2016年08月16日

數學における言葉(3) ソクラテス以前の哲学者 河田直樹

 哲学思想史家のブライアン・マギーは、その著『知の歴史(The story of philosophy)』(中川純男監修・BL出版)の冒頭「ソクラテス以前の哲学者たち・論理的な思考のはじまり」で次のやうに述べてゐます。

 最初に登場した哲学者たちは、ふたつの点で過去と決別しました。まづひとつは、宗教や権威や伝統とは関係のない、みづからの論理で現実を理解しようとしたこと、これは人類の精神史において画期的な試みでした。そしてもう一つは、他の人びとにも自分の力で考へるやうに説いたことです。たとへ弟子の立場にあつても、師の教へをそのまま受け入れる必要はないといふのです。彼らは、知識を純粋かつ不動なものとして弟子に押しつけず、議論や討論を奨励し、自分自身の考へを堂々と述べるのがよいと教へた最初の教師でした。

 この精神の最初の体現者はミレトス派のタレス(624?〜546?B.C.)と言はれてゐますが、人間生活において「宗教や権威や伝統」を一概に否定、無視してよいかどうかはもちろん疑問で、「言葉が過去からやつてくる」とすれば、それらは当然尊重されてしかるべきでせう。上で引用したやうな言葉を言質にとつて、何に対してもすぐに「アンチ」を唱へ、権威や伝統に抗ふことが恰も生者の特権のやうに思ひなす人たちもいますが、論理的思考と根源的自己批判を欠いたその種の振る舞ひは、醜いというほかはありません。これはこれで、近現代人の問題として考へてみたいテーマですが、いまは措いておくことにします。
 上で語られてゐる「教師の言ふことを鵜呑みにしないで自分自身で論理的に考へてみよ」といふ教えは、確かに「人類の精神史において画期的な試み」だつたといふべきです。そして、この精神が最も生き生きとした形で動き出すのが、実は「数学」の世界と言つてもよいのです。数学の言葉は、常に論理といふ厳しい自己批判に曝されてゐて、原則として思考の誤謬や混乱は必ず自分自身に鋭く跳ね返つてきます。
 スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセつト(1883〜1955)は、『個人と社会』の第2章で「2たす2が4と繰り返すことができるが、それは人がさういふのを何度も聞いたからにほかならない。しかしほんたうに『2たす2が4であつて、3でもなければ5でもない』と自分で考へること――つまりそれが真実であることの確証を得ること――それは、私が、私ひとりが自分のためにしなければならないことである」と述べてゐます。まさに数学における論理思考は、最終的にはオルテガが述べるやうな孤独な形で行はれるほかはありません。論理的に考へていくことは、ある意味では「超越者とのごまかしの許されない対話」とも言ふべきで、きはめて孤独な作業です。
 ところでタレスは、こんにちでも私たちが中学の幾何で学ぶ「対頂角は等しい、円の直径に立つ円周角は直角である(前回触れた図を参照のこと)」といつた命題を“証明”し、紀元前585年の日食を予言、さらに大変優秀な土木技術者であり、ピラミつドの高さを測つてアマシス王を驚かせたなど、様々なエピソードが残されてゐます。
しかし、タレスを最も悩ました問題は「万物は何でできてゐるのか、物事の根本、世界の根源とは何か」といふものでした。かうした問ひを「神話」からではなく現実に即して“論理的”に考へてみること、これこそはタレスの「画期的な試み」であり、そしてこの問ひに寄り添ふやうに“論証としての数学”が誕生してきました。学問、あるいは哲学(=智への希求、あるいはエロース)とは、要するに世界の根源を“論理的”に考へてみる(思ふ、想ふではない)ことであり、不謹慎なことを言へばこれほど面白いことはありません。なぜなら、世界が存在すること、自分がいまここに在ることは、誰にとつても驚き(thaumazein)だからです。次回はこの問題と数学について少し考へてみたいと思ひます。
                   (河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 13:02| Comment(0) | 河田直樹
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