2017年01月07日

歴史的假名遣事始め (二十五) 市川 浩

クイズで遊ぶ歴史的假名遣(二十五) 平成二十九年一月一日

先月のクイズ解答
練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

ルビは漢字の訓みを示す優れた方法であるが、これこそは表音式が相応しいのではないか。古例にこだわつて字音仮名遣いなどでルビを振つたのでは、ルビの用をなさない。今は旧かなの仮名に振つて効果を上げているではないか。

この主張に對する反論の一例を擧げます。

ルビは漢字の讀みと共に、普段漢字に隱れた語の假名遣を示す優れ者です。しかもルビの假名遣に接することにより、漢字と字音假名遣との關係に存在する法則性に氣附いて行くことになります。
「繪圖面」「手傳」「教へる」を假名でルビを振ると「ゑづめん」「てつだひ」「をし」ですが、
之を新かなルビにすると「えずめん」「てつだい」「おし」となつて、本文との整合性は目茶苦茶になつてしまひます。特に歴史的假名遣の假名に新かなルビを振るなど、破壞を目的としてゐることは明らかです。
この主張にはカタカナを含めた假名が國語書き言葉の表記文字として漢字と竝ぶ文章文字であるとの意識がなく、單純な表音文字として扱つてゐる處に基本的な誤りがあります。

練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

結局正字・正かなは昭和二十年までの表記といつても、完成は契冲以後であり、それも不徹底であつた。つまり所詮近世の人造物に過ぎず、同じ人造物である現代仮名遣いの方が遥かに合理的ではないのか。
posted by 國語問題協議會 at 11:22| Comment(0) | 市川浩

2016年12月09日

歴史的假名遣事始め (二十四) 市川 浩

クイズで遊ぶ歴史的假名遣(二十四)
先月のクイズ解答
練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。
「グローバル化」には言語の共通化が避けて通れない。嘗ては世界語としてエスペラントが唱えられたが、主として英語圏に於けるコンピュータソフトの開発がグローバル化して、今や英語または中国語が世界語になる趨勢にある。小学校での英語の必修が求められ、そのため国語の授業が減るのも止むを得ない。そんな時代に漢字や仮名遣いにこだわっていては日本が孤立化してしまうのではないか。

この主張に對する反論の一例を擧げます。

この主張は實は既に良心的な知識人や其の家庭がかなりの割合で共有してゐるやうなのです。我が國は多神教の國であり、宗教の多樣性を認める一方、「地球は皆兄弟」と謂はゆるグローバル化への憧れも強いことは事實です。しかしこの世界統一の最大の問題は既存の特定文化への統一が避けられず、其の場合當該文化を有しない民族又は國家が特別の重荷を擔ふ必要があることです。現にグローバル化が進んでゐる金融資本市場やIT分野では、既に其の分野での先進國が壓倒的に有利な竸爭を展開してゐます。「世界共通の言語」といへば耳に聞えはよいが、日本語がそれに當らない現状では寧ろ靜かに國語の洗煉に注力すべきなのです。表記を含め、書き言葉獨立の否定と敬語(特に皇室)の破壞といふ、戰後「國語改革」の傷跡を先づ瘉さなければならないからです。

練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

ルビは漢字の訓みを示す優れた方法であるが、これこそは表音式が相応しいのではないか。古例にこだわつて字音仮名遣いなどでルビを振つたのでは、ルビの用をなさない。今は旧かなの仮名に振つて効果を上げているではないか。
posted by 國語問題協議會 at 12:02| Comment(0) | 市川浩

2016年11月07日

歴史的假名遣事始め (二十三) 市川 浩

クイズで遊ぶ歴史的假名遣(二十三)

先月のクイズ解答
練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

今や世界はグローバル化の時代、電脳空間での受発信技術の進化について行けない言語が消滅の運命にあること、日本語も例外ではない。仮名遣いは一応四十八の仮名が使えるので「正かな」が可能だとはいえ、一旦「新かな」で入力、変換してから、仮名部分を打ち直すのが実態では、言語生活的にも、能率面で話にならないし、漢字のコード化も既にユニコードで統一され終つており、無理に「正漢字」を使おうとしてPDF化すれば何百倍ものメモリーを食い、経済的にも成立たないなどという事実を考えれば、或る意味どうでもよい表記問題を蒸し返すべきではない。

この主張に對する反論の一例を擧げます。

電腦空間といふ當に「グローバル化」への對應に日本語が、特に正字・正かなが惡戰苦鬪してゐることは事實です。しかし嘗て日本語タイプライターが如何に不便かと漢字廢止を唱へてゐたことがあつたことを想起すべきです。技術的なことは其の氣になれば解決可能なのです。現にPDFのサイズを劇的に小型化する技術もあります。たゞ殘念なことに電腦技術の發展が如何しても英語中心で日本語の特殊性が餘り考慮されずに開發が進む傾向は否めません。しかし日本のシステム技術者がその氣になれば問題はかなり解決するでせう。特にJIS第四水準まで實裝の規格化、キーボードの「ゐ」「ゑ」の假名キー設置等は早い實現が望まれます。

練習問題

下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

「グローバル化」には言語の共通化が避けて通れない。嘗ては世界語としてエスペラントが唱えられたが、主として英語圏に於けるコンピュータソフトの開発がグローバル化して、今や英語または中国語が世界語になる趨勢にある。小学校での英語の必修が求められ、そのため国語の授業が減るのも止むを得ない。そんな時代に漢字や仮名遣いにこだわっていては日本が孤立化してしまうのではないか。
posted by 國語問題協議會 at 11:18| Comment(0) | 市川浩