2025年02月22日

街中の正字・正かな・變體がな(5)「巖根・巌根・岩根」/押井コ馬

【主󠄁な漢字の新舊對應表】
變(変) 體(体) 舊(旧) 對(対) 應(応) 驛(駅) 稱(称) 圍(囲) 實(実) 廣(広) 覺(覚) 畫(画) 數(数) 斷(断) 當(当) 讀(読) 邊(辺) 圖(図) 觸(触) 戰(戦) 驅(駆) 殘(残) 學(学) 國(国) 兒(児) 亂(乱) 腦(脳) 

[岩・巌・巖]
 千葉縣西部を走るJR內房󠄁線に「巌根」驛があります。驛としての正式名稱は「巌根」なのですが、周󠄀圍を見渡すと、駐󠄁輪場や交番をはじめ、「岩根駅」と書かれた看板をあちこちで見掛けます。
[標識の岩・巌 「県道巌根(T)線235 木更津市岩根」とある]
 驛に限らず、「巌根」と「岩根」は共存してどちらも使はれてゐる事が、この標識から分ります(でもよく見ると誤󠄁字ですね。正しくは「厳根」ではなく「巌根」です)。
 實は、「『巌根』と『岩根』のどちらで書いても同じ地名」といふ意󠄁識がここ木更津市で廣まってゐるのです。木更津市民の感覺としては、手書きする時は畫數の少い「岩根」で書く事が斷然多いのですが、地名とか、施設名でも出來た當初「巌(巖)根」と書かれてゐたものについては、「岩根」と書いても「巌根」と書いても「これ違󠄂ふ字だよ」といちいち言ふ事なく、同じものと受󠄁け止めがちです。
 「岩」の字が常用漢字であるのに對し、「巌」の字は表外字なのですが、この字が今なほ忘󠄁れられてゐないのは、「巌」が昭和二十六(一九五一)年に人名用漢字(表外字だが人名に限り子供の名前󠄁に新たに使って良い漢字)に入ったのも一因かも知れません。確かに「巌」と書いて「いはほ(イワオ)」と讀ませる名前󠄁があります。
[巖根村全圖]
 更に言ふなら、人名用漢字の「巌」は簡易字體で、正字は「巖」です(「厳」に對する「嚴」と同じです)。木更津市に合倂する前󠄁は、この邊りは「巖根村」で、「巖」の字の方の「巖根」と書かれてゐました(この地圖は昭和九(一九三四)年『巖根村全󠄁圖』の一部)。

 シリーズ名の「正字・正かな・變體がな」のうち「正字」の話に本格的󠄁に入ります。戰後は正字の方の「巖根」が驅逐󠄁されたかと思ひきや、實は極一部で殘ってゐます。それは、信じられないかも知れませんが「學校」です。
 昭和二十二(一九四七)年創立の巖根中學校は、現在は正門に「岩根中学校」と書かれてゐますが、校章には「巖中」の文字が入ってゐます。明󠄁治四十二(一九〇九)年創立の巖根小學校(當初は巖根尋󠄁常高等小學校)も、校章がほぼ似たデザインですが、舊デザインは正字で「巖小」、現行のデザインは簡易字體で「巌小」の文字が入ってゐます。また、これも信じられないかも知れませんが、巖根小學校の校門には正字の「巖」の字で「巖根小学校」と書かれてゐます。
 學校で昔ながらの「巖根」「巌根」の表記が生殘ってゐるのは、私は素リらしい事だと思ひますし、國語表記の歷史のヘ育や、「漢字とはかういふものだ」といふヘ育にもなると思ひます。「複數の漢字表記があると兒童が混亂するのでは」なんて小さな親切、大きなお世話です。腦味噌の柔軟な子供達󠄁はすぐ順應します。
posted by 國語問題協議會 at 20:20| Comment(0) | 押井コ馬