2019年06月03日

幾何學の意味の變容(V)(47)

「解析幾何學」の世界では、「點」は“部分をもたないもの(『原論』)”ではなく2つの實數の組(x,y)であり、直線や圓などの圖形は最早紙の上に書かれた“セン”や“マル”ではなく、それらは“數式”で定義されるものとなりました。したがつてゐたとへば“2直線が交はるか否か”といつた幾何學的問題は、“2直線の方程式を連立した連立方程式が解を持つか否か”といふ代數的問題に姿を變へてしまひます。つまり、これが幾何學における「意味の變容」であり、實はこの「意味の變容」については中學や高校で「圖形と方程式」として學んだことでした。

しかし、これで幾何學の「意味の變容」が終はつたわけではありません。ご承知のやうに、アーベル(1802〜1829)やガロア(1811〜1832)の5次方程式の研究から“群”といふ概念が生まれ、今度は代數學自體に「意味の變容」が起こります。いはゆる「抽象代數學」の誕生です。

「代數學」は、「具體的な數の計算」から「文字の計算」に移行することによつて生まれましたが、その文字計算の操作自體を對象化して、その“操作(囘點や對稱移動、文字の並べ替えなど)の計算”を考へて生まれたものが「抽象代數學」と言はれるものです。“群(group)”といふ概念もそこから生まれたもので、さらに整數(0、±1、±2、・・・)の「加法、減法、乗法」を抽象化して“環(ring)”といふ概念が、そして有理數(整數比で表はされる數で、いはゆる分數)の演算から“體(field)”といふ概念が生まれます。これらについてここで詳述することはできませんが、いづれにせよ「反省による主題化」によつて、古典的な代數學は「抽象代數學」に變容していくことになり、この抽象代數學と幾何學が結びついて、幾何學に再び「意味の變容」が齎されます。この「意味の變容」について統一的な視點を與へたのが、獨逸の數學者Felix Klein(1849〜1925)です。クラインと言へば、メービウスの帯の3次元versionである“クラインの壺”がよく知られてゐますが、23歳のクラインがエルランゲン大學に就職したときの講演で發表した「エルランゲン目錄(Erlangen programm)」でその統一的視點が語られます。その内容は要するに「一つの幾何學は一つの變換群によつて不變な性質を研究する學問(不變式論)」といふものでした。“變換群”といふ厄介な言葉が出てきましたが、たとへば中學で學んだ幾何における“合同”や“相似”といふ考へ方が、短絡的に言へば“合同變換(ある圖形をそれと全く重なるやうに移す操作)”や“相似變換”のことだと思つて頂いて差し支へはなく、これらの“變換”も變換群の一種です。

私たちは、ふつう△ABCと△A'B'C'が相似であるとき、この2つの圖形は“同じ形”をしてゐるといふ言ひ方をしますが、氣難しい數學屋は、そもそも圖形の“形”とは何かといふところから出發して、“圖形の形とは、任意の相似變換によつて不變に保たれる性質”と定義し、その相似變換群によつて不變な性質(つまり圖形の形)を研究する幾何學が“相似幾何”だ、といふ言ひ方をするのです。言ふまでもなく、合同變換によつて不變に保たれる性質を調べる幾何が“合同幾何”です。

19世紀における幾何學には合同幾何や相似幾何の他に、「アフィン(affine)幾何(擬似幾何)」、「射影幾何」、「非ユークリッド幾何(楕圓型 と雙曲型の2つ)」といつたものが知られてゐます。アフィン幾何といふのは、相似變換をさらに擴張して得られる變換群に對する幾何學で、この世界では線分の長さや角、また圓や三角形の大きさといつたものは意味をもちません。いづれにせよ、これらの幾何學や20世紀になつて急速に發展した「位相幾何(通俗的な言ひ方をするとコーヒーカップとドーナツが同じ形だと認識する幾何)」などは、すべてクライン流の幾何學認識で把握することができ、さらにこれらはすべて「射影幾何」から派生することがクラインによって示されました。しかし、19世紀後半になってクラインの幾何學認識の枠には收まらない幾何學が生まれます。これが“リーマン幾何學”と呼ばれてゐるものですが、殘念ながらこれについてここで説明することはできません。
(河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 00:00| Comment(0) | 河田直樹
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