2017年02月04日

きゃりこの戀(40) 「ゑむ」「ゑまふ」  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 女の子の名前で、「咲」と書いて「えみ」と読むのがあるぢやないですか。なんでそんな読み方ができるの?
オスカー:
 「咲」といふ字は、もともとの中国では、「花が咲く」といふ意味には使ひません。花が咲くときは、「開く」と言ひます。だから、「開花」と言ふの。
きゃりこ:
 ぢやあ、どんなときに「咲」の字を使ふの?
オスカー:
 「咲」は「わらふ」なの。「わらふ」を漢和辞典の音訓索引で引くと、七つも八つも漢字があるんだけど、主なものは「笑」「嗤」「咲」の三つですね。
 「笑」は一番よく使はれて、いろんな笑ひ方を包含してゐるやうです。
 「嗤」は嘲つて笑ふ場合に使ひます。
 「咲」は「ほほゑむ」です。
 話は違ひますが、インターネットで、「ローレライ」をドイツ語の歌詞で歌つてゐる動画を検索すると、ドイツ人の落ち着いた美女が顔だけ出して歌つてゐるのがあります。僕、この人が好きで、いつも見てゐるのですが、------------------------。
きゃりこ:
 また始まつた。
オスカー:
 この人、どつちかといふと冷たい感じのする人なのですが、「イヒ、ヴァイス、ニヒト」と歌ひ出す直前に、口元だけでニコッとするの。この笑顔が好きなんですよ。ほんたうの「ほほゑみ」つてこのことだな、と思ひます。
きゃりこ:
 前は、石原洵子の笑窪が好きだと言ひましたよね。何か、性格分析ができさうだね。
オスカー:
 「ほほゑむ」は「微笑む」と書いたりしますが、語源的には「?ゑむ」。古語ではほほゑむことを「ゑむ」と言つたの。それに「ほほ」を付けて「ほほゑむ」が出来ました。
 そして、「咲」の字は「わらふ」の中でも、ほほゑむやうな笑ひ方に使つたので、訓読みでは、「わらふ」とも「ゑむ」とも読みます。その連用形が「ゑみ」で、女の子の名前にも使はれるのです。「笑」と書いて「ゑみ」といふ名もあるやうですね。「笑」はいろんな笑ひ方に使へるのですから、「ゑみ」と読んでも理窟は合ふでせう。
きゃりこ:
 「咲」の字で「さき」と読む女の子もゐますね。
オスカー:
 「咲」を「開花」の意味にしてしまつたのは日本人なのです。だから、「さく(さき)」は「國訓(こくくん)」です。
 萬葉集にこんな歌があります。
   燈火の影に耀ふ現身の妹が咲ひし面影に見ゆ
 (ともしびの/かげにかがよふ/うつしみの/いもがゑまひし/おもかげにみゆ)
きゃりこ:
 なんか、よく分からないけど、綺麗な歌だね。燈火の下で彼女がほほゑんでゐるのがかはいく見えるといふのかな。
オスカー:
 「うつしみ」は「現実の」といふ意味。今、男は一人でゐるんだけど、燈火の下に、現実の彼女がほほゑんでゐるかのやうに幻が見える、といふことなんですよ。
きゃりこ:
 ひやあ、ますます綺麗な歌だね。暗記しよう。
 「ゑまひし」は何? 「ゑむ」があることは分かる。最後の「し」は、過去の助動詞「き」の連体形だね。
オスカー:
 「ゑまふ」の連用形「ゑまひ」に「し」が付いたのです。
 「ゑまふ」は「ゑむ」が時間的に持續してゐる状態を言ひます。
 動詞「ゑむ」の語幹は「ゑ」だといふことになつてゐますが、語源や造語法を考へる場合は、語尾の子音をローマ字で表はした部分まで語幹だと仮定すると面白いのです。
きゃりこ:
 「ゑむ」の語幹がwemといふ意味?
オスカー:
 さうです。その wem に -afu がついて wemafu ができた。この -afuといふ語尾が付くと、時間的持続を表すことになるのです。
きゃりこ:
 外にどんな例があるの?
オスカー:
 偉い。偉い。外に例がなければ一般論は言へませんからね。それが学問的態度といふものです。
 「くふ(食)」に同じ作業をするとどうなりますか?
きゃりこ:
 kufu の語幹 kuf に -afu をつけると kufafu。「くはふ」かな。なんだ、こりゃ。
オスカー:
 平安時代の初めまでは、ハ行音はfa, fi, fu, fe, foだつたのですから、kufafuが「くはふ」なのです。口語ならどうなりますか。
 「おとづる(訪)」が、口語なら「おとづれる」になるのですから、-----------。
きゃりこ:
 otuduru の u を消してeruを付けると口語になるんだ。
オスカー:
 上下の二段活用の場合だけですよ。「ゑまふ」のやうな四段活用の場合は、文語も口語も同じ形です。
きゃりこ:
でも、二段活用だと仮定すると、kufahu の uを消して eru を付ける。---------------------------わ、わかつた! 「くはへる」だ。
オスカー:
 「くふ」はもともとは「食ひ付く」の意味だつたのです。
きゃりこ:
 さうか。食ひ付いて、その状態を維持すると「くはへる」になるものね。
オスカー:
 「つく(付)」にこの作業をすると?
きゃりこ:
 「つかふ」。口語なら「つかへる」。「仕へる」かな?
オスカー:
 人のお供をするのは、くっついて行くのだから、「付く」でせう。偉い人にくっついて、そのままにしてゐれば、「仕へる」ことになるでせう。
きゃりこ:
 ちよつとこぢつけみたいな気もするけど、納得できなくもないね。
オスカー:
 「とる(取)」だとどうでせう。
きゃりこ:
 toru の u を消して afu をつけると、torafu。口語なら toraferu。「とらへる」だね。
 人を捕まへるのを「取る」と言つてもをかしくはないね。その状態を維持すると「とらへる」か。
オスカー:
 「つかむ(?)」だと?
きゃりこ:
 「つかまふ」。口語だと「つかまへる」。なるほど、「つかむ」と「とる」とはそんなに違はない意味だものね。
オスカー:
 もう一つ。今度は三音節語で行かうか。「たたく(叩)」だとどうなりますか。
きゃりこ:
 「たたかふ」。あッ。今度はこのままでいいんだ。
オスカー:
 四段活用の場合は、uを消して eru を付ける手間が要らないのです。
きゃりこ:
なるほど。「たたく」を持続すると「たたかふ(戦)」になるのか。古い日本語つて、神秘的だね。
オスカー:
 始めに戻ると、ローレライの彼女みたいにちよつとニコッとするのが「ゑむ」。石原洵子さんみたいに、歌ひ終つた後に、しばらく笑顔を見せてゐるのが「ゑまふ」。
きゃりこ:
 感心した。
オスカー:
 古代には「もみづ」といふ動詞がありました。染色して色を出すこと。染色液に漬けて揉んで色を出すから、「揉み出づ」。これが「もみぢ(紅葉)」の語源です。
 萬葉集に、こんな歌があります。
   百船の泊つる対馬の浅茅山時雨の雨にもみたひにけり
  (ももふねの/はつるつしまの/あさぢやま/しぐれのあめに/もみたひにけり)
 朝鮮に渡る船は、対馬に寄航してから改めて北に向ふこといなつてゐたのです。
きゃりこ:
 「もみたひにけり」がポイントみたいだね。
オスカー:
 さうです。「もみづ」は momidu。-afu を付けると、momidafu。どういふわけか知らないが、dが清音化してtになつて、momitafu。
 「もみぢにけり」だつたら、船が入つて行つたそのときに、パーッと赤くなつたといふをかしなことになります。時雨に濡れて、ずつと赤くなつた状態を維持してゐたから、「もみたふ」を使つたのです。
posted by 國語問題協議會 at 22:40| Comment(0) | 雁井理香

2017年02月01日

歴史的假名遣事始め (二十六) 市川 浩


クイズで遊ぶ歴史的假名遣
先月のクイズ解答
問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

結局正字・正かなは昭和二十年までの表記といつても、完成は契冲以後であり、それも不徹底であつた。つまり所詮近世の人造物に過ぎず、同じ人造物である現代仮名遣いの方が遥かに合理的ではないのか。

この主張に對する反論の一例を擧げます。

言語の歴史や文化は夫々の言語に固有のものであり、それゆゑにこそ多種多樣の言語が地球上に存在し、恰も生物の多樣性に似てゐます。生物種が生存して行くためには親に教へられた生き方しか無いやうに、言語も親から承繼いで習練したものしか生き殘れません。「契冲」の假名遣は「近世の人造物」では決してありません。記・紀・萬葉に殘る國語の根源を發見して、之を一般化したものだからこそ、後世の人もこれに從つて來たのです。その點「現代仮名遣い」は國語の表記を音標文字化する目的で當に人工的に造られたものです。さうした試み自身には敬意を拂ひますが、これを行政の對象として強制し、人工故の缺陷にも批判を「無視」する運營に異議を申立ててゐるのです。しかも「面倒な歴史的假名遣を覺えなくてよくなつた」と引換へに、古典を失ひ、言葉遣ひの業が廢れるといふ取返しのつかない損害に目を向けていたゞきたいのです。

練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

いよいよ小学校での英語の必修が本格化し、中学入試の対象にもなる。グローバル化の流れは止められない中で、子供たちは必死に頑張つている。そこへ漢字だ、仮名遣いだと余計な負担をかけて、結局どれも中途半端に終ってしまったら、正字・正かな屋はどう責任をとってくれるのか。
posted by 國語問題協議會 at 21:56| Comment(0) | 市川浩