2017年12月22日

和製漢語、和製英語、日本人の造語腦 原山建郎

先月、熊本で『ひと言で傳へる「ひらがな」のちから――ありがたう・おかげさま・すみません』と題する講演を行つた。
メインは「ひらがな」の効用だが、日本語の特徴である漢字かな交じり文、つまり漢語(中國製漢字熟語、日本製漢字熟語)+和語(やまとことば=ひらがな)+カタカナ語(外來語、カタカナ表記語、和製英語)のうち、漢字は〈意味や情報〉、ひらがなは〈感情や思ひ〉、カタカナは〈イメージ〉をおもに伝へる表記法で、それらの相互作用で幾通りもの文脈ができる、といふ話をした。

「峠・畑・辻」など日本で作られた国字(和製漢字)の研究者・笹原宏之さんは、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル、二〇一五年)の中で、日本人は漢字をただ使ふだけでなく、微妙なニュアンスによる使ひ分けを行ってゐると、次のやうな例を擧げてゐる。
【たとえば、「幸福」「幸せ」「ハッピー」は、辭書の上ではどれも同じ意味になります。しかし、コノテーションの違ひを日本人は注意深く嗅ぎ取ります。(中略)また、若い人がしばしば使ふ「チョー(超)」といふ言葉を重ねたい場合、「チョーハッピー」はいい感じなのでせうが、「チョー幸せ」はちよつと微妙で、「チョー幸福」とは、多分言はないことでせう。コノテーションの違ひが語彙や表現に多様性を生んでゐるのです。】
(同書一二二ページ)
たとへば、ひらがなの「たまご」を漢字で用ゐるとき、火が入る前には「卵かけご飯・半熟卵」だが、いつたん火が通ると「玉子焼き・玉子丼」となるやうに、微妙なニュアンス、つまり周辺的な言外の意味を、言語学ではコノテーション(connotation)といふ。

日本が近代西洋文明と出会ふのは、幕末から明治初期にかけて、いはゆる文明開化のころである。西洋の概念である歐米語を音譯したボットル=壜、ウォッテ=水などのカタカナ語とともに、歐米語をわかりやすい漢語に飜譯するために、新しく漢字を組み合はせた二字熟語(科學・哲學・野球・郵便・談話など)や、中國由来の漢語に全く新しい意味を付與した和譯漢語(革命・自由・權利・觀念など)が造られた。

やがて、發音重視のカタカナ語は、ボットル→ボトル、ウォッテ→ウォッチ、ケットル→ケトルへと変化し、さらに英語をカタカナ化する過程で、和製英語が造られる。河口鴻三さんは、『和製英語が役に立つ』(文春新書、二〇〇四年)で、英語が日本語化していく五つのパターンを紹介している。
@ 短縮系〔長い單語の短縮化〕アパート(アパートメントハウス)/ホテルのフロント(フロントデスク)など。
A 部分活用系〔複数の意味から一つだけ選擇〕スケジュール(豫定表、明細書)/バランス(均整、天秤、差引殘高)など。
B 誤解系〔似たやうな單語の身代はり〕クリーニング(洗濯屋=ランドリーと入れ違った)/パネラー(發言者=パネリストの誤用)など。
C 混同系〔似た發音や意味の混同〕クレームをつける(本來の主張、斷言を苦情と混同)/スチール写真(盗む=スチールsteal・鐵鋼=スティールsteelと混同。正しくはスチルstill photo)など。
D 分離系〔同じ單語が異なる意味を表現〕アイロンをかける(電氣アイロン=ironは衣服のしわ伸ばし専用、原發音に近いアイアン=ironならゴルフのアイアンクラブ)
(同書一五〜一八ページ要約)
英語のバトンパスは、和製英語でバトンタッチ。リオ五輪男子四〇〇メートルリレーは、日本チームがアンダーハンドパスでのバトンタッチで、銀メダルを獲得した。
(武藏野大學非常勤講師『出版ニュース』コラム Book Therapy no.65(2017年5月))
posted by 國語問題協議會 at 11:39| Comment(0) | 市川浩

2017年12月06日

歴史的假名遣事始め (三十六) 市川 浩

クイズで遊ぶ歴史的假名遣(三十六)

先月のクイズ解答
問題
本年一月から十一囘かけて白石良夫著「かなづかい入門」の批判を行つて來ました。全體を通しての感想、批判を纏めてみて下さい。

感想の一例を擧げます。

本書の著者白石良雄氏は御自身の信念もさることながら、結果として文部科學省主任教科書調査官の立場から、同省の政策推進の一貫として、現代假名遣の效用に學問的知識の衣を着せて本書を刊行したと考へられます。このことはそれらが私のやうな正規の國語學者にあらざる者でさへ容易に批判できたことからも明らかでありませう。
しかし重要なことは、言はば領土や國民の生命財産の專守防衞に徹することが國の政治の本質であるやうに、國語問題に於ても正字・正かなの實踐と傳承に徹することが本質であり、之に對する本書や之に類する「國語改革」論の攻撃があれば、即座に斷乎として正論を以て論破するための自衞戰力を、この十二囘に限らず其の前からもこの「日本語あやとり」の中で提示して來た積りです。
一方本格的論戰は福田恆存先生その他の御努力で、正かな派の勝利が確定してゐますが、現在は本書のやうに一見學術的な、但し「私の國語教室」は引用はをろか、參考文獻の一覽にさへも取上げてゐないといつた論法での正かな批判は寡くなり、寧ろ出版社の「賣れない」、SNSでの「難しい」、「讀めない」といつた感情論的攻撃が主流になつてゐます。
從つて我々は之に對する批判、反論を準備しなければなりません。來年の本欄ではこの問題に焦點を當てたいと思ひます。
posted by 國語問題協議會 at 22:24| Comment(0) | 市川浩

2017年12月03日

數學における言語(19)村上一郎と「文学情念論序説」河田直樹

 前回と前々回では、トマス・アキナスの『神学大全』と吉田兼好の『徒然草』との言葉を通して、「第一作出因」の探究の仕方の違ひについて述べ、「西欧精神」の真髄とも言ふべきものを少し考へてみました。これだけをみても「日本人は知ることよりも感じること、計ることよりも想ふことを価値としてきた」といふ、村上一郎が「文學情念論序説」で述べたことを了解してもらへるのではないかと思ひますが、彼は同評論で「日本にはあざといほどドラマチックな存在論が哲理として成らなかつた」とも記してゐます。そして、續けて以下のやうな感慨を述べます−「ギリシア以後、二千年をへて東洋に世界で二番目の海洋中心の文化をひらいた日本は(トインビーの所説參照)しかし奈良時代以前に植民地の開拓に失敗したため、インテリはギリシアのやうに海外で自由に考へるといふチャンスをもたず、几帳のかげにかくれた。知識と芸術はそこにのみあつた。その挫折感は、事實以上の挫折感として熟し、近代にいたる」と。奈良時代以前に植民地開拓に成功してゐたなら、日本のインテリは「几帳のかげ」に隠れることなく、古代希臘の哲學者のように自由にものを考へるチャンスをもつたかどうか、私には疑問です。むしろ、我が國の地政學的宿命と隣國シナの文化がそれを不可能にしたのでは、と考へますが、是非はともかく近代にいたるまで我が國では「あざといほどドラマチックな存在論」が成立しなかつたのは確かなことです。
 村上一郎は、この論考の後半で「ホつブズ、ロック、バークリ、ヒューム」等のいはゆる英國の「經驗主義哲學者」たちをとりあげ、「日本の情念」に對する「西歐の情念」について考察してゐますが、その論考は1965年當時の、輕薄な西洋カブレの「進歩的社會科學者やマスコミ論者」たちに對する烈しい怒りに満ちたものになつてゐます。
 ところで、ここで私がさらに取り上げてみたいのは、實は、ヨーロッパ近代に多大な影響を與へ、最高の自由主義者と言はれたジョン・ロックについてで、「ロックの知と數學における知」とを比較してみたいのですが、今回は少し脱線を許していただき、日本的絶對の探究者ともいふべき「村上一郎」についていま少し述べてみます。
 村上一郎は、評論「文學情念論」を書いてから10年後の1975年3月、日本刀で自死しています。詩人清水昶は詩集『新しい記憶の果實』の冒頭に「開花宣言(これは‘落花’宣言でもある)」といふ詩をおき、一郎につぎのやうな詩句を捧げてゐます―「開花宣言が發せられた その日/ひつそりと散る山間の櫻のやうに/だれにも知られずあなたはひとり/暗緑の春の水へと舞ひ落ちた/暖かな刀身を渡つた虚無のひかり/無言でのけぞる細長いあなたの影/潔癖な死には重量がない・・・」。何ともいたましい最期といふほかはありませんが、三島由紀夫は遺作となつた評論『小説とは何か』の悼尾で村上一郎の「廣瀬海軍中佐」といふ短編小説に觸れ、「氏の小説技巧は拙劣を極めたものだが、しかしこれほどの拙劣さは、現代に於て何事かを意味してゐる」と述べてゐます。さらに「この短編ほど、美しく死ぬことの幸福と、世間平凡の生きる幸福との對比を、二者擇一のやりきれぬ残酷さで鮮明に呈示してゐる作品は少ない」と續け、次のやうに締め括ります―「村上氏は、最も劇的な對立概念を、おそれげもなく、赤裸のまま投げ出して、氏のいはゆる『小説』に仕立てたのであつた」と。
 三島のこの言葉が村上一郎の自死の呼び水になつた、と即斷するのは早計過ぎるかもしれませんが、二人とも苛烈な自死といふ形で自分の人生にけりを付けたのはまちがひなく、良し悪しは措くとして、私は兼好とは別の形の「知ることよりも感じること、計ることよりも想ふことをよしとした」繊弱(ひわず)な日本文化の宿命を見る思ひがします。『小説家の休暇』で「斷乎として相對主義に踏み止まらねばならぬ。幸福な狂信を戒めねばならぬ」と書いた30歳の三島を思ふとき、彼らの自死は、私のやうな數學屋にとつては、ただただかなしいといふほかはありません。次回は、ロックについて考へてみます。     (河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 21:11| Comment(0) | 市川浩