2016年05月16日

【☆はがき一枚の國語】 泉鏡花  大喜多俊一

京都市圖書館讀書友の會二月(平成十一年)例會は泉鏡花作『高野聖』が課題圖書。
當作の講述に備へて百年前の文章を五度十度と讀むうちに、違和感は失せ、逆にその巧みな表現にしばし感じ入る。鏡花の評價は好惡相半ばするといはれるが、研究家村松定孝氏は、鏡花は言葉の錬金術師と言つていいほどに表現の彫琢に類ひ稀な才を発揮し、思ひを獨特の文體に託して多くの優れた作品を創作したと言つてゐる。
『高野聖』の主題は「魔性の美女に魅せられた凡夫修行者の苦惱と見たが、更に他の著名な作品によつて鏡花を深讀みすれば、そのロマンと幻想の深淵に格段に多くの人が引き込まれるのではないかと思はれた。美しくこよなく優しい女性への憧憬とお化けを信ずる心向きは超自然と神秘の世界へ讀者を誘ふのである。
廣く讀まれてゐる漱石・藤村・龍之介などと同様に鏡花はもつとよく知られてもよいのではないかといふ思ひを新たにする。今日、若い作家の現代的感覺に學びつつも明治大正の文學を讀み直すおもしろさもまた盡きることはないものと確信する。

☆ 情景は一落の別天地、陰々として深山の気が籠つて來たところ。
生ぬるい風のやうな気勢がすると思ふと、左の肩から片膚を脱いだが、右の手を脱して、前へ廻し、ふくらんだ胸のあたりで着てゐたその単衣(ひとえ)を円(まろ)げて持ち、霞も絡(まと)はぬ姿になつた。
『高野聖』のクライマックスに近い件(くだり)。女の描寫の妙を讀む。☆
posted by 國語問題協議會 at 18:39| Comment(0) | 大喜多俊一
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: