2018年11月05日

數學における言語(35)  古代希臘の無限思想(Y)

 古代希臘の無限思想を考へる場合、どうしても避けて通ることができないのが総総括までもなくアリストテレス(前384〜前322)です。彼は謂はば、古代希臘の無限思想の總括者であり、その具體的な言説は主に『自然學』によって知ることができますが、ソクラテス以前の哲學者からプラトンに至るまでの無限思想、哲學用語の定義、またアリストテレス自身の數學観なども述べた『形而上學』も參考になります。
 よく知られてゐるやようにアリストテレスは「無限」を「可能的無限」と「現實的無限」の2つに分類してゐますが、これは彼の「デュナミス(可能的存在)」と「エネルゲイア(現實的存在)」といふ哲學上の基本概念が反映されたものといふことができます。これらの言葉については『形而上學』第5巻第12章、第9巻第1章、第6章などで觸れられてゐます。「デュナミス」は「能力、可能性、可能態」といふ意味であり、「エネルゲイア」は「エンテレケイア(完全現實態)」に關聯した語で「現實活動、現實性、現實態」といふ意味で遣はれる、と述べてゐます。
 アリストテレスの“無限論”は『自然學』第3巻の第4章から第8章までに展開されてゐますが、彼は第4章の冒頭で「自然についての學は、大きさ〔空間的な広がり〕、運動、および時〔時間〕についての認識」であり、「これらの各々は無限なものであるか限られたものであるかのいづれか」であり、さらに自然の研究をする者の仕事は「無限なもの(アペイロン)について、果たしてそれが存在するか否か、また、それが存在するとすればその何であるか」を研究することだと記してゐます。そして、以下、ピュタゴラス、アナクシマンドロス、アナクサゴラス、デモクリトス、プラトン等の無限に關する言説をチェックし、さらに彼自身の無限論を展開して、第5章の最後に「現實態においては無限な物體は存在しない」と述べてゐます。ここで「無限な物體」といふ言葉が出てきますが、アリストテレスはこの言葉で「無限に大きな物體(限界を持たない物體)」を考へてゐたのでせうか。近代數學のフィルターを通した「無限」しか聯想できない私たちには、なかなか難しいところですが、ともかく「現實的無限は存在しない」と結論してゐます。
 第6章以降は、「可能的無限、潛在的無限」について考察されてゐて、結論を言へば、こちらの方の存在は認めてゐます。普通アリストテレスの場合、「可能的に存在する」とは、たとへば大理石を彫つてソクラテス像を造形した際、「大理石といふ質料(hyle)の中にソクラテス像といふ形相(eidos)が可能的に存在する」と考へますが、アリストテレス自身そのような考へ方をそのまま“無限論”に持ち込んではならない、と注意を促してゐます。實際、彼は第6章で以下のやうに記してゐます。
  無限なものが可能態においてある〔存在する〕といふのは、
そのやうにそれがやがて現實的に存在するにいたるであらうとの意味を含むものではない。(中略)けだし、一般に無限なるものは、その或る一つに繼いで他の一つがと絶えず相繼いでとられてゆく仕方で、ただし、とられてゆくその一つ一つは常に限られてゐるが、しかもその一つは常に他と異なつてゐるといふやうな仕方で、存在する。
 上の引用の“中略”以下の部分は、すでに30回目の連載でも紹介しましたが、要するに、空間や時間あるいは數は常に限界付けられた有限な大きさをもつ一定の形でしか存在せず、しかし、それを常に超え得るより大きなものが存在する、といふ意味でそれらは“無限”だ、とアリストテレスは主張してゐるのです。それが彼のいふ「可能的無限」ですが、端的に言へば、前回紹介した「アルキメデスの公理」のやうなものを思ひ描いていただければ、と思ひます。
 下村寅太郎氏は名著『無限論の形成と構造』で、近代人は「無限を有限以上に価値のあるもの」と理解するが、古代希臘人たちはさうではなかつた、と指摘されてゐます。希臘の無限思想を考へる場合、私たちは「無限、有限」といふ言葉自體をもう一度反省し、吟味してみる必要があつたのです。
posted by 國語問題協議會 at 18:56| Comment(0) | 河田直樹

2018年11月03日

「明治節」   作詞 堀澤周安 作曲 杉江秀

「明治節」   作詞 堀澤周安 作曲 杉江秀
一. 亞細亞(あじあ)の東 日出づる處(ところ) 聖(ひじり)の君の現(あ)れまして
古き天地(あめつち) とざせる霧を 大(おほ)御光(みひかり)に 隈(くま)なくはらひ
教(をしへ)あまねく 道明(あき)らけく 治(をさ)めたまへる御代(みよ)尊(たうと)
二. 惠の波は 八(や)洲(しま)に餘(あま)り 御稜威(みいつ)の風は 海原越えて
神の依(よ)せさる 御業(みわざ)を弘め 民の榮(さか)行(ゆ)く力を展(の)()ばし
外(と)つ國國の史(ふみ)にも著(しる)く 留めたまへる御名畏(みなかしこ)
三. 秋の空すみ 菊の香高き 今日のよき日を 皆ことほぎて
定めましける 御憲(みのり)を崇め 諭(さと)しましける 詔勅(みこと)を守り
代代木の森の 代代(よよ)長(とこし)へに 仰(あふ)ぎまつらん大帝(おほみかど)
posted by 國語問題協議會 at 10:39| Comment(0) |