2017年07月18日

きゃりこの戀(49)荒城の月 雁井理香

オスカー:
 前回、瀧廉太郎が作曲した「荒城の月」は、豊後竹田城をイメージしたものだといふ話をしました。そこで今日は、「荒城の月」の歌詞を見てみませう。作詞は土井晩翠ですよ。
  []春(はる)高樓(かうらう)の花の宴
   めぐる盞(さかづき)影差して
   千代の松が枝(え)分け出でし
   昔の光今いづこ
きゃりこ:
 春、花を見ながら、高樓(たかどの)で酒宴を開いてゐるんですね。
 みんなで盞を回して酒を呑んでゐる。
 千代って、何?
オスカー:
 まあ、簡単に千年といふことかな。
きゃりこ:
 千年も経つ松の枝の間を分けて、昔の光が……………。何の光だらう。ああ、さうだ。「荒城の月」なんだから、月の光だ。松の間から、月の光が差し込んでゐる。「今いづこ」つて何だ。「今どこへ行つてしまつたのか」だらうけど、何がどこへ行つてしまつたんだ。
オスカー:
 きゃりこさんの間違ひは、「分け出でし」の「し」を譯してないとこですね。
きゃりこ:
 過去の助動詞「き」の連体形だよね。……………あ、あ、あ。ひよつとして、「昔松の枝の間から差し込んでゐた月の光。それが今では見えない。どこへ行つてしまつたんだらう」と言ひたいのかな。
オスカー:
 さうなんですよ。今、月は出てゐるのか出てゐないのかははつきり書いてないけれども、(後まで見ると月は出てゐるんだけど)、いづれにしても古城の酒宴はもう行はれてゐない。昔、酒宴の席に差し込んでゐた月の光はどこへ行つてしまつたんだらう。
 ぢやあ、二番ですよ。
  []秋陣営の霜の色
   鳴き行く雁の數見せて
   植うる劒(つるぎ)に照り添ひし
   昔の光今いづこ
きゃりこ:
 うん、うん。戦争のために軍備を調(ととの)へたお城の情景だ。空には雁が飛んで行く。
 「植うる劒」が分からない。
オスカー:
 戦争のときには、すぐに刀を取り換へられるやうに、地面に何本も、きっさきを突き立てておきます。
きゃりこ:
 なるほど、それが木の枝を地面に植ゑたやうに見えるといふことだね。
 「植ゑる」ぢやなくて「植うる」なのはどうして?
オスカー:
 文語だからですよ。「植ゑズ」「植ゑタリ」「植う」「植うるトキ」「植うれドモ」「植ゑヨ」と變化する「下二段活用」。
きゃりこ:
 歴史的假名遣なら「植ふる」にはならないの?
オスカー:
 古文の授業で「うう・すう・うう」って習ひませんでしたか。
きゃりこ:
 なんぢやそれ。
オスカー:
 「ウエル(植)」「スエル(据)」「ウエル(飢)」だけは、「ワ行活用」なので、文語の終止形は「飢う」、この歌では連体形なので「植うる」となつてゐます。口語の終止形は「植ゑる」であつて、「植える」でも「植へる」でもありません。
 今度は三番。
  []今荒城の夜半(よは)の月
   替(かは)らぬ光たがためぞ
   垣に殘るはただ葛(かづら)
   松に歌ふはただ嵐
きゃりこ:
 やはんのことを「よは」つて言ふんだね。気障(きざ)だ。
オスカー:
 昔の言葉を大事にしてゐるだけですから、氣障なんて言はないで下さい。それに「ヨハ」って發音しないでね。「ヨワ」です。
きゃりこ:
 「替らぬ光」といふのは、「昔のままの光」といふことだらうけど、作者は昔生きてゐたわけぢやないのに、なんで「昔のまま」って分かるのさ。
 「たがためぞ」が全然分からない。
オスカー:
 「誰が爲ぞ」
きゃりこ:
 それぢやあ「だれがためぞ」ぢやないですか。
オスカー:
 古代の日本語には、濁音で始まる言葉がなかつたのです。「だれ」は「たれ」、「どこ」は「いづこ」。「いづこ」の「い」が脱落して、「づ」が「ど」になつたの。同じダ行だから、「づ」なのです。「いずこ」と書いてはいけません。
 「誰」(who, whom)は「たれ」、「誰の」(whose)は「たが」です。
きゃりこ:
 それは分かる。「私」(I, me)が「われ」、「私の」(my)が「わが」になるのと同じだね。
 昔と變はらない月光は誰のために差してゐるのだらう。
オスカー:
 誰もゐない古城で、見てくれる人もゐないのに、月がけなげに差してゐる、と言ひたいのです。
きゃりこ:
 垣根には雑草が生え、……………。「松に歌ふ」は松風の音を言ふのかな。
オスカー:
 さすがはきゃりこさん。
きゃりこ:
 昔は武士たちが歌を歌つてゐたのに、今では、松風が音を立ててゐるだけだ。
オスカー:
 見事、見事。
 では、四番。
きゃりこ:
 えッ。四番もあるの? かういふの、ふつうは三番までぢやない。
オスカー:
  []天上影は替らねど
   榮枯は移る世の姿
   寫さんとてか今もなほ
   嗚呼(ああ)荒城の夜半の月
きゃりこ:
 「天上影は替らねど」は、「月の姿は昔と同じだけれど」だらうね。
 「世の中は、栄枯盛衰定まることがない」
オスカー:
 その譯、ものすごくいいね。見直しましたよ。
きゃりこ:
 へへへ。
 「寫」って字が分からない。
オスカー:
 「写」の正字體。
きゃりこ:
 「うつさんとてか」だね。あああ、「ん」は「む」で意志を表はすんだつた。栄枯盛衰が何を寫さうとするんだ。
オスカー:
 「栄枯盛衰が」ぢやなくて、「栄枯盛衰を」なんですよ。
きゃりこ:
 わ、わ、わかつた。「夜半の月」が「栄枯盛衰」を寫さうとしてゐるんだ。
 「栄枯盛衰定まりなき世の姿を寫し出さうとしてだらうか、今もなほ月が照つてゐる」
オスカー:
 感心、感心。寧々さんでもここまで見事には譯せませんよ。
posted by 國語問題協議會 at 08:44| Comment(0) | 雁井理香

2017年06月17日

きゃりこの戀(48)  二つの竹田城   雁井理香

オスカー:
 前々回、「天空のお城」と言はれる「竹田城」の話をしました。これは兵庫縣にあるのですが、もう一つ、大分縣にも「竹田城」があります。兵庫の方を「但馬竹田城」、大分のはうを「豊後竹田城」と言ひます。
きゃりこ:
 お城って、昔はたくさんあつたのに、今はほとんど殘つてゐないんですよね。
オスカー:
 みんな破却されてしまつたのです。
きゃりこ:
 維新のときに、明治政府が破却させたのかしら。終戦後に国語改革をしたのと同じやうな馬鹿をしたのね。
オスカー:
 うん。それもあるのですが、實は江戸時代の始め、大坂夏の陣の直後に、幕府の方針で、「一国一城令」が出されたのです。
きゃりこ:
 「国」といふのは、武蔵国とか美作国とかの国ですよね。一つの国に一つのお城しか存在してはいけないといふことでせうね。何でそんな馬鹿なことしたの?
オスカー:
 お城に立て籠つて、幕府に反抗されると困るから。この法令のおかげで、お城の数が一挙に二十分の一に減つてしまつたといふことです。そして、明治になつて、また破却があつて、こんな全滅に近い状態になつたのです。
きゃりこ:
 日本六十六箇國と言ひますから、お城の数が六十六になつてしまつたのかしら。
オスカー:
 江戸時代の大名の中で、肥後国(細川家)のやうに、令制(律令以来)の國一つを持つてゐる大名を「国持大名(太守・國主)」と言ひました。典型的な「本国持」が十ないし十二家。
 それに対して、譬へば、浅野内匠頭は「播州赤穂五万三千石」と言ひますが、播磨國の中の赤穂だけを領有してゐました。さういふ小さな大名の方が多かったのです。その領地を管轄する組織を「藩」と言ひました。「一国一城」とは言つても、一つの藩も一つの城を持つことが可能だつたので、正確な意味では「一藩一城」と言つた方がよいでせう。もつとも、二つ以上の國にまたがる藩には二つ以上のお城が認められてゐました。
きゃりこ:
 そこで、「一国一城令」でお城の数はどうなつてしまつたの。だいたい、それまではお城がいくつあつたの? 二十分の一になつたといふことは、江戸時代の始めには、もの凄くたくさんのお城があつたことになるぢやない。
オスカー:
 それまでは、全国のお城は三千もあつたのです。お城の定義が難しいのですが、小さな砦まで入れると二万以上だつたといふ説もあります。室町末期には、現在の京都市内だけで、何十もあつたとのこと。
きゃりこ:
 それは凄いね。それが、いくつに減つたの? 二十分の一といふことは………。
オスカー:
 百七十に減つてしまつたのです。さらに、明治の始めにも「廢城令」が出て、原則的に、お城は、軍が使用できるものを除いては、全部取り壊すことになりました。それ以外の城で存続したのは、破却するのに金がかかるから放置してゐたに過ぎません。なんと、姫路城も、廢城になる所を、解体費用がなかつたためにそのままに殘つたといふわけ。
きゃりこ:
 姫路城がなくなつてゐたら、重大な文化的損失だつたよね。
オスカー:
 日本人は世界に誇るべき文化遺産を豊富に持つてゐるのに、それを守らうといふ気持がなさすぎますよ。子供たちに文語詩を教へなくなつたのもその一つですね。
 「君がさやけき目の色も………」も、なぜ小学校の国語の教科書に入つてゐないのでせう。
 ところで、「天空の城」の「但馬竹田城」は虎が臥してゐるやうな配置になつてゐたので、「虎臥城」(とらふすじやう/こがじやう)と呼ばれます。これに対して、「豊後竹田城」(別名・岡城)は「臥牛城」(がぎうじやう)と呼ばれます。
きゃりこ:
 牛が臥してゐるやうな配置なんだね。
オスカー:
 面白いことに、豊後竹田城も山の上にあります。高さも但馬が三百五十メートル餘。豊後が三百二十メートル餘。似たやうな境遇なのです。
 但馬竹田城は江戸の「一国一城令」で破却され、豊後竹田城は明治の「廢城令」で破却されましたが、どちらも石垣だけは綺麗に殘つてゐます。
 それにしても、山の上にあつて、何の邪魔にもならないのに、破却したといふ愚かさに腹が立ちますよね。メインテナンスに金がかかるといふことはあつたにしても。
きゃりこ:
 優ちゃんとの新婚旅行は二つの竹田城にしましょ。
オスカー:
 小林旭の「惜別の歌」に但馬竹田城の画像が出てゐたから、何か関係があるのかと思つて調べましたが、どうも無関係なやうでがつかりしました。ただ画像を使つただけみたい。
 それに対して、豊後竹田城は、「荒城の月」と関係があります。土井晩翠作詞、滝廉太郎作曲なのですが、滝廉太郎は幼い頃、この城の近くに住んでゐて、これをイメージして作曲したとのことです。
posted by 國語問題協議會 at 17:37| Comment(0) | 雁井理香

2017年05月16日

きゃりこの戀(47) くれなゐ 雁井理香  

V講  くれなゐ

きゃりこ:
 ちょっといい歌見つけた。意味が全然分からないけど、なんか口調がいいんだ。
  「くれなゐに涙の色のなりゆくをいくしほまでと君に問はばや」
 「くれなゐ」って、紅色(べにいろ)のことだろ。
 涙の色が紅色になるって、なんぢや。
オスカー:
 あんまり泣いたために、血の涙が出て來たことをいふんですよ。
きゃりこ:
 和歌で「涙」と言つたら戀の涙のことだと教はりました。戀の涙が血の涙になるつて、大袈裟すぎて嘘っぽい。
 最後の「君に問はばや」は「あなたに質問してみたい」だね。でも、その前の「いくしほまでと」がちんぷんかんぷんだ。
オスカー:
 漢字で書けば、「幾入までと」。
きゃりこ:
 「入」を「しほ」って讀むの。
オスカー:
 「嬉しさも一入(ひとしほ)だ」って言ふぢやない。染色の言葉なのです。染色液の中に入れるのを「入(しほ)」と言ひます。語源的には「潮が満ちて來て、また引いて行く」ことになぞらへて「しほ」といふ言葉が出来たのでせうけど。「嬉しさも一入だ」は、「もう一回染色液に浸(つ)けて、色が濃くなるやうに、嬉しさが一層増して来る」といふ意味です。
 語源的に考へると「一潮」と書いてもいいと思ひますが、「入」を「しほ」と讀むやうな無茶苦茶な讀み方を見ると、「日本語っていいな」と思ひますよ。世界中で、こんな無茶できるの日本人だけですからね。でも、染色液の中に「入れる」んだから、この字を使つてもをかしくないんだ。
きゃりこ:
 ヘンな外人。よつぽど日本が好きなのね。私がゐるからかな。
オスカー:
 この歌では、袖が涙の色で赤くなるのを染色に譬へてゐます。
きゃりこ:
 分かつて來たよ。「君」といふのは冷たい彼女のことだ。あれッ。彼のことかも知れないね。「あんたの冷たさのおかげで、涙の色が濃い赤になつて來た。あと何回染めさせれば氣がすむのか」 これからもまだ冷たくして、涙の赤い色をもつと濃くさせるつもりなのか、といふ恨みの歌だね。
オスカー:
 見事です。凄い実力になつて來ましたね。
きゃりこ:
 作者は誰?
オスカー:
 道因法師。百人一首に、「思ひわびさても命はあるものを憂きにたへぬは涙なりけり」が入つてゐる人。
きゃりこ:
 「法師」って、坊さんでせう。坊さんが戀の歌を作るの? いやだ。
オスカー:
 坊さんだつて戀をしてもいいぢやないですか。それに、和歌といふのは、藝術のつもりで作るのだから、戀をしなくても戀の歌は作れるのです。
きゃりこ:
 感情の籠らない歌になつてしまはない?
オスカー:
 思つたままを歌にするといふのは、日本の自然主義の考へ過ぎの思想なの。藝術といふのは創造なんですから、現実には一致してゐなくていいのです。男が女の身になつた戀の歌を作る。京都にゐて白河の関の歌を作る。いいぢやないですか。
きゃりこ:
 さう言はれればそれが正しいやうにも思へる。
 ところで、「べに」と「くれなゐ」とは違ふの?
オスカー:
 まあ、同じ色を指すと言つていいでせう。「あか」はちよつと違ふやうだけど、その違ひは説明できません。
 もともとは、「丹(に)」が赤い色を指しました。その丹を延ばして、布に付けたり、脣に塗る(延べる)ことから、「延べ丹」といふやうになり、縮めて「べに」になりました。
 「赤」の語源は「明るい」と同じ。眼を瞑つて太陽のはうを見ると、赤く見えるぢやないですか。「あかい」と「あかるい」は同じだつたのです。ついでに、「黒」は「暗(くらし)」、「白」は「著(いちじるし・しるし)」から来てゐます。
 もう一つついでに、「緑」は「みづみづしい」と関係があります。
きゃりこ:
 ぢやあ、「くれなゐ」は?
オスカー:
 「呉(くれ)」の「藍(あゐ)」。
 「藍」といふのは色の名前ですが、同時に染色のことをも言ひました。もともとは染色と言へば藍色に決つてゐたから。やがて、中國から紅色の染色法が傳はりました。そこで、紅色の染色のことを、「呉の藍」といふことで、「くれのあゐ」。古代には、母音の連続を避ける傾向があつたので、kurenoawiのoが脱落して、kurenawiといふ言葉ができたのです。
きゃりこ:
 「くれ」って、中國の地名なの?
オスカー:
 「呉」は「ご」といふ中國の地名なのですが、無理矢理「くれ」と《訓讀み》したのです。しかも、本當に呉の地方から傳はつて來たのではなく、單に中國のことを「呉」だと考へたやうですね。昔のことですから、大らかでいいぢやないですか。
きゃりこ:
 なるほど。それが戀の涙にまで使はれるとは日本語って凄いですね。
オスカー:
 さうですよ。日本は「言靈(ことだま)の國」と言はれますが、本當に日本語って神秘的だ。「神の國」と言つてもいいと思ひますよ。
きゃりこ:
 外人からそんなことを言はれると戸惑つてしまふね。
オスカー:
 日本人は戰爭に負けてから、プライドも自信もなくしてしまつたのです。もつと胸を張つて下さい。中國人だつて、中國のことを「神の國」と言つてゐるんだから。
きゃりこ:
 ほんと??
オスカー:
 本當ですよ。日本では戦前は日本のことを「神洲」と言ひましたが、中國では、今でも中國のことを「神洲」と言ふんですよ。どこの国でも自分の国のことは特別だと思つてゐるのに、日本人だけ、特別だと思つてはいけないといふ国際主義が強すぎるのです。
 中国では、人工衛星に「神舟」といふ名を附けましたが、「しんしう」だから、「神洲」をもじつたのです。
きゃりこ:
 中国語では違ふ発音なんぢやないの?
オスカー:
 中國語でも、どちらもshenzhouといふ同じ発音です。

posted by 國語問題協議會 at 18:45| Comment(0) | 雁井理香