2016年07月04日

歴史的假名遣事始め (十九) 市川 浩

クイズで遊ぶ歴史的假名遣(十九)(平成二十八年七月一日)

先月のクイズ解答
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

契冲が、仮名遣いの基本を過去の文献に依拠するとして、特に古事記、日本書紀、そして
万葉集の表記を参考としたというが、これ等三書に共通する上代特殊仮名遣が無視されているのはおかしいではないか。

この主張に對する反論の一例を擧げます。

上代特殊仮名遣として記・紀萬葉の奈良時代に清音十三(古事記十四)、濁音七に二種の書き分けがあつたことは事實であり、「(古事記の)十四の假名まで假名遣として區別すべきだといふ論理も、當然成立するのであり、これを徹底させなかつたのは、(古代の假名遣に復するといふ)理念に忠實でなかつたといふことになるかも知れない」(築島裕『歴史的假名遣い』括弧内市川)など歴史的假名遣の存立基盤を覆すやうに見えなくもありません。ただ、漢字傳來により書き言葉が誕生し、その初期の完全表音的「萬葉假名」から、音韻差を整理した謂はゆるいろは四十七文字の「假名」への進化の過程で、上代特殊仮名遣が恰度臍の緒のやうに自然消滅したと考ふべきでありませう。重要なのはこの「進化」が決して人爲的なものではなく、日本語そのものの攝理であつたことです。かくて契冲は和字正濫鈔の序に於て

「我埜山準竺墳字母有四十七言裁以呂波歌。世人溥學至今則之以有限字述無窮心可謂千古絶妙百世依憑實我國字母也」
(我が埜山竺墳に字母四十七言有るに準じ以呂波歌を裁(した)つ。世人溥く學びて今に至る。則ち之限り有る字を以て窮り無き心を述ぶ。千古の絶妙百世の依憑、實に我國の字母也と謂ふ可し。)
(注)「我が埜(=野)山」は契冲が修行した高野山の開祖弘法大師空海、いろは歌の作者と長く信ぜらる。「竺墳」は天竺(インド)の墳墓に殘る文字、即ちサンスクリット、入唐した空海は長安で般若三藏に學び我が國最初の習得者となる。

と明確に四十七字母に立脚して假名遣を定義するに至つてゐるのです。これが今日の歴史的假名遣の根本義であることは言ふまでもありません。

練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

嘗てソ連崩壊で独立を回復したモンゴルでは、それまでのキリル文字を改めて、古来の国字モンゴル文字を復活させたが、結局民衆はそれを読めず、旧へ戻つた。正字・正かなを復活出来たとしても、一般民衆はもはや読み書き出来ない。
posted by 國語問題協議會 at 10:06| Comment(0) | 市川浩