2019年06月01日

幾何學の意味の變容(U)(46)

非ユークリド幾何の出現によつて幾何學の「意味の變容」が起こつたといふことは前回お話ししましたが、「意味の變容」といふ言葉は、實は1973年『月山』で芥川賞を受賞した森敦氏のユニークな評論『意味の變容』から拝借したものです。この作品は74年から5回に亘つて「群像」に連載され、單行本は84年筑摩書房より刊行、さらにその7年後の91年に「文庫本」が出てゐます。文庫本には「意味の變容 覺書」が付されてゐて、森氏は「わたしは學生のころから數學が好きで、數學だけはよく勉強した」とお書きになり、學校をやめてからは數學書が手許になく次第に忘れていつたが、しかし忘れようにも忘れきれないものが頭に残り、その残つた初歩的な數學でいろいろなことを考へるのが樂しかつた、と回想されてゐます。

『意味の變容』は「寓話の實現、死者の眼、宇宙の樹、アルカディア、エリ・エリ・レマ・サバクタニ」の5章からなりますが、各章についてそのテーマを私流に端的に要約すれば、
寓話の實現−森敦の『ツァラトゥストラはかく語りき』
死者の眼−森敦のレンズ磨きと無限遠點
宇宙の樹−森敦の非ユークリツド幾何と位相幾何學 
アルカディア−森敦の言語論と意味の變容論
エリ・エリ・レマ・サバクタニ−森敦の『海と夕焼』
といふ具合になります。『意味の變容』は、ピアジェのいふ「反省に基づく主題化」といふ知的行為によつて、人生の様々なモノやコトの意味が變容していく様を樂しめる本で、讀者の方々にも一讀を薦めておきたいと思ひます。

ところで、「幾何學の意味の變容」についてですが、結局幾何學とは何を研究する學問なのでせうか。こんにち、「合同・相似」といつた言葉が登場する「ユークリツド幾何」は中學で學びますが、さらに中學では、直線や円や抛る放物線などをxやyの式で表はす幾何學も學びます。いはゆる「解析幾何學」で、これはフェルマーやデカルトたちによつてはじめられたもので、アラビア代數學と幾何學の結婚でした。小林秀雄は「常識について」で次のように述べてゐます。

デカルトは、數學を學んでみて、この貴重な學問が、なぜ死んでいるかを看破した。それはこの學問が、常識に結合してゐないからなのだ。數學の仕事の背後では、目に見えぬ、極度に純化された常識が働いてゐるはづなのだが、これに目を着けないから、數學は惡く専門化し、幾何學者は圖形を追ひ、代數學者は符号に屈從し、實効のない、いたづらに複雑な技術と化してゐる。デカルトは、數學を計算の技術と見る眼から、數學を「精神を陶冶する學問」と解する大きな精神の眼に飛び移る。そして、これを實地に當つて、陶冶してみる。すると古代の幾何學は近代の代數學に結合してしまつた。

「精神を陶冶する學問」といふ言ひ方は、大東亜戦争時における“精神主義”などといふ言葉を聯想して誤解する人もゐるかもしれませんが、そういふ人はデカルトの『精神指導の規則』を一讀し、さらにフレデリツク・ド・ブゾン氏の『La Science cartésienne et son objet』(HONORÉ CHAMPION)などに當たられてみるとよいでせう。『精神指導の規則』についてはいづれ數學との關聯で論じてみなければならないと思つてゐますが、小林秀雄は17世紀前半の歐羅巴における數學事情を的確に言ひ當てゐて、さすがだと思ひます。心理學者ジャン・ピアジェが指摘したやうに「代數學」自體も、單なる數値計算から「意味の變容」を通して生まれてきたものですが、その「代數學」と「幾何學」とが結合した結果、實はお互ひに影響し合つて、さらに「意味の變容」が起こります。ちなみに、拙著『優雅なe^iπへの旅』(現代數學社)でも述べたことですが、実は“貨幣”も「意味の變容」の結果であり、“假想通貨”も同様です。“アルゴリズム革命”などと大袈裟に受け止める必要など全くない、といふのが私の持論です。
(河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 22:01| Comment(0) | 河田直樹