2016年05月07日

きゃりこの戀(22)   絶対敬語  雁井理香(かりゐりか) 

オスカー:
 僕が日本へ來る前のことなんだけど、田中真紀子外務大臣といふ人がゐましたね。
きゃりこ:
 あたしが赤ん坊の頃の話だから覚えてゐないけど、ものすごい人気だつたのでせう。「総理大臣にしたい人」のアンケートで一番になつたつて聞いたことある。
オスカー:
 あの人がちよつとした問題を起したことがあります。
きゃりこ:
 問題ばかり起してゐた人なんでせう。
オスカー:
 天皇陛下に内奏をして帰つて來た当日のことなんだけど。
きゃりこ:
 「内奏」つて何?
オスカー:
 大日本帝国では、臣下が正式に天皇に御報告を申し上げるのを「上奏」と言ひました。
きゃりこ:
 「奏上」ぢやないの?
オスカー:
 おお、賢い。賢い。漢語では「奏上」なんだけど、大日本帝国では「上奏」を使ひました。そして、上奏の前に、内々に御報告しておくのを「内奏」と言つたのです。
きゃりこ:
 今でも、その制度はあるのですか。
オスカー:
 戦後は、天皇は政治に関与してはいけないといふことで、廃止になつたのですが、その後、「ご報告するだけなら問題はないだらう」といふことで、内奏だけは復活しました。戦前の内奏は臣下に廣く使つたのですが、現在は国務大臣の行為に限つて使ふやうです。「上奏」の方は、実態もなくなり、言葉もなくなりました。
きゃりこ:
 その内奏のときに、真紀子さんが問題を起したのですか。
オスカー:
 内奏の後ですけどね。国会内で、他の議員や新聞記者のゐる前で、「陛下がこんなふうにおつしやつたのよ」とペラペラ話し出しました。
きゃりこ:
 話しちやいけないことになつてゐるのね。天皇は神聖だから。
オスカー:
 戦前はさういふ理由でしたが、戦後は、天皇が政治的な発言をしたことを漏らしては、政治関与の問題になるからといふ理由です。
 そこで、傍にゐた一人の議員が、あはてて、「やめろ。クビになるぞ」と怒鳴りました。すると、真紀子さんが不思議さうな顔で、「どうして?」と言つたといふのです。真紀子さん、凄い人気だつたので、マスコミも、何を言つても叩けなかつたので、問題になりませんでした。
きゃりこ:
 人気があるとマスコミも非難できないの?
オスカー:
 非難すると、発行部数や視聴率が落ちるから。
きゃりこ:
 でも、真紀子さんを怒鳴りつけた議員つて、凄い根性があつたのね。
 ところで、天皇陛下のおつしやつたことを人に告げる時つて、おつしやつたとほりに言ふのかしら。
オスカー:
 「枕草子」や「大鏡」なんかを讀むと、天皇は自分の行為に敬語を付けてゐますね。
きゃりこ:
 「絶対敬語」ですね。天皇は一番上にゐる人だから、自分の行為にも敬語を付けたのでせう。
オスカー:
 昔はさう解釈されてゐたのですが、實はさうではなかつたらしい。天皇は、自分の行為には敬語を付けずに話されるのですが、それを記録に書き写す人が、いくら御自分でおつしやつたことだからと言つて、敬語なしは恐れ多いといふことで、敬語を付けてしまつたのです。これが、「絶対敬語」の実態だと言はれてゐます。
 ところで、二二六事件のときに、本庄侍従武官長が、叛乱部隊の将校を弁護して、「彼らのやつたことは弁解の余地はないにしても、その国を思ふ心情はお汲み取り下さい」と言ひました。すると、昭和天皇は、「それはただ、私利私欲に出づるにあらずと言へるのみ」とおつしやいました。
きゃりこ:
 なるほど。私利私欲のためでなければ何でも許されるといつたら、チンピラが町で、面白くないからと言つて人殴るのは、金のためぢやないから、悪いことぢやない、といふやうなものですものね。昭和天皇は人生を見る目をお持ちだつたのね。
 でも、日常会話でも、「あらずと言へるのみ」なんて、文語をお使ひになつてゐたのかしら。
オスカー:
 そこが、僕の言ひたいことだつたのですけれどもね。
きゃりこ:
 --------------------------わ、わかつた! 天皇は、ふつうに口語でお話しになつたのに、侍従武官長が、そのまま伝へるのは恐れ多いからと思つて、文語にしてしまつたのね。
オスカー:
 さうなんですよ。本当はどんなふうにお話しになつたのか興味を唆られる所なんですけどね。
 ところで、この二二六事件のときの、昭和天皇は、人に聞かれた記録としては、一生に一度しかお使ひにならなかつた一人称代名詞を口になさつてゐます。
きゃりこ:
 まさか、「俺」とおつしやつたとか。
オスカー:
 それなんですよ。叛乱部隊に対して、政府は弱腰で、彼らの要求を聞いてやらうといふ態度だつたのですが、昭和天皇が一人で反対なさつて、鎮圧に決つたのです。
 このとき、天皇は、侍従武官長に向つて、ご自分の側近たちが殺されてしまつたことに憤りの色をお見せになつて、「俺のまはりの者たちを、こんなふうに、--------------」とおつしやつたといふのです。まあ、小学校のときからの御学友もゐるのですから、日常生活では、「俺」を使つたことも多かつたとは思ふのですけれどもね。
きゃりこ:
 ふだんは何とおつしやつてゐたのかしら。「朕」かな?
オスカー:
 「朕」は余程公的なときだけ。ふだんは「自分」とおつしやることが多かつたらしい。
 まだ皇太子で十代だつたとき、ヨーロッパへいらしたことがありました。当時だから、軍艦で軍人たちと一緒に生活しながら、半年くらゐかけて旅行なさつたのです。
 このとき、軍人たちは皇太子が自分のことを何とおつしやるのか、興味津々でした。まだ天皇ではないのだから、「朕」とはおつしやらないだらうとは思ふんだけど、ぢやあ、何だらうといふことになつたのです。みんなの想像では、「マロ」とおつしやるだらうといふ意見が多かつたというのです。
 さて、乗り込んでいらした皇太子のお言葉を聞いて、軍人たちはずつこけてしまひました。
きゃりこ:
 「俺」でないとすると、ふつうに「私」かな。軍隊でなら、「自分」かな。
オスカー:
 「僕」とおつしやつたのです。
posted by 國語問題協議會 at 13:02| Comment(0) | 雁井理香