2016年07月10日

きゃりこの戀(25)  尺貫法    雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 私のおばあちやん、変なものさし使つてるんだよ。目盛りはあるんだけど、数字がついてないの。学校で使つてるものさしと並べてみたら、目盛りの幅が全然違ふんだ。
オスカー:
 ああ、それは尺貫法のものさしなんですよ。
きゃりこ:
 尺貫法つてなあに?
オスカー:
 相撲のテレビ放送見てゐると、力士を紹介するときに、「青森縣出身時津風部屋 百八十五センチ百三十キロ」とか言つてるでせう。昔は「六尺二寸三十五貫」とか言つたの。
きゃりこ:
 聞いたこともない。
オスカー:
 昔からの日本の、重さや長さを表はす度量衡の単位です。
きゃりこ:
 一里、二里なら知ってるよ。
オスカー:
 おお、それです。一里は3973メートル。
きゃりこ:
 へええ。ちやうど4000メートルといふわけぢやなかつたのね。
オスカー:
 西洋の単位と日本の単位がぴつたり端数なしで対応するとは考へられないでせう。
きゃりこ:
 さういへばさうですね。
オスカー:
 1里は12960尺。だから1尺は30.3センチ。その下の単位が1寸で、3.03センチ。
きゃりこ:
 12960なんて、尺貫法同士の変換なのに、丸い数字ぢやないのね。
オスカー:
 1里=36町。1町=60間。1間=6尺といふふうに、十進法ぢやないから、丸くならないの。でも、12960つて、12で割り切れますよ。十二進法なら、丸い数字になるの。
きゃりこ:
 へええ、面白いね。
オスカー:
 きゃりこさん、日本文化に興味があるから、面白いつて言へるんですよ。ふつう若者に訊くと、「馬鹿馬鹿しい」つて言ひますよ。
きゃりこ:
 先生と雁井さんのおかげよ。でも、おばあちやんのものさし、どうして目盛りだけで、数字が書いてないのかしら。
オスカー:
 尺貫法が法律で禁止されてゐるからです。
きゃりこ:
 えええッ。「今日は一里歩いた」と言つたら、犯罪になるの。
オスカー:
 そこまで厳しくはないけど、お店で尺貫法のものさしを売つたら、「一年以下の懲役または五十萬円以下の罰金」といふ法律があるのです。
きゃりこ:
 尺貫法のものさし売つたら、刑務所に行くの?? 民主主義国家でそんなことがあるとは信じられない。
 --------------わ、わかつた! だから、おばあちやんの尺貫法のものさし、数字が書いてないんだ。
オスカー:
 さうなのです。数字を入れずに、目盛りだけだつたら、「ここからここまで、偶然に1尺になつただけで、作るときは模様のつもりで目盛りみたいな数字を入れただけですよ」つて、言ひ逃れができることになつてゐます。
 アッと驚くのが、一寸の所に1/33、二寸の所に2/33といふ目盛のついたものさしは合法だといふことです。
きゃりこ:
 何のことかしら。------------------------------さうか。分つた。1/33(三十三分の一)メートルが一寸なんだ。「この点は1/33メートルの目盛ですよ」と言へば、尺貫法を使つたことにはならないから、お咎めはないんだ。こりゃあ笑へるね。「たまたま一寸になつただけで、私たちはそのつもりではなかつたんです」と言へば逮捕されないんですね。
オスカー:
 1寸は0.0303030303メートルといふ循環小数になりますが、それを分数に直すと1/33メートルなのです。1尺はその10倍だから、0.3030303030メートル。分数だと10/33メートル。
 かういふものさしを(数字の入つてゐない目盛だけのものも含めて)、「尺相当目盛付ものさし」と言ひます。
 それにしても、尺貫法を使つてはいけないといふ戦後の政府の政策は、漢字制限、新假名遣と同じやうに、伝統文化に対する悪意を感じますね、
 もつとも、「尺相当目盛付ものさし」は脱法行為ではなくて、建築現場の必要などから、後になつて政府が認めたものなのです。
きゃりこ:
 終戦直後に制定されたのですか。尺貫法を使つちやいけないと決めた惡法は。
オスカー:
 直後でもないんですよ。尺貫法が廃止されたのは昭和三十四年。ものさしの販売が非合法になつたのは昭和四十一年。「尺相当目盛付ものさし」が合法になつたのが昭和五十二年。
 僕の知り合ひのお爺さんに、昭和四十一年に大学生だつた人がゐるのですが、テレビのニュースで面白い場面を見たことを記憶してゐるといふのです。
 テレビ記者が、町の文房具屋を回つて、尺貫法のものさしを売つてゐるのを見つけると、「これは売つてはいけないんですよ」と叱り付けてゐたんですつて。
マスコミ業界の人は、反権力とか言ひながら、実際は権力に乗つかつて威張り散らすのが好きなんですね。尺貫法のものさしを売るのは、反骨精神を持つてゐるからですよ。それを弾圧しようといふのは、恐ろしい全体主義思想です。
きゃりこ:
 「売つてはいけないんですよ」といふ言ひ方は、人間性の卑劣さを感じさせますね。
 さつき言つた「六尺二寸三十五貫」の「三十五貫」つて、何のこと?
オスカー:
 これは重さの単位。1貫は3.75キログラム。4貫は15キロつて憶えればいい。
きゃりこ:
 それも、端数があるんでせう。
オスカー:
 今度は端数がなくて、4貫はきつかり15キログラムなの。
きゃりこ:
 さつきの話からすると、偶然にきつかりになることはありえないんぢやないの?
オスカー:
 偶然ぢやないんですよ。
きゃりこ: 
 えッ。偶然ぢやないといふことは、メートル法に合はせたの? 昔からの単位なんだから、そんなことありえないやうに思へるけど。
オスカー:
 1貫の重さは、江戸時代からはつきりしてゐなくて、だいぶ曖昧だつたのです。明治時代に厳密に決めることになつたときに、メートル法を考慮して、4貫はきつかり15キロと決めたので、これは端数のない丸い数字になりました。
 そのお爺さんたちの頃は、小学校の算数では、「1.5貫と700匁(もんめ)を足すと何キログラムになりますか」なんて問題が出たさうです。もう戦後の話なんですけどね。
きゃりこ:
 「匁」つてなに?
オスカー:
 「貫」の下の単位で、1000匁が1貫なのです。
きゃりこ:
 ややこしい計算なんだらうね。でも、小学生にやらせるといふことは、そんなにややこしくはないのかな。
オスカー:
 ややこしいけど、それをやるから賢くなるんですよ。だから、昔の日本の子供は賢かつたの。
posted by 國語問題協議會 at 17:37| Comment(0) | 雁井理香
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