2016年11月13日

きゃりこの戀(35) a windowかan windowか   雁井理香(かりゐりか)


オスカー:
 「この部屋には窓が一つある」と英語で言つてみて。
きゃりこ:
 それくらゐ、おばかでもできるよ。There is an window in this room.
オスカー:
 違ひます。an windowではなく、a windowです。
きゃりこ:
 どうして? アイウエオで始まる名詞の前ではaぢやなくてanを使ふのでせう。ウインドウはウで始まつてゐますよ。
オスカー:
 ウインドウではなくて、ウィンドウなのです。(後の「ィ」が小書きであることに注意)
きゃりこ:
 どう違ふの?
オスカー:
 ウイとウィは違ひますよ。ウで始つてゐるのではなく、ウィで始つてゐるのです。
きゃりこ:
 そんなこと、日本人には理解できません。
オスカー:
 ワ行音は「わゐうゑを」と書きますよね。「ゐ」「ゑ」つて、どんな発音だつたのでせう。
きゃりこ:
 「ゐ」はイで、「ゑ」はエでせう。同じ発音なのに、気障で違ふ漢字を使つてゐるだけですね。
オスカー:
 カ行音はka, ki, ku, ke, koでせう。統一が取れてゐますよね。現代日本語ではだいぶ崩れてゐますが、古い日本語では、どの行も統一が取れてゐたのです。
 さうしたら、ワ行音はどういふ発音だつたでせう。
きゃりこ:
 ka, ki, ku, ke, koの場合と同じに考へればいいといふのなら、wa, wi, wu, we, woですよね。ワ・ウィ・ウ・ウェ・ウォつて、発音してゐたのかな。えッ、「ゐ」は、昔は「ウィ」つて発音してゐたの?
オスカー:
 正解です。見事なものだ。ぢやあ、wagon(ワゴン/運搬台)なら、aですか。anですか。
きゃりこ:
 そりやあ、ワの前だからaでせう。
オスカー:
 waの前ならaで、wiの前ならanといふのはをかしくありませんか。
きゃりこ:
 なるほど。日本語で考へるから變に思ふけど、音を考へるなら、a windowつて、当り前ですね。
 ぢやあ、web(蜘蛛の巣)も、ウェブだけど、a webになるんだね。そして、古い日本語では、「ゑ」は「ウェ」と発音してゐたんだ。
オスカー:
 「井戸(ゐど)」はウィド。「繪(ゑ)」はウェといふ発音だつた。ただし、「今(いま)」はイマ。「枝(えだ)」はエダでした。
きゃりこ:
 さうか。歴史的仮名遣といふのは、古い発音に拠つてゐるんだ。
オスカー:
 さうすると、eとyeの違ひも分かりますね。
きゃりこ:
 ア行の「え」はe。ヤ行の「え」はyeですね。でも、どうして同じ假名「え」を使ふのだらう。
オスカー:
 奈良時代の万葉假名では、書き分けてゐます。たとへば、「江」はye の音ですし、「得(え)」や「榎」(え、えのき)は e の音でした。
 ついでに、「得」の終止形は「う」です。連用形が「え」で、終止形が「う」ですから、ア行活用だと分かります。
 それに対して「越え」の「え」はyeでした。これは終止形が「越ゆ」だから、ヤ行活用だと分かります。だから、「越え」の「え」もヤ行の「え(ye)」なのです。
きゃりこ:
 異議あり。「得」は、連用形が「え」で、終止形が「う」なら、実は「え」でなく「ゑ」であつて、ワ行活用だといふ可能性もあるぢやないですか。
オスカー:
 おお、これは僕のミスだつた。見事な推理です。ワ行活用の可能性もありますね。でも、これがア行活用だと分かるのは、万葉假名でア行として扱つてゐるからです。
 さて、平假名・片假名が発明されたのは、平安時代の初めと言はれます。それまでは万葉假名、つまり、「い」に「伊」を宛てるやうに、漢字で日本語の発音を表はしてゐたのです。
 このことから、ア行の「え(e)」とヤ行の「え(ye)」について、何か推理できませんか。
きゃりこ:
 -----------------------。ひよつとして、奈良から平安に移る頃にeとyeの区別がなくなつたのかな。
オスカー:
 そのとほりです。さすがはねねさんの妹だ。
きゃりこ:
 ねねを讃めるな。痛い目に遭ひたいと見えるね。
 でも分かつてるよ。あたし、おばかなんだ。
オスカー:
 さうぢやありません。きゃりこさん、勉強嫌ひなだけで、頭はいいんです。
きゃりこ:
 やめて。その言ひ方、教師のつく嘘の代表なんだよ。さう言はないとあたしが暴れると思つてるんだろ。日本の教師だけの偽善かと思つてゐたら、外人もさういふこと言ふんだ。
オスカー:
 でも、本当に、e とye は、假名が発明されるちよつと前に区別がなくなつたのです。だから、区別するための假名もできなかつたの。
 ところで、earとyearですが、aですかanですか。
きゃりこ:
 だんだん分つて來たよ。今までの話からすると、an ear, a year なんだね。
 あ、また閃いた。ear の頭はア行の「イ(i)」で、yearの頭はヤ行の「イ(yi)」なんだ。現代の日本人には分からないけど、昔の日本人には分かつたんだね。
オスカー:
 さすがは賢くなつたきゃりこさんだ。ただ、yi はもともと存在しなかつたといふ説も強い。y はiと似すぎてゐるから、吸収されてしまふといふのです。
きゃりこ:
 ついでに、edge の頭がア行の「え」で、yesterday の頭がヤ行の「え」なんだ。wet みたいなワ行の「ゑ」はウェで、これはまた別格だね。
オスカー:
 区別するために、ヤ行の「え」を「江」と書くこともあります。
 ぢやあ、womanはaかanか。
きゃりこ:
 ------------------------。先生の理窟どほりに考へると、ワ行のウだから a woman でせうね。
 でも、ア行の「う」も、ワ行の「う」も「う」と書くんだよ。何か變だな。
 あ。別に變ぢやないね。ア行の「う」は u で、ワ行の「う」はwu だつたんだ。古い時代には。
オスカー:
 これもyiと同じで、w はu に吸収されやすいから、ワ行の「う」は始めから存在しなかつたといふ説もある。
きゃりこ:
 整理すると結局かうなるね。
 平安初期までは、「やいゆえよ」は ya, (y)i, yu, ye, yo。「わゐうゑを」はwa, wi, (w)u, we, woだつたといふことだね。
オスカー:
 賢い。賢い。(y)i、(w)u と括弧を使つた所なんぞ、僕の言つたことをよく理解してゐる證據ですよ。
きゃりこ:
 平安初期の人に window を假名にさせたら、「ヰンドウ」と書いたのでせうね。そして、yesterdayは「江スタデイ」だ。
オスカー:
 もう一つ賢い。驚いた。
posted by 國語問題協議會 at 10:36| Comment(0) | 雁井理香