2018年03月11日

きゃりこの戀(54)  贈り名  雁井里香

オスカー:
 さて、前回の続き。「後西院」に「天皇」を附けたのだから、「後西院天皇」になる所ですが、さつき言つたやうに、江戸時代には「天皇」と言はずに「院」と言つたから、「後西院院」となるはずです。「院」が二つ続くのもをかしいから、「後西院」になり、明治になつて、天皇の称号が復活してからも、「後西天皇」になつてしまつたといふわけです。このとき、「後西院天皇」にすればよかつたのに、単純に後西院の院を天皇に置き換へてしまつたのがいけなかつたのです。
ねね:
 なるほど。長年の疑問が氷解しました。
オスカー:
 前回から、天皇の贈り名のことを「諡号」と呼んで来ましたが、実は「諡號」と「追號」があるのです。「聖武」とか「天智」とか、天皇の業績を讃えて付ける場合は「諡號」ですが、「醍醐」とか「鳥羽」とか「正親町」とか、地名などを附ける場合には「追號」と言います。
ねね:
 ふううん。それは知らなかつた。ぢやあ、「後鳥羽」のやうに、「後」を附けたのは?
オスカー:
 それは「加後號」(かごがう)。
ねね:
 「號を加へる」か。分かり易いですね。
 ところで、諡号追号つて、音読みばかりですよね。
オスカー:
 そんなことありませんよ。よく考へてごらんなさい。
ねね:
 あ、さうか。今言つたばかりの「鳥羽」「正親町」も《訓讀み》だ。
オスカー:
 霊元天皇の次は誰でしたつけ。
ねね:
 東山天皇。「ひがしやま」つて、訓読みしてゐますね。この人、忠臣蔵のときの天皇だつた。浅野内匠頭が饗応するはずだつた勅使は東山天皇のお使ひだつたんですよね。
オスカー:
 その後は------------?
ねね:
 ああ、ゐます、ゐます。次は中御門(なかみかど)、櫻町(さくらまち)、桃園(ももぞの)、後櫻町、後桃園。このへんに訓読みの天皇が集中してゐますね。
ねね:
 ところで、平安時代の「近衛」天皇は、音読みかしら、訓読みかしら。
オスカー:
 「こんゑ」が訛つて「このゑ」になつたのだから、音読みと考へた方がいいでせう。
ねね:
 「きんゑい」ぢやなくて、「このゑ」なのは、《呉音》ですね。でも、《呉音》なら、「こんゑ」になりさうだけど。
オスカー:
 konweの頭の母音がoだから、それに引かれてnの後にoが入つてしまひました。
ねね:
 古代の母音調和の名残ですね。
オスカー:
 さうも考へられますね。あるいは「こん・の・ゑ」かも知れない。「近衛大将」とか、役職としては前から存在する名前ですからね。
 さて、中御門天皇の子孫はここで絶えて、中御門の弟の孫(閑院宮家皇子)が光格天皇(明治天皇の皇祖考)として即位しました。王朝が変つたから、訓読みの習慣を止めて、もとの音読みに戻したのかも知れませんね。
ねね:
 「皇祖考」つてなんだ。ああ、さうか。一般人でも亡くなつた父親のことを「先考」といふから、「皇考」は「天皇のお父さん」、「皇祖考」は「天皇のおぢいさん」でせうね。
オスカー:
 さすがは見事な推理ですね。
ねね:
 「中御門」は漢字三字ですね。さういへば、「正親町(おおぎまち)」天皇もゐましたね。信長と腹のさぐりあひをした天皇。
 それにしても、「正親町」つて、変な名前。なんで、そんな風に読めるのかしら。
オスカー:
 この字をなんでさう読むかは諸説あつて、納得できる説明はありません。
 ただ、京都市内に「正親町」といふ地名があるから、その名前を取つたことは間違ひないでせう。御所のすぐ西の方です。藤原氏の分かれにも、「正親町」家があります。
 戦前の皇室辞典を見ると、「あふぎまち」ではなく「おほぎまち」となつてゐますから、現代仮名遣も「おうぎまち」でなく「おおぎまち」ですね。まあ、現代仮名遣なんかどうでもいいのですが。
ねね:
 「後」が付かないで、漢字三字の天皇は、「中御門」と「正親町」だけかな。--------------------もう一人ゐました。ずつと前の「土御門」だ。そして、漢字四字は「後土御門」だけ。
 それにしても、私が感心するのは、日本語つて、漢語の、特に二字熟語の場合は、同音になることが多いのに、天皇諡号は、同じ発音になる名前が一組もないんですよね。
オスカー:
 おお、それは僕も気付かなかつた。よほど考へて付けたのでせう。音読みの二字熟語が百もあつて、同じ発音が一組もないといふのは奇蹟に近いですね。
 平成の元号を選ぶときに、アルファベットの頭文字が、明治(M)、大正(T)、昭和(S)とだぶらないやうに気を付けたといふ話もあります。
 平成の次の元号は、「アイウエオ」か、さうでなければ、K, Nで始まる言葉になりさうですね。あるいは、濁音かな。
 嚴寧(げむねい)元年。
ねね:
 恐ろしい寧々?
posted by 國語問題協議會 at 11:23| Comment(0) | 雁井理香

2018年02月16日

きゃりこの戀(53)  水尾天皇 雁井里香

ねね:
 こんにちは。妹が模擬試験受けに行つてゐるので、かはりに私が来ました。オスカー先生を誘惑したら只ぢやおかないよつて凄まれましたけど。
オスカー:
 きゃりこさんがねねさんに凄むことがあるんですか。
ねね:
 よつぽど私のこと、怖い女だと思つてるんぢやありませんか。
オスカー:
 ねねさんは、男系天皇、女系天皇の区別はよく知つてゐますよね。
ねね:
 まあ、一応は。
オスカー:
 では、ねねさんとは、皇室の話をしませう。いつもの漢字やかなづかひの話はさておいて、歴史の話になりますが。ちよつと待つて下さいね。皇室系図を出しませう。-------------あれれ、あの本どこへ行つてしまつたかね。
ねね:
 なくてもいいですよ。憶えてますから。
オスカー:
 えッ。皇室系図覚えてゐるんですか。百二十五代、全部名前言へるんですか。
ねね:
 名前だけぢやなくて、系図全部書けますよ。
オスカー:
 ねねさん、きゃりこさんの本当のお姉さんですか。腹違ひとかぢやなくて。
ねね:
 きゃりこが聞いたら怒りますよ。
オスカー:
 女子プロレスラーつていふのは本当ですか。
ねね:
 本当ですよ。
オスカー:
 キャリアウーマンとか、ならうと思はなかつたのですか。
ねね:
 卒業してから研究室に残つて、国際政治史やつてゐたのですが、指導教官に往復ビンタ食はせて、大学院を中退しました。
オスカー:
 せ、せくはらされたの?。
ねね:
 セクハラされたんぢやなくて、教授が媚中派だつたんです。私が、「中国のチベット併合」といふ論文を書いたら、そんなもの発表するのは許さないと言ひ出したものだから、つい手が出ちやつた。驚いたのは、ほっぺた引っぱたいたのに鼻血が出たこと。往復するとき、鼻に当つたかな。でも、転職してよかつた。今の仕事の方が楽しい。
オスカー:
 おみそれしました。
 ところで、天皇の「諡号(しがう/おくりな)」についてですが。
ねね:
 神武・綏とかいふ、漢風諡号のことですね。
オスカー:
 うん。それに対して、「かむやまといはれびこのみこと」などは和風諡号と言ひます。
 漢風諡号は基本的には、漢字二字ですよね。
ねね:
 ああ。たとへば、後醍醐天皇みたいに、三字になる場合でも、「後」は別につけたものだから、基本的には「醍醐」といふ二字になるといふ意味ですね。「後」は「エリザベス2世」の「2世」みたいなものですね。
(雁井より:「聖武」は諡号ですが、「醍醐」は諡号ではありません。それについては次回説明します)
 でも、不思議なのは、「後水尾」天皇はをられるのに、「水尾」天皇はゐないんですね。
オスカー:
 「水尾」天皇は、清和天皇の異名なんですよ。
ねね:
 なるほどね。外人の先生からそんなこと教はるとは思はなかつた。ぢやあ、「後柏原」天皇がゐて、「柏原(かしはばら)」天皇はゐないけど、それも同じですね。「柏原」天皇つて、誰の異名ですか。
オスカー:
 桓武天皇。それから、「深草」天皇は仁明天皇。「後+異名」の諡号は戦国時代に多いのですが、元の「後」のついてゐない異名の諡号を持つた天皇は、平安時代の初期の方ばかりですね。もう一つ、「小松」天皇は光孝天皇のこと。
ねね:
 「後西」(ごさい)天皇がゐらつしやるけど、「西」天皇がどなたかの異名なのですか。
オスカー:
 平安初期に、兄弟三人が次々に即位しましたよね。
ねね:
 平城・嵯峨・淳和ですね。
オスカー:
 淳和天皇の異名が「西院」天皇でした。
 一方、江戸時代には、「天皇」といふ呼称はほとんど使はれずに、「後水尾院」「明正院」といふふうに、「院」をつけてゐました。ところで、江戸時代初期に、兄弟四人が次々に即位したのですが、これも名前覚えてゐますか。
ねね:
 明正(女帝)・後光明・後西・霊元ですね。あ、ここに後西天皇がゐるんだ。
オスカー:
 後西天皇は、「後西院」天皇の意味なの。平安初期の淳和つまり「西院」天皇は、子孫に皇位を伝へることができなかつた悲劇の天皇です。江戸時代の「後西」天皇が崩御した後、弟の霊元天皇が、「後西院」の諡号を選びました。霊元天皇は、自分の子孫に永久に皇位を伝へたかつたので、兄の子孫が皇位に即くことがないやうにと、不幸だつた「西院」を借りて、いはば、呪ひをかけた名前を与へたのです。
ねね:
 恐ろしい話。
posted by 國語問題協議會 at 18:57| Comment(0) | 雁井理香

2018年01月19日

きゃりこの戀(52) 教育敕語(二) 雁井里香

オスカー:
 前回の最後に教育勅語の全文を載せました。読みと意味を説明したい所ですが、Wikipediaを見れば分かるから、もう説明しません。
 ちょっと重要な漢字と語句だけ、つまんでみませう。
  「惟」は重要な訓(よ)みが二つあります。「ただ(只)」と「おもふ(思)」
  「皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)」は「天照大神および代々の天皇」
  「肇」は「始める」。ここでは「ちんおもふに、わがくわうそくわうそうくにをはじむることくわうゑんに、とくをたつることしんかうなり」
  二つ目の文の中程は、「よよそのびをなせるは」
きゃりこ:
 「爾」が分からない。
オスカー:
 「なんぢ」。
きゃりこ:
 「なんぢ」は「汝」ぢやないの。
オスカー:
 同じ訓みの漢字がいくつもあるのです。「なんぢ」と讀む漢字の重要なものを竝(並)べておきませう。他にもたくさんあるのですが。
   汝 焉 爾 女 而 若
 そのちょっと後、「一旦緩急」以下は、「いったんかんきふあればぎいうこうにほうじ」
 「緩急(かんきふ)」は「まさかのこと」。何か大事が生じた時には、国の爲に盡しなさい」
きゃりこ:
 私が文法の話しても嗤はないでね。
 「大事が生じたので」ではなく、「生じたならば」の意味なのだから、「緩急あらば」と「未然形+ば」にしないといけなくない?
オスカー:
 おおおおお。きゃりこさんがいいことに気付きましたね。
 そのことは昔から指摘されてゐて、今でも「誤用論」と「擁護論」があつて決着がついてゐません。しかし、僕は、文法的な間違ひではないと思ひます。高校文法では、「未然形+ば」は「〜ならば」で、「已然形+ば」は「〜なので」と言はれてゐますが、「〜のときには・〜の場合には」と輕く云ふ場合には、「已然形+ば」が使はれます。
 擁護説も戦前からあつて、「漢文の『〜なれば則はち』の意味であつて間違ひではない」などと言はれてゐましたが、別に漢文を持ち出さなくても、本来の文語文法でもこの形で正しいのです。
 一番よい例が、有間皇子の辞世、
   「家にあれば笥(け)に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」
 「家にゐれば食器に盛るのに」ですから、「家にあらば」としなければをかしいやうに思ひますが、輕い「家にゐるときには」といふほどの意味なので、完全な仮定にはしてゐないのです。
 この部分の英訳が面白いですよ。明治政府の公式英訳です。
Should emergency arise, offer yourselves courageously to the State; and thus guard and maintain the prosperity of Our Imperial Throne coeval with heaven and earth.
きゃりこ:
 またおバカの私が、不自然な賢さを発揮するよ。
 書き出しは仮定法の倒置。If emergency should arise(非常事態が発生したならば)の意味ですね。その後は、「offerせよ、そしてguardせよ、またmaintainせよ」と命令形が三つ並んでゐるんだね。
オスカー:
 おおお、たいしたもんだ。
きゃりこ:
 違ふよ。私ぢやなくて、雁井さんが言つてゐるんだよ。私はズルなんだ。将棋の公式戦で、スマホの将棋ソフトを見るやうなもの。寧々とは違ふんだよ。くそッ、ぐれてやる。
 ついでに、雁井さんから電波が飛んで來たから、英語を直訳してやるね。
 「非常事態が出來したならば、勇敢に国家の爲に身を捧げよ。そして、天地とともに永続する皇位の繁栄を守護し維持せよ」
 自分で言つたのに、意味が分からないんだけど、「出來したならば」って、何? 「できしたならば」って讀むの、それとも「しゅつらいしたならば」って讀むの。
オスカー:
 「出來」は「しゅったい」。事件などが発生すること。「椿事(ちんじ)出來(しゅつたい)」と言つたら、「とんでもない出来事が持ち上がること」ですから、覚えておいてね。
 あとは、「謬ラス」と「悖(もと)ラス」だけ説明しませう。「謬」は「誤謬」といふやうに、「あやまる」(間違へる)。「悖」は「背(そむく)・違(たがふ)」の意味です。「時代を超越して誤ることなく、また世界にも普及させて違背することがないやうにせよ」です。
きゃりこ:
 そしたら、「謬ラズ」と「悖ラズ」でせう。濁点が抜けてるよ。
オスカー:
 戦前の天皇や政府の公式文書は、「句読点・濁点を打たない」といふ面白いルールがあつたのです。
きゃりこ
 あきれた。無意味なこと!
オスカー:
 最後にもう一つ。一番最後の「庶幾ふ」は何と讀む?
きゃりこ:
 「しょきふ」。なんぢや。
オスカー:
 《音讀み》して、「ショキす」ならいいけど、「ふ」が附いてゐるでしょ。
 「こひねがふ」つて讀むの。「乞ひ願ふ」といふこと。発音は「こいねがう」ではなく、「こいねごう」がいいでせう。
きゃりこ:
 なんで、「庶幾」をそんなふうに讀むの。
オスカー:
 漢文(古典中国語)で「庶幾」がhopeやwishの意味だから。



posted by 國語問題協議會 at 15:03| Comment(0) | 雁井理香