2018年03月31日

歌 花 作詞:武島又次郎(羽衣) 作曲:瀧廉太郎

一 春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき

二 見ずや あけぼの露浴びて
われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を

三 錦おりなす長堤に
くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき
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2018年03月26日

つたへること・つたはるもの(25)〈ことば〉で傳へにくい「つらさ」を聴く、觸れる、診る。 原山建郎

二〇一三年の冬、ファイザー梶Eエーザイ鰍ノよるプレスセミナー「『痛み』をめぐる醫療と言語研究がもたらす新たな可能性」のレジュメと「47都道府縣比較:長く續く痛みに關する實態調査2013」(二〇一三年九月發表)の配布資料を入手した。そこで、當時、東洋鍼灸専門學校で講じてゐた社会學の授業で、『「痛み――ことばでは説明できないつらさ」を聴く・觸れる・診る』をとり上げた。たとへば、整形外科など標準的西洋醫學が苦手とする「痛み(疼痛)の除去」は、鍼灸治療など東洋物療では得意分野なのだが、實際に患者の訴へを「聴く、觸れる、診る」手がかりとして、ことばによる「痛み」表現のとらへ方が重要となる。
また、プレスセミナーで注目されたトピックは、二〇一一年三月一一日に発生した東日本大震災の救援活動に入った醫療チームが、東北地方の方言、とくに被災地(福島・宮城・岩手)の高齢者が訴へる「つらさ」を理解するのに苦労した經驗から、翌二〇一二年三月、岩手縣出身の竹田晃子さん(國立國語研究所非常勤研究員)が作成した『東北方言オノマトペ用例集』(https://www.ninjal.ac.jp/pages/onomatopoeia/)である。用例集の表紙には、おばあちゃんが訴へる「のどぁ ぜらぜら」に耳を傾ける醫師の姿が描かれてゐる。「ぜらぜら」とは「のどに痰がからまって鳴る」様子をあらはす、青森・岩手地域の〈ことば〉ださうだ。

オノマトペとは、自然界の音や聲(擬音語)、物の形状や動き(擬態語)のことで、かつて文字をもたなかった上代日本の話しことば(やまとことば)は、オノマトペの音韻から生まれた〈ことば〉である。
身近なところでは、戸を開ける音(カラカラ、ガラガラ)、花びらが散るさま(ハラハラ、バラバラ、パラパラ)、痛みの訴え(ヒリヒリ、ビリビリ、ピリピリ)などが挙げられるが、日本語を母語として育った私たちには、それぞれ清音・濁音・半濁音で傳はる「からだ感覺」の微妙な違ひを理解することができる。
ウェブサイト「メディカル・オノマトペ」に寄稿したコラムで、竹田さんは「母語としての方言」の重要性を訴へてゐる。
オノマトペには、體調や氣分を表す表現がたくさんあります。共通語では、痛みをシクシク、キリキリ、ズキズキなどと表現することがありますが、各地の方言にも獨特なオノマトペがあります。(中略)方言は、地域で暮らす人の生活を支へる母語です。方言をなくすのではなく、方言を使ふ人と使はない人とが互ひの立場を尊重しながら、必要に應じて意思の疎通を圓滑に行ふことができる社會を目指して 、醫療現場の協力を得ながら、この問題に取り組みたいと考へてゐます。
(『東北方言オノマトペ用例集』の取り組み)
普段は共通語(標準語が母語)で暮らす私たちも、「痛み」を訴へるとき、
【ズキズキ・ズキッ・ズキリ・ズキン・ズキンズキン/チクチク・チクリ・チクン・チクッ/ズンズン・ズーンズーン・ズン・ズーン/ガンガン・ガーンガーン・ガーン/ギシギシ・ギシリ・ギシッ/ゴリゴリ・ゴリッ/ジンジン・ジーン・ジン/ビリビリ・ビリリ・ビリッ/ピリピリ・ピリリ・ピリッ……】
などのオノマトペを使ひ分けてゐる。
「痛みに關する實態調査2013」には、〈お國ことば〉で傳へる「痛み、つらさ、苦しさ」が紹介されてゐる。たとへば、同じ「痛み」であつても、各地特有のオノマトペを通して、からだの悲鳴が聞こえてくる。
【ワクワク:頭痛(中国・四国地方)/ハチハチ:頭痛(中国・四国地方)/ニシニシ:腹痛(香川)/ウラウラ・マクマク:めまい(東日本)/キヤキヤ:胃痛(関東・中部地方)/カヤカヤ:のどの不調(静岡)/エキエキ:暑苦しい(秋田・山形)/ゾミゾミ:悪寒(岐阜)/タクタク:足の疲労(島根)……】
また、「つらい」「苦しい」の訴へ表現にも、〈お國ことば〉ならではの多彩なバリエーションがある。
【あんばいわるい、うい、えらい、おぶない、かなしい、きつい、こわい、しょうない、しろしい・しろしか、しんどい・しんどか、ずつない・ずつなか、せちい・せつない、せんない、たいそな、てきない、なずむ、なんぎする、のさん、ひどい、むずかしい、ものい、よわる……】

竹田さんは、「実態調査」結果から、醫療現場における「痛みのオノマトペ・方言」の積極的活用を訴へてゐる。
@ 痛みは把握が難しいため、症状を醫師・看護師に理解してもらふには、何とかして傳へる必要がある。
A しかし、診療の場では、患者はしばしば自身の痛みをうまく説明できてゐないといふ實態が明らかになり、痛みの症状傳達の難しさが浮き彫りになつてゐる。
B その一方で、「痛みのオノマトペ」を用ゐて表現すると、醫師・看護師の理解獲得に手應へを感じる患者が多い。
C 醫師・看護師が患者と同じ表現(オノマトペ・方言)を使ふことによる効用がみられ、コミュニケーションの活性化を通じて、よりよい診療の実現が期待できる。

「お國なまりは、お國の手形」ともいふ。
改めて〈お國ことば〉による相互理解が、強く求められる時代の到來。
(武藏野大學非常勤講師『ゴム報知新聞』電子版コラム (2017年1月)

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2018年03月11日

きゃりこの戀(54)  贈り名  雁井里香

オスカー:
 さて、前回の続き。「後西院」に「天皇」を附けたのだから、「後西院天皇」になる所ですが、さつき言つたやうに、江戸時代には「天皇」と言はずに「院」と言つたから、「後西院院」となるはずです。「院」が二つ続くのもをかしいから、「後西院」になり、明治になつて、天皇の称号が復活してからも、「後西天皇」になつてしまつたといふわけです。このとき、「後西院天皇」にすればよかつたのに、単純に後西院の院を天皇に置き換へてしまつたのがいけなかつたのです。
ねね:
 なるほど。長年の疑問が氷解しました。
オスカー:
 前回から、天皇の贈り名のことを「諡号」と呼んで来ましたが、実は「諡號」と「追號」があるのです。「聖武」とか「天智」とか、天皇の業績を讃えて付ける場合は「諡號」ですが、「醍醐」とか「鳥羽」とか「正親町」とか、地名などを附ける場合には「追號」と言います。
ねね:
 ふううん。それは知らなかつた。ぢやあ、「後鳥羽」のやうに、「後」を附けたのは?
オスカー:
 それは「加後號」(かごがう)。
ねね:
 「號を加へる」か。分かり易いですね。
 ところで、諡号追号つて、音読みばかりですよね。
オスカー:
 そんなことありませんよ。よく考へてごらんなさい。
ねね:
 あ、さうか。今言つたばかりの「鳥羽」「正親町」も《訓讀み》だ。
オスカー:
 霊元天皇の次は誰でしたつけ。
ねね:
 東山天皇。「ひがしやま」つて、訓読みしてゐますね。この人、忠臣蔵のときの天皇だつた。浅野内匠頭が饗応するはずだつた勅使は東山天皇のお使ひだつたんですよね。
オスカー:
 その後は------------?
ねね:
 ああ、ゐます、ゐます。次は中御門(なかみかど)、櫻町(さくらまち)、桃園(ももぞの)、後櫻町、後桃園。このへんに訓読みの天皇が集中してゐますね。
ねね:
 ところで、平安時代の「近衛」天皇は、音読みかしら、訓読みかしら。
オスカー:
 「こんゑ」が訛つて「このゑ」になつたのだから、音読みと考へた方がいいでせう。
ねね:
 「きんゑい」ぢやなくて、「このゑ」なのは、《呉音》ですね。でも、《呉音》なら、「こんゑ」になりさうだけど。
オスカー:
 konweの頭の母音がoだから、それに引かれてnの後にoが入つてしまひました。
ねね:
 古代の母音調和の名残ですね。
オスカー:
 さうも考へられますね。あるいは「こん・の・ゑ」かも知れない。「近衛大将」とか、役職としては前から存在する名前ですからね。
 さて、中御門天皇の子孫はここで絶えて、中御門の弟の孫(閑院宮家皇子)が光格天皇(明治天皇の皇祖考)として即位しました。王朝が変つたから、訓読みの習慣を止めて、もとの音読みに戻したのかも知れませんね。
ねね:
 「皇祖考」つてなんだ。ああ、さうか。一般人でも亡くなつた父親のことを「先考」といふから、「皇考」は「天皇のお父さん」、「皇祖考」は「天皇のおぢいさん」でせうね。
オスカー:
 さすがは見事な推理ですね。
ねね:
 「中御門」は漢字三字ですね。さういへば、「正親町(おおぎまち)」天皇もゐましたね。信長と腹のさぐりあひをした天皇。
 それにしても、「正親町」つて、変な名前。なんで、そんな風に読めるのかしら。
オスカー:
 この字をなんでさう読むかは諸説あつて、納得できる説明はありません。
 ただ、京都市内に「正親町」といふ地名があるから、その名前を取つたことは間違ひないでせう。御所のすぐ西の方です。藤原氏の分かれにも、「正親町」家があります。
 戦前の皇室辞典を見ると、「あふぎまち」ではなく「おほぎまち」となつてゐますから、現代仮名遣も「おうぎまち」でなく「おおぎまち」ですね。まあ、現代仮名遣なんかどうでもいいのですが。
ねね:
 「後」が付かないで、漢字三字の天皇は、「中御門」と「正親町」だけかな。--------------------もう一人ゐました。ずつと前の「土御門」だ。そして、漢字四字は「後土御門」だけ。
 それにしても、私が感心するのは、日本語つて、漢語の、特に二字熟語の場合は、同音になることが多いのに、天皇諡号は、同じ発音になる名前が一組もないんですよね。
オスカー:
 おお、それは僕も気付かなかつた。よほど考へて付けたのでせう。音読みの二字熟語が百もあつて、同じ発音が一組もないといふのは奇蹟に近いですね。
 平成の元号を選ぶときに、アルファベットの頭文字が、明治(M)、大正(T)、昭和(S)とだぶらないやうに気を付けたといふ話もあります。
 平成の次の元号は、「アイウエオ」か、さうでなければ、K, Nで始まる言葉になりさうですね。あるいは、濁音かな。
 嚴寧(げむねい)元年。
ねね:
 恐ろしい寧々?
posted by 國語問題協議會 at 11:23| Comment(0) | 雁井理香