2020年06月03日

あやとり(18) 中谷信男

八細工七貧乏
八細工とは器用なことをさします。何でもこなす多藝で多才な人は、結局どれも大成せず、貧乏することが多い。
「器用貧乏」といふ言葉がありますが、それに足して「器用貧乏人寶」といふのは、さういふ人がゐると周りの人はたいへん重寶だの意味で、本人は貧乏しても周りの人には役にたつ、利他行爲と言へ、結構なことです。
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2020年04月19日

あやとり(17)  中谷信男

三人寄れば人中(ひとなか)
三人寄れば文珠の智慧
三人旅の一人乞食
三人が集ればそこは人中、つまり公の場となつてしまふので、そこで言つたことばは祕密にはできないといふ意味です。智慧を出しあふのもそのゆゑでせう。
ところがその三人で旅をすると、その中の一人が窮乏するとか、仲間外れになることが起り勝ちだともいひます。
二對一となつてそこに對立關係が生れ、一人が彈きだされることが多いものです。
鼎談(ていだん)といふのは、主として食物の煮炊き用に用ゐられる青銅器鼎(かなへ)が三本足をしてゐるので、三人向ひあつて座談することを言ひます。若くしてなくなつた遠藤浩一さんは、三島由紀夫は鼎談に向いてゐたが福田恆存さんは對談(二人で向合つての座談)が秀逸だつたと言はれてゐました。思考パターンのそれぞれの違ひがよくわかります。
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2020年03月01日

「三年八年」パターン文(16)  中谷信男

「桃栗三年柿八年」
「首振り三年コロ八年」
「獨逸語三年 佛蘭西語五年 英語七年」
桃や栗は芽が出て三年で實がなるが、柿は八年はかかると言ひ慣らはされて來た。そこから尺八は首を振り振りまともな音が出せるのに三年かかるが、さらにその上の妙なる音、トレモロに近いコーロ・コロコロコロといふ音が出るやうになるにはさらに八年はかかるといひます。
以前、獨逸語習得には三年、佛蘭西語には五年、英語にかなり精通するには七年がかかるとされたものです。この桃栗三年柿八年のパターンを受けたものでせう。
では一體日本語はどうか。或るユダヤ人は八ケ月あれば一應の使ものになると廣言してゐましたが、日本語はそこからが大變だといふ外國人も多く、特に漢字に躓くやうです。
posted by 國語問題協議會 at 12:01| Comment(0) | 中谷信男