2016年09月10日

きゃりこの戀(30) 立春と正月  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 變な歌、教はつたよ。
 年のうちに春は來にけり一年(ひととせ)を去年(こぞ)とやいはむ今年とやいはむ
オスカー:
 これは在原元方(もとかた)の歌です。在原業平の孫。
 年内に春が來てしまつた。これから元日までの殘りを、去年と言はうか、今年と言はうか、と迷つてゐる歌です。正岡子規が、「こんな當り前のことを歌にして何になるんだ」と散々馬鹿にしてゐます。
きゃりこ:
 「春が來た」つて、どういふ意味。暖かくなつたといふこと?
オスカー:
 立春が來たといふことです。
きゃりこ:
 立春つて、春になるといふことだとは知つてゐるけど、なんか決りがあるの?
オスカー:
 これは二十四節氣(にじふしせつき)の一つです。二十四節氣つて、啓蟄とか、春分とか。
きゃりこ:
 そもそも、二十四節氣の一番最初は何なの? どうやつて決めるの?
オスカー:
 立春が最初と言つてもいいでせう。冬至と春分の真ン中の日と決つてゐます。そして、冬至は一年で一番日照時間の少ない日、春分は昼と夜の長さが同じ日ですから、正確に数字で決めることができます。
きゃりこ:
 昔の日本人つて、アバウトなのかと思つてゐたら、案外細かいんだね。
オスカー:
 旧暦(太陰暦)の数学的正確さといふのは、驚くべきものがあります。そして、立春に一番近い新月(朔)の日が元日と決つてゐるのです。
きゃりこ:
 ぢやあ、「年内に春が來た」といふのは、正月の前(十二月中)に立春が來たといふことなのね。この歌の感じからすると、それは珍しい現象なんでせうね。ふつうは、立春は一月なのかな。
オスカー:
 正岡子規の批判とは別に、この歌の罪はさういふ誤解を後世に殘したことです。
 数学的にじつくり考へてみてね。
 立春に一番近い新月の日が元日です。そして、二十四節氣は月の満ち缺けとは無関係なのですから、年内に立春が來る確率はすぐに計算できるぢやないですか。
きゃりこ:
 数学、よく分からないんだけど、直感的には、五分五分になりさうな氣がする。
オスカー:
 さうなんですよ。立春と月の満ち缺けは、無関係に決るのですから、一番近い新月が立春の前に來るか後に來るかは、向ふから來る車のナンバーが偶数か奇数かといふのと同じです。確率は50%。
 この歌は、別に、「今年は珍しく春が年内に來た」と言つてゐるのではなく、單に、「別に珍しくもないが、今年は立春が年内になつた」といふだけの話。だから、後世に誤解を与へたとは言つても、元方の罪といふのは酷なんですけどね。
posted by 國語問題協議會 at 10:33| Comment(0) | 雁井理香
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