2017年04月15日

三種神器の起源(45) 雁井理香

オスカー:
 今日は三種神器の話をしませう。
きゃりこ:
 ふつう「さんしゅのじんぎ」って言はない? なんで「さんしゅじんぎ」って言ふの?
オスカー:
 「さんしゅのじんぎ」って言ひましたよ。
きゃりこ:
 上に「三種神器」って、書いてあるぢやない。
オスカー:
 「の」がなくても、自然に「の」を入れて読むのが日本語のよく出來た所なの。「隱岐島」で「おきのしま」。「平清盛」で「たひらのきよもり」。これが日本の文化だつて、前に言つたぢやないですか。
きゃりこ:
 さて、三種神器って、「鏡」と「劒」と「勾玉」だといふことは知つてゐるんですが。いつごろどこで出来たのですか。
オスカー:
 天孫降臨の時に持つて降りて來たんだから、それよりも前ですよ。
きゃりこ:
 なに。それ。
オスカー:
 天津彦(あまつひこ)彦火(ひこほの)瓊瓊(にに)杵(ぎの)尊(みこと)が天から降りて來たことです。
きゃりこ:
 わたし、歴史の話を訊いてるつもりなんですが。
オスカー:
 だから、天照大神の孫のニニギノミコトが天から降りて來て、日本の歴史が始まつたんですよ。
きゃりこ:
 外人のくせに右翼なのね。史実と神話を混同しないでね。
 まあいい。その天孫降臨は今から何年前のことなのですか。さうだ! 紀元二六〇〇年とかいふから、そのくらゐの昔かな。
オスカー:
 それは、神武天皇の即位のこと。平成二十八(2017)年は紀元二六七七年なんです。紀元は「日本紀元」とも「皇紀」とも言ひます。下一桁(七)が西暦と同じだからヒントになります。
 因みに、昭和の大横綱・大鵬幸喜(かうき)は、昭和十五(1940)年つまり紀元二千六百年ちやうどの生れなので、「皇紀」と同じ発音の「幸喜」といふ名前を附けられたのです。
 天孫降臨でニニギノミコトが日向の「高千穂の嶺」に降りて來て、三代の間、そこで暮らしました。これを「日向三代」と言ひます。ニニギノミコトの息子が彦(ヒコ)火(ホ)火(ホ)出(デ)見(ミノ)尊(ミコト)。この人は「海彦・山彦」の「山彦」です。
きゃりこ:
 えッ。「海彦・山彦」って、童話ぢやないの?
オスカー:
 皇室の先祖なんですよ。古事記のお話が童話になつたのです。その山彦の息子が、日子(ひこ)波限(なぎさ)建鵜(たけう)葺(が)草葺(やふき)不合(あへずの)命(みこと)。そのまた息子が神武天皇なのです。
きゃりこ:
 ぢやあ、天孫降臨は神武天皇の三代前なんだから、せいぜい今から三千年前の出来事なのね。
オスカー:
 天孫降臨から神武即位まで、約百八十万年。正確に言へば、1792470年。今から何年前かを数へれば、1792470+660+2017=1795147となつて、今から百七十九万五千百四十七年前のことです。
 あ、660といふのは、神武天皇の即位が紀元前六六〇年だからです。660+2017がさっき出て來た2677になります。
きゃりこ:
 そんな端数まで分かつてゐるの?! 百八十万年前つていへば、まだ人類なんかゐなかつたぢやない。
オスカー:
 人類はゐませんでした。だから神だつたの。何の不思議もありません。神武天皇の曽祖父(ニニギ)も、祖父も、父親も神だつたのですから、何十万年も生きたのです。
 神武天皇からは人間なので、「人(にん)皇(わう)」と言ふことがあります。今上天皇は「人皇第百二十五代」です。「にんわう」と書いても、「ニンノウ」と發音してね。
きゃりこ:
 どうして、外人がそんな神がかったこと言ふの?
オスカー:
 「天の岩戸」の話は知つてゐますか?
きゃりこ:
 天照大神が岩に隠れた話でせう。
オスカー:
 弟の素戔嗚(すさのをの)尊(みこと)が暴れたので、怒つて洞窟に石の蓋をして、その中に隠れてしまつたのです。そこで~樣たちが相談して、蓋(扉)の隙間から鏡を差し出して、大神がなんだらうと思つてちょっと首を出した所を、腕を摑んで引きずりだしました。
 その鏡が三種神器の鏡なのです。
きゃりこ:
 馬鹿馬鹿しい。その鏡が今皇居にあるとでも言ひたいの?
オスカー:
 皇居ではありません。伊勢神宮にあるのです。
きゃりこ:
 えッ。三種神器って、皇居にあるんぢやないの?
オスカー:
 二セットあるのです。鏡のオリジナルは伊勢神宮にあるの。
きゃりこ:
 嘘。嘘。嘘。嘘。嘘。そんな話、聞いたこともない。外人が日本の美女騙すのに、そんな子供騙し使ふのやめて。
オスカー:
 聞いたことのないのはきゃりこさんだけですよ。
きゃりこ:
 む、む、む、む。さう言はれるとそんな氣がして來た。
オスカー:
 では、この続きはまたいつか機会があつたらといふことで、これでおしまひ。次回は別の話に行きます。






posted by 國語問題協議會 at 14:51| Comment(0) | 雁井理香

2017年03月31日

きゃりこの戀 (44) 雁井理香

 
寧々:
 三囘続けて寧々の登場です。
オスカー:
 次囘はまた易しくなるので、きゃりこさんだけ。
きゃりこ:
 おばかでかはいいきゃりこ。(小聲で)ねえ、オスカー先生、ひよつとして寧々のモデルって、雁井さんぢやない? 性格惡いのかな。
寧々:
 今日は、字音の話を伺ひたいのです。
きゃりこ:
 あッ。字音って、漢字の《音讀み》のことだつたよね。
寧々:
 字音って、中國語の發音の眞似をして作つたんですよね。mountainを表す「山」は中国語で「サン」だから、日本語でも「さん」と読んだ。これが《音讀み》。そして、日本語では昔から、mountainのことを「やま」と言つてゐたから、「山」の字も意味を取つて「やま」とも讀むやうになつた。これが《訓讀み》。
 「開」も中國語でkai。だから、《音讀み》は「かい」。意味はopenといふ動詞だから、日本語の「ひらく」に相當する。だから、「ひらく」が《訓讀み》になつたの。
きゃりこ:
 さうだつたのか。さういふこと全然知らなかつたよ。漢字が中国から来たことは知つてゐたけど、意味だけ中国語と同じで、読み方は全部日本で作つたと思つてた。
 学校でそんなこと、全然教へてくれなかつたよ。
寧々:
 小学校で教はつたの。あんただけ覚えてないの。
 でも、不思議なのは、中國語の発音と《音讀み》が相当にずれてゐること。今、「山」は「サン」と言つたけど、ピンインはshanです。「シャン」と発音するのよね、中國では。
きゃりこ:
 「ピンイン」って、何?
寧々:
 中国の正式なアルファベット表記の書き方よ。基本的に英語の真似をしたとは言へるけど、xを「し」、qを「ち」と讀んだりして、中國語の複雑な発音体系をうまく表すやうになつてゐる。
 中國語の発音と《音讀み》のズレって、ズレが原則かと思ふほどに違ひますよね。「難」nanは《音讀み》でも「なん」だから一致してる。「相」xiang(しぁん)が「さう」になるのはまだ近い。でも、「金」jin(ジン)が「きん」になると附いて行けない。「陸」はlu(ルー)なのに、《音讀み》は「りく」。「區」qu(チュィ)が「く」。取り入れるとき、ずゐぶんいい加減なことしたんぢやないかしら。
オスカー:
 寧々さんともあらう人が、そこはちよつと勉強が足りませんね。
寧々:
 きゃり。何笑つてるの。
きゃりこ:
 わ、わらつてないよ。
オスカー:
 現代北京語とは相当にずれてゐるけど、古代中國語の推定音とはピタリと一致するんですよ。漢字が日本に入つて來た頃の中国語の発音(地域によつて違ふから大雑把な言ひ方ですが)を《隋唐音》と言ひます。今、寧々さんの擧げた漢字を見てみますと、《隋唐音》では、相sang、金kim、陸rik、區koですから、現代北京語よりはずつと《音讀み》に近いでせう。ついでに、「山」も現代北京語ではshanだけど、《隋唐音》ではsanです。
きゃりこ:
 そんな昔の発音がどうして分かるの。
オスカー:
 昔の本に発音が出てゐるのですよ。
寧々:
 さうか。それが「反切法(はんせつはふ)」なのか。
オスカー:
 さうなんですよ。難しい漢字の発音を表すために、二つの易しい漢字を組み合せて表記するのです。「東は徳と紅の切である」と言ひます。この三つの漢字、「東」「コ」「紅」の《隋唐音》がそれぞれtong, tok, hongであることから来てゐます。つまり、「東」tongは「コ」tokのt-と「紅」hongの-ongを合体させた発音だといふことです。六朝時代の「韻書」といふ辞書に詳説されてゐます。
寧々:
 六朝つて、隋や唐よりも前の時代ですよね。
オスカー:
 そんな昔から、こんなに精密で学問的な研究が進んでゐたんです。もっとも、古代インドの言語學の影響を受けてのことのやうですから、言葉の研究はとても古いんですね。
寧々:
 自然科学だけは、昔と今では大違ひですが、人文科学、社会科学は、二千年前でも現代でも、さうは變らないのですね。といふより、純粋な論理的思考能力は、昔の人も現代人より少しも劣る所がなかつたのでせうね。
posted by 國語問題協議會 at 13:57| Comment(0) | 雁井理香

2017年03月19日

きゃりこの戀(43) 字音の不思議 雁井理香

 
寧々
 三囘続けて寧々の登場です。
オスカー
 次囘はまた易しくなるので、きゃりこさんだけ。
きゃりこ
 おばかでかはいいきゃりこ。(小聲で)ねえ、オスカー先生、ひよつとして寧々のモデルって、雁井さんぢやない? 性格惡いのかな。
寧々
 今日は、字音の話を伺ひたいのです。
きゃりこ
 あッ。字音って、漢字の《音讀み》のことだつたよね。
寧々
 字音って、中國語の發音の眞似をして作つたんですよね。mountainを表す「山」は中国語で「サン」だから、日本語でも「さん」と読んだ。これが《音讀み》。そして、日本語では昔から、mountainのことを「やま」と言つてゐたから、「山」の字も意味を取つて「やま」とも讀むやうになつた。これが《訓讀み》。
 「開」も中國語でkai。だから、《音讀み》は「かい」。意味はopenといふ動詞だから、日本語の「ひらく」に相當する。だから、「ひらく」が《訓讀み》になつたの。
きゃりこ
 さうだつたのか。さういふこと全然知らなかつたよ。漢字が中国から来たことは知つてゐたけど、意味だけ中国語と同じで、読み方は全部日本で作つたと思つてた。
 学校でそんなこと、全然教へてくれなかつたよ。
寧々
 小学校で教はつたの。あんただけ覚えてないの。
 でも、不思議なのは、中國語の発音と《音讀み》が相当にずれてゐること。今、「山」は「サン」と言つたけど、ピンインはshanです。「シャン」と発音するのよね、中國では。
きゃりこ
 「ピンイン」って、何?
寧々
 中国の正式なアルファベット表記の書き方よ。基本的に英語の真似をしたとは言へるけど、xを「し」、qを「ち」と讀んだりして、中國語の複雑な発音体系をうまく表すやうになつてゐる。
 中國語の発音と《音讀み》のズレって、ズレが原則かと思ふほどに違ひますよね。「難」nanは《音讀み》でも「なん」だから一致してる。「相」xiang(しぁん)が「さう」になるのはまだ近い。でも、「金」jin(ジン)が「きん」になると附いて行けない。「陸」はlu(ルー)なのに、《音讀み》は「りく」。「區」qu(チュィ)が「く」。取り入れるとき、ずゐぶんいい加減なことしたんぢやないかしら。
オスカー
 寧々さんともあらう人が、そこはちよつと勉強が足りませんね。
寧々
 きゃり。何笑つてるの。
きゃりこ
 わ、わらつてないよ。
オスカー
 現代北京語とは相当にずれてゐるけど、古代中國語の推定音とはピタリと一致するんですよ。漢字が日本に入つて來た頃の中国語の発音(地域によつて違ふから大雑把な言ひ方ですが)を《隋唐音》と言ひます。今、寧々さんの擧げた漢字を見てみますと、《隋唐音》では、相sang、金kim、陸rik、區koですから、現代北京語よりはずつと《音讀み》に近いでせう。ついでに、「山」も現代北京語ではshanだけど、《隋唐音》ではsanです。
きゃりこ
 そんな昔の発音がどうして分かるの。
オスカー
 昔の本に発音が出てゐるのですよ。
寧々
 さうか。それが「反切法(はんせつはふ)」なのか。
オスカー
 さうなんですよ。難しい漢字の発音を表すために、二つの易しい漢字を組み合せて表記するのです。「東は徳と紅の切である」と言ひます。この三つの漢字、「東」「コ」「紅」の《隋唐音》がそれぞれtong, tok, hongであることから来てゐます。つまり、「東」tongは「コ」tokのt-と「紅」hongの-ongを合体させた発音だといふことです。六朝時代の「韻書」といふ辞書に詳説されてゐます。
寧々
 六朝つて、隋や唐よりも前の時代ですよね。
オスカー
 そんな昔から、こんなに精密で学問的な研究が進んでゐたんです。もっとも、古代インドの言語學の影響を受けてのことのやうですから、言葉の研究はとても古いんですね。
寧々
 自然科学だけは、昔と今では大違ひですが、人文科学、社会科学は、二千年前でも現代でも、さうは變らないのですね。といふより、純粋な論理的思考能力は、昔の人も現代人より少しも劣る所がなかつたのでせうね。
posted by 國語問題協議會 at 11:31| Comment(0) | 雁井理香