2018年07月05日

數學における言語(27)(28) 日本語と哲學[V][W] 河田直樹

 前回紹介した中村元著『日本人の思惟方法』の第4章は、少年時代から「日本にはなぜ數學や數理哲學(和算は除く)の歴史がないのか」と訝り續けてゐた私には、その一字一句が心に沁みわたつてくるもので、できればその全文を紹介したい衝動にも驅られます。以下、「論理や言葉」に關連する個所を思ひつくままにいくつか紹介してみませう。
・日本語本來の和語は、(中略)感性的あるいは感情的な精神作用を示す語彙には豊富であるが、理知的・推理的な能動的思惟の作用を示す語彙が非常にとぼしい。和語の単語は多く具象的・直觀的であるのが常であつて、抽象名詞の形成が十分でない。抽象的概念を和語をもつてすべて表現することは、きはめて困難である。
・西洋の哲學思想がさかんに行はれるやうになつた今日においても、使用される語彙は、多くは漢語二字ずつを適当に構成して、西洋の伝統的概念にあてはめたものである。(略)純粹の和語はついに哲學的概念を表示するものとはなりえなかつた。
・そうじて論理的自覺なるものは、特殊者と普遍者との自覺にはじまるのであるが、日本人は一般にこの關係を十分に意識してゐなかつた。ひとつの概念を個別的な事例から切り離して理解するといふことに拙劣であつた。(なお、‘證明’とは普遍命題から特殊命題の導出にほかならない)。
・日本の因明(佛教の論理學)は、數學や自然科學とはまつたく無關係であつた。和算にさへも影響の跡を見せてゐない。日本人のあひだでは、單に論理的思索が不徹底であつたばかりではなく、精密論理の意義が正しく理解されてゐなかつた。
・日本人が論理學に適しないといふことはほとんど宿命的なやうである。
 この他にも、中村元の批判は、道元、徂徠、篤胤などにも及び、さらに『シナ人の思惟方法』では、「シナ民族の非論理的傾向は、シナ的佛教である禪宗の場合には、とくに顯著である」といふ言説もみられます。日本文化が、古來シナ文化に大きな影響を受けてきたことを思へば、「日本人が論理學に適しないのは宿命である」といふ中村元の指摘には、もはや言葉もありません。私たちは「日本語の哲學」を考へる前に、「日本文化の宿命」に思ひを致すべきかもしれません。
 そもそも「哲學」といふものがどういふものであるかは、いまは措くとして、しかし私が接してきた哲學書には「漢語二字ずつを適當に構成」してつくつた「悟性、思惟、觀念、表象」といつた言葉(粗製亂造された言葉といつてもよいが)が多く登場し、それはそれで無意味ではありませんが、その定義の曖昧さと不正確さとには閉口したものです。
前回、「理」という言葉に少し触れましたが、「理とはすなわちratio」という文化傳統を缺いてゐる私たちは、「理性、理知、合理、哲理」といつた言葉に含まれた「理」に一體どんな意味をみるのでせうか。「知(理)に働けば角が立つ」程度のナイーブな情緒的認識からは、「絶對的な眞を求めるための徹底的な論證文化」は生まれようがありません。「1+1=2」は「眞」であり、それ以外のなにものでもないのです。
 「日本語」と「哲學を含む西洋文化」との關係については、これまで多くの識者たちが發言してゐますが、西田幾多郎の畏友であつたあの鈴木大拙(1870〜1966)も『日本的靈性』の緒言で次のやうに述べてゐます。すなはち「日本では元來の大和言葉のうへに漢文字があり、そのうへに歐米からはいつて來た言葉に、多くの場合、漢文的譯字を付したので、今日の日本語なるものは複雜怪奇を極めてゐると言つてよい。(略)明治の初頭から、歐米の文化が狂亂怒濤のやうに押しかけて來たので、何でもかんでも文字を組み合はせて、それらを自分の頭にしまひ込に、維(こ)れ日も足らずといふ次第であつた。これは今日まで盛んに行はれてゐる實況である」。論旨は中村元の批判とほぼ同じで、いまの日本を生きてゐる私には耳の痛くなる指摘です。しかし、實は私はそんなに悲觀してはゐません。           

日本語と哲學[W](28)
 ここまで數回に亘つて、「日本語と哲學」の問題を考へてきましたが、要するに私の長年の不滿は「日本語で書かれた哲學書の言葉が難解で意味不明確」といふ點でした。しかしそれも西洋由來の哲學的概念を漢語(これもまた外國語)の適當な組合せによつて受容せざるを得なかつたことを考へると致し方のないことかもしれなくて、むしろ日本人のその涙ぐましい努力と知恵とを壽ぐべきかもしれません。これまでの生硬な哲學用語も、時間とともに私たちの言語空間の中で變容し、成熟し、そして定着していくのではないかとも思はれます。
たとへば、こんにちごく當たり前に使つてゐる「自然」といふ言葉もさうで、かつてはこの言葉は科學的認識の對象ではありませんでした。日本思想史家の源了圓は「日本人の自然觀」といふ論文で、次のやうに述べてゐます。―「われわれの直面する第一の問題は『自然』といふ言葉が二重の意味で飜譯語であるといふことである。中國の『自然』に當たることばは古代のやまとことばには存しなかつたし、西歐のnaturaやnatureといふことばに、16〜17世紀(天主教)、ならびに18〜19世紀(蘭學ないし洋學)に觸れた時もそれに相當することばをもたなかつた。(略)第二は、「自然」といふ概念が複雜で多岐にわたるのに、過去の日本人は、自然といふことを古代ギリシャ以來の西歐人たちや、中國人の思想家たちがなしたやうに、古代から自覺的に哲學的問題として思惟の對象とすることがなかつたことである」。
 源了圓の指摘は尤もですが、明治以後の150年で日本人の「自然」に對する對し方の決定的變化は、「自然科學」といふ言葉があるやうに、それが「學問的認識の對象」になつたことで、しかもその根源的原動力が「數學」だといふことです。いふまでもなく、體系化され組織化された數學による認識方法は、古代希臘以来の西歐の傳統で、殘念ながら我が日本文化の傳統ではありませんでした。ガリレオ・ガリレイは「宇宙は數學言語で書かれた書物である」と述べましたが、和辻哲郎が『風土』で指摘したやうに、「ヨーロッパ人は夙に、自然の中に合理(=數理)を見てゐた」のです。和辻は書いてゐます。

  わが國においては人工的と合理的とが結びつきヨーロッパにおいて
は自然的と合理的とが結びつくといふことも言ひ得られる。

 この指摘はさすがで、「自然の中に合理(=數理=ratio)が在る」といふ「信仰」こそ、「自然科學、あるいはmathesis univeralis(普遍學)」を生む濫觴だつたと言へます。日本人の場合、汎神論的な自然崇拝といふ形をとつた「信仰」はありますが、その信仰の意味は全く異なつてゐて、むしろ私たちは「自然=非合理(非數理的)、人工=合理」といふ認識をいまだに共有してゐます。ちなみに、スピノザの汎神論哲學と私たち東洋人の多神教的汎神論の類似性がときどき指摘されたりしますが、私は全く別物だと考へてゐます。あのスピノザの『エチカ』のユークリッド幾何的論證の眞髄は、「1+1⇒(ならば)2」といふ、その「ならば(⇒)」の絶體的正しさに對する極めて平明素直な信仰に基づいてゐて、さうであればこそ、スピノザはニーチェに先立つて「善悪の彼岸」を透徹した眼差しで見ることができたのではないのでせうか。
 ともあれ、日本語の哲學用語は難解でいささか虚假威し的側面がないわけではありませんが、日本人の美感と智慧とは、50年後、100年後には西洋傳來の哲學を見事に自家薬籠中の物にするのでは、と私は樂天的に信じてゐます。田中美知太郎氏の著作を讀み始めたのは30代の初めでしたが、氏の文章に心酔し、これこそが「日本語の哲學だ」と思つた記憶があります。氏が1985年に死去されたとき「當代随一の文章家」といふオマージュを捧げたのは山本夏彦氏であつたと記憶してゐますが、私たちはすでに立派な哲學の文章を有してゐて、「日本語は生きのびるか」と心配する必要などないのです。    (河田直樹・かはたなほき)
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2018年06月04日

數學における言語(26) 日本語と哲学[U] 河田直樹

林秀彦氏は、平成11年に出版された『憎國心のすすめ』(成甲書房)といふ本で「かつて和辻哲郎も『日本語をもつて思索する哲学者よ、生まれいでよ』と、ほぼ絶叫に近い文體で書いた」と記されてゐますが、翌年出た長谷川三千子氏の『日本語の哲学へ』(ちくま新書)も、同じ言葉の引用から始まつてゐます。奇しくも、ほとんど同じ時期に全く接點のない二人の人物が同じやうなことを考へてゐたといふことですが、本連載のタイトルにもなつてゐる「日本語と數學」は少年時代から私の大きな關心事であり、哲學(philologia)と數學(mathematica)とは緊密に 境界線を接してゐると考へてゐる私にとつては、それは「日本語と哲學」の問題でもありました。
 長谷川氏の本は、多くの文獻からの博引傍證によつて詳細を極めたもので、特に後半の「ものとことの意味」の考察はまことに刺激的で、蒙を啓かれる思ひがします。しかし、私のやうな‘數學屋’にとつては、「日本語の哲学を目指す」こと自體が、そもそもよく理解できないことであり、なにか白々しく思はれ、和辻氏や林氏、それに長谷川氏のやうにそこまで力まずともよいのでは、とも考へてしまひます。といふのも、現代の日本の數學はやはり「古代希臘に始まつた西洋數學の受容によつて誕生してゐる」からで、これは否定しようもない嚴然たる事實です。
私にとつての「日本語と哲學の問題」は、もつと單純で素朴なものです。それは、日本語で書かれた(あるいは飜譯された)哲學書の言葉がときに意味不明で難しい、といふことです。勿論、私自身の語彙力の不足が一番の問題であり、哲學自體が元來、難解なのかもしれません。
しかしたとへば戰前の若者によつてよく讀まれたといふ西田幾多郎の『善の研究』を、高校1年の秋に讀み始めた私は、まづその冒頭部分の「經驗するといふのは事實其儘に知るの意である」といふところで躓いてしまいました。なぜなら、「知る」といふ言葉と「純粹經驗」とがそもそも矛盾するものに感じられ、西田がいつたいどういふ意味で「知る」を用ゐてゐるのか分らなかつたからです。また彼は第2章の終りの部分で「經驗は時間、空間、個人を知るが故に時間、空間、個人以上である」とも書いてゐますが、この場合の「知る」とはいつたいどういふ意味なのでせうか。また、私たちはしばしば「さうした方が合理的だ」とか「それは餘りに觀念的過ぎる」といつた言ひ方をしますが、實は私にはその「合理的」や「觀念的」といふ言葉の使ひ方もよく理解できません。「合理」はそもそもなにかと比較される概念なのでせうか。數學では「理」は「ratio(=比)」であり、「有理數(rational number)」といへば「整數比で表はされる數」、「無理數(irratinal number)」といへば「有理數でない數」と明快に定義されてゐて、「その數の方が有理的だ」といつた言ひ方はしません。また、「觀念」が「過ぎる」とは一體どういふことなのでせうか。私はどんなに觀念的であつても「觀念的過ぎる」ことはあり得ないし、それが惡いことだとも思つてゐません。私たちは「合理主義」と「便宜主義」とを、また「觀念的」と「空想的」とを混同してゐるのかもしれません。『日本人の思惟方法』(春秋社)の著者中村元は「第4章 非合理主義的傾向」の第1節を以下のやうに締め括つてゐます。「よく『日本人は紙上計畫のみで抽象論を述べるので困る』といふやうな批評が、日本人自身のなかからあらはれてゐる。しかしこのやうな批評は、じつは抽象性と空想性(非現實性)とを混同してゐるのであつて、このやうな批評の行はれること自體が、日本人のあいだに抽象的思惟といふものについて反省のないことを示してゐるのである」。
 まことに溜飲の下がる思ひのする的確な批判ですが、私たちはソクラテスがパイドロスに語つたやうに「ものの本性についての、空論にちかいまでの詳細な論議と、現實遊離と言はれるくらゐの廣遠な思索」とを懼れてはならないのではないのでせうか。「觀念的である」ことと「現實的である」こととは實は決して矛盾するものではないのです。
                   (河田直樹・かはたなほき)
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2018年05月04日

數學における言語(25) 日本語と哲學[T] 河田直樹

 前回述べたように、これからしばらく「中世から近世にいたる無限思想の旅」に出てみたいと思ひますが、その前に「日本語と哲學」の問題を少し考へておきます。といふのも、「無限思想」を考へるにも、それはやはり「言葉」に依るほかはなく、實はその言葉のほとんどが我が國の歴史や傳統の育んできた和語あるいは漢語とは懸け離れたものだからです。かなしいことにこんにち私たちが使つてゐる數學・哲學用語は、高々150年程度の歴史しかもたないのです。
そもそも日本には明治になるまで「哲學」といふ言葉そのものがなく、よく知られてゐるようにこれは鷗外の遠縁にあたる西周(1829〜1897)が『百一新論』のなかで‘philosophy’の譯語としてはじめて用ゐたものです。また、「現象」も ‘phenomenon’の西周による造語です。
中江兆民(1857〜1901)は『一年有半』に、次のやうな痛烈な批判の言葉を殘してゐます―「わが日本古より今に至るまで哲學なし。本居篤胤の徒は古陵を探り、古辭を修むる一種の考古家に過ぎず、天地性命の理に至ては瞢焉(ぼうえん)(=あいまいでよく分からないこと)たり。仁斎徂徠の徒、經説につき新意を出せしことあるも、要、經學者(=儒學者)たるのみ。(中略)近日は加藤某、井上某、自ら標榜して哲學家と爲し、世人もまたあるいはこれを許すといへども、その實は己れ學習せし所の泰西某々の論説をそのままに輸入し、崑崙に箇の棗(なつめ)を呑めるもの、哲學者と稱するに足らず」と。
 井上某とは、井上哲次郎(1855〜1944)のことですが、‘category’の翻譯語である「範疇」といふ厄介な言葉は彼によつてゐると言はれてゐます。「範疇」は「實在や思惟の根本的形式、概念のうちで最も一般的・基本的概念」などと、これまた譯の分からない説明を聞かされたりしますが、私が「範疇」といふ言葉をそれなりに了解したのは、アリストテレスの「カテゴリー論」を讀んでゐたときのことで、要するに「カテゴリー」はギリシア語で「非難、告発」を意味する法律用語であり、そこにはまた「述語付ける」といふ意味があります。これが分かれば、「モノゴトを述語付けするための基本的視點群」が「カテゴリー」だと、ごく常識的な日常感覺で理解できます。本來「哲學」は難解な言葉をこれ見よがしに使ふものではない、と私は考へてゐますが、その意味では「數學」と同じで、その言葉の由來と定義こそが大切です。
 確かに、哲學も數學も「難解でない」と斷言するのは憚られますが、それは言葉の意味、定義が明確でないからです。數學の場合、その言葉はある意味で徹頭徹尾人工的ですので、「分かる、分からない」といふこと自体が判明ですが、哲學の言葉はどこかで私たちが日常用ゐる自然言語と陸続きですので、それゆゑその言説が何となく「分かつた氣」になり、實はそれがかへつて哲學を難しくしてゐるとも言へます。
ランダウ・ジューコフ著『相對性理論入門』(鳥居一雄、廣重徹譯・東京圖書)といふ本を讀んで以來、「存在と時間」といふテーマに非常に興味を持ち一人で考へてゐた高校1年の春、まつたく同じタイトルの本(岩波文庫、桑木務譯のもの)を書店で見つけて狂喜し早速購入、讀み始めたのはいいのですが、それは「科學哲學」の本ではなく、その言葉遣ひは難解の極致、「現存在」といつた言葉が次々と登場し、なぜかうも理解し難い翻譯をするのかと訝かつたものです。尤も獨逸語のオリジナルも十分難しいやうで、難解な飜譯は致し方のないことかもしれません。
餘計な話ですが、未完の大作『存在と時間』に比べると、同じ人の手になる『ヘルダーリンの詩の解明』(手塚富雄他訳・理想社)の方ははるかに讀み易く、「Heimkunft(帰郷)」の「Aber reizender mir bist, geweihete Pfoete!/Heimzugehen,wo bekannt blühende Wege mir sind」を、三島由紀夫は『絹と明察』のなかで、「されどわが心にいやまさる樂しみは、聖なる門よ!汝(なれ)をくぐりて故里へ歸りゆくこと」と、實に美しく分かりやすい日本語に譯しています。なぜ「哲學」では、かうはいかないのでせうか。      (河田直樹・かはたなほき)
posted by 國語問題協議會 at 09:53| Comment(0) | 河田直樹