2017年01月01日

 きゃりこの戀(38) 明治の皇室典範  雁井理香(かりゐりか)

 
オスカー:
 さて、今日は新年といふことで、日本の皇室の将来を考へてみたいと思ひます。
きゃりこ:
 天皇陛下が退位の御希望を述べられたのですね、昨年は。皇室典範を改正するとかしないとか、揉めてますね。
オスカー:
 今日は、明治の皇室典範を説明したいと思ひます。
 明治の皇室典範は、明治二十二年二月十一日、大日本帝国憲法と一緒に公布されました。憲法の「告文」(コウブン/天皇が神々に報告する文書)には「茲(ここ)に皇室典範及憲法を制定す」とあります。憲法と一体になつたもので、皇室典範の方が格上なのです。
 前文は「天佑ヲ享有シタル我カ日本帝國ノ寳祚ハ萬世一系歴代繼承シ以テ朕カ躬ニ至ル」で始まります。
 あ。「寳」は「宝」の正字。「祚(そ)」は「位」。「皇位」のことを「宝の位」と言つてゐるのです。「躬」は「み」。「ちんがみにいたる」つて、漢字見ながら考へると分かりやすいでせう。
きゃりこ:
 「代々一つの血統で受け継いで、現在の朕の治世まで続いてゐる」といふことね。
 本文もヘへて。
オスカー:
第一條 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス
きゃりこ:
 ふむふむ。「祖宗の皇統」といふのは、皇室の血統だね。皇室の血統に属してゐる男系の男子でなければ天皇にはなれないんだ。
 今、愛子様を天皇にすればいいといふ人もゐますけど、「男系ノ男子」でないといけないんだから、そもそも無理ぢやない。あ、さうか。これは明治の皇室典範だね。今の皇室典範では「男系の男子」でなくてもいいのかな。
オスカー:
 今の皇室典範(終戦後に改正された)では、かうなつてゐます。
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
きゃりこ:
 ぢやあ、愛子様はなれないぢやない。
オスカー:
 そこで、愛子様を天皇にしたいといふ人たちは、皇室典範を改正すべきだと言つてゐるのです。
 まあ、今日は僕の意見は言はないで、事実だけを説明しませう。
第十條 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ踐祚シ祖宗ノ~器ヲ承ク
きゃりこ:
 最後の所凄いね。法律の中に三種神器が出て來るとは思はなかつた。「承く」は何と讀むの? この流れだと「そそうのじんぎをうく」となるのかな。
オスカー:
 さうですね。「承ける」といふことだから、「うく」です。ただ、「じんぎ」でなく「しんき」と讀んで下さい。
きゃりこ:
 「さんしゅのじんぎ」のことだから、「じんぎ」でせう。
オスカー:
 ふつうに話題にするときは、《呉音》で「じんぎ」ですが、詔書や法律のやうな公式文書では「しんき」と《漢音》で讀むことになつてゐます。
きゃりこ:
 それにしても、「皇位に即(つ)く」ことを「神器を承く」とは驚くね。宗教国家ぢやないですか。
 「祖宗」って、何だらう。なんとなく分かるけど、正確に言ふと?
オスカー:
 「皇祖皇宗」を縮めたもの。「皇祖」は「皇室の先祖」で「天照大神」のこと。「皇宗」は「代々の天皇」のことです。
 では、続き。
第十三條 天皇及皇太子皇太孫ハ滿十八年ヲ以テ成年トス
第十四條 前條ノ外ノ皇族ハ滿二十年ヲ以テ成年トス
きゃりこ:
 天皇が未成年者扱ひだと困ることもあるから、成人するのを早めたのね。でも、この規定は、當然、今の皇室典範にはないのでせう。
オスカー:
 それが、面白いことには、今も殘つてゐるのです。
きゃりこ:
 愛子様も悠仁様も十八歳で成人なさるのか。
オスカー:
 違ひます。愛子様も悠仁様も「皇太孫」ではないから、ふつうの皇族扱ひで、成人なさるのは二十歳です。
 ただし、現在の皇太子殿下が即位なさつて、悠仁様が皇太子におなりになつたら、十八歳で成人です。
 さて、その次。
第十九條 @天皇未タ成年ニ達セサルトキハ攝政ヲ置ク
A天皇久キニ亘ルノ故障ニ由リ大政ヲ親ラスルコト能ハサルトキハ皇族會議及樞密顧問ノ 議ヲ經テ攝政ヲ置ク   (「親ラ」は「みづから」)
きゃりこ:
 なるほど、摂政の規定か。@(第一項)は天皇が十八歳以下のときは、必ず摂政を置くんだ。Aでは、御病気のときなどは摂政を置くことができるといふことね。
 今回の「生前退位」騒動では、老齢のためだから、Aの規定によつて、摂政が置けるのね。
オスカー:
 それは、今の皇室典範でも同じ。でも、陛下は摂政では中途半端だから、もう退位したいとおつしやつてゐるわけです。
きゃりこ:
 で、退位の規定はどうなつてゐるの?
オスカー:
 前の皇室典範にも、今の皇室典範にも、退位の規定がないのです。
きゃりこ:
 ぢやあ、退位はできないのか。
オスカー:
 だから、退位して戴くために、皇室典範を改正するとか、特別法を作るとか言つてゐるのです。
 次行きますよ。
 第二十一条に摂政就任の順序が定められてゐて、皇太子・皇太孫が第一位、第二位は親王(それ以外の皇族男子)なんだけど、第三位は皇后なの。
きゃりこ:
 へええ、女は天皇にはなれないけど、摂政にはなれるのね。
オスカー:
 面白いのがその次。
第二十四條 最近親ノ皇族未タ成年ニ達セサルカ又ハ其ノ他ノ事故ニ由リ他ノ皇族攝政ニ 任シタルトキハ後來最近親ノ皇族成年ニ達シ又ハ其ノ事故既ニ除クト雖皇太子及皇太孫 ニ對スルノ外其ノ任ヲ讓ルコトナシ
 これは難解です。文語文の解釈の勉強になりますね。
きゃりこ:
 「たっせさるか」とか、「にんしたるとき」とか、日本語ぢやないみたい。
オスカー:
 あ、それは違ふの。前に教へたと思ふんだけど、戦前の公の文書は、濁点句読点をつけないのです。「たっせざるか」「にんじたるとき」と讀んでね。
 ついでに、「後來(こうらい)」は「後になつて」の意味です。
 摂政になる順序が一番先である皇族が未成年の場合(A.たとへば天皇の弟)、二番目の優先順序にある皇族(B.たとへば皇后)が摂政になります。その後、Aが成人しても、Bは摂政の地位をAに譲ることはない。ただし、Aが皇太子・皇太孫である場合は、Bは摂政の地位をAに譲らなければならない。
きゃりこ:
 さつぱり分からないけど、じつくり考へてみるね。
posted by 國語問題協議會 at 11:20| Comment(0) | 雁井理香

2016年12月18日

きゃりこの戀(38) 書いた読んだ  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 「投げた」とか「話した」とかいふときの「た」は《過去の助動詞》なんですよね。
オスカー:
 学校ではさう教へてますけどね。語源的には「投げたり」の「り」が落ちたのですよ。
きゃりこ:
 ぢやあ、「た」は「たり」のなれの果なんですか。でも、「たり」は過去ぢやなくて、完了ぢやありませんか。
オスカー:
 そしたら、口語の「た」も完了だと考へたらいいぢやありませんか。
きゃりこ:
 なるほど、先生の「発想の転換」には感心しますね。
オスカー:
 「宿題終へたら、遊びに行つていいよ」を考へてみませう。「たら」は「た」の未然形ですが、これ、絶対、過去のことぢやないでせう。
きゃりこ:
 うん。明らかに未来のことですよね。それにしても、「たら」も「た」なんですか。
オスカー:
 文語の「たり」は「たら・たり・たり・たる・たれ・たれ」といふ変化。
 口語の「た」は「たら・たり・た・た・(たれ)・(たれ)」。
きゃりこ:
 「宿題終へたら」といふときは、未然形が裸のままで使はれてゐますね。
オスカー:
 「宿題終へたらば」の「ば」が脱落したんですよ。もともと完了ですから、「終へてしまつたならば」といふ完了のニュアンスが隠れていたのです。
 英語にすると分かりやすい。
If you have finished homework, you can go out and play.
 ほら、このhave finishedの完了形も同じです。「終へてしまつたら」のニュアンスなの。
 未来完了の意味だから、If you will have finished homeworkとなるべきところなんだけど、英語では「時や条件を表す副詞節の中では、未来のことも現在で表す」といふルールがあるから、will haveがhaveになつたのです。
 英語では過去と現在完了ははつきり区別しますが、ドイツ語なんかでは、現在完了が過去の代用をすることが非常に多いのです。日本語もそれと同じだと思つたらいい。
 ところで、「食べる」の過去(一応過去といふことにしておきますが)は「食べた」。「書く」の過去は「書いた」。
きゃりこ:
 あれ、「書きた」ぢやなくて、「書いた」なんだね。歴史的仮名遣では、「書ひた」かな。それとも「書ゐた」なのかな。
オスカー:
 音便したのです。もともとは「書きたり」。「たり」が「り」になり、さらに、「き」が《イ音便》して「い」になりました。kakitariのkとriが落ちたのです。
 「書いた」の「い」はkiのkが脱落したのですから、iになつたことになります。だから、「ひ」でも「ゐ」でもなく「い」なんですよ。
きゃりこ:
 なるほど、歴史的仮名遣つて、理窟に合つてゐるんだね。
オスカー:
 では、「読む」の過去は何ですか。
きゃりこ:
 「読んだ」。あれッ。「た」ぢやなくて「だ」になつちやつた。
オスカー:
 《撥音便》が起こると、「た」が「だ」に変るのです。
きゃりこ:
 「ん」に変るのが《撥音便》ですね。小さい「っ」になるのは何でしたつけ。
オスカー:
 《促音便》。「ありたり」が「あつた」、「食ひたり」が「食つた」になるのがそれですね。
きゃりこ:
 小さい「っ」ぢやないぢやない。大きい「つ」ぢやない。
オスカー:
 歴史的仮名遣では、小書きはしないのです。
きゃりこ:
 ふうん。「っ」とか「ゃゅょ」とか小さい字を使ふのを《小書き》といふのね。戦後になつて発明したの?
オスカー:
 昔から、促音(っ)や拗音(ゃゅょ)であることをはつきりさせたい場合には、小書きをしてゐましたが、正書法とは認められてゐませんでした。小書きしなければいけないといふ規則は、戦後に出来たのです。
 僕は小書きは嫌ひです。特に縦書きのときは、小書き部分が右に寄つて、文が曲がって見えますからね。
きゃりこ:
 どういふときに、《イ音便》《促音便》《撥音便》が起るのですか。
オスカー:
 まづ、このタイプの音便は、動詞の四段活用の連用形の場合にしか起りません。《イ音便》は「カ行」「ガ行」の四段活用の場合だけ。《撥音便》は「バ行」「マ行」だけ。《促音便》は「ハ行」「ラ行」だけです。
きゃりこ:
 さういふ言ひ方、よく分からない。私がおばかだといふことをわきまへて喋つてね。
オスカー:
 そんなこと、自慢げに言はないで下さいね。
 「思ふ」は「ハ行四段活用」だから、《促音便》を起して、連用形に、たとへば「た」をつけると、「思ひた」ではなく、「思つた」になるといふことです。
きゃりこ:
 「思う」つて、「アワ行五段活用」ぢやないんですか。
オスカー:
 もう歴史的假名遣を教へてから隨分になるのに、まだそんなこと言つてゐるの?
 「アワ行活用」とか「五段活用」とかは、戦後に国語審議会が捏造した嘘なんですよ。
きゃりこ:
 えッ。先生、そんな質の悪い団体に入つてゐるの?
オスカー:
 僕が入つてゐるのは「國語問題協議會」。こつちは正義の味方なの。
 正義を潰さうとしてゐるのが「国語審議会」。
 もつとも国語審議会はもう潰れて、文部省の一部局になつてしまひました。
きゃりこ:
 でも、国語審議会に、國語問題協議會の紐付きの人も入つてゐたんでせう。
オスカー:
 そりやあ、中に入つて戰はないといけないからね。だんだん漢字をふやして行つたのは、國語問題協議會の紐付きの人たちが頑張つたからですよ。
 でも、国語審議会が潰れる前に、國語問題協議會は審議会から脱退したのです。
きゃりこ:
  それにしても、「四段活用」つて、をかしくない? 「書かナイ」「書きマス」「書く」「書くトキ」「書けバ」「書け」「書こウ」だ から、「かきくくけけこ」つて五段に亙つて活用してるよ。やつぱり「五段活用」ぢやない。
オスカー:
 歴史的仮名遣では「書こう」ではなく、「書かう」と書きます。「書こ」といふ活用形はないから、四段なの。
きゃりこ:
 さう言はれれば、「書かう」と書けば、自然に「カコウ」つて読めるものね。四段活用といふ方が論理的だといふのはよく分かるよ。
 ところで、「ある」の連用形でも、「あります」の時は「あり」で音便しないのに、「あつた」の時は促音便が起るのは整合性に欠けるのではありませんか。
オスカー:
 それは違ひます。後ろにtが来ると、強い破裂音なので、促音便が起るのです。ariの後にtaが来ると、taのtに引かれてariがatに変るのです。撥音便の場合も同じやうにきちんとした規則があるのですが、話が長くなるので、そのことはまたいづれ。
 ところで、「きゃりこの戀」は、正漢字と新漢字が混じつてゐて、統一が取れてないといふお叱りがあるんだけど、インターネットの画面では、画数の多い正漢字は読みにくいとか、いろんな事情があつて、わざとさうしてゐます。
きゃりこ:
 ちよつと信念を曲げてない?
posted by 國語問題協議會 at 18:50| Comment(0) | 雁井理香

2016年12月03日

きゃりこの戀(36) いづれのおほんときにか  雁井理香(かりゐりか)

きゃりこ:
 源氏物語の書き出し、覚えてる人がゐたからびつくりしちやつた。
オスカー:
 優ちやんも憶えてますよ。僕も憶えてるけど。
 いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひたまひける中にいとやんごとなききはにはあらぬがすぐれてときめきたまふありけり。
きゃりこ:
 やめてよ。日本人に恥掻かせないで。
オスカー:
 きゃりこさん、日本人だつたの?
きゃりこ:
 英語できないから、アメリカ人でないことは確かなんだけどね。
ところで、「いづれの御時にか」の所に、「か」があるから、文末は「ありけり」でなくて、「ありける」でないとをかしいですよね。
オスカー:
 ひやあ。きゃりこさんが係り結びを知つてゐるとは思はなかつた。
きゃりこ:
 それ以上言ふと暴力に訴へるよ。
オスカー:
 文のつながりだけを取り出して、餘計な副詞節とかを省略すると、「いづれの御時にか、すぐれてときめき給ふありけり」と縮まりますよね。
きゃりこ:
 「ときめく」って、何だらう。先生、私に會へる日は胸がときめくでせう。
オスカー:
 「ときめく」は現代語では「胸が躍る」ですが、語源は心臓の鼓動の音を「トキ」と聞き取った音から來てゐるらしい。現代語の「ドキドキ」みたいなもの。その清音の「トキ」は「時」の語源とも言はれます。心臓の鼓動の音が動詞化して、「ときめく」になつたといふのが有力説。
 異説では、漢語の「動悸(どうき)」が訛つて、「トキ」が出て來たとも言はれます。
 もう一つ、異説があつて、「とし(迅・利)」の連体形「とき」から來てゐるといふのです。言ひ換へれば「速い」といふことですね。
きゃりこ:
 なるほど、ドキドキドキって、心臓の鼓動が速くなるんだものね。
オスカー:
 一方、古語の「ときめく」は、「胸が躍る」と同語源とも言はれますが、「時流に乗る・もてはやされる」の意味。「とき(時)」が含まれてゐるから納得できるでせう。そのことから、宮中で女御や更衣が、「時めく」といふのは、帝の寵愛が甚だしいことを言ふやうになりました。
きゃりこ:
 ぢやあ、「どの天皇の御代でしたらうか、御寵愛の深い方がいらつしやいました」。
オスカー:
 でも「いづれの御時にか」と「か」があるんだから、疑問文になると思ひませんか。
きゃりこ:
 ほんとだ。でも、さうしたら、「どの天皇の御代に、御寵愛の深い方がいらしたのですか」といふ意味になりさうね。
オスカー:
 あるいは反語になつて、「そんな方はいらつしやらなかつた」にもなりますね。
 疑問や反語の場合は、係り結びが生じるのです。
きゃりこ:
 んみゃ、んみゃ、んみゃ。「ありけり」で終ると、「いらっしゃいました」といふ平叙文で、「ありける」なら、「いらしたのですか」といふ疑問文になるの?!
オスカー:
 「ありけり」の場合は、「いづれの御時にかあらむ」といふやうに、省略があつて、そこに係り結びが隠れてゐるから、「ありけり」の所までは、係りの助詞の影響力が及ばないのです。
 「なじかは知らねど心詫びて、昔の伝へはそぞろ身にしむ」つて歌、知つてる?
きゃりこ:
 ローレライだね。歌詞、そこまでしか知らないけど。ライン川の歌だつていふことは知つてる。
オスカー:
 ライン川に住む魔物が美しい女の子の姿をしてゐて、それが船でやつて來る人を誘惑して、川に沈めてしまふといふお話。
きゃりこ:
 ははは、男って、昔から馬鹿だつたんだね。優ちやんも、お母さんと同い年ののりピーの色香に迷つてるし。
 それにしても「なじかは」つて何? ライン川の異名を「ナジ川」といふのかな。あるいは蛙の一種かな。
オスカー:
 「蛙」の一種は「かじか」でせう。
 「なじ」は「なぜ」なのです。
きゃりこ:
 「なぜかは知らねど」。あ、さうか、そんな簡単な意味だつたのか。「なぜか分からないけども、心寂しくなって、昔の伝説がなんとなく身にしみる」といふわけね。
 「昔の伝説」って、---------わ、わかつた。「なぜか分からないけど、心が寂しくなつて、ローレライの伝説が心に浮んでくる」なんだね。「昔の伝へ」って、ローレライの伝説のことなんだ。
オスカー:
 見事な推理ですね。これも、簡単に縮めると、「なじかは知らねど、身にしむ」ですよね。
 さらに、現代語でも、「なぜか身にしみる」と言ひます。「なぜか」だけで、「なぜか知らないけれど」の意味になれますから、ローレライの歌詞も「なじかは身にしむ」といふだけでも通じます。
 そこで、「なじかは身にしむ」といふ文語の問題点なんだけど。
きゃりこ:
 うん。うん。「か」があるのに、係り結びしてないんだ。係り結びしたら、「なじかは身にしむる」になるはずだ。
オスカー:
 ところが、「なじかは身にしむる」といふと意味が違つて來る。
きゃりこ:
 「どうして身にしみるんだろう」といふ疑問。あるいは、「どうして身にしみるはずがあらう。身にしみはしない」という反語になつてしまふね。
 わかつた。源氏物語の冒頭と同じで、「身にしむ」は平叙文、「身にしむる」は疑問文なんだ。
オスカー:
 つまり、「なじかは知らねど」と言つてゐるけど、「なじかは斯のごとき」(なぜこんななのかは知らないけれども/なぜ「心詫びる」かは知らないけれども)の意味で、「か」に対応する結びの連体形は「ごとき」なのです。それが省略されて、係り結びが流れてしまったので、「身にしむ」の所はもう係り結びの影響を受けていないといふわけ。
posted by 國語問題協議會 at 21:04| Comment(0) | 雁井理香