2017年08月20日

ブックセラピー(その15)「ひらがな(和語)」でとらへる佛教。 原山建郎

☆紀元前六世紀にインドで生れた佛教は、西域、中國、朝鮮半島を經由して、六世紀の日本に傳來した。佛教の經文はすべて漢文(漢民族の文字)で書かれてをり、その讀み方はいまでも呉音(ごおん)(佛教語に多く用ゐられる南方系の漢字音)で行はれてゐる。
☆上古代の日本には固有の文字はなく、四〜五世紀に傳來した漢字の音や意味を借りて萬葉假名が作られた。その後、漢字の草体(そうたい)である變體假名(江戸假名)をへて、明治三十三年に一音一字、現在の「ひらがな」が制定された。
☆平安時代中期から鎌倉時代にかけて、中國語で書かれた經文を、和語(日本の固有語)でわかりやすく説いた「和讃(わさん)(佛の功徳や佛法をたたへ、祖師(そし)・高僧の行跡(ぎょうせき)を述べた叙事歌謡)」が、さかんに作られるやうになつた。
☆萬葉假名の流れを汲む「ひらがな」は、上古代の口承(こうしょう)文化(文字によらない、身振り語を交へた話し言葉)の精髄を二十一世紀の現代に傳へる「からだ言葉(身體表現)」と考へることができる。

そこで、佛教のキーワード(漢字=頭腦知)を經文からとり出し、それに近接する「ひらがな」の意味(和語の成り立ち)を『字訓』(白川静著、平凡社、二〇〇七年)から、「ひらがな」の身體感覚(和語=身體知)を『野口体操 おもさに貞(き)く』(野口三千三著、柏樹社、一九七九年)から、抽(ひ)き出した。
さらに、@「と(解)く/と(融)ける・自力(じりき)作善(さぜん)/本願(ほんがん)他力(たりき)」、A「ゆる(赦)す/ゆる(弛)む:自然法(じねんほう)爾(に)」、B「たす(助)く/すく(掬)ふ:攝取不捨(せつしゅふしや)」、C「つつ(包)む/さら(晒)す:回心(えしん)懺悔(さんげ)」、D「うれ(歡)し/たの(樂)し:不體失(ふたいしつ)往生(おうじょう)」のテーマで、さまざまな角度から光をあてた。

講座資料には『歎異抄(たんにしょう)』『末燈鈔(まつとうしょう)』『淨土和讃(じょうどわさん)』のほかに、「死の受容五段階説」で知られる精神科醫、エリザベス・キューブラー=ロスの『ライフ・レッスン』(上野圭一訳、中公文庫、一九七一年)が登場する。
同書「許しのレッスン」で、もしあなたが變はるのなら(私を傷つけた行爲を心から謝罪するのなら)、私も變はらう(許してやつてもいい)と考へる人に、ロスはかう語りかける。
【許せないといふ氣もちは人を固着させる。(中略)人間關係を修復するよりは相手を責めたはうが樂になる。相手の過ちだけをみてゐるあいだは、自分自身の内面を見つめる必要がないからだ。相手を許したとき、はじめて人生に力がよみがへり、傷を乗りこえて花ひらくことができるやうになる。】
(同書三二二ページ)
人生はいつも不幸なことばかり、幸せな人生をお與へくださいと祈る人には、「その答へはあなた自身にある」といふ。
【たいがいの人は幸福といふものを、あるできごとにたいする反應としてかんがへてゐるが、じつさいの幸福とはこころの状態であり、周圍でおこることとはほとんど關係がない。(中略)自分を幸福にするために必要なものはすべてあたへられてゐる。わたしたちはただ、自分にあたへられてゐるものの使ひかたを知らないだけなのだ。(中略)
幸福になるかどうかは、周圍でおこつてゐることがきめるのではなく、あなたがきめることなのだ。】
(同書三三六〜三三八ページ)
佛教にかぎらず、あらゆる宗教の目標は、「すでに救はれてゐる(幸福な)自分」に気づくことにある。
(武藏野大學非常勤講師 『出版ニュース』コラム Book Therapy 2016年1月)

posted by 國語問題協議會 at 12:09| Comment(0) | 原山建郎

2017年07月26日

ブックセラピー(その12) 明治・大正のエートス、正字正假名遣。 原山建郎


先般、「正字正假名遣(せいじせいかなづかひ)を中心とする國語表記の復權と普及」をめざす國語問題協議會の講演會で、大東文化大學学文學部准教授・山口謠司さんの講義を聞く機会があった。
音韻學の専門家である山口さんは、近著『〈ひらがな〉の誕生』(中経の文庫、二〇一六年)で、日本語の發音の歴史的な變遷について書いてゐる。
【現代人の日本語と、明治時代の初めの頃の日本語はまつたく違ふし、ましてや平安時代の言葉、奈良時代の言葉とは、大きく異なる。
おほよそ、同じ言語内での發音の變化は、一〇〇年を一つの世代と考へることができる。言ひ換へれば、一〇〇年の人とは話すことができるが、それを越えてしまふと、お互ひ何を言つてゐるのか、同じ言葉を使つてゐてもわからなくなつてしまふのである。】
(同書一二九ページ)

この日の講演で、奈良時代初期の政治家、藤原不比等の名前を、現代日本語では〈ふじわらのふひと〉と讀むが、奈良時代の發音では〈プディパラノプピティョ〉と呼んでゐたといふ解説があつた。私は高校時代、國語の渡邊弘一郎先生から、現代假名遣ひで〈私は=ha〉を我々は〈私わ=wa〉と発音するが、昔の日本人は〈は=ha〉でもない〈わ=wa〉でもない、〈ぱ=pa、pha〉あるいは〈ふぁ=fa〉と發音したと學んでゐたので、歴史的假名遣では〈ふぢはらのふひと〉と綴る名前を、山口さんによる上代日本語の口演で聞けてうれしかつた。

「母語は道具ではない。精神そのものです」とは、母語としての日本語(和語)を大切にした作家、井上ひさしさんが『日本語教室』(新潮新書、二〇一一年)に書いた言葉である。
【生まれた時の脳は、だいたい三五〇グラムで、成人、二十歳ぐらいでは一四〇〇グラムぐらゐになります。ちやうど四倍ですね。(中略)腦がどんどん育つていくときに、お母さんや愛情をもつて世話をしてくれる人たちから聞いた言葉、それが母語です。】
(同書一八ページ)

母語とは、人生で最初に出逢ふ言葉、幼児の耳元に響くお母さんの言葉、それは〈漢字〉まじりではなく、純粋な〈ひらがな〉だけの會話である。そして、平成の母親たちが語りかける〈ひらがな〉は、「現代假名づかひ」の發音なのである。

國語問題といへば、戰後の現代假名づかひ、當用漢字を思ひ浮かべるが、明治初期に採用された歴史的假名遣についても、表音式の假名遣改定案をめぐる論争が起つた。芥川龍之介は、一九二五年三月発行の『改造』に「文部省の假名遣改定案について」を寄稿してゐる。
【假名遣改定案は――たとへば「ゐ」「ゑ」を廢するは繁を省ける所以なるべし。(中略)「ゐ」「ゑ」を廢して「い」「え」のみを存す、誰か簡なるを認めざらむや。然れども敷島のやまと言葉の亂れむとする危險を顧みざるは斷じて便宜と言ふべからず。】

文教大學の社会人講座では、芥川龍之介の切支丹小説『おぎん』の關聯資料として、新字新かなづかひで書かれた青空文庫をもとに、私が正字正假名遣に再修正したテキストを配布した。
【一度などは浦上の宗徒みげる弥(彌)兵衛(衞)の水車小屋に、姿を現したと伝(傳)え(へ)られてい(ゐ)る。と同時に悪(惡)魔もまた宗徒の精(堰j進を妨げるため、あるいは見慣れぬ黒(K)人となり、】

江戸假名の音韻を残す明治に生まれ、大正という時代を足早に驅け抜け、昭和二年に自死した芥川龍之介の魂、「明治・大正のエートス」を理解するよすがに、芥川の作品を正字正假名遣のテキストで読む。

(武蔵野大學非常勤講師 『出版ニュース』コラム Book Therapy no.55)
 
posted by 國語問題協議會 at 19:16| Comment(0) | 原山建郎

2017年05月25日

ブックセラピー(その10) 母と子のメディア、繪本のちから。 原山 建郎

たとへば、わが子の「晝食弁當」には、前の晩から獻立を考へ、早起きして作る母の心がいつぱい詰まつてゐる。わが子は弁當箱のご飯やおかずを介して、母の心づかひをいただく。
マーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージそのものだ」を、この晝食弁當になぞらえると、弁當箱(容れ物)が「メディア(媒体)」で、ご飯やおかず(コンテンツ)に込めた母の思ひが「メッセージ」となる。母と子は日々の晝食弁當を介して、「召し上がれ」「いただきます」と、母と子のメッセージをやりとりする。
たとへば、幼少期のわが子に讀み聞かせた「繪本」もまた、やさしい母の聲で語られる「ひらがなの弁當箱」として、いまもなお、母と子を結ぶ最強のメディアでありつづけてゐる。
山口雅子さん(學習院女子大學非常勤講師)は、學生の課題レポートを軸にまとめた『絵本の記憶、子どもの気持ち』(福音館書店、二〇一四)の中で、いま幼少期の子ども、十五年ほど前に子どもだつた女子學生たち、二つの「子どもの気持ち」の乖離と回歸にふれてゐる。

「子どもが樂しんで讀みたいと思ふ繪本を選んでくる」といふ授業の課題で、女子學生が持つてきたのは「おとな好みのムードのある繪本」や「教訓やしつけの繪本」だつた。
さらに、子どもたちが大好きな繪本を何冊か讀ませ、グループごとに討議させて「みんながどのやうに思つたか」を發表させると、【「繪がかはいくない」「話の先がよめてしまつて、つまらない」「繰り返しが多く、あきてしまふ」といつた感想が次々と出て】きたといふ。

河合隼雄さんは、『子どもの宇宙』(岩波新書、一九八七)の中で、かつて「子ども」であつた「大人」が忘れつつある「子どもの宇宙」にふれてゐる。
【この宇宙のなかに子どもたちがゐる。これは誰でも知つてゐる。しかし、ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを、誰もが知つてゐるだらうか。(中略)大人たちは、子どもの姿の小ささに惑はされて、ついその廣大な宇宙の存在を忘れてしまふ。(中略)
私はふと、大人になるといふことは、子どもたちのもつこのやうな素晴らしい宇宙の存在を、少しづつ忘れ去つてゆく過程なのかなとさへ思ふ。】
(「はじめに」一ページ)

そこで、山口さんは、かつて存在したはずの「子どもの宇宙」を引き出さうと、「幼いころに好きだつた絵本、あるいは思ひ出に残つてゐる絵本について」といふ課題を出した。
最初、「思ひ出の繪本なんてない!」「小さいときのことなんて、全然覺えてません」と戸惑ひを見せた學生たちだつたが、一カ月後に提出されたレポートでは、全員が思ひ出した。
『繪本の記憶、子どもの氣持ち』に収められたレポートを紹介しよう。
【*私は、この繪本(『しづかなおはなし』)を讀むときの、母の讀み方が大好きでした。聲をひそめて、小さな小さな聲で讀むものですから、兄と私がギャアギャア騒いでゐたのでは、聞こえません。兄と一緒に息を殺して、静かに静かに≠オて聞いてゐました。
*夜寝るときに、ふとんの中で、母はこの繪本(『わたしのワンピース』)を讀んでもらつた。「ミシン カタカタ ミシン カタカタ」と、母が歌ふやうに讀んでくれたのが印象に殘つてゐる。その讀み方が好きで、今でもよく覺えてゐる。「ミシン カタカタ……」が耳に心地よかつた。】
(「聲と讀み方が好きだつた」三四ページ)

學生たちの「子どもの宇宙」は、「ひらがなの弁當箱」といふ最強メディア、絵本のページでよみがへる。
(武藏野大學非常勤講師 『出版ニュース』コラム Book Therapy no.32)


posted by 國語問題協議會 at 23:26| Comment(0) | 原山建郎