2022年07月02日

國語のこゝろ(17)「貴方も變體假名が讀めます」/押井コ馬

【今回の要󠄁約󠄁】
@「同じ讀みで違󠄂ふ漢字を崩󠄁した」または「同じ漢字を違󠄂ふ形で崩󠄁した」ひらがなを「變體假名」と呼びます
A變體假名は「正しい國語」と云ふより「書道󠄁的󠄁に美しい國語」の爲にあります
Bまづは看板やのれん等で頻出の二十文字を憶えませう

【主󠄁な漢字の新舊對應表】
國(国) 變(変) 體(体) 假(仮) 讀(読) 爲(為) 舊(旧) 對(対) 應(応) 圖(図) 覺(覚) 學(学) 澤(沢) 實(実) 數(数) 樣(様) 續(続) 樂(楽) 來(来) 竝(並) ヘ(ヘ) 從(従) 廣(広) 萬(万) 戰(戦) 粹(粋) 囘(回) 氣(気) 單(単) 覽(覧) 當(当) 觸(触) 會(会) 嚴(厳) 擴(拡) 獻(献) 效(効) 號(号) 收(収) 錄(録) 辭(辞) 點(点)

 最近󠄁、ツイッターでこんな字が話題になってゐました。
國語のこゝろ17_訃報の變體假名.jpg
https://togetter.com/li/1907925
http://shuminoblog.blogspot.com/2016/03/blog-post_7.html
 ひらがなみたいだけど、私達󠄁が習󠄁った「五十音󠄁圖」にも「いろは歌」でも見覺えがない。果してこの文字は何なのでせうか。

■ひらがなにも異體字がある
 「加」を崩󠄁して「か」、「奈」を崩󠄁して「な」等、「ひらがなは漢字を崩󠄁して作られた」と學校で習󠄁ったことでせう。しかしここで疑問が生まれます。「『か』や『な』と讀む漢字は澤山あるのに、どうして『加』や『奈』が選󠄁ばれたのだらう」。實は、一音󠄁につき必ずしも一種類ではなく、「同じ讀みで違󠄂ふ漢字を崩󠄁した字」や「同じ漢字を違󠄂ふ形で崩󠄁した字」も數多く生まれてきました。
國語のこゝろ17_變體假名の崩し方.png
 しかし明治時代になると、ひらがなの樣々なヴァリエーションが淘汰されていきました。理由は大きく二つあります。
 一つ目は活版印刷が普及󠄁したことです。一ページにつき一枚の木の板を彫󠄁って版を作る「木版印刷」は、明治時代に入っても一部續けられてきましたが、次󠄁第に一文字一文字が分かれた活字を組合せて版を作る「活版印刷」に取って代はられていきました。木版印刷では連綿(續け字)が樂に表現出來ましたが、活版印刷では文字が分かれてゐて難しく、「同じ讀みのひらがなでも、連綿を考へて多樣な形から選󠄁ぶ」のではなく「活字として一つ一つ分かれたひらがなを竝べる」と云ふ考へになっていきました。そして、活版印刷で使はれるひらがなの字體の種類は、木版印刷の頃に比べ少なくなっていきました。

 もう一つは、明治三十三年(一九〇〇年)の小學校令施行規則改正です。學校ヘ育では、いろは四十八字はそれぞれ一種類の字體のみヘへる事になりました(ほとんどは從來から「いろはの手習󠄁ひ」でよく書かれたいろは四十八字の字體と共通󠄁してゐました)。そして、以降の學校ヘ育で使はれなくなったひらがなの字體を「變體假名」と呼びます(廣い意󠄁味での「萬葉假名」と呼ぶ事も一部あり、變體假名を使って書くひらがなは「萬葉假名の崩󠄁し字」に近󠄁いものとも言へます)。

國語のこゝろ17_婦人の手紙文全集の變體假名.jpg
『毛筆とペン習󠄁字兼󠄁用 婦󠄁人の手紙文全󠄁集』主󠄁婦󠄁之友昭和十三(1938)年四月󠄁號附錄

 とは云へ、明治三十三年で變體假名が全󠄁面的󠄁に使はれなくなったわけではありませんでした。飽󠄁くまでも活版印刷や學校ヘ育で使はれなくなっただけで、手書き文字ではその後も生き續け、戰後の國語改革の始まる頃までは日常の文章や廣吿や看板等でも廣く使はれてゐたやうです。「手紙の書き方」の本にも、變體假名を使って書いた例が普通󠄁に載せられる事がありました。現代でも書道󠄁、老舖の看板やのれん等で細々と生き延󠄁びてゐます。
 「カタカナには變體假名は無いの?」いい質問です。「變體假名」と云ふ名前󠄁ではあまり呼ばれませんが、特に「ネ」「ヰ」の二文字については「子」「井」と書く異體字があります(昔は更に澤山あったが淘汰されたさうです)。例へばニッカウヰスキーは、古い看板や廣吿では「ニッカウ井スキー」と書かれてゐましたが、その「井」です(漢字を混ぜてゐると誤󠄁解されがちですが、飽󠄁くまでもカタカナの別體です)。

國語のこゝろ17_明治時代いろは圖.png
「小學生徒必携初編󠄁五十音󠄁及󠄁連語部」土方幸勝󠄁、雄風舍、明治八(1875)年三月

■變體假名は歷史的󠄁かなづかひとは別の決まり
 「舊かなづかひで書くのに、どうして變體假名で書かないのか」と言はれる事がしばしばあります。大抵は純粹な疑問と云ふより、「どうせ變體假名で書けないくせに、恰好附けて舊かなづかひで書くんぢやねえよ」の遠󠄁囘しな表現、要󠄁するに揚げ足取りですが、大きなお世話です。

 ここから先は本氣で疑問をお持ちの方だけに說明します。
 まづ、「歷史的󠄁かなづかひで書く」のは「何であれ古いものが良いもの」と信じるからではありません。先人達󠄁の作り出したひらがなや口語文、文字の外來語など、新しい文字や表現などは積極的󠄁に受󠄁け入れます。必要󠄁に應じて書きする事もあります。しかし戰後の國語改革、特に「現代かなづかい」は別で、「國語表記の根本原則をまるまる覆して、幾ら何でもあれは無いでせう」と言って反對してゐるのです。「新しいから否定して古いものに戾す」のではなく「古からうが新しからうが、國語表記の根本原則の決め方としてあり得ないものに反對」してゐるのです。

 次󠄁に、「同じ音󠄁を表す複數の假名から選󠄁ぶ歷史的󠄁かなづかひ」と「同じ音󠄁を表す複數の變體假名から選󠄁んで書く」のとは、目的󠄁からして異なるものです。
 前󠄁者は、他の言語の用語を借りるなら「スペリング」の問題です。後者は「書道󠄁的󠄁な美しさ」の問題で、活字體には必ずしも當てはまらない事があります。前󠄁者を疎かにして後者ばかり注󠄁目するのもをかしな話で、勿論後者より前󠄁者の方が優先順位が高めです。そして前󠄁者は「一つの正解」を目指して硏究が進󠄁められてきましたが、後者は美しければ「複數の正解」があります(身近󠄁な例では、「天ぷら」屋さんや「せんべい」屋さんの看板、「御手もと」と書かれた箸袋の變體假名を觀察すると、必ず一つに決まるのではなく、「天婦󠄁羅/天婦󠄁ら」「せん遍󠄁以/勢ん遍󠄁以」「御手毛登/御手茂登」と幾通󠄁りかの書き方がある事がわかります)。
 そして、インターネットで變體假名を含む文章を公開するにしても、大抵はパソコンやスマホにフォントが入ってゐない、と云ふ問題もあります。
 歷史的󠄁かなづかひは「萬葉假名・變體假名」「いろは四十八字」のどちらにも應用が利く萬能選󠄁手です。個人的󠄁な意󠄁見ですが、「變體假名で書かなければ意󠄁味がないから歷史的󠄁かなづかひで書かない」と簡單に諦めるよりも、たとひ「いろは四十八字」であらうが歷史的󠄁かなづかひで書く方がずっと立派だと私は思ひます。

■「食はず嫌󠄁ひ」を克服󠄁しよう
 江戶時代の文書を見て「これ無理!」、百數十文字もある變體假名の一覽表を見て「こんなに澤山憶えるのは無理!」と、變體假名に苦手意󠄁識を持つ人は多いものです。なるほど、學校で一度も習󠄁はない字を讀める人の方が珍しくて當然です。
 そこで私は提案します。「いきなり高いハードルに挑むのではなく、まづは身近󠄁で樂な目標から試してみませんか」。

國語のこゝろ17_街で見掛ける變體假名.jpg
街で見掛ける變體假名(一部看板は現存せず)

 現代の私達󠄁が變體假名に一番多く觸れる機會とは「看板やのれん」です。そして看板やのれん等で使はれる變體假名は、特に使用頻度の高い字が二十字前󠄁後あり、それを憶えれば大半󠄁を讀む事が出來ます。「百數十字」ではなく「二十字」と言はれれば、まだ可能性がありさうに思へませんか。そして「生そば」「うなぎ」「しるこ」等、言葉によってどの文字を選󠄁ぶかがある程󠄁度決まってゐる(ただし嚴密に一つに決まってゐるわけではない)のも、看板やのれんの變體假名が憶えやすい理由の一つです。
 それに慣れてきたら、他の文字も使用頻度の高いものから憶えていくと、讀める幅が次󠄁第に擴がっていきます。昔の文獻に使はれる變體假名には、使用頻度の高いものも低いものもありますから、使用頻度の高い字を優先して憶えるのが效率󠄁的󠄁です。

看板・のれん等を讀む爲の變體假名嚴選󠄁二十字、及󠄁び練習󠄁問題
國語のこゝろ17_變體假名嚴選二十字.png
■コンピュータで變體假名を使ふには
 コンピュータで使ふ文字には、一つ一つに番號(文字コード)が割󠄀り振られてゐます。從來、變體假名を取扱󠄁へるコンピュータプログラムがあっても、各々まちまちの番號を割󠄀り振ってゐて、共通󠄁して使へる番號はありませんでした。平󠄁成󠄁二十九年(二〇一七年)、文字コードの國際規格である「Unicode(ユニコード)」にも變體假名が收錄されたので、あとはOS(Windows/macos/Android/iOSなど)・フォント・アプリの對應が進󠄁んでいけば、今後はコンピュータでも變體假名を取扱󠄁ひ易くなる事が期待出來ます。
 「一般社団法人文字情報技術促進協議会」は「IPAmj明朝」と云ふフォントをインターネットで無料配布してゐますが、その中には漢字の康熙字典體や厖大な異體字だけでなく、この規格に基づき選󠄁定された變體假名も含まれてゐます。
 手前󠄁味噌ですが、「へかか」「へかな」の讀みで「か」「な」の變體假名の候補が表示されるといった具󠄁合に、ユニコードの變體假名をかな漢字變換プログラムでより樂に入力出來るユーザ辭書「變體假名入力支援󠄁辭書」も、私のウェブサイトで無料配布してゐます。

「ユニコード」の規格で收錄された變體假名の一覽
※濁音󠄁、半󠄁濁音󠄁は結合文字の濁點(U+3099)と半󠄁濁點(U+309A)を使用
國語のこゝろ17_Unicode變體假名.png
posted by 國語問題協議會 at 15:15| Comment(0) | 押井コ馬