2018年03月26日

つたへること・つたはるもの(25)〈ことば〉で傳へにくい「つらさ」を聴く、觸れる、診る。 原山建郎

二〇一三年の冬、ファイザー梶Eエーザイ鰍ノよるプレスセミナー「『痛み』をめぐる醫療と言語研究がもたらす新たな可能性」のレジュメと「47都道府縣比較:長く續く痛みに關する實態調査2013」(二〇一三年九月發表)の配布資料を入手した。そこで、當時、東洋鍼灸専門學校で講じてゐた社会學の授業で、『「痛み――ことばでは説明できないつらさ」を聴く・觸れる・診る』をとり上げた。たとへば、整形外科など標準的西洋醫學が苦手とする「痛み(疼痛)の除去」は、鍼灸治療など東洋物療では得意分野なのだが、實際に患者の訴へを「聴く、觸れる、診る」手がかりとして、ことばによる「痛み」表現のとらへ方が重要となる。
また、プレスセミナーで注目されたトピックは、二〇一一年三月一一日に発生した東日本大震災の救援活動に入った醫療チームが、東北地方の方言、とくに被災地(福島・宮城・岩手)の高齢者が訴へる「つらさ」を理解するのに苦労した經驗から、翌二〇一二年三月、岩手縣出身の竹田晃子さん(國立國語研究所非常勤研究員)が作成した『東北方言オノマトペ用例集』(https://www.ninjal.ac.jp/pages/onomatopoeia/)である。用例集の表紙には、おばあちゃんが訴へる「のどぁ ぜらぜら」に耳を傾ける醫師の姿が描かれてゐる。「ぜらぜら」とは「のどに痰がからまって鳴る」様子をあらはす、青森・岩手地域の〈ことば〉ださうだ。

オノマトペとは、自然界の音や聲(擬音語)、物の形状や動き(擬態語)のことで、かつて文字をもたなかった上代日本の話しことば(やまとことば)は、オノマトペの音韻から生まれた〈ことば〉である。
身近なところでは、戸を開ける音(カラカラ、ガラガラ)、花びらが散るさま(ハラハラ、バラバラ、パラパラ)、痛みの訴え(ヒリヒリ、ビリビリ、ピリピリ)などが挙げられるが、日本語を母語として育った私たちには、それぞれ清音・濁音・半濁音で傳はる「からだ感覺」の微妙な違ひを理解することができる。
ウェブサイト「メディカル・オノマトペ」に寄稿したコラムで、竹田さんは「母語としての方言」の重要性を訴へてゐる。
オノマトペには、體調や氣分を表す表現がたくさんあります。共通語では、痛みをシクシク、キリキリ、ズキズキなどと表現することがありますが、各地の方言にも獨特なオノマトペがあります。(中略)方言は、地域で暮らす人の生活を支へる母語です。方言をなくすのではなく、方言を使ふ人と使はない人とが互ひの立場を尊重しながら、必要に應じて意思の疎通を圓滑に行ふことができる社會を目指して 、醫療現場の協力を得ながら、この問題に取り組みたいと考へてゐます。
(『東北方言オノマトペ用例集』の取り組み)
普段は共通語(標準語が母語)で暮らす私たちも、「痛み」を訴へるとき、
【ズキズキ・ズキッ・ズキリ・ズキン・ズキンズキン/チクチク・チクリ・チクン・チクッ/ズンズン・ズーンズーン・ズン・ズーン/ガンガン・ガーンガーン・ガーン/ギシギシ・ギシリ・ギシッ/ゴリゴリ・ゴリッ/ジンジン・ジーン・ジン/ビリビリ・ビリリ・ビリッ/ピリピリ・ピリリ・ピリッ……】
などのオノマトペを使ひ分けてゐる。
「痛みに關する實態調査2013」には、〈お國ことば〉で傳へる「痛み、つらさ、苦しさ」が紹介されてゐる。たとへば、同じ「痛み」であつても、各地特有のオノマトペを通して、からだの悲鳴が聞こえてくる。
【ワクワク:頭痛(中国・四国地方)/ハチハチ:頭痛(中国・四国地方)/ニシニシ:腹痛(香川)/ウラウラ・マクマク:めまい(東日本)/キヤキヤ:胃痛(関東・中部地方)/カヤカヤ:のどの不調(静岡)/エキエキ:暑苦しい(秋田・山形)/ゾミゾミ:悪寒(岐阜)/タクタク:足の疲労(島根)……】
また、「つらい」「苦しい」の訴へ表現にも、〈お國ことば〉ならではの多彩なバリエーションがある。
【あんばいわるい、うい、えらい、おぶない、かなしい、きつい、こわい、しょうない、しろしい・しろしか、しんどい・しんどか、ずつない・ずつなか、せちい・せつない、せんない、たいそな、てきない、なずむ、なんぎする、のさん、ひどい、むずかしい、ものい、よわる……】

竹田さんは、「実態調査」結果から、醫療現場における「痛みのオノマトペ・方言」の積極的活用を訴へてゐる。
@ 痛みは把握が難しいため、症状を醫師・看護師に理解してもらふには、何とかして傳へる必要がある。
A しかし、診療の場では、患者はしばしば自身の痛みをうまく説明できてゐないといふ實態が明らかになり、痛みの症状傳達の難しさが浮き彫りになつてゐる。
B その一方で、「痛みのオノマトペ」を用ゐて表現すると、醫師・看護師の理解獲得に手應へを感じる患者が多い。
C 醫師・看護師が患者と同じ表現(オノマトペ・方言)を使ふことによる効用がみられ、コミュニケーションの活性化を通じて、よりよい診療の実現が期待できる。

「お國なまりは、お國の手形」ともいふ。
改めて〈お國ことば〉による相互理解が、強く求められる時代の到來。
(武藏野大學非常勤講師『ゴム報知新聞』電子版コラム (2017年1月)

posted by 國語問題協議會 at 21:10| Comment(0) | 原山建郎
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