2017年02月14日

きゃりこの戀(41) 敕撰集  雁井理香(かりゐりか)

オスカー:
 やあ、今日は寧々さんも來て下さつたのですね。
きゃりこ:
 難しいお話だから、あたしが賢いこと言ふと現実感がなくなるの。だから、雁井さんが派遣なさつたの。
 そこで、今日のお話ですが、和歌の「三大集」って、「萬葉集」「古今集」「新古今集」のことですよね。
オスカー:
 それは受験参考書業界が作り出した言ひ方なの。受験の古文の和歌はたいていこの三つから出ますからね。
 「三大集」ではなく、「三代集」といふのがあつて、「古今集」「後撰集」「拾遺集」のことです。
寧々:
 それは知つてゐたけど、「三大集」が受験参考書業界が附けた名前だとは知らなかつた。
きゃりこ:
 おねえちゃんが知らないなら、あたしが知つてるわけないね。それにしても、「三代集」って「萬葉集」も「新古今集」も入つてゐないの?!
オスカー:
 「三代」といふのは、三人の天皇の御代といふ意味ですから、「三代集」は「三代の敕撰集」を指します。「萬葉集」は敕撰集ではないから入つてゐないのです。
きゃりこ:
 あ、漢字が間違つてゐる。「敕」でなくて「勅」でせうが。やつぱり外人ね。
オスカー:
 正漢字は「敕」。「勅」は略字です。略字といふことは、間違つてゐるといつてもいいくらゐです。……………あれ、なんで泣きさうな顔してるの?
きゃりこ:
 「やつぱり外人ね」って言つたのが恥づかしいの。日本人で一番おバカな私が、外人で一番賢い人のこと馬鹿にして、結局あたしが間違つてゐたんだから、寧々に聞かれたら殴られるよ。わッ、聞いてるんだ。
寧々:
 ほほほ、きゃりこ。人聞きの悪いこと言はないのよ。
オスカー:
 きゃりこさんつて、素直な所がいいですよね。
 「効果」の「効」も正字は「效」ですからね。「収」も「收」。
きゃりこ:
 でも一つ言はせてね。この「きゃりこの戀」は、漢字が、正漢字と略字(新漢字)と混ぜ混ぜになつてゐるぢやありませんか。七行上の「殴」は「毆」が正字だと思ひますけど。
オスカー:
 そのとほりです。でもね、全部正漢字にすると、慣れてゐない人は讀みにくくて仕方がないといふことがあるのです。そこで、雁井さんは、わざと混ぜ混ぜにして、少しづつ読者になれていただかうといふ方針なんです。美女なのに謙虚な方なのです。あれッ、またお世辞言はされちやつた。
 そのかはり、假名遣は完全な歴史的假名遣を使つてゐます。これも讀みにくいといふ若者がゐますが、そこまでは妥協できないといふのが雁井さんの立場です。
 うんと売れたら、「現代仮名遣版」を出さうかとおつしやつてゐますが。
寧々:
 うんと売れたら、そんなもん出す必要なくなるんぢやありませんか。
オスカー:
 そこが「美人のジレンマ」なんですよね。
きゃりこ:
 「ジレンマ」は分かる。美人なのとは関係ないやうに思ふけど。グラビア載せるわけぢやあるまいし。まあ、お世辭なんだから、何とでも言ひな。
 でも、一応納得。ところで、「勅撰集」って、たくさんありましたよね。
オスカー:
 全部で二十一。あはせて「二十一代集」と言ひます。そのうち、鎌倉初期までに完成した八つを「八代集」(最後が「新古今集」)と言ひます。その後の「十三代集」は、和歌の時代が終つてしまつた後なので、餘り評価されてゐません。
 平安時代の中頃、まだ勅撰集が三つしかなかつた時代に「三代集」といふ言葉が出来ました。その後、四つ五つと殖えても「四代集」「五代集」とは言はないやうになつたのです。
きゃりこ:
 「山家(さんか)集」「金槐(きんくわい)集」つて、この前習つたよ。
オスカー:
 ああ、それは二つとも「しかしふ」ですから、「勅撰集」には入つてゐません。
きゃりこ:
 なになに、また厄介な言葉が出て來たね。「しかしふ」?「鹿死譜」? 鹿が死んだのを悲しんでる歌かな。それとも、「しかし不思議だな」の頭を取つたのかな。
寧々:
 「しふ」と書いて「しゅう」と讀むの。「私家集」。
オスカー:
 歌人が自分の作つた歌を集めたのが「私家集」。そのうち、西行のものが「山家集」、鎌倉三代將軍源實朝のものが「金槐集」。
きゃりこ:
 「槐」って、「かたまり」? 「金のかまたり」って、インゴットのことかな。あれッ、漢字なら「鎌足」だよね。
オスカー:
 「かたまり」は「塊」ですよ。「槐」は木の名前で「ゑんじゆ」のこと。街路樹によく使はれる木です。
きゃりこ:
 「金の槐」って、何のことだらう。
オスカー:
 「槐」は中國では「大臣」のこと。実朝は右大臣になつたから、この字を使つたの。「金」は「鎌倉」の「鎌」の「カネ偏」。だから、「鎌倉右大臣歌集」とも言ふの。
寧々:
 実朝って、右大臣になつてすぐに暗殺されたんぢやなかつたかしら。
オスカー:
 大臣になる五年前に作つた歌集です。最初から「金槐集」と呼んでゐたかどうか、はつきりしないのです。暗殺された後で、他の人が名付けたのかも知れない。
寧々:
 百人一首は、全部勅撰集から撰んだと言はれますが、定家の時代に存在してゐた勅撰集だから、八代集のことですね。その後の勅撰集からは選ばれてないのね。
オスカー:
 百人一首の成立は、十三世紀の前半と言はれてゐますから、新古今の成立(1205年)より後なのは勿論ですが、百人一首には、「新勅撰集」(1232年)からもかなり採用されてゐます。だから、それよりも後に成立したといふことが分かります。
きゃりこ:
 やあい、おねえちゃん、間違へた。
寧々:
 「新勅撰集」つて、ヘンな名前ですね。
きゃりこ:
 「古今集」があつて、「新古今集」があるんだから、「勅撰集」があつて「新勅撰集」があつても、何もをかしくないぢやない。
オスカー:
 さうぢやなくて、寧々さんの言ひたいことは、「古今集も新古今集も固有名詞。それに対して、『勅撰集』は(いはば)普通名詞なのに、『新勅撰集』は固有名詞なのがをかしい」といふ意味なんですよ。
きゃりこ:
 やつぱり私は馬鹿なんですね。親を怨むよ。
寧々:
 でも、オスカー先生。きゃりこって、かはいいでせう。
きゃりこ:
 オスカー先生。おねえちゃん、ここでは優しい姉を気取つてゐるけど、この前、あたしのこと「ウスバカ」つて言ふんだよ。「うすら馬鹿」のことかな、と思つたら、「ブスバカ」なんだつて。こんな意地悪な人と結婚したら大変だよ。アッ、痛い。
オスカー:
 はいはい。確かに「新勅撰集」つてをかしな名前ですね。でも、新たな勅撰集を作つてやらうといふ意気込みが感じられるぢやないですか。さきほど八代集で和歌の時代は終りだと言ひましたが、實は、そのすぐ後の「新勅撰集」は相当に評価されてゐます。藤原定家が一人で選んだので、定家の特色がよく出てゐて、學者によつては、勅撰集の中で一番いいといふ人もゐます。
 実朝の「世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小船(をぶね)の綱手(つなで)悲しも」は「新勅撰集」から取つたのです。
寧々:
 「新古今」には実朝の歌は入つてゐないのですか。
オスカー:
 入つてゐません。「新古今」が成立したとき、実朝はまだ十四歳だつたのです。

posted by 國語問題協議會 at 09:58| Comment(0) | 雁井理香

2017年02月04日

きゃりこの戀(40) 「ゑむ」「ゑまふ」  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 女の子の名前で、「咲」と書いて「えみ」と読むのがあるぢやないですか。なんでそんな読み方ができるの?
オスカー:
 「咲」といふ字は、もともとの中国では、「花が咲く」といふ意味には使ひません。花が咲くときは、「開く」と言ひます。だから、「開花」と言ふの。
きゃりこ:
 ぢやあ、どんなときに「咲」の字を使ふの?
オスカー:
 「咲」は「わらふ」なの。「わらふ」を漢和辞典の音訓索引で引くと、七つも八つも漢字があるんだけど、主なものは「笑」「嗤」「咲」の三つですね。
 「笑」は一番よく使はれて、いろんな笑ひ方を包含してゐるやうです。
 「嗤」は嘲つて笑ふ場合に使ひます。
 「咲」は「ほほゑむ」です。
 話は違ひますが、インターネットで、「ローレライ」をドイツ語の歌詞で歌つてゐる動画を検索すると、ドイツ人の落ち着いた美女が顔だけ出して歌つてゐるのがあります。僕、この人が好きで、いつも見てゐるのですが、------------------------。
きゃりこ:
 また始まつた。
オスカー:
 この人、どつちかといふと冷たい感じのする人なのですが、「イヒ、ヴァイス、ニヒト」と歌ひ出す直前に、口元だけでニコッとするの。この笑顔が好きなんですよ。ほんたうの「ほほゑみ」つてこのことだな、と思ひます。
きゃりこ:
 前は、石原洵子の笑窪が好きだと言ひましたよね。何か、性格分析ができさうだね。
オスカー:
 「ほほゑむ」は「微笑む」と書いたりしますが、語源的には「?ゑむ」。古語ではほほゑむことを「ゑむ」と言つたの。それに「ほほ」を付けて「ほほゑむ」が出来ました。
 そして、「咲」の字は「わらふ」の中でも、ほほゑむやうな笑ひ方に使つたので、訓読みでは、「わらふ」とも「ゑむ」とも読みます。その連用形が「ゑみ」で、女の子の名前にも使はれるのです。「笑」と書いて「ゑみ」といふ名もあるやうですね。「笑」はいろんな笑ひ方に使へるのですから、「ゑみ」と読んでも理窟は合ふでせう。
きゃりこ:
 「咲」の字で「さき」と読む女の子もゐますね。
オスカー:
 「咲」を「開花」の意味にしてしまつたのは日本人なのです。だから、「さく(さき)」は「國訓(こくくん)」です。
 萬葉集にこんな歌があります。
   燈火の影に耀ふ現身の妹が咲ひし面影に見ゆ
 (ともしびの/かげにかがよふ/うつしみの/いもがゑまひし/おもかげにみゆ)
きゃりこ:
 なんか、よく分からないけど、綺麗な歌だね。燈火の下で彼女がほほゑんでゐるのがかはいく見えるといふのかな。
オスカー:
 「うつしみ」は「現実の」といふ意味。今、男は一人でゐるんだけど、燈火の下に、現実の彼女がほほゑんでゐるかのやうに幻が見える、といふことなんですよ。
きゃりこ:
 ひやあ、ますます綺麗な歌だね。暗記しよう。
 「ゑまひし」は何? 「ゑむ」があることは分かる。最後の「し」は、過去の助動詞「き」の連体形だね。
オスカー:
 「ゑまふ」の連用形「ゑまひ」に「し」が付いたのです。
 「ゑまふ」は「ゑむ」が時間的に持續してゐる状態を言ひます。
 動詞「ゑむ」の語幹は「ゑ」だといふことになつてゐますが、語源や造語法を考へる場合は、語尾の子音をローマ字で表はした部分まで語幹だと仮定すると面白いのです。
きゃりこ:
 「ゑむ」の語幹がwemといふ意味?
オスカー:
 さうです。その wem に -afu がついて wemafu ができた。この -afuといふ語尾が付くと、時間的持続を表すことになるのです。
きゃりこ:
 外にどんな例があるの?
オスカー:
 偉い。偉い。外に例がなければ一般論は言へませんからね。それが学問的態度といふものです。
 「くふ(食)」に同じ作業をするとどうなりますか?
きゃりこ:
 kufu の語幹 kuf に -afu をつけると kufafu。「くはふ」かな。なんだ、こりゃ。
オスカー:
 平安時代の初めまでは、ハ行音はfa, fi, fu, fe, foだつたのですから、kufafuが「くはふ」なのです。口語ならどうなりますか。
 「おとづる(訪)」が、口語なら「おとづれる」になるのですから、-----------。
きゃりこ:
 otuduru の u を消してeruを付けると口語になるんだ。
オスカー:
 上下の二段活用の場合だけですよ。「ゑまふ」のやうな四段活用の場合は、文語も口語も同じ形です。
きゃりこ:
でも、二段活用だと仮定すると、kufahu の uを消して eru を付ける。---------------------------わ、わかつた! 「くはへる」だ。
オスカー:
 「くふ」はもともとは「食ひ付く」の意味だつたのです。
きゃりこ:
 さうか。食ひ付いて、その状態を維持すると「くはへる」になるものね。
オスカー:
 「つく(付)」にこの作業をすると?
きゃりこ:
 「つかふ」。口語なら「つかへる」。「仕へる」かな?
オスカー:
 人のお供をするのは、くっついて行くのだから、「付く」でせう。偉い人にくっついて、そのままにしてゐれば、「仕へる」ことになるでせう。
きゃりこ:
 ちよつとこぢつけみたいな気もするけど、納得できなくもないね。
オスカー:
 「とる(取)」だとどうでせう。
きゃりこ:
 toru の u を消して afu をつけると、torafu。口語なら toraferu。「とらへる」だね。
 人を捕まへるのを「取る」と言つてもをかしくはないね。その状態を維持すると「とらへる」か。
オスカー:
 「つかむ(?)」だと?
きゃりこ:
 「つかまふ」。口語だと「つかまへる」。なるほど、「つかむ」と「とる」とはそんなに違はない意味だものね。
オスカー:
 もう一つ。今度は三音節語で行かうか。「たたく(叩)」だとどうなりますか。
きゃりこ:
 「たたかふ」。あッ。今度はこのままでいいんだ。
オスカー:
 四段活用の場合は、uを消して eru を付ける手間が要らないのです。
きゃりこ:
なるほど。「たたく」を持続すると「たたかふ(戦)」になるのか。古い日本語つて、神秘的だね。
オスカー:
 始めに戻ると、ローレライの彼女みたいにちよつとニコッとするのが「ゑむ」。石原洵子さんみたいに、歌ひ終つた後に、しばらく笑顔を見せてゐるのが「ゑまふ」。
きゃりこ:
 感心した。
オスカー:
 古代には「もみづ」といふ動詞がありました。染色して色を出すこと。染色液に漬けて揉んで色を出すから、「揉み出づ」。これが「もみぢ(紅葉)」の語源です。
 萬葉集に、こんな歌があります。
   百船の泊つる対馬の浅茅山時雨の雨にもみたひにけり
  (ももふねの/はつるつしまの/あさぢやま/しぐれのあめに/もみたひにけり)
 朝鮮に渡る船は、対馬に寄航してから改めて北に向ふこといなつてゐたのです。
きゃりこ:
 「もみたひにけり」がポイントみたいだね。
オスカー:
 さうです。「もみづ」は momidu。-afu を付けると、momidafu。どういふわけか知らないが、dが清音化してtになつて、momitafu。
 「もみぢにけり」だつたら、船が入つて行つたそのときに、パーッと赤くなつたといふをかしなことになります。時雨に濡れて、ずつと赤くなつた状態を維持してゐたから、「もみたふ」を使つたのです。
posted by 國語問題協議會 at 22:40| Comment(0) | 雁井理香

2017年01月12日

きゃりこの戀(39) 侍従長  雁井理香(かりゐりか) 

きゃりこ:
 この前、昭和天皇と本庄侍従武官長の話を伺ひました。「侍従武官」つて、天皇の側に隨ふ軍人のことですよね。さうすると、ふつうの「侍従」は文官なのですね。戦後は「侍従長」がゐるけど、戦前も「侍従武官長」の外に文官の「侍従長」もゐたのですか。
オスカー:
 ゐましたよ。ただし、昭和に入つてからは、「侍従武官長」だけでなく、「侍従長」も軍人であることが多くなりました。有名なのが、昭和の初めの鈴木貫太郎侍従長。
きゃりこ:
 終戦の時の総理大臣ですね。
オスカー:
 読者の皆様に、雁井さんからお報せです。おばかキャラのきゃりこさんが、終戦のときの総理大臣を知つてゐるはずがないといふ苦情が來さうですが、知つてゐないと話が続かないので、仕方ないと思つて下さい。納得の行かない方は、本当はねねさんが話してゐるのだとお思ひ下さい、とのことです。
きゃりこ:
 むかつく。
オスカー:
 鈴木貫太郎は昭和四年から昭和十一年まで侍従長を務めたのですが、この人は海軍大将。その前は軍令部総長(海軍の作戦面のトップ)だつたのですが、昭和天皇の信任に應じて、ずつと格下の侍従長になることを承諾しました。二二六事件で負傷して、辞任しますが、この期間は、侍従長は海軍の軍人、侍従武官長は陸軍の軍人でした。
 「満洲某重大事件」が起つたのもこの時期。陸軍の陰謀で、満洲の匪賊である張作霖を爆殺してしまつたのですが、時の田中義一首相は、天皇に責任者の処罰を約束しておきながら、履行しませんでした。(この爆殺事件は、蘇聯(ソ連)崩壊後に流出した極秘書類を検討した結果、蘇聯の仕業だつたといふ有力説が出されてゐます)
 拝謁したとき、天皇は激怒なさつて、「この前の話と違ふではないか。もうおまへの話は聞きたくない」とまでおつしやいました。
 恐縮して退出した田中は、翌日また参内して、鈴木貫太郎侍従長に、拝謁を願ひ出ました。
 そのときの鈴木の返事が、「たつてのこととあれば、お取次ぎは致しますが、おかみは會ふとはおほせられますまい」
きゃりこ:
 なるほど、侍従長つて、さういふ仕事をしてゐたのか。
オスカー:
 田中は断念して帰り、翌日辞表を出しました。そして、翌年、蟄居したまま病死したのですが、自殺説もあります。
きゃりこ:
 戦前の軍人や政治家が天皇に嫌はれたら、どうしやうもなかつたでせうね。
オスカー:
 この鈴木貫太郎は、昭和十一年の二二六事件で陸軍の叛乱部隊に襲撃されました。拳銃を三発打ち込まれて倒れました。指揮官が軍刀を抜いてとどめを刺さうとすると、鈴木の夫人が、それまで、部屋の隅で、軍人たちに抑へ付けられてゐたのですが、「どうせ死ぬのですから、とどめは刺さないで下さい。必要ならば、私に刺させて下さい」と氣丈なことを言つたので、指揮官の安藤輝三(この人はクーデター参加者の中で一番の人格者だと言はれてゐたのですが)は断念してそれ以上の危害は加へませんでした。
 鈴木は甦つて、昭和二十年に総理大臣に任ぜられ、終戦に漕ぎ付けたのです。
きゃりこ:
 ふうん。偉い奥さんだね。貫太郎は、その後一生、浮気はできなかつたでせうね。
オスカー:
 この奥さんは若い頃に歴史に登場するのです。
きゃりこ:
 へええ。若い女が歴史に出て来るといふのは、よほど美人か、さうでなければ親が偉い人だつたんだね。
オスカー:
 美人でもあり、親もある程度偉い人でしたが、さういふことではないのです。
 昭和天皇が子供の頃の保母だつたのです。
きゃりこ:
 保母? 乳母ぢやなくて。
オスカー:
 未婚だから乳母にはなれませんよ。養育係りですね。東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)附属幼稚園の保母だつたのを皇室が引き抜いたのです。結婚前の名前は「足立たか」。鈴木貫太郎の後妻として結婚したのですが、昭和天皇はこの人を慕つてゐて、鈴木の侍従長時代も首相時代も、ことあるたびに、「たかはどうしてをる」「たかのことは母のやうに思つてゐる」とおつしやつてゐたさうです。戦後も、記者会見で、昔の思ひ出を語つて、「たかは私にとつて母親のやうなものだつた」とおつしやつたことがあります。
 二二六事件で、天皇が烈火の如くにお怒りになつたのは、母のやうに思つてゐた女性の夫が重傷を負はされたことに逆上なさつたのではないかとも言はれてゐます。
きゃりこ:
 天皇の憧れの女性なんだ。ロマンティックなお話ですね。
オスカー:
 今回は日本語の話ぢやなくて、歴史だけの話になつてしまひました。
きゃりこ:
 でも、言葉と歴史は密接につながつてゐるんだから、一回くらゐは、「日本語のあやとり」を管理してゐる怖い先生も許して下さるでせう。


posted by 國語問題協議會 at 10:53| Comment(0) | 雁井理香