2016年02月29日

きゃりこの戀(19) 白虎隊  雁井理香(かりゐりか)

オスカー:
  戰雲暗く日は落ちて
  孤城に冴ゆる月の影
  誰が吹く笛の音も悲し
  今宵名残の白虎隊
    (若干違ふ歌詞のバージョンもあります)
きゃりこ:
 先生、歌うまいですね。外人が演歌歌へるとは思はなかつた。
 「白虎隊」つて、名前は知つてゐるけど、どんな人たちだつたの。
オスカー:
 戊辰(ぼしん)戰爭(維新戰爭)のときに、会津藩は「朝敵」といふことにされて、薩摩と長州の軍隊に攻められたのです。
きゃりこ:
 会津藩つて、イケメンの松平容保が殿様をやつてゐた所ですよね。
オスカー:
 欠席裁判で、殿様に死刑が言ひ渡されたから、藩士たちは、殿様のために死なうと決心して、籠城しました。一箇月の籠城だつたのですが、その間に改元があつたので、立てこもつた八月は慶応四年、降伏した九月は明治元年になつてゐました。
 籠城の直前の八月下旬に、迫つて來る官軍に對して、決戦を挑みました。会津藩は年齢別の部隊を組織しました。そのうちの十六歳・十七歳の少年たちだけで組織したのが白虎隊でした。
 夕刻、草原で戰鬪が行はれましたが、会津側は負けて、白虎隊の兵士は三十七人だつたのが、十九人にまで減つてゐました。その十九人が、明け方になつて、飯盛山の頂上にまで辿り着きました。そして、会津若松城が燃えてゐるのを見て、全員で切腹したのです。
きゃりこ:
 わあ。かはいさう。でも、死なないでもよかつたのにね。
オスカー:
 死ななくてよい所で死ぬからこそ潔(いさぎよ)いんですよ。さういふ凛々しい男たちに戀をすればいいのに、近頃の女性は、調子のいいイケメンか、粗暴なヤンキーが一番いいと思つてゐるんですよね。
きゃりこ:
 優ちやんつて、ちよつと凛々しい所があるから、先生、好きなんでせう。
オスカー:
 さうですね。優ちやんは別として、日本の凛々しい男は、白虎隊で生れて、特攻隊が終つたときに絶滅してしまつたのです。
きゃりこ:
 江戸時代はどうだつたの?
オスカー:
 江戸時代は今と同じで、なよなよした美少年と、やくざみたいな旗本奴、町奴が人氣があつたんですね。
 今歌つたのは一番ですが、二番がまたいいですよ。
  紅顔可憐の少年が
  死を以て守るこの砦
  瀧澤村の血の雨に
濡らす白刃の白虎隊
きゃりこ:
 「死を以て守る」とか「血の雨」とか、凄まじい歌詞ですね。
オスカー:
 戰後暫くは、凄まじさを避けるために、「瀧澤村の決戦に 散らす白刃の白虎隊」と言ひ換へをしてゐました。
きゃりこ:
 その大人しい歌詞は、ちよつと詰らないですね。やつぱり、かういふのは凄まじい方がいい。先生の話を聞いてゐると、美少年の切腹つて綺麗だらうなと思ひますね。
オスカー:
 ぢやあ、三番だ。
  飯盛山の秋深く
  松籟肌に寒けれど
  忠烈永遠に香を残す
  花も会津の白虎隊
きゃりこ:
 これはまた、難しいね。「松籟」つて何。だいたいどう読むの? 先生の歌つたのを聞いてゐたんだから、漢字が分つて、読みが分からないといふことはありえないんだけど、そこは雁井さんの責任ですよ。
オスカー:
 「しようらい」。「籟」は笛のことだから、「松の笛」といふこと。風が松の葉の間を通り抜けると、笛みたいな音がする。そのことから、松風のことを「松籟」といふのです。まあ、この時期だから、秋風といふことになりますが。
きゃりこ:
 なんで、八月なのに肌寒い秋風が吹くの?
オスカー:
 旧暦の八月下旬だから、今の十月初めなんですよ。
きゃりこ:
 なるほど、暦も今とは違ふんだ。
 その後の、「ちゅうれつえいえんにかおりをのこす」つて、なんだらう。
 オスカー:
 それぢやあ、七五調にならないぢやないですか。
きゃりこ:
 和歌ぢやないのに、七五調にするの?
オスカー:
 すごいこと言ふ日本人だね。「ちゆうれつとはに、かをのこす」つて読んでね。
 「忠烈」は、忠義の爲に死なうといふ気持。「忠勇」とほぼ同じ。その美しい忠義が、永遠に歴史に香り高い名を残すといふことです。
きゃりこ:
 「永遠」を「とは(とわ)」つて読むのね。殿様の為に死ぬつて、馬鹿馬鹿しいといへば馬鹿馬鹿しいけど、何か美しいといふ氣はするね。この歌、いつごろの歌なの。
オスカー:
 歌詞自体は明治時代に作られたやうだけど、昭和十二年に藤島一郎がレコードを出して有名になつた。戰後はいろんな歌手が歌つてゐるが、僕は三橋美智也が好きですね。
きゃりこ:
 知らない、そんな人。
オスカー:
 三橋美智也は、流行歌手の中では、一番歌のうまい人だと言はれてゐて、その演歌獨特の歌ひ方は、外國の音楽家が研究に來るほどだつたのですよ。
 この「白虎隊」は、二番と三番の間に詩吟が入つてゐて、三橋美智也はこれがまたうまかつた。ところが、この人の「白虎隊」はインターネットでも見つからない。僕は、古いSPを専門家に聞かせてもらつたのです。
きゃりこ:
 SPつて、佳子内親王殿下をお守りする人?
オスカー:
 古いレコード。EP(分速45回転)やLP(33回転)の前に存在してゐた78回転のものです。昭和四十年頃まで使はれましたが、今ではもう、専門家しか持つてゐません。
 その詩吟も紹介しませう。

  南望鶴城砲焰颺
  みなみつるがじやうのぞめば、はうえむあがる
  痛哭飲涙且彷徨
  つうこくなみだをのんで、かつはうくわうす
  宗社亡兮我事畢
  そうしやほろびぬ、わがことをはる
  十有九人屠腹僵
  じふいうきうにん、とふくしてたふる
きゃりこ:
 今ではもう、詩吟の専門家なんかゐないのでせう?
オスカー:
 ゐますよ。僕の好きなのは、演歌歌手の三大美人の一人と言はれる石原詢子(じゆんこ)さん。この人も「白虎隊」を歌つてゐますが、女性なのに声量が豊かで、三橋美智也を彷彿とさせますね。
 この人の笑窪(ゑくぼ)が好きだ。
きゃりこ:
 はッはッはッはッは。
 先生が馬鹿なことをおつしやつたから、初めて優位に立てたやうな氣がする。
 詩吟の上手・下手つて、どうやつて決まるの?
オスカー:
 詩吟は、音程はあまり関係がなくて、発声が問題だから、上手と下手がよく分かります。
 石原さんの詩吟の特徴は、たとへば冒頭の「みなみいいいいいいいい」と伸ばす所が他の人よりずつと長い。それが、本當に発声がいいから、綺麗に聞えるのです。
きゃりこ:
 「砲焰」は「砲煙」ぢやないんですか。
オスカー:
 最近はさう書いてある資料もあるけど、ただの煙では、城が落ちたとは思ひませんよ。火が出てゐるんだから、「焰」でないといけない。
 「宗社」は、「お家」のこと。会津の松平家が城が焼けて亡んでしまつたといふのです。
 「彷徨」はさまよひあるくこと。
 面白いことに、その前の、「且」を、歌手によつて、「かつ」と讀む人と「しばらく」と讀む人がゐます。「且」の字は「しばらく」といふ意味もあるのです。考へてみると、この文脈では、「かつ」でも「しばらく」でもあまり意味が違ひませんものね。
 「十有六人」をこれも歌手によつて「じふいうろくし」と讀む人がゐます。「十有六士」のつもりでせう。
きゃりこ:
 「十有六士」の方が格好いいですね。漢詩の作者も初めからさうすればよかつたのに。
オスカー:
 この「人」の位置に「士」を入れることはできません。漢詩には、平仄(ひやうそく)といふものがあつて、声調(アクセント)の具合によつて、ここにはこの字は駄目といふのが多いのです。
きゃりこ:
 つまらない規則ね。規則だらけで縛らないで、自由に歌へばいいのに。
オスカー:
 さうではありません。詩の規則といふのは、昔の人たちが、どうやつたら美しく聞えるかを研究した結果、出来てきたものですから、馬鹿にしてはいけないのです。美しい日本語を作るやうに努力したいものです。
posted by 國語問題協議會 at 11:29| Comment(0) | 雁井理香