2017年08月04日

きゃりこの戀(50) 武田信玄の詫び状  雁井理香(かりゐりか)


きゃりこ:
 優ちゃんて、私のこと、好きかな。江戸博物館とか、いろんなとこ一緒に行つてはくれるんだけど、妹みたい。同い年なんだけど、頭のレベルが全然違ふから、どうしても兄と妹みたいになつちやふんだよね。別に本當の妹がゐるんだから、そつちともライバルになりさう。そして、美少年好きのオスカー先生も優ちゃんを狙つてゐるし。なんか、もう怪しいんぢやないかしら。
オスカー:
 駄目だよ。そんなこと言つちや。僕はクリスチャンだから、ホモはいけないの。
きゃりこ:
 へええ、キリスト教はホモはいけないんですか。でも、外人って、ホモの人多いんでせう。
オスカー:
 いけないと言はれると、却つてそつちに行きたくなるものなのですね。
きゃりこ:
 日本はホモは少ないんですよね。
オスカー:
 それは大變な誤解です。今では地下に隠れてゐるけど、歴史を紐解くと、日本はホモ天国だつたの。
 何よりも代表的なのが戰國時代の武將。戰爭には女は連れていけないから、かはりに美少年を連れて行つて、身の回りの世話をさせるのです。そして、ホモの関係になると、一生裏切られないといふ信頼関係ができるので、軍事的政治的にも殿樣にとつて有利になるのです。
きゃりこ:
 きたないなあ。打算なのか。
オスカー:
 さう言つては身も蓋もありません。打算と本當の愛が混ぜ混ぜになつてゐると言つたらよいでせう。
 戰國時代の武將で、ホモでなかつたのは秀吉だけ。秀吉は農民の生まれなので、武士の文化が解らなかつたと言はれてゐます。
きゃりこ:
 信長も家康もホモだつたのですか。ショック。
 あ、森蘭丸って、美少年だつたといふけど、まさか………。
オスカー:
 そのまさかですよ。森蘭丸は、信長のお稚児さんだつたのです。本名は「乱丸」だつたのですが、信長が女のやうに愛して、「お蘭」と呼んでゐたので、「蘭丸」になりました。
きゃりこ:
 なよなよした女みたいな男だつたのでせうね。
オスカー:
 全然違ひます。戰國時代の美少年は、みんな劒術の達人。そして、いざといふときには殿樣の爲にすぐに腹を切る潔さを持つてゐたのです。
きゃりこ:
 かつこいい!! 見かけは女みたいに綺麗で、気風(きつぷ)は男の中の男なんだね。
オスカー:
 江戸時代になつて、戰爭がなくなると、なよなよした美少年が愛されるやうになりました。「陰間(かげま)茶屋(ぢやや)」なんて、美少年が売春をするラブホテルですからね。
きゃりこ:
 ひやああ。今でも新宿二丁目に行くとさういふ所があると聞いたけど。
オスカー:
 戦国の美少年で有名なのが、不破(ふは)萬作(まんさく)。豊臣秀次に仕へてゐたのですが。
きゃりこ:
 豊臣秀次って、この前知つた。秀吉の甥で、養子にされたのに、秀吉に実子の秀頼が生まれると、謀叛の疑ひを着せられて、切腹させられた人よね。
オスカー:
 秀次が切腹するときに、まづ萬作が先立つて腹を切つたのです。
きゃりこ:
 きゃ。戀をしてしまひさう。
オスカー:
 秀次の家臣に、萬作に戀をしてゐる男がゐました。萬作は男が自分を見る目からそれに気づきました。そして、或る日、男が乘つてゐる駕籠を自分の駕籠で追ひ掛けて、横並びに駕籠をくつつけて、その中で愛し合つたのです。
きゃりこ:
 相手もイケメンだつたのかしら。
オスカー:
 さうぢやなくて、その気持に應へて、情を施したのです。
きゃりこ:
 男同士で愛するって、どうするの。
オスカー:
 それは私の口からは言へません。あ、優ちゃんに聞いちや駄目だよ。嫌はれてしまふかも知れないからね。寧々さんに訊きなさい。訊いても打擲(ちやうちやく)されることはないと思ひますよ。
きゃりこ:
 秀次に見つかつたらどうなるの?
オスカー:
 そりやあ、二人とも生きてはゐられません。でも、かういふ人たちは命なんか惜しまないのです。実際、このことは秀次には發覺しなかつたのですが、相手の男は、愛し合つた後、すぐに切腹しました。
きゃりこ:
 ええええッ?? 愛が成就したのに切腹するの?
オスカー:
 天人が情を下さつたのですから、厚情に報いるためには、命を捧げるしかなかつたのです。
 さて、もう一人御紹介したいのが、高坂(かうさか)弾(だん)正(じやう)昌(まさ)信(のぶ)。武田信玄の家臣で、信玄死後も勝頼に仕へましたが、設楽(しだら)が原の戰ひ(長篠の戰ひ)で戦死した勇猛の武士です。
 若い頃は春日源助といふ名でしたが(春日虎綱ともいふ)………。
きゃりこ:
 ふんふんふん。武田信玄に愛されたのか。
オスカー:
 或る日、源助は、躑躅(つつじ)がアのお館に出仕して來なくなりました。晴信(信玄の若い頃の名)が「どうしたのか」と問ひ合はせると、「殿が浮気なさつたので、もう出仕しません」といふ返事。晴信より六歳下。私の推測では、晴信二十一歳。源助十五歳でせうね。
きゃりこ:
 そんなに若いの?
オスカー:
 美少年の花の命は女より短いのです。元服前の十五くらゐが花の盛り。
 偖(「さて」といふ漢字は「偖」と「扨」を覚えて下さい)、そこで、晴信はどうしたと思ひます。
きゃりこ:
 「出て來ないと手討ちにいたすぞ」
オスカー:
 愛人にそんなこと言へませんよ。逆に、晴信が詫び状を書いたの。
きゃりこ:
 まさか。
オスカー:
 本當ですよ。その内容が殘つてゐます。
  一.彌七郎にしきりに度々申し候へども、蟲気の由申し候間、了簡なく候。全く我が偽りになく候。
  一.彌七郎伽に寢させ候事無之候。……………。
きゃりこ:
 いくら雁井さんのおかげで賢くなつたといつても、これはあたしには難し過ぎるね。だいたい、「蟲」なんて恐ろしい漢字が分からない。
オスカー:
 「虫」は「蝮(まむし)」のかたちで蛇のこと、こちらの方がおそろしい。「蟲」は蛆蟲が集つた象形文字、元はこの二つは別の違ふ字でした。「蟲氣(ちゆうき)」は腹痛ですね。
きゃりこ:
 「彌七郎」は「やしちらう」と讀むのね。これが、ライバルの美少年の名前かな。
オスカー:
 賢い。賢い。「彌七郎に何度もホモの相手をするやうに命じたが、本人が腹が痛くて駄目だと言つて承知しなかつた。嘘ではない。彌七郎に夜伽(よとぎ)をさせたことは一度もない」といふ意味。
きゃりこ:
 すごい露骨な文だね。「寢させ候事無之候」は何と讀むの。
オスカー:
 「ねさせさうろふ(ソウロウ)こと、これなくさうろふ」
 ついでに、「蟲気の由申し候間、了簡なく候」は「ちゆうきのよし、まうしさうらふあひだ(モウシソウロウアイダ)、れうけん(リョウケン)なくさうらふ」。「候間」は「〜なので」の意味。候文では重要な成句です。
 そして、最後に知つてゐる限りの神社仏閣の名前を書いて、「もし俺の言葉に嘘があつたら、神佛からどんな罰を受けてもかまはない」と言つてゐます。
 詫び状といふよりは弁明状ですね。
きゃりこ:
 どんな権力者も美少年には弱かつたのか。
オスカー:
 美女に弱いのと同じですよ。
 因みに、ここまで誓ひながら、晴信、彌七郎とはしっかり浮気をしてゐたとのこと。
posted by 國語問題協議會 at 21:55| Comment(0) | 雁井理香