2020年10月25日

國語のこゝろ(1)「『國語の伏線』、回收してみませんか?」/押井コ馬

【今回の要󠄁約󠄁】
@1940年代後半󠄁に「現代かなづかい」「当用漢字」が學校ヘ育に取り入れられましたが
Aそれより前󠄁の傳統(伝統)的󠄁な表記も今でも生きてゐます
Bこの二つの違󠄂ひは「昔の書き方・現代の書き方」ではなく「根本の發想(発想)」そのものが異ります


 はじめまして。押井コ馬と申します。今回から「國語のこゝろ」といふ連載を始める事にしました。よろしくお願ひ致します。

 このブログ「日本語あやとり」は複數(複数)の人がそれぞれ異るテーマで書いてゐますが、何か共通󠄁する事にお氣づきでせうか。
――正解は「どれも日本語で書かれてゐる」事です。
 インターネットは「日本語で書く日本人だけの場所󠄁」ではなく、外國人が外國語で書く事もあります。日本語を學んだ外國人が日本語で書く場合もありますし、日本人が英語など外國語で書いてもいいのです。原則として「子供の頃に學んだ言葉を使はなければならない」なんて決りのない、自由な場所󠄁です。

 「え? 日本語とおっしゃいますが、普段私達󠄁の書く日本語とどこか違󠄂ってませんか?」と氣づいた方は觀察力が銳い。
 實(実)は、「日本語あやとり」ブログの執筆者はみんな、「傳統(伝統)的󠄁な國語表記」で書いてゐるのです。


■傳統(伝統)的󠄁な「かなづかひ」
 先の文章で「ゐる」「ゐます」「でせうか」「使はなければ」と書かれた部分がありましたが、どこかで見覺(覚)えがありませんか。
 「中學・高校の古文の授󠄁業みたいで懷かしい」「百人一首にも『ゐ』の字とか出てきたよね」その通󠄁りです。
 もうご存じかもしれませんが、皆さんが中學・高校の國語の授󠄁業で學んだ「歷史的󠄁かなづかひ」で書いてゐるのです。

 「『歷史的󠄁かなづかひ』は古文を書くためのもので、現代語は『現代仮名遣い』で書く決まりなのでは?」と疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
 詳しくは今後の回で扱ひますが、「文藝(文芸)の世界では歷史的󠄁かなづかひで書いても自由」なのです(もちろんそれ以外の分野でも、特に禁止されない限り自由です)。
 昭和21(1946)年に「現代かなづかい」が作られ、翌󠄁年度の學校の授󠄁業から(古文などの例外を除き原則として)その表記になりましたが、それより前󠄁の學校の授󠄁業では、文語文も口語文も「歷史的󠄁かなづかひ」で讀(読)み書きしてゐました。
 夏目漱石や太宰治や芥川龍之介の作品も、學校ヘ科書や文庫本では大抵「現代仮名遣い」に表記が直されてゐますが、元々は「歷史的󠄁かなづかひ」で書かれてゐました。「歷史的󠄁かなづかひ」のまま載せられた文學全󠄁集や覆刻版を古書店で見つけたら是非中をのぞいてみて下さい。
 現代でも、特に短歌や俳句の世界では「歷史的󠄁かなづかひ」で詠む人が多いものです。


■傳統(伝統)的󠄁な「漢字」
 ここでクイズを出します。1〜15の傳統(伝統)的󠄁な漢字を常用漢字で書くと、ア〜ソのどれになるでせうか。

1.澤 2.廣 3.櫻 4.萬 5.氣 6.團 7.證 8.圓 9.會 10.讀 11.藝 12.應 13.國 14.學 15.濱
ア.読 イ.万 ウ.国 エ.沢 オ.芸 カ.応 キ.広 ク.学 ケ.桜 コ.気 サ.団 シ.会 ス.浜 セ.証 ソ.円


 この樣な傳統(伝統)的󠄁な漢字に苦手意識を持つ人も多いものですが、それでも大抵は「この字とこの字ならわかる」と、わかる字が幾つか見つかったはずです。なぜなら、「人名や固有名詞で現在でも見掛ける事の多い字」を集めてみたからです。
 「『嵐』の桜井翔君」とか「気志団」と書いたら「『櫻井』だよ」とか「『氣志團』だよ」と指摘できる人は、學校で一度も習󠄁ってゐない漢字をよく知ってゐてすごい、とほめたくなります。「櫻」「氣」「團」の字を知ってゐるだけでなく、常用漢字である「桜」「気」「団」の字との對應(対応)まできちんとわかるのですから。
 「對應」と書きましたが、「應」の字はご存じの方もきっと多いはずです。「慶應義塾大學」の「應」で、常用漢字では「応」と書きます。「對」の字はあまり見た事がないかもしれません(「對馬(つしま)」など人名にたまに出てきます)が、常用漢字では左側を省略して「対」と書きます。
 「澤」は常用漢字で「沢」と書きますが、左側を「馬」にした「驛」は何と讀(読)むか、わかりますか。常用漢字では同じ略し方で「駅」になります。「濱驛」みたいに古風な書き方の看板を時々見掛ける事があります。

 こんな傳統(伝統)的󠄁な漢字を、「舊字(旧字)」とか「舊漢字(旧漢字)」と呼ぶのを聞いたことがあるかもしれません。昭和21(1946)年の「当用漢字表」(現在の「常用漢字表」)、昭和24(1949)年の「当用漢字字体表」ができてからは、今の日本の學校では學ばなくなった漢字ですが、特に人名や固有名詞などでは今でも現役の漢字です。そして、臺灣(台湾)や香港󠄁や韓國では今でもこちらが標準の漢字です(中國本土では「簡體字(簡体字)」といって、日本の常用漢字とは別の略し方で書く方式が標準ですが、傳統(伝統)的󠄁な漢字も一部に殘ってゐます)。
 こちらも、「文藝(文芸)の世界等では今でも使っても自由」です(「舊字(旧字)」と呼ぶと時代後れな印象がある、と感じる人は、日本では「正字」とか「本字」、臺灣(台湾)では「正體字(正体字)」と呼ぶ事があります)。

【解答】
1.澤−エ.沢
2.廣−キ.広
3.櫻−ケ.桜
4.萬−イ.万
5.氣−コ.気
6.團−サ.団
7.證−セ.証
8.圓−ソ.円
9.會−シ.会
10.讀−ア.読
11.藝−オ.芸
12.應−カ.応
13.國−ウ.国
14.學−ク.学
15.濱−ス.浜


■どうして「昔と同じ書き方」で書くの?
 そんな疑問をお持ちの方もよくいらっしゃいます。「古風で風流だからかな?」「知的󠄁に見えるからかな?」と、いろいろな想像が湧き出てくるかもしれませんが、もし機會(機会)があれば書いた本人に直接聞いてみてはいかがでせうか。それ以外の理由もいろいろ返󠄁ってくるかもしれませんし、人それぞれ細かな部分で動機が異なるものです。
 「かなづかひと漢字は昔と同じものなのに、古語ではなく現代の言葉で、書く方向も右から左ではなく、左から右の書きだ。それって中途󠄁半󠄁端では?」――さすが觀察力が銳い。學校では「昔は書きを右から左に書く事が多かった」とまできちんと習󠄁はないと思ふのですが、よくご存じですね。
 次󠄁回から、その「謎」に迫󠄁っていきます。私がこの連載につけた名前󠄁「國語のこゝろ」とは、「國語が嬉しいとか悲しいといふ感情󠄁を持つ」といふ意味つまりheartの「こゝろ」ではなく、coreとかessentialsつまり「本質」「根本」の方の「こゝろ」です。實(実)は、「常用漢字」や「現代仮名遣い」と、傳統(伝統)的󠄁な國語表記とでは、根本となる「發想(発想)」そのものが一部異るのです。
 そして、傳統(伝統)的󠄁な國語表記の「こゝろ」を知った時、私達󠄁が學校ヘ育や日常生活で學んできた國語の、謂(い)はば「伏線」が、やうやく「回收」されるのです。

――「國語の伏線」、回收してみませんか?


■宣傳(宣伝)
 「國語問題協議會」發行(発行)の「國語國字」第214號に、今回の連載とも共通󠄁するテーマの「國語のこゝろ」といふ記事を書きました。他にも國語表記の問題についての興味深い記事が滿載ですので、是非入手して御覽下さい(令和2年11月7日發行豫定(発行予定)です)。詳しくは「國語問題協議會」までお問合せ下さい。
 私の主󠄁宰する文藝同人サークル「はなごよみ」で出してゐる「みんなのかなづかひ」にも「國語ヘ科書と歷史的󠄁かなづかひ」といふ題名で、現在の中學校の國語ヘ科書ではどのやうに「歷史的󠄁かなづかひ」をヘへてゐるのか調󠄁査した記事を書きました(令和2年11月1日發行豫定(発行予定)です。「はなごよみ」のサイトで通󠄁販も豫定(予定)してゐます)。
posted by 國語問題協議會 at 22:28| Comment(0) | 押井コ馬

2020年10月17日

日本語ウォッチング(33)  織田多宇人

それも
 中學三年生の國語の教材で「化粧は女の大事な身だしなみで、一日に一二度、それも他人に目立たないやうにするものです。」とあり、傍線部「それ」は何を指してゐるかといふ設問があつて、答は「一二度する化粧」であるとされてゐた。このやうな教材で勉強してゐる生徒は氣の毒だ。
 勿論、設問も答も間違ひである。「それも」は 「前に述べた事柄についての補足の説明を加へる時に用ゐる連語」で、設問そのものがをかしい。「彼は學位を取つたんだよ。それも二十歳でだよ」といふやうに用ゐられる。
posted by 國語問題協議會 at 16:13| Comment(0) | 織田多宇人

2020年10月10日

かなづかひ名物百珍(2)「のんこう」/ア一カ

かな百002のんこうa
かな百002のんこうb

樂燒の陶工、三代{道入}の通稱。千宗旦から贈られた花器「ノンカウ」を生涯愛用したことに由來する。落語「金名竹」に「ノンコの茶碗」とあるなど、樂燒の中でもひときは名高い。

この花器は千宗旦が鈴鹿の「能古(のんこ)茶屋」で作ったとあり、またこの能古茶屋は元禄三年に禅僧「{能古}(のうこ)」が開いたとあるため、假名遣としては「のんこう」でよいのだらう。『日本國語大辭典(二版)』を始め各種辭書も「のんこう」である。ただし戰前の各種出版物には「のんこう」「のんかう」兩表記が見られるので注意を要する。そもそも「ノンカウ」最初の出典は何なのだらうか。もし單なる表記の混亂ではなく、何かの意味を含めてゐるのならそれはそれで面白からう。
posted by 國語問題協議會 at 16:35| Comment(0) | 高崎一郎