2016年10月24日

數學における言葉(その5)ソクラテスの論理 河田直樹

 ソクラテスは徹頭徹尾「論理の人」である、と前回述べましたが、ソクラテスの「論理」を具体的に知るには、プラトンの初期の対話篇『エウテュプロン―敬虔について』(今林万里子訳・岩波書店)を読んでみるのが一番です。ここでは、ソクラテスとエウテュプロンの対話の論理に関するエッセンスだけを、以下に簡単に紹介しておきます。
 ソクラテスは、エウテュプロンとの対話で、ある詩人の「恐れあるところまた敬いもある」という詩句を取り上げ、この言い方は論理的に正しくない、なぜなら、「恐れの対象の範囲」は「敬いの対象の範囲」より広いからで、したがって「敬いのあるところまた恐れもある」とすべきだ、と指摘するのです。そして、これはちょうど「奇数(=敬いの対象)が自然数(=恐れの対象)の一部である」のと同じことだ、と数論の喩えを持ち出して説明するのです。
すなわち、詩人の詩句は「Xが自然数(=恐れの対象)であれば、Xは奇数(=敬いの対象)である」と誤った判断を述べていて、正しくは「Xが奇数(=敬い)ならば、Xは自然数(=恐れ)である」という判断をすべきだ、とソクラテスは述べているのです。
ここで、自然数とは1、2、3、4、5、・・・のような数であり、奇数とは言うまでもなく2で割り切れない数、すなわち1、3、5、・・・のような数です。ソクラテスが問題にしているのは、「Xが自然数であれば、そのXは必ず奇数と判断してよいか」という問題で、ソクラテスはこのような判断は誤りだ、と述べているのです。実際、Xが自然数4であるとき、その数は奇数とは言えません。しかし、Xが奇数3であれば、それは必ず自然数である、と断定することはできます。
このような論理的思考の背景にあるのは、モノゴトの集まり(集合)の包含関係ですが、上で述べてきたことを分かりやすく図示すると、以下のようになります。

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言うまでもなく、恐れや敬いの対象の集まりを、自然数や奇数の集合のように厳密に規定することは難しいことかもしれませんが、ソクラテスの上のような数論との対比的な指摘は、やはり驚くべきことです。
 なお、ソクラテスは論理の極北を目指した人でしたが、またそれゆえに彼は論理の“あや”の生み出す真のユーモアを解する人物でもありました。ここで、話を脱線してこのソクラテスの“ユーモア”について縷々語ってみたいのですが、またの機会にゆずりたいと思います。
プラトンによって伝えられたソクラテスのこのような論理が、やがてアリストテレス(384〜322B.C)の「オルガノン(=道具)」と呼ばれる、論理学に関する一連の著作に結実していくことはよく知られています。「全称肯定(すべてのXはFである)」とか「特称否定(あるXはFでない)」といった概念を確立したのはアリストテレスで、彼の論理分析は詳細をきわめ、カントが『純粋理性批判』の序文で「論理学はアリストテレス以来、一歩の進歩も一歩の退歩もなかった」と評しているのは有名な話です。とは言え、これはいささか極端な話で、クリシッポス(281〜205B.C)、ガレヌス(129〜199)、ボエティウス(480〜524)、アベラール(1079〜1142)、オッカム(1295〜1340)といった人たちがアリストテレス以来の論理学の発展に寄与してきたこともよく知られています。
ともあれ、古代希臘において論理学が確立されたことは間違いないことで、それと相俟ってユークリッド(330?〜275B.C)の『原論( ・ストイケイア)』が書かれることになるのです。それは人類史における奇跡的な「論証としての数学」の誕生でもありました。
                   (河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 13:26| Comment(0) | 河田直樹