2016年12月11日

辞書の「前書き」が、おもしろい。 原山建郎

いつも手許に置いて愛用する辞書といへば、縦組みの『広辞苑』(新村出編、岩波書店、第三版第八刷、一九八九年、二六六九ページ)と『字通』(白川静著、平凡社、初版第一刷、一九九六年、二〇九六ページ)、横組みの『類語大辞典』(講談社、柴田武・山田進編、第1刷、二〇〇二年、一四九五ページ)の三冊である。いづれも中型の国語辞典だが、使い勝手のよさと信憑性をあわせ持つすばらしい辞書である。しかし、そのコンテンツ以上に魅力的なのが、編者や著者が記した「前書き」である。

『広辞苑』の前書きでは、編者・新村(しんむら)出(いずる)と清刷りのナラティブ(物語)が語られる。明治九年生まれの国語学者である新村は、先達の学恩に感謝しつつ、なによりも「辞典を編む愉しさ」から筆を起こしてゐる。
【いまさら辞典懐古の自叙でもないが、明治の下半期に、国語学言語学を修めた私は、現在もひきつづいて恩沢を被りつつある先進諸家の大辞書を利用し受益したことを忘れぬし、大学に進入したころには、恩師上田万年(※東京帝国大学国語研究室の初代主任教授)先生をはじめ、藤岡勝二・上田敏両先進の、辞書編集法およびその沿革についての論文等を読んで、つとに啓発されたのであつた。柳村上田(※上田敏の雅号)からは新英大辞典の偉業の紹介を「帝国文学」の誌上で示され、海彼にあこがれた。われらもいかにしてか、理想的な大中小はともかくも、あんなに整つた辞典を編んでみたいものだと、たのしい夢を見たのであつた。】
(『広辞苑』「自序[第一版]」1ページ)
昭和一〇年、新村はすでに『辞苑』(博文館)を世に問うてゐたが、【すぐさま改訂の業を起し、或は簡約し、或は増訂し、同時に業を進めて、大戦の末期に入り、改訂版の原稿が災厄(※空襲で数千ページ分の銅版が被災)に帰した】ことから、もはや万事休すかと思はれた。しかし、万が一に備へて分散保管していた清刷りをもとに、戦後間もない昭和二三年、『辞苑』の書名を変へて引き継いだ『広辞苑』(岩波書店)編集室での改訂作業が再開されたといふ。
同書の初版は昭和三〇年五月。その後、およそ十年ごとの改訂を重ねて、現在の『広辞苑』は第六版(平成二〇年)、同時にDVD−ROM版も出てゐる。

『字通』の前書きは、『字統』(漢和辞典)、『字訓』(古語辞典)につづく「字書」三部作の完成、白川ワールド(漢字学の宇宙)への扉を開いた、白川静によるキックオフ宣言である。
【〔字統〕〔字訓〕の二書につづいて、ここに〔字通〕を刊行する運びとなつた。三部作として、かねてその完成を期してゐたが、着手して十三年余にして、やうやく初志を達することができた。この間を通じて、私の関心は、主として国語の将来と、漢字の関係といふ問題にあった。漢字は難解であり、新しい時代の言語生活に適合しないといふ考へかたが、一部に根強くある。しかしわが国の文化は、漢字に支へられてゐるところが多い。ことに知的な営みの世界から漢字を除くことは、ほとんど不可能といつてよい。わが国の文化的集積の大部分が、その上に築かれてゐるからである。
漢字は、わが国では音訓をあはせ用ゐるといふ方法によつて、完全に国語表記の方法となつた。他の民族の、他の語系に属する文字を、このやうに自国の言語、その言語の表記の用ゐるといふ例は、他にないものである。(中略)
この音訓を兼ね用ゐる方法によって、われわれは、中国の文献を、そのまま国語の文脈になほして、読むことができた。すぐれた思想や歴史記述、また多くの詩文なども、自國の文献のやうに読むことができた。そこには、語法的な組織力とあはせて、知的な訓練をも獲得するといふ意味があつた。そのやうな基礎的な体験があつて、わが国の文化は、どのやうな外的刺激にも対応することができた。私はこの〔字通〕において、そのやうな知的教養の世界を回復したいと思う。】
(『字通』「序」3ページ)
前書きにつづく「字通の編集について」には、東洋文化への回帰、古典への教養のみちを開かんとする白川の決意がみなぎつてゐる。

『類語大辞典』の前書きには、禅の公案でいふ「一即多、多即一」にも似たダイナミック(動的)な「ことば」が示されてゐる。
【出発点として選んだ語は、和語で単純語(複合語・派生語ではない語)の動詞・形容詞であつた。これらは、日常の言語活動において普通に用ゐられるものであり、基本的な語とみなせる。(中略)
名詞の多くが動詞・形容詞を元にして作られ、副詞が主に動詞を元にして作られるといふ事情もある。(中略)
 「副詞」の扱いは難しかつた。「がっかりする・どっきりする」の類は動詞の部に、「あたふたする・ひっそりする」の類は副詞の部に置いた。前者ではこの形でしか使はないのに対し、後者は「あたふた(と)・ひっそり(と)」の形で「する」以外の動詞と結び付くといふ違ひがある。この場合、「と/する」などは添へ字とした】
(『類語大辞典』「この辞書の成り立ち」3〜4ページ)
同書で注目したのは、動詞や形容詞ではなく、和語の源流ともいうべきオノマトペ(擬音語、擬態語)そのもの、ひらがな表記の副詞の面白さである。
これは「前書き」ではないが、たとへば、「ぼやく(動詞)」を引くと、副詞の類語がおもしろい。つべこべ、ぐずぐず、ぐじぐじ、ぐちぐち、ぶつぶつ、ぶつくさ、ぶうぶう、がたがたなど、にぎやかな擬音語・擬態語たちのオンパレードだ。
武蔵野大学非常勤講師 原山建郎
『出版ニュース』コラム Book Therapy no.12
posted by 國語問題協議會 at 16:26| Comment(0) | 原山建郎
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