2018年11月24日

ほとけごころ (その二)  原山建郎

ほとけごころ (その二)

4.エリザベス・キューブラー・ロス、
「許しのレッスン」がすごい。
エリザベス・キュブラー・ロス(精神科醫)は、ターミナルケア(終末期醫療)、サナトロジー(死の科學)のパイオニアです。その成果をまとめた『死ぬ瞬間』(中公文庫、一九七一年)は世界的なベストセラーになりました。
亡くなる四年前、二〇〇〇年の著作『ライフ・レッスン』(エリザベス・キューブラー・ロス、デーヴィッド・ケスラー共著、上野圭一訳、角川文庫、二〇〇五年)のはじめに、彼女はかう書いてゐます。
【わたしたちひとりひとりのなかにガンジーとヒトラーが住んでゐる。もちろん象徴的な意味でだ。ガンジーは人間のなかにある最良のもの、もっとも慈悲ぶかいものをあらはし、ヒトラーは最惡のもの、人間のなかにある否定性と卑小性をあらはしてゐる。人生のレッスンとは、みづからの卑小性にはたらきかけ、否定性をとりのぞいて、自己のなかにも他者のなかにもある最良のものをみいだす作業にかかはるものだ。人生の暴風にも似たそのレッスンは、わたしたちを本来のわたしたちに立ちかへらせてくれる。わたしたちはたがひに癒しあい、また自己を癒すために地上に生れてきた。それは身體症状の回復といふ意味での癒しではなく、はるかに深いレベルでの癒し、精神の、そしてたましひの癒しである。】
(同書「エリザベスからのメッセージ」九ページ)

『ライフ・レッスン』のなかから、本日のテーマにかかはる「許しのレッスン」を紹介します。
【一九四〇年代の後半、イギリスから獨立する準備をすすめてゐたインドの國内は宗教戰争の嵐が吹き荒れてゐた。内戰でイスラム教徒に息子を殺されたヒンドゥー教徒の男が、マハトマ・ガンジーにかういった。
「どうしたらイスラム教徒を許すことができるでせうか? ひとり息子を殺されて憎悪に燃えてゐるこのこころに、どうしたら平安がとりもどせるのでせうか?」
ガンジーはその男にいった。「イスラム教徒の戰争孤児を養子にしなさい。そして、自分の息子として育てなさい」
人生をまっとうするためには許すことを學ばなければならない。許しは苦痛や傷を癒す方法であると同時に、ふたたび他者と自己とを結びつける方法である。人はだれでも傷ついたことがある。たとへいはれのない事情によるものであっても、傷つくときは傷つく。そして、わたしたちはほぼ全員、他人を傷つけたことがあるはずだ。問題は傷つけたり傷ついたりすることよりもむしろ、その經驗が忘れられないこと、それを忘れようとしないことのほうにある。傷の痛さはそこにあるのだ。わたしたちは傷をためこみながら生きてゐるが、その傷を手放す方法はだれからも教わってゐない。許しが必要とされる理由はそこにある。
許す人生を選ぶか許さない人生を選ぶかは、その人が決める問題である。だれもがそのいずれかを選択することができる。皮肉にも、傷つけた人より傷ついた人にとって重要な問題であり、傷ついた人が癒されるといふ意味で、許しは自愛的な好意だともいへる。(中略)
許さないといふことは、むかしの傷や怒りにしがみついてゐるといふことである。恨みの感情に榮養を補給して、過去の不幸な部分を生かしつづけることである。許すことができなければ、自分自身の奴隷になるしかない。
許しからは多くのものを得ることができる。許すことによって、自分を傷つけた人に奪はれたと感じてゐた全體性の感覺をとりもどすことができる。ほんたうの自己にもどるための自由を得ることができる。人はだれでも自分自身に、そして他者との關係に、再出發するチャンスをあたへることができる。そのチャンスこそ、許しがもたらす魔法なのだ。相手を、あるいは自分を許しさへすれば、恩寵の世界に立ちかへることができる。折れた骨が治ったときに骨折以前よりつよくなるやうに、許しによって傷が癒えたときは、相手との関係が以前よりつよいものになる。(中略)
許しにはさまざまな障害がある。なかでも大きな障害は、許せば自分を傷つけた行為をみとめることになってしまふのではないかといふ感情である。しかし許しとは、相手に「わたしを傷つけてもいいのよ」といふことではない。許しとは、恨みをいだいてゐると不幸な人生を送ることになると氣づいて、自分自身のために、うけた傷を手放すことである。許せないと思ってゐる人は、自分が罰してゐる對象がほかならぬ自分自身であることをおもひだす必要がある。
許しとは相手を好き放題にさせておくことではない。それはことばの最良の意味での博愛の行爲である。自分を傷つけたときの相手はけっして満足な状態ではなかったのだといふことにおもひいたった瞬間に、許す氣もちが生まれる。相手は過ちを犯したが、それは相手の本來の状態ではなかった。人間である以上、相手も過ちを犯す。そのことで相手も自分とおなじやうに傷ついてゐる。そこに気づいたとき、許しが生まれる。けっきょくのところ、人は自分を癒すために許すのだ。相手の行爲は、ただの行爲でしかない。その行爲を許すのではない。人を許すのだ。
もうひとつ許しの障害となってゐるのは、報復してやりたいといふ欲望である。たとえ報復をとげたとしても、一時的な満足しか得られない。報復といふ低次元な行爲をした自分にたいして、あとで罪悪感をもつことになる。自分を傷つけた人に自分の苦痛をおもひ知らせるためにとった攻撃的な行爲が、けっきょくはまた自分を傷つける。傷のいひ分に耳をかたむけて傷を吟味するのはいいが、傷にしがみついてゐては自己處罰の方向にむかふだけだ。
許すことはむづかしい。傷を無視してしまふ方がまだ樂だといふときもある。何回も許したいとおもひながら、つい先のばしにしてしまふ。傷つけられたみじめさが、どうしても忘れられないのだ。その先のばしに期限がくるのは、こんな氣もちのままで生きてゐたくない、いつまでもわだかまりをひきずっていたくないといふ、自分の本心に氣づくときである。
許せないといふ気もちは人を固着させる。傷をかかえこんだままの状態と馴れあひすぎて、大決心をしなければ許すことができなくなる。人間關係を修復するよりは相手を責めたはうが樂になる。相手の過ちだけをみてゐるあひだは、自分自身の内面を見つめる必要がないからだ。相手を許したとき、はじめて人生に力がよみがへり、傷を乗りこえて花ひらくことができるやうになる。傷をかかへたまま生きることはたえず犠牲者の立場にとどまることであり、その立場から脱出するには許すといふ道しかないのだ。だれかによって自分が永久に傷ついていなければならない理由はどこにもない。その氣づきのなかに大きな力がひそんでゐる。(中略)
許しの第一ステップは、相手をふたたび人間としてみるといふことにある。弱氣になってゐる時、配慮を失ったとき、混亂してゐるとき、苦しんでゐるとき、人間である相手は過ちを犯す。傷つけた相手は缺陷があり、もろく、孤獨で、貧弱で、感情的に未成熟な人間であり、いはば、自分とおなじやうな存在である。自分もさうであるやうに、相手もまた浮沈をくりかへしながら、たましひの旅路の途中にあるのだ。
相手が人間であることをみとめさえすれば、自分の内面をみつめる余裕が生まれ、許しがはじまる。内面には怒りがたまってゐる。だからまづ、枕をなぐりつける、ひとりで大聲をあげる、友人に心境を打ちあけるなどして、そのブロックされたエネルギーを解放してやる必要がある。怒りの感情を解放すると、怒りの奥に隱れてゐた悲しみや憎しみなどが噴出してくることがある。そのときは、それぞれの感情にひたればいい。そのつぎのステップがむづかしいのだが、そこをとほりぬける必要がある。それらの感情を手放すといふステップである。許しは自分を傷つけた相手の問題ではない。相手のことは心配しなくていい。相手が何をしようと、傷ついたのは自分である。それは相手の問題ではなく自分の問題なのだ。だから、相手への否定的なおもひを手放すことのなかに自由がある。だれもが對處すべき問題をかかえてゐるが、それは自分の問題ではない。自分が問題にすべきなのは、こころの平安や幸福を手にすることなのだ。】
(同書「許しのレッスン」318〜324ページ)
(武藏野大學非常勤講師)
posted by 國語問題協議會 at 11:46| Comment(0) | 市川浩

2018年11月10日

日本語ウォッチング(7) 一姫二太郎 織田多宇人 一姫二太郎

「一姫二太郎」は、「子供を持つなら、最初が女の子で二番目が男の子と言ふ順番だと育て易いと」言ふ意味だが、最近の若い人は、「子供を持つなら、女の子一人と男の子二人が良い(子供の合計は三人)」と思つてゐる人が多い。太郎(長男)は一人しかいないのだが。
若い世代の言語感覺の違ひは「住めば都」と言ふ言葉にも現はれてゐる。もともと「どんな所でも住み慣れてしまへば、そこが最も住みよい土地になる」と言ふ意味だが、若い世代の過半數が、「住むのなら都會が良い」と思つてゐる。「住めば都」を文語文と捉へると「住む」の已然形で、「住んでみたところ」と言ふ意味になるが、口語文と捉へると「住む」の未然形で「もし住むらば」と言ふ意味になつてしまふので、誤解するのもうなづける。
「噴飯もの」の意味は@腹立たしくて仕方がない、Aおかしくてたまらない、のどちらか?と言ふ文化廳の調査で、@と誤答した人が49.0%、Aと正答出來た人が19.7%、「分からない」と答へた人が27.4%だつた。これなども若い人の影響が大きいのだらう。「噴飯」の「噴」は「噴火」や「噴射」と言ふ言葉があるやうに、「パーッと出す」と言ふ意味だが、@と答へた人は、「憤慨する」の「憤」だと勘違ひしたのだらうか。

posted by 國語問題協議會 at 10:58| Comment(0) | 織田多宇人

2018年11月05日

希臘數學における無限(T)(36)

 前回の最後に、古代希臘人たちは、「無限を有限以上に價値のあるもの」とは理解しなかつた、と述べておきましたが、今回から希臘數學における「無限」について少し考へてみたいと思ひます。
 結論を先に言つてしまへば、希臘數學は現在の私たちが學校數學を通して學んだ「極限」や「無限」を注意深く、意識的に忌避してゐる、あるいはまだそれらを發見(發明?)してゐない、といふことです。これはこれまで述べてきた古代希臘の無限思想の當然の歸結と言ふうべきですが、私たちは、このことを十分自覺しておく必要があります。なぜなら、さうでなければ、29回目で述べたやうに、ほとんど徒勞かつ無意味とも思はれる中世の神學論争が、「極限」やカントルの「超限順序數」といった“到達不可能な存在”の純化と實体化を可能にしてきた、といふ歴史的經緯とその必然性が理解できないからです。私が、時代錯誤的な神學論争を無意味とは考へてゐないゆゑんで、獨斷的に言へば私はここに「劇的なる人間精神」を見るのです。
 下村寅太郎は『無限論の形成と構造』の中で次のやうに語つてゐます。
  近世は無限を有限以上のものとして理解する。實際に近世のわれわれは、實在的にも價値的にも無限を有限以上のものと解することに慣れてゐる。むしろこれを自明としてゐる。しかしこれは近世的な一つの理解であつて、現に古代においては、ギリシャ人は逆に無限を有限以下のものとして理解した。彼らにおいては無限はάπειρονとして、限定されてゐないもの、限界のないものであり、したがつて、形態のないもの、「形相」すなわち本質のないものである。
 さらに彼は、希臘語においてάπειρονは、初めも終わりもないものやある部分を他の部分から區別する境界や端点を有しないものを表し、文獻學者コーンフォードを援用しながら、「無限な圓、無限な球」(ホメロス)、「無限な指輪(=繼目のない丸い指輪)」(アリストファネス)、「無限な仲間(=祭壇の周りに丸く並んだ婦人たち)」(アイスキュロス)、「無限な生地(=縫目のない下着)」(エウリピデス)といふ言い方を紹介してゐます。いずれにせよ、これまで述べてきた「古代希臘の無限思想」を想起すれば、下村の言説は容易に納得できるかと思はれますが、それにしても私にとつて眞の問題は、「では、なぜ近世が無限を有限以上に理解するようになったのか」といふ問ひです。いづれこの連載で、この問ひを考へていきたいと思ひますが、先を急ぐのはやめませう。
 先ほど、希臘數學は注意深く「無限」を避けてゐる、と述べましたが、その最も典型的な例が、ユークリッド(前330年頃〜前275年頃)の『原論(ΣΤΟΙΧΙΑ)』の中に見られる有名な「平行線の公理(第5公理)」です。中學の幾何では、普通2本の平行な2直線は無限に延長しても交點(てん)を持たない
といふ風に教はりますが、實はユークリッドはこのやうな言ひ方をしてゐません。彼は、1直線が2直線に交わり同じ側の内角の和を2直角より小さくするならば、この2直
 線は限りなく延長されると、2直角より小さい角のある側において交わる
と述べてゐます。
20181105.jpg
すなわち、上図で「a+b<180°ならば、左側において2直線は交わる」と要請してゐるのです。「交点を持たない」ではなく有限な地点で「交点持つ」といふ表現で平行概念を述べてゐる點が注目すべきところです。さらに、「限りなく延長される」といふ言ひ方は、近世的な「無限延長」を意味してゐるのではなく、「限定されることなくどんどんと伸ばしていく」といふ意味であり、さうすると「限界付けられた有限な地点」において「交点をもつ」とユークリッドは主張してゐるのです。現代人の私たちからすると、かなり回りくどい表現ですが、むしろここに希臘數學の無限思想を讀みとることができるのです。
(河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 21:11| Comment(0) | 河田直樹