2016年12月18日

きゃりこの戀(38) 書いた読んだ  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 「投げた」とか「話した」とかいふときの「た」は《過去の助動詞》なんですよね。
オスカー:
 学校ではさう教へてますけどね。語源的には「投げたり」の「り」が落ちたのですよ。
きゃりこ:
 ぢやあ、「た」は「たり」のなれの果なんですか。でも、「たり」は過去ぢやなくて、完了ぢやありませんか。
オスカー:
 そしたら、口語の「た」も完了だと考へたらいいぢやありませんか。
きゃりこ:
 なるほど、先生の「発想の転換」には感心しますね。
オスカー:
 「宿題終へたら、遊びに行つていいよ」を考へてみませう。「たら」は「た」の未然形ですが、これ、絶対、過去のことぢやないでせう。
きゃりこ:
 うん。明らかに未来のことですよね。それにしても、「たら」も「た」なんですか。
オスカー:
 文語の「たり」は「たら・たり・たり・たる・たれ・たれ」といふ変化。
 口語の「た」は「たら・たり・た・た・(たれ)・(たれ)」。
きゃりこ:
 「宿題終へたら」といふときは、未然形が裸のままで使はれてゐますね。
オスカー:
 「宿題終へたらば」の「ば」が脱落したんですよ。もともと完了ですから、「終へてしまつたならば」といふ完了のニュアンスが隠れていたのです。
 英語にすると分かりやすい。
If you have finished homework, you can go out and play.
 ほら、このhave finishedの完了形も同じです。「終へてしまつたら」のニュアンスなの。
 未来完了の意味だから、If you will have finished homeworkとなるべきところなんだけど、英語では「時や条件を表す副詞節の中では、未来のことも現在で表す」といふルールがあるから、will haveがhaveになつたのです。
 英語では過去と現在完了ははつきり区別しますが、ドイツ語なんかでは、現在完了が過去の代用をすることが非常に多いのです。日本語もそれと同じだと思つたらいい。
 ところで、「食べる」の過去(一応過去といふことにしておきますが)は「食べた」。「書く」の過去は「書いた」。
きゃりこ:
 あれ、「書きた」ぢやなくて、「書いた」なんだね。歴史的仮名遣では、「書ひた」かな。それとも「書ゐた」なのかな。
オスカー:
 音便したのです。もともとは「書きたり」。「たり」が「り」になり、さらに、「き」が《イ音便》して「い」になりました。kakitariのkとriが落ちたのです。
 「書いた」の「い」はkiのkが脱落したのですから、iになつたことになります。だから、「ひ」でも「ゐ」でもなく「い」なんですよ。
きゃりこ:
 なるほど、歴史的仮名遣つて、理窟に合つてゐるんだね。
オスカー:
 では、「読む」の過去は何ですか。
きゃりこ:
 「読んだ」。あれッ。「た」ぢやなくて「だ」になつちやつた。
オスカー:
 《撥音便》が起こると、「た」が「だ」に変るのです。
きゃりこ:
 「ん」に変るのが《撥音便》ですね。小さい「っ」になるのは何でしたつけ。
オスカー:
 《促音便》。「ありたり」が「あつた」、「食ひたり」が「食つた」になるのがそれですね。
きゃりこ:
 小さい「っ」ぢやないぢやない。大きい「つ」ぢやない。
オスカー:
 歴史的仮名遣では、小書きはしないのです。
きゃりこ:
 ふうん。「っ」とか「ゃゅょ」とか小さい字を使ふのを《小書き》といふのね。戦後になつて発明したの?
オスカー:
 昔から、促音(っ)や拗音(ゃゅょ)であることをはつきりさせたい場合には、小書きをしてゐましたが、正書法とは認められてゐませんでした。小書きしなければいけないといふ規則は、戦後に出来たのです。
 僕は小書きは嫌ひです。特に縦書きのときは、小書き部分が右に寄つて、文が曲がって見えますからね。
きゃりこ:
 どういふときに、《イ音便》《促音便》《撥音便》が起るのですか。
オスカー:
 まづ、このタイプの音便は、動詞の四段活用の連用形の場合にしか起りません。《イ音便》は「カ行」「ガ行」の四段活用の場合だけ。《撥音便》は「バ行」「マ行」だけ。《促音便》は「ハ行」「ラ行」だけです。
きゃりこ:
 さういふ言ひ方、よく分からない。私がおばかだといふことをわきまへて喋つてね。
オスカー:
 そんなこと、自慢げに言はないで下さいね。
 「思ふ」は「ハ行四段活用」だから、《促音便》を起して、連用形に、たとへば「た」をつけると、「思ひた」ではなく、「思つた」になるといふことです。
きゃりこ:
 「思う」つて、「アワ行五段活用」ぢやないんですか。
オスカー:
 もう歴史的假名遣を教へてから隨分になるのに、まだそんなこと言つてゐるの?
 「アワ行活用」とか「五段活用」とかは、戦後に国語審議会が捏造した嘘なんですよ。
きゃりこ:
 えッ。先生、そんな質の悪い団体に入つてゐるの?
オスカー:
 僕が入つてゐるのは「國語問題協議會」。こつちは正義の味方なの。
 正義を潰さうとしてゐるのが「国語審議会」。
 もつとも国語審議会はもう潰れて、文部省の一部局になつてしまひました。
きゃりこ:
 でも、国語審議会に、國語問題協議會の紐付きの人も入つてゐたんでせう。
オスカー:
 そりやあ、中に入つて戰はないといけないからね。だんだん漢字をふやして行つたのは、國語問題協議會の紐付きの人たちが頑張つたからですよ。
 でも、国語審議会が潰れる前に、國語問題協議會は審議会から脱退したのです。
きゃりこ:
  それにしても、「四段活用」つて、をかしくない? 「書かナイ」「書きマス」「書く」「書くトキ」「書けバ」「書け」「書こウ」だ から、「かきくくけけこ」つて五段に亙つて活用してるよ。やつぱり「五段活用」ぢやない。
オスカー:
 歴史的仮名遣では「書こう」ではなく、「書かう」と書きます。「書こ」といふ活用形はないから、四段なの。
きゃりこ:
 さう言はれれば、「書かう」と書けば、自然に「カコウ」つて読めるものね。四段活用といふ方が論理的だといふのはよく分かるよ。
 ところで、「ある」の連用形でも、「あります」の時は「あり」で音便しないのに、「あつた」の時は促音便が起るのは整合性に欠けるのではありませんか。
オスカー:
 それは違ひます。後ろにtが来ると、強い破裂音なので、促音便が起るのです。ariの後にtaが来ると、taのtに引かれてariがatに変るのです。撥音便の場合も同じやうにきちんとした規則があるのですが、話が長くなるので、そのことはまたいづれ。
 ところで、「きゃりこの戀」は、正漢字と新漢字が混じつてゐて、統一が取れてないといふお叱りがあるんだけど、インターネットの画面では、画数の多い正漢字は読みにくいとか、いろんな事情があつて、わざとさうしてゐます。
きゃりこ:
 ちよつと信念を曲げてない?
posted by 國語問題協議會 at 18:50| Comment(0) | 雁井理香
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