2017年04月28日

きゃりこの戀(46)

オスカー:
 []遠き別れに堪へかねて この高樓(たかどの)に昇るかな
  悲しむなかれ我が姉よ 旅の衣を調(ととの)へよ
きゃりこ:
 聞いたことあるけど、綺麗な歌だね
 でも「悲しむなかれ我が友よ」だつたと思ふんだけど。「姉」ぢやなくて。
オスカー:
 「惜別の歌」といふのですが、もともとは、島崎藤村の詩なのです。タイトルも「高樓(たかどの)」で、全部で八聯。内容も、姉が嫁いで行くのを妹が悲しんで送る歌なのです。それを、戦時中に中央大学の学生が、学徒出陣に出て行く友人を送る歌にして曲を附け、「惜別の歌」といふタイトルに變へました。そのとき、歌詞も「我が姉よ」も「我が友よ」になつてしまひました。僕は藤村が好きだから、原文で歌つてゐます。
 歌ふときの歌詞は「惜別の歌」としては、三番または四番までだといふことになつてゐますが、「高樓」としては、原文どほり八番まで歌つてもいいでせう。
 さて、二番です。
 []別れといへば昔より 此の人の世の常なるを
  流るる水を眺むれば 夢恥づかしき涙かな
きゃりこ:
 確かに、出陣の餞(はなむけ)といふには餘りにも女性的な歌詞だね。
 なるほど、なるほど、雁井さんのおかげで、おバカでも意味が分かる。
 「昔から愛する人と別れなければならなくなる例はいくらでもある。水が流れるやうに世の中は移つて行くのだ。それを考へると、お姉ちゃんとの別れに涙を流すのは恥づかしいことなんだ」
 うううん。寧々みたいな鬼姉でも、別れるとなると悲しいんだらうな。それにしても、現代では、嫁いだつていつでも會へるんだから、そもそも嫁ぐのと別れるのと關係がないんだね。寧々、早く嫁に行つてしまへ。
 ところで、「夢恥づかしき」の「夢」つて何?
オスカー:
 「ゆめ忘るるなかれ」といへば「決して忘れてはいけない」。「夢にも」といふことから來てゐるのですが、副詞として使はれるやうになりました。否定文に附いて、「決して〜ない」の意味ですが、藤村はこれを「決して泣いてはいけないのに泣いてしまつたのだから恥づかしい」といふ意味で肯定の文に轉用したのです。
きゃりこ:
 そんなに勝手に轉用してもいいの?
オスカー:
 藤村くらゐ偉くなると何をしてもいいのです。芭蕉も文法的な間違ひをしてゐますが、芭蕉が間違へたために、それが正しい用法となつてしまつたといふ例があります。
きゃりこ:
 ずゐぶんいい加減だね。
オスカー:
 国語といふのは文学者のリーダーシップで作り上げられて行くのですから、それはかまはないのです。それよりも、戦後の国語改革で、文部省や学者たちが、「副詞は假名で書くのを原則とする」などといふ規則を勝手に作つてしまつたことのはうがずつとひどい國語破壊なんですよ。
きゃりこ:
 なるほどね。政府主導で規制されたために、日本語は崩れて來たんだ。それに追従した学者たちも情ない連中だね。
 「夢恥づかしき」も文部科学省の命令では「ゆめ恥づかしき」としなきやいけないことになる。「夢恥づかしき」と書いたら、犯罪を犯してることになるんだ。
オスカー:
 []君がさやけき目の色も 君紅(くれなゐ)の脣も
  君がみどりの黒髪も またいつか見むこの別れ
きゃりこ:
 三番になると、もう完全に女との別れになつてゐるぢやない。出陣を送る歌ではないね。男の脣が紅だつたら気持悪い。美少年だつたらいいけど。
オスカー:
 一説によると、作曲者が勤労動員で工場で働かされてゐたときは、女学校の生徒もいっしょにゐたりしてたので、実感が籠つてゐたとも言ひます。
 この歌、いろんな歌手が歌つてゐます。インタネットで見ると、小林旭が歌つてゐるのがやたらにたくさん出て來ます。その中で「惜別の歌 小林旭 リメイク 動画」で検索すると、山の頂上の映つた画面が出て來ます。これが背景の絵が一番美しいので僕は好きです。
 山の頂上にある城跡の写真です。お城は廃却されてしまつたのですが、石垣がかなり完全な形で殘つてゐる。兵庫縣朝來(あさご)市和田山町にある「竹田城」の古跡なのですが、山の上にあるので、「天空の城」と呼ばれてゐます。雲海が城の下の方に見えるのですから、そのロマンティックなことは譬へやうもありません。今度訪ねて行つてみようと思つてゐます。
きゃりこ:
 そんな素敵な所がなんでもつと有名にならないのかしら。
 ちょっと、PC貸してね。インタネット見てみるから。「リメイク」って何だ。意味分からないけど、remakeのことだらうね。
 あ、これか。ひゃああ、綺麗な石垣だね。歌聞かせてね。
オスカー:
 一番二番が城跡だけど、三番の背景の絵がまたいいですよ。
きゃりこ:
 んみゃんみゃんみゃ。凄い美人の絵が出て來たね。オスカー先生の好きなのはこれだつたのか。「君がさやけき目の色は」では目を映し、「くれなゐの脣」では脣だ。リップスティック持つてる絵だ。いやあ、色っぽい女性だね。
 あんまり美人だから絵かと思つたら、やつぱり寫眞だね。知らない顔だから、藝能人ぢやないよ。
オスカー:
 実はこの女性が雁井さんにそっくりなんですよ。
きゃりこ:
 ぱみゅぱみゅぱみゅぱみゅ。この人二十代前半だよ。雁井さんっていくつなの? お世辞言はされる可哀想なオスカー先生。
オスカー:
 雁井さんに逆つたら、僕もきゃりこさんも消されてしまふ運命なのですよ。そしたら、次からは、寧々さんと優ちゃんの對談になつて、二人の間に愛が芽生えることになるでせうね。
きゃりこ:
 いやだあああああ。私も雁井さんにお世辞言ふよ。





posted by 國語問題協議會 at 21:04| Comment(0) | 雁井理香

2017年04月15日

三種神器の起源(45) 雁井理香

オスカー:
 今日は三種神器の話をしませう。
きゃりこ:
 ふつう「さんしゅのじんぎ」って言はない? なんで「さんしゅじんぎ」って言ふの?
オスカー:
 「さんしゅのじんぎ」って言ひましたよ。
きゃりこ:
 上に「三種神器」って、書いてあるぢやない。
オスカー:
 「の」がなくても、自然に「の」を入れて読むのが日本語のよく出來た所なの。「隱岐島」で「おきのしま」。「平清盛」で「たひらのきよもり」。これが日本の文化だつて、前に言つたぢやないですか。
きゃりこ:
 さて、三種神器って、「鏡」と「劒」と「勾玉」だといふことは知つてゐるんですが。いつごろどこで出来たのですか。
オスカー:
 天孫降臨の時に持つて降りて來たんだから、それよりも前ですよ。
きゃりこ:
 なに。それ。
オスカー:
 天津彦(あまつひこ)彦火(ひこほの)瓊瓊(にに)杵(ぎの)尊(みこと)が天から降りて來たことです。
きゃりこ:
 わたし、歴史の話を訊いてるつもりなんですが。
オスカー:
 だから、天照大神の孫のニニギノミコトが天から降りて來て、日本の歴史が始まつたんですよ。
きゃりこ:
 外人のくせに右翼なのね。史実と神話を混同しないでね。
 まあいい。その天孫降臨は今から何年前のことなのですか。さうだ! 紀元二六〇〇年とかいふから、そのくらゐの昔かな。
オスカー:
 それは、神武天皇の即位のこと。平成二十八(2017)年は紀元二六七七年なんです。紀元は「日本紀元」とも「皇紀」とも言ひます。下一桁(七)が西暦と同じだからヒントになります。
 因みに、昭和の大横綱・大鵬幸喜(かうき)は、昭和十五(1940)年つまり紀元二千六百年ちやうどの生れなので、「皇紀」と同じ発音の「幸喜」といふ名前を附けられたのです。
 天孫降臨でニニギノミコトが日向の「高千穂の嶺」に降りて來て、三代の間、そこで暮らしました。これを「日向三代」と言ひます。ニニギノミコトの息子が彦(ヒコ)火(ホ)火(ホ)出(デ)見(ミノ)尊(ミコト)。この人は「海彦・山彦」の「山彦」です。
きゃりこ:
 えッ。「海彦・山彦」って、童話ぢやないの?
オスカー:
 皇室の先祖なんですよ。古事記のお話が童話になつたのです。その山彦の息子が、日子(ひこ)波限(なぎさ)建鵜(たけう)葺(が)草葺(やふき)不合(あへずの)命(みこと)。そのまた息子が神武天皇なのです。
きゃりこ:
 ぢやあ、天孫降臨は神武天皇の三代前なんだから、せいぜい今から三千年前の出来事なのね。
オスカー:
 天孫降臨から神武即位まで、約百八十万年。正確に言へば、1792470年。今から何年前かを数へれば、1792470+660+2017=1795147となつて、今から百七十九万五千百四十七年前のことです。
 あ、660といふのは、神武天皇の即位が紀元前六六〇年だからです。660+2017がさっき出て來た2677になります。
きゃりこ:
 そんな端数まで分かつてゐるの?! 百八十万年前つていへば、まだ人類なんかゐなかつたぢやない。
オスカー:
 人類はゐませんでした。だから神だつたの。何の不思議もありません。神武天皇の曽祖父(ニニギ)も、祖父も、父親も神だつたのですから、何十万年も生きたのです。
 神武天皇からは人間なので、「人(にん)皇(わう)」と言ふことがあります。今上天皇は「人皇第百二十五代」です。「にんわう」と書いても、「ニンノウ」と發音してね。
きゃりこ:
 どうして、外人がそんな神がかったこと言ふの?
オスカー:
 「天の岩戸」の話は知つてゐますか?
きゃりこ:
 天照大神が岩に隠れた話でせう。
オスカー:
 弟の素戔嗚(すさのをの)尊(みこと)が暴れたので、怒つて洞窟に石の蓋をして、その中に隠れてしまつたのです。そこで~樣たちが相談して、蓋(扉)の隙間から鏡を差し出して、大神がなんだらうと思つてちょっと首を出した所を、腕を摑んで引きずりだしました。
 その鏡が三種神器の鏡なのです。
きゃりこ:
 馬鹿馬鹿しい。その鏡が今皇居にあるとでも言ひたいの?
オスカー:
 皇居ではありません。伊勢神宮にあるのです。
きゃりこ:
 えッ。三種神器って、皇居にあるんぢやないの?
オスカー:
 二セットあるのです。鏡のオリジナルは伊勢神宮にあるの。
きゃりこ:
 嘘。嘘。嘘。嘘。嘘。そんな話、聞いたこともない。外人が日本の美女騙すのに、そんな子供騙し使ふのやめて。
オスカー:
 聞いたことのないのはきゃりこさんだけですよ。
きゃりこ:
 む、む、む、む。さう言はれるとそんな氣がして來た。
オスカー:
 では、この続きはまたいつか機会があつたらといふことで、これでおしまひ。次回は別の話に行きます。






posted by 國語問題協議會 at 14:51| Comment(0) | 雁井理香

2017年03月31日

きゃりこの戀 (44) 雁井理香

 
寧々:
 三囘続けて寧々の登場です。
オスカー:
 次囘はまた易しくなるので、きゃりこさんだけ。
きゃりこ:
 おばかでかはいいきゃりこ。(小聲で)ねえ、オスカー先生、ひよつとして寧々のモデルって、雁井さんぢやない? 性格惡いのかな。
寧々:
 今日は、字音の話を伺ひたいのです。
きゃりこ:
 あッ。字音って、漢字の《音讀み》のことだつたよね。
寧々:
 字音って、中國語の發音の眞似をして作つたんですよね。mountainを表す「山」は中国語で「サン」だから、日本語でも「さん」と読んだ。これが《音讀み》。そして、日本語では昔から、mountainのことを「やま」と言つてゐたから、「山」の字も意味を取つて「やま」とも讀むやうになつた。これが《訓讀み》。
 「開」も中國語でkai。だから、《音讀み》は「かい」。意味はopenといふ動詞だから、日本語の「ひらく」に相當する。だから、「ひらく」が《訓讀み》になつたの。
きゃりこ:
 さうだつたのか。さういふこと全然知らなかつたよ。漢字が中国から来たことは知つてゐたけど、意味だけ中国語と同じで、読み方は全部日本で作つたと思つてた。
 学校でそんなこと、全然教へてくれなかつたよ。
寧々:
 小学校で教はつたの。あんただけ覚えてないの。
 でも、不思議なのは、中國語の発音と《音讀み》が相当にずれてゐること。今、「山」は「サン」と言つたけど、ピンインはshanです。「シャン」と発音するのよね、中國では。
きゃりこ:
 「ピンイン」って、何?
寧々:
 中国の正式なアルファベット表記の書き方よ。基本的に英語の真似をしたとは言へるけど、xを「し」、qを「ち」と讀んだりして、中國語の複雑な発音体系をうまく表すやうになつてゐる。
 中國語の発音と《音讀み》のズレって、ズレが原則かと思ふほどに違ひますよね。「難」nanは《音讀み》でも「なん」だから一致してる。「相」xiang(しぁん)が「さう」になるのはまだ近い。でも、「金」jin(ジン)が「きん」になると附いて行けない。「陸」はlu(ルー)なのに、《音讀み》は「りく」。「區」qu(チュィ)が「く」。取り入れるとき、ずゐぶんいい加減なことしたんぢやないかしら。
オスカー:
 寧々さんともあらう人が、そこはちよつと勉強が足りませんね。
寧々:
 きゃり。何笑つてるの。
きゃりこ:
 わ、わらつてないよ。
オスカー:
 現代北京語とは相当にずれてゐるけど、古代中國語の推定音とはピタリと一致するんですよ。漢字が日本に入つて來た頃の中国語の発音(地域によつて違ふから大雑把な言ひ方ですが)を《隋唐音》と言ひます。今、寧々さんの擧げた漢字を見てみますと、《隋唐音》では、相sang、金kim、陸rik、區koですから、現代北京語よりはずつと《音讀み》に近いでせう。ついでに、「山」も現代北京語ではshanだけど、《隋唐音》ではsanです。
きゃりこ:
 そんな昔の発音がどうして分かるの。
オスカー:
 昔の本に発音が出てゐるのですよ。
寧々:
 さうか。それが「反切法(はんせつはふ)」なのか。
オスカー:
 さうなんですよ。難しい漢字の発音を表すために、二つの易しい漢字を組み合せて表記するのです。「東は徳と紅の切である」と言ひます。この三つの漢字、「東」「コ」「紅」の《隋唐音》がそれぞれtong, tok, hongであることから来てゐます。つまり、「東」tongは「コ」tokのt-と「紅」hongの-ongを合体させた発音だといふことです。六朝時代の「韻書」といふ辞書に詳説されてゐます。
寧々:
 六朝つて、隋や唐よりも前の時代ですよね。
オスカー:
 そんな昔から、こんなに精密で学問的な研究が進んでゐたんです。もっとも、古代インドの言語學の影響を受けてのことのやうですから、言葉の研究はとても古いんですね。
寧々:
 自然科学だけは、昔と今では大違ひですが、人文科学、社会科学は、二千年前でも現代でも、さうは變らないのですね。といふより、純粋な論理的思考能力は、昔の人も現代人より少しも劣る所がなかつたのでせうね。
posted by 國語問題協議會 at 13:57| Comment(0) | 雁井理香