2018年09月25日

「つたえること・つたわるもの」31 縱書き思考はロマンの夢、横書き思考はリアリズムの刃。 原山建郎

 49年前、『主婦の友』の新前記者だつた私は、縱書き仕様の原稿用紙(1枚20字×10行=200字)に、万年筆で記事を書いてゐた。料理課の記者の場合は、下書き用紙に鉛筆で書いて、デスクのチェツクを經て、付けペンや萬年筆清書する方式だつたので、提出原稿の書き損じはなかつた。しかし、讀み物課(藝能記事、社會ルポなど)に配属された私は、ぶつつけ本番で原稿を書くので、誤字や書き直しをするたびに、書き損じの原稿用紙を丸めて屑籠に放りこんだ。ちょつと見には、流行作家が原稿用紙を破りながら呻吟する光景だが、「原稿はまだか」といふ鬼デスクの督促に怯えながら、頭の中は真つ白になつていた。
大學(商學部)卒業まで、授業ノートは横書き、教科書の多くが横組み、答案用紙も横書きで、わずかに年賀状と手紙だけが縱書きといふ時代をすごした私が、縱組み(当然、縱讀み)の雑誌『主婦の友』の記事を、縱書きの原稿用紙で書く記者稼業、「縱(組み・書き・讀み)」社会の住人になつたのである。
その私が、當初は止むなくだつたのが、やがてどつぷり「横書き」社会に定住することになつたのは、1980年代後半、「全員、ワープロ(ワードプロセつサ)で原稿作成」といふ社命がその出發点だつた。
慣れない手つきでワープロ(その後はパソコン)をポツンポツンと叩くうちに、ある變化に氣がついた。
それまでは、縱書き原稿用紙1枚、10行のマス目を兩眼(視野)で意識しながら、これから書く200字分の記事内容を構想しつつ、當面の20字を書き進めるので、途中で氣が變はるたびに原稿用紙を屑籠へといふパターンを繰り返してゐた。やがて、ワープロで横書き仕様の原稿に慣れると、文章のセンテンスがどんどん短くなつた。真つ白な文書作成画面にはマス目がなく、英文タイプのやうに文字列が折り返すまでの「目前の1行」に集中せざるをえない。しかも、一定の文字數ごとに「文字變換・確定」を繰り返すので、1センテンスを短く完結させるやうになつた。
すると、縱書きのときより「わかりやすく」なつた。文法的には、主語と述語、目的語の關係が明確になつた。約200字分をイメージしながら書く縱書き原稿用紙では、どうしても前後の文章をつなぐ接続詞(しかし、すると、また)を多用するので、讀者の目には「前置きの説明が多すぎて、何が結論かわかりにくい」と寫つたかもしれない。「回りくどい」文章から、「ひと言で傳達」の文章への變身である。
本格的にパソコン(Word文書)で原稿を書き始めてから、もう30年近くなる。その後の文章修業は、まず40字程度の「ひと言で傳達」を作成し、それに20字前後の「關連情報」を2つか3つ追加しながら、1つのパラグラフ(意味のひとまとまり)を構築する文章作成法(パラグラフ・ライティング)に磨きをかけた。これはワープロでの横書き(Word文書)體験30年から生まれた文章表現メソツドだが、その基礎となつたのは、18年間、ひたすら縱書き原稿用紙に書き續けた月刊誌の取材記者キャリアであつたと思ふ。

京都産業大學文化學部・若井勲夫教授(現名誉教授)が、「私の人生について」といふ課題を縱書きと横書きで書かせ、その違ひをどう感じたかを調べた研究(2003〜2005年)の結果は、とても興味深い。
@ 縱書きによる文章作成では、重みと引き締まりがあり、内面の思考を深める。考へることが重要な論文や、想像力を働かせる小説などに適している。
A 横書きによる文章作成では、輕さとゆるみがあり、物事をスパツと切り分けるのが得意。短いセンテンスによる日記、箇条書きでポイントを示す説明書きなどに適してゐる。

全體の「まとめ」として、私が文教大學の授業(「文章表現」)で用ゐたレジュメ資料(若干加筆)を紹介しよう。

「縱書きの文章腦、横書きの文章腦」
●横書きの「大學ノート」は、1884(明治16)年、東京大學の近くにあつた文房具・洋書店の「松屋」が賣り出したことに由來する名前。當時としては珍しいクリーム色の洋紙を使用した、横罫線のみでマス目のない「大學ノート」が誕生した。
●縱書きの「原稿用紙」は、活版印刷が盛んになつた明治時代中期に登場した。
新聞や雜誌に掲載する原稿は「字數を正確に把握する」必要から、当初は19字×10行(190字詰原稿用紙)だつたが、やがて20字×20行(400字詰原稿用紙)が日本語「作文」のスタンダードになつた。
●A 原稿用紙に「縱書き」で書く、B ワープロで「横書き」で打つ、思考スタイルの違ひ。
A 縱書き思考では、「熟考力」が磨かれる
@ 視線(思考)は、右上から斜め左下へ動く。
縱書きの文章を右の行から左の行へと書くときは、すでに書かれた右側の行(右上の行頭)を視野に入れながら、斜め左下の行末に向かつて書く。「讀みつつ・考へ・書く」文章腦が「熟考力」を磨く。
A 1段落(100字程度)ずつ書きながら、同時に次の1段落(100字程度)を考へる。
400字詰め縱書き原稿用紙では、100字=20字×5行が「ひと思考」の範圍内にある。この「ひと思考」は、同じ事柄に關係する文の集まり、つまり1つのパラグラフ(意味のひとまとまり)を構成する。
B 日本語(漢字・ひらがな・カタカナ)は、ストロークが左上から右下ないし真下に抜けていく。
横書きの習慣が當たり前のやうになつた現在でも、縱書きの歴史が長かつた日本語の書き順(運筆)と視線の移動が同調する。これは日本人の身體感覚、または日本語のDNAがなせるわざであらう!
C 縱組みのコデツクススタイル(冊子體の組み體裁)では、見開き2ページが同時に視野に入る。
斜め(飛ばし)讀み(右上から斜め左下へ、文字列のパターン認識)ができる。縱書き習慣は、上から下に、つまり天から地を貫く「時間の流れ」をとらへ、ロマンティシズムの夢を育む。
B 横書き思考では、「発信力」が身につく
@ 視線(思考)は、左上から斜め右下へ動く。
横書きの文章を左上の行から下の行に順次書いていくときは、視線は現在書きつつある行の左から右を凝視する。すでに書かれた左上の行も一応視界に入つてゐるが、現在の行(40字)を最優先で「讀みつつ・閃き・書く」文章腦が「発信力」を身につける。
A 1センテンスが短く(40字程度)なる。
とくにWord文書ではその傾向が強いられる。横書きの場合は、40字(1行)が標準的なひと思考の単位。
B 日本で日本語の横書きが始まつたのは、明治以降のことである。
明治初期、活版印刷の先駆者・本木昌造が正方形の活字を作るまでは、基本的に日本語は縱向きに書かれてゐた。「日本語が横にも書ける」ことを、日本人はわづか100年前に「發見」したのである。
D 横組みのコデツクススタイルは、見開き2ページで、右・左の1ページ單獨に視野に入る
まづ右ページ、次いで左ページと、1ページづつが視野に入る。1段落(ひとまとまりの文章)ごとに集中して讀むことができる。横書き習慣は、左から右への水平な「空間の廣がり」をとらへ、リアリズムの刃を研ぐ。
(『ゴム報知新聞』電子版 連載コラム 2017年4月25日)

posted by 國語問題協議會 at 11:27| Comment(0) | 市川浩

2018年09月22日

日本語ウォッチング(5)  歸つてしまふとも限らない 織田多宇人

週刊誌の小説か何かで「元來、變つてゐる彼女のことだから本當に歸つてしまふとも限らない」とあつたが、妙な表現である。これでは、歸つてしまふのではないかと言ひたいのか、歸つてしまはないだらうと言ひたいのか、はつきりしない。文脈から判斷すれば、歸つてしまふかもしれないと言ふ事らしいのだが、それなら、「歸つてしまはないとも限らない」と言ふべきではないか。さうでないと、逆の意味に受取られる惧がある。また、歸らないのかも知れないと言ひたいなら、「歸つてしまふとは限らない」と言ふべきであらう。何れにしても、元の儘ではどうしやうもない。
日本語ではこのやうな二重否定の言葉がしばしば使はれるので紛はしい。お座敷小唄の「富士の高嶺に 降る雪も 京都先斗町に 降る雪も 雪に變りは ないじやなし とけて流れりや 皆同じ」の歌詞で、「雪に變りは ないじやなし」と言ふのは、「あるじやなし」が正しいと思ふ。「なし」は否定ではなく、強調を意味する間投助詞だからその儘で良いのだと言ふ人もゐるがやはり、「あるじやなし」とすべきだらう。皆樣はどう思はれますか。
posted by 國語問題協議會 at 10:38| Comment(0) | 織田多宇人

2018年09月14日

一口話 2 連と聯    雁井里香

 「連座」といふ言葉があります。江戸時代には、犯罪を犯すと、親や子も連帯責任で罰せられるといふ前近代的な規定がありました。今でも、選挙違反にはこの「連座制」が適用されることがあります。有力運動員が選挙違反で有罪になると候補者が當選取り消しになることがあるといふ規定です。
 「連座」とは「連なつて座る」です。縄で縛られてお白洲に横並びに座らされてゐる様子を表してゐます。前回、「連」は「もしくは縦に、まつすぐ一本につながつてゐる」(一次元的)、「聯」は「四方八方から呼び寄せて一緒になる」(二次元的)といふ説明をしました。「連座」の場合はに並んで座るのですから、當然、「聯」ではなく「連」を使ひます。
 ふつうの國語辞典を引くと、「連座」の場合は「連」を使へ、「連合」の場合は「連」でも「聯」でもいいと出てゐます。(「聯」には常用漢字でないといふ印がついてゐますが)
 これは、國語辞典がややこしい説明を避けるための苦肉の策なのです。「連座」の場合は戦前から「連」でなければいけなかつたのです。「聯」は駄目でした。それに對して「連合」の場合は本當は(戦前は)「聯」。戦後「『聯』は駄目、『連』でなければいけない」となつたために、戰前の漢字を知りたい人のために、「どちらでもいい」といふ書き方をしてゐるのです。

posted by 國語問題協議會 at 21:50| Comment(0) | 市川浩