2015年11月24日

【☆はがき一枚の国語】 同音異義語(同音別語) 大喜多俊一


同音異語としてよく擧げられる漢語に「コウコウ」といふのがある。
今、用ゐてゐるワードプロセッサではまづ次の語が現れる。高校・孝行
・航行・口腔・後攻・膏肓である。手元の国語辭書によれば、このほか
に、坑口・後項・港口・硬膏・皓皓・鑛坑・惶惶などが見える。

次に多い同音異語には「ショウカ」「タイショウ」がある。例語は、それぞれ、
唱歌・消化・消火・商家・昇華・商科・上下・消夏・小過、
對象・大正・大將・對照・大勝・大賞などなどで、
このやうな漢語の異語は文字で示せば誤解なく傳はるが、同音であるだけに、口頭ならば前後の文脈を把握しなければならない。
同音異語は使ひ方に注意する必要があるとともに、やはり漢字をよく知つてゐることが基礎となる。

国語辞典で最も多くの語が立項されているのは行の語で、その中でも最も多いのはで始まる語である。
次に多いのが、カ、コ、ハで始まる語で、同音異語も當然これらの音で始まる語に多い。
「ショウニン」「ハイカン」「カンコウ」という音の漢語にはどんなのがあるか。それ
ぞれ競つて提示しあふのも知的ゲームとしておもしろい。
母音で始まる語では、ア、イで始まる語が多く、中でも「アン」「イン」のあとにの續く語が目立つ。漢語が入つたあとの日本語の音體系に關心を寄せてみる。
posted by 國語問題協議會 at 15:01| Comment(0) | 大喜多俊一

2015年09月27日

【☆はがき一枚の国語】 年齢の異稱と賀壽の年齢 大喜多俊一

論語の爲政編に次のやうに書かれてゐる。
「吾十有五而志干學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命。六十而耳順。七十而從己所欲不超矩。」この孔子の言辭がもとになつたのが、十五歳を志學、三十歳を而立、四十歳を不惑、五十歳を知命、六十歳を耳順といふ異稱として廣く知られてゐる。二十歳のことを弱冠といふのは出所は別で、禮記「二十日弱、冠」_(二十を弱といひ、冠す_)による。
また、中國では、昔から五十歳になれば家の内で杖を突いてよいとされ、六十歳になると故郷で可とされ、七十歳では國ぢゆうで是認され、八十歳を超えれば同じ朝廷が續くかぎり杖を突いていてよいといふこと
から、それぞれ、杖家(じょうか)、杖郷、杖國、杖朝といふ。

賀壽の年齢は次に示すとほり。
七十歳の異稱は論語からは見られない。七十の賀の古稀は詩人杜甫の「曲江詞」の「人生七十古來稀なり」による。杖家のはなしといひ、昔は「人生五十年」の時代であった。

賀壽の稱は、還暦が數へて六十一歳。七十が古稀、七十七が喜壽、八十が傘壽、八十八が米壽、九十が卒壽、九十九が白壽、百が上壽である。喜・傘・米、白はみんな漢字(もじりも含め)の字劃から來てゐる。還暦はだれもが數へ年六十一歳の元日に迎へる祝賀の年。同じ干支の二回目をいふ。語釋を間違へた辭書(滿六十歳とする)が少なくない。

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2015年08月24日

【☆はがき一枚の国語】 氣になる言葉 大喜多俊一


使ひ方がまちがつて本來の意味が擴大され、それが通用してゐる言葉として、好まない語をいくつか擧げてみる。
@續投、Aトップバッター、B結果、C犠牲、などである。

@・Aはもともと野球の用語であつたものを、@は役職の繼續の意味にもその他の繼續の場合にも多く使はれるし、Aは最初の出演者や演技者のことにも使はれる。Bは、練習不足で結果が出ない、などと好結果
のことだけに限定して使はれる。練習不足なら、悪い結果も出るといふものである。Cは今やもとの意味がわからないまま、自然災害や不可避の事件のために不利な状況におかれた場合によく使はれる。自然災害の犠牲者などといふのは、恐らく死亡者といふ端的で露骨な表現を避けるためにマスコミが使ひ出したのであらう。用語は正しく使ひたい。

どういふことが氣になるかいへば、意味が大きくずれてゐるのに、それを平氣であたりまへのやうに使ふ無神經さである。また、野球の解説者の中には、犠打のことを「バンド」といふ人が多い。英單語を知らないことを露呈してゐて、恥づかしい。犠打から、「犠牲」のもとの意味を解すれば犠牲者を死亡者の意味に解するのは、あくまで比喩的に使つたものであることが理解できよう。なほ、野球の公共の放送で、廣島力ープのエース前田健太投手をマエケンといふアナウンサーや解説者も數知れず、その無神經さが氣になる。


posted by 國語問題協議會 at 18:54| Comment(0) | 大喜多俊一