのか。お前󠄁は日本が朝󠄁鮮人に乘っ取られて良いのか」の類が「反論」になると思ひ込󠄁んでゐるなら、それはとても論理的󠄁思考とは言へませんし、更に贋作說の信用を無くす事になりかねません。
このニュース動畫の話を最初に擧げると「朝󠄁鮮人は噓吐きだ、日本が朝󠄁鮮人に乘っ取られる」(※私はこの意󠄁見には必ずしも同意󠄁しません)とパニックに陷って思考停止し、說明󠄁を最後まで聞かなかったり自說を一方的󠄁に延󠄁々と語り始めたりでうんざりするので、敢へて後囘しにしました。
■更に知りたい方のために
「旧字体」は「昔の漢字の形」ではない
旧字体とは?【レトロデザインのための近代日本語講座〈1〉】
posted by 國語問題協議會 at 00:15| 押井コ馬