2016年04月12日

きゃりこの戀(20)   黒田節  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 「くろだぶし」つて歌があるけど、「黒田武士」なの。それとも「黒田節」なの?
オスカー:
 「難波節」とか「炭坑節」とか、日本の古い歌には「節」をつけることがあります。「くろだぶし」はその「黒田節」を「黒田藩の侍」といふ意味の「黒田武士」と掛詞にしたのです。甲斐武田家の「武田節」も同じです。
きゃりこ:
 黒田藩つて、黒田官兵衛と関係があるの?
オスカー:
 関が原の戦ひのときに、黒田官兵衛はもう隠居してゐましたが、その息子の長政が家康について戰つて、その戰功で福岡で五十二万石をもらつたといふわけです。
きゃりこ:
 この歌、「酒は呑め呑め」で始まるでせう。酒を讃める歌つてよく聞くけど、意味の分からない歌よね。
オスカー:
  酒は呑め呑め 呑むならば
  日の本一の この槍を
  呑み取るほどに 呑むならば
  これぞまことの 黒田武士
きゃりこ:
 「槍を呑み取る」つて、どういふこと? 槍を呑んでしまふほどに酒を呑み尽せと言つてゐるのかしら。
オスカー:
 これには背景になるお話があるのです。黒田長政に仕へた武士に母里太兵衛(もりたへゑ)といふ豪傑がゐました。この人は、剣術が強くて長政に重用されてゐたのですが、一方では酒が強いことでも有名でした。
きゃりこ:
 酒が強いと威張れるつて馬鹿みたい。
オスカー:
 まあ、酒と剣と両方が強いといふのが一番の自慢のタネだつたのです。もともとは中国の伝統でせうね。酒が強くて、剣が弱かつたら、笑ひ物ですけどね。
 長政の友達の福島正則が、その話を聞いて、「貴公の家来の母里太兵衛といふのに會つてみたいから、一度俺の所に寄越してくれないか」と頼みました。
 太兵衛が訪ねて行きますと、正則は、直系一尺もある大きな盃になみなみと酒を注いで、「これを呑んでみせてくれ」と言ひました。
 太兵衛は、ちやうど酒の上で失敗をして、長政から、「当分酒を呑んではならん」と言ひ渡されてゐました。そのことを告げて、「今回は御容赦を」と辞退しました。
すると、正則は、「見事呑んだら、壁に立てかけてあるあの槍をやるぞ」とまでもちかけるのです。
 それでも、太兵衛は、「主人の命令ですから」と拒みました。
 すると、正則は嘲笑して、「なんだ。情けない奴だ。黒田藩には男はゐないのか」と侮辱しました。
 太兵衛はカッとなつて、大盃一杯の酒を一気に飲み乾し、壁に駆け寄ると、槍を奪ひ、そのまま挨拶もせずに走り出て行きました。
きゃりこ:
 なるほど。そんな話があつたのか。よつぽど見事な槍だつたのでせうね。
オスカー:
 今も福岡市美術館に保存されてゐますが、名前からして「日本号」。
きゃりこ:
 だから、「日の本一のこの槍」といふのですね。
オスカー:
 もともとは正則が秀吉からもらつた槍だといふことです。
きゃりこ:
 黒田節つて、一番だけしかないのかしら。
オスカー:
 二番もありますが、一番とは全然関係のない歌詞です。
   嶺の嵐か 松風か 
尋ぬる人の 琴の音か
   駒引き止めて 立ち寄れば 
爪音著(しる)き 想夫恋(さうふれん)
きゃりこ:
 何のこと? これもまたお話がついてゐるのかな。
オスカー:
 平家物語の故事から取つたのです。高倉天皇つて分かりますか?
きゃりこ:
 知りません。
オスカー:
 平清盛は?
きゃりこ:
 そのへんだと私でも知つてゐるんだよね。
オスカー:
 清盛の娘の徳子が、高倉天皇の中宮になつて、生まれたのが安徳天皇。
きゃりこ:
 それも知つてゐる。壇の浦で海に沈んだ子供の天皇ね。
オスカー:
 ところで、昔の女性の「性格がいい」ための一番の条件は、「嫉妬をしない」といふことだつたのです。
きゃりこ:
 そんな無茶な。夫が浮気しても我慢してろつてことなの? 先生、一発殴らせて下さる?
オスカー:
 僕が言つてゐるわけぢやない。昔の人はさう思つてゐたと言つてゐるだけ。そして、理想の妻といふのは、夫のために美女を探してきてくれる妻。
きゃりこ:
 現実にそんな妻がゐたのかしら。
オスカー:
 お話によると、徳子がそれだつたの。
 ある日、徳子は、天皇の御様子を見てゐて、かう考へました。「どうして御上(おかみ)はこのごろ塞いだ御様子なのかしら。------------------さうだ。私の侍女の小督(こごう)は天下一の美女と言はれるほどの女だ。あの女を御上に差上げたら、お元気になられるに違ひない」
きゃりこ:
 荒唐無稽つて、かういふときに使ふ言葉かしら。まさか、実行したわけぢやありませんよね。
オスカー:
 実行したのです。そのとき、高倉天皇は十六歳。
きゃりこ:
 高校二年生だつたの?!
オスカー:
 数へ年十六歳だから、高校一年生でせうね。
きゃりこ:
 それで妻の外に女がゐるんだ。徳子と小督は中学生だつたりして。
オスカー:
 徳子は二十歳。小督は二十二歳だつたと言はれます。
きゃりこ:
 男が一番下なの!! 小督が一番上だとは思はなかつたよ。
オスカー:
 昔はさういふこともあつたでせうよ。
 先に言つておきますけど、全部嘘ですよ。
きゃりこ:
 えッ?? 私をからかつてゐるの?
オスカー:
 さうぢやなくて、平家物語にはさういふお話が出てゐるんだけど、みんな作つたお話だといふこと。でも、みんなそれが歴史だと思つてゐたんだから、それはそれでいいぢやないですか。
きゃりこ:
 それでどうなつたの?
オスカー:
 天皇は元気を回復なさいました。そして、徳子もよかつたよかつたと思つてゐたのですが、怒つたのが清盛。娘の敵(かたき)を取つてやらうとしゃしゃり出てきました。
きゃりこ:
 娘が自分でやつたことなのに、親が娘のかたき討ちといふわけね。
オスカー:
 清盛がいやがらせをするので、小督は嵯峨野の奧に逃げました。すると、高倉天皇は、源仲國といふ侍に命じて探しに行かせました。
 この黒田節の二番は、そのときの光景を描いてゐるのです。「嶺の嵐か松風か 尋ぬる人の琴の音か」なんていふところは、平家物語の文言をそのまま借りてゐます。
きゃりこ:
 小督の弾く琴の音が嵐や松風と聞き分けにくかつたのね。馬を止めて耳を傾けたら、どうかしたのね。「爪音著き想夫恋」つてなんだらう。「琴を弾く爪の音がはつきりしてゐる」といふことでせうけど、「想夫恋」つて何ですか。
オスカー:
 文字どほり、「夫を想ふ恋」なんですが、それが琴の曲の名前になつてゐるの。この曲を聞いた仲國は、小督の天皇を思ふ気持に打たれて、小督を天皇のもとに連れ歸るのです。
 そのあと、また不幸になつてしまふのですが、まあ、それは省略しませう。
 「想夫恋」、もともとは、「相府蓮」で、蓮の花を讃へる歌だつたの。それが、「想夫恋」といふ漢字を宛てられるために、恋の歌に変つたといふわけ。
 「相府」といふのは宰相の屋敷のこと。そこに見事な蓮が咲いているのを愛でた歌だつたのです。
きゃりこ:
 どつちにしても嘘のお話なのね。
 黒田節には三番もあるの?
オスカー:
 ふつうは二番まで。でも、戦前の陸海軍の軍人が酒を呑むときには、三番を付けて歌ひました。
   皇御国(すめらみくに)の 武士(もののふ)は
   いかなることをか 努むべき
   ただ身に持てる まごころを
   君と親とに 盡(つく)すまで
 この歌は、黒田藩のあつた筑前の今様で、「皇御國」といふタイトルです。筑前の歌なので、黒田節と一緒に歌はれるやうになりました。
 これは、意味は分かりやすいですね。
posted by 國語問題協議會 at 10:22| Comment(0) | 雁井理香
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