2020年01月21日

數學における言語(53) プロティノス(W)

 菅野昭正氏(1930〜)については、ここであらためて詳述する必要はないと思はれますが、若い讀者のために簡單に紹介しておくと、氏は長い間東大で教鞭を執られてきた佛文學者で、ボードレール、マラルメ、ヴァレリーなどの多くの佛蘭西詩人の飜譯を手掛け、また近代日本文學の評論家としても幅廣く活躍されてきた方です。特に、佛蘭西サンボリズムの師表とも言ふべきマラルメ研究では、讀賣文學賞を受賞されてゐますが、以下の引用文も佛蘭西象徴派に多大の關心を持つ人の言葉として讀んで戴けたらと愚考します。

・初期の伊東靜雄の詩の宇宙は、古代ギリシャ人が思索した自然の原型のやうに、あるいはまたヘルダーリンが夢想した宇宙の根源のやうに、單純にしてしかも壯大であるところになによりも著しい特徴があるのだ。
・一種の形而上的自然。形而上的自然として内面に成立した自然宇宙の原型。そして、その原型をたずさへながら無限に彷徨する存在。『わがひとに與ふる哀歌』は、まさしくそのやうな地點を志向しながら構想された詩集なのである。

 プロティノスの「太陽と光」の哲學も、世界の根源の在り樣を志向する一種の形而上學であり、プロティノスは「かのものをわれわれは無限なるものと解すべきではある」が、しかしそれは「大きさとか數とかを盡くすことができないといふことによるのではなく、その能力は把握しきれない、といふことによるのである」(『資料集』161頁)と語ります。「有限數を、どんどん大きくすればそれが無限になる」と考へるのは、誤りだ、と私は繰り返し語つてきましたが、プロティノスも「大きさとか數を盡くすことができない」ことが、すなはち無限なのではないと主張して、彼の視線は「數」を認識する「能力」自體に向けられます。プロティノスは語ります−「生を越えてあるもの、これが生の原因である」。
「有限な生の延長線上に、生を越えてあるもの、すなはち無限」が存在するのではないのです。かうした發想こそが形而上學の形而上學たる所以で、靜雄詩の根底にも紛れもなく「生を越えてあるもの」への烈しい希求がありました−「わが痛き夢よこの時ぞ遂に\休らはむもの!」。

・ハイデッガーがみごとに解明してみせた通り、ヘルダーリンの歸郷とは「根源への近接に歸りゆくことである」(手塚富雄氏譯による)。伊東靜雄の歸郷もまた、まさしく根源への近接、彼みづからの存在の根源として意識した宇宙の原型的なイマージュの近接であることは、すでに繰りかへすまでもないはずである。
・「根源への近接に歸りゆく」苦鬪は、つまり、果敢なる一種のプラトニスムの行爲なのだ。少なくとも『わがひとに與ふる哀歌』の伊東靜雄は、そのやうなプラトニスムの意識を、かなり鋭敏に所有してゐたはずである。
・われわれの日常性の領域を假に球體と想定するならば、このプラトニスムがめざす部分は、球體の核をなす不可視の極微な點なのだと言つてもいいかもしれない。

 菅野氏の語る伊東靜雄のプラトニスムは、またプロティノスのそれであり、球體の核をなす不可視な極微の點とは、いはば太陽のモナド(ライプニッツ)とも言ひ得るのかもしれません。

・ともあれ『わがひとに與ふる哀歌』の伊東靜雄は、その一種のプラトニスム(あるいは深層のレアリスム)によつて、サンボリズムの系譜につながる詩人となつた。

 私は、伊東靜雄をサンボリストとして規定してみせた人を、菅野氏のほかに寡聞にして知らない。菅野氏も「日本の象徴詩人の系譜を論じた窪田般彌氏がなぜ伊東靜雄に論及しようとしなかつたのか、ぼくにはまつたく不可解である」とお書きになつてゐます。正に至言といふべきで、私たちは今なお伊東靜雄を誤讀してゐるのかもしれません。靜雄の詩的認識もまたネオプラト二スムなのです。 (河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 07:08| Comment(0) | 河田直樹
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