2017年03月25日

むだと隙間と遊び、奚仲造車の公案。 原山建郎


『松岡正剛の千夜千冊』で見つけたセイゴオ語録がある。
【文化といふものは「むだ」と「隙間」でできてゐます。経済といふものは「むだ」と「隙間」を殺さうとしてゐます。それを埋めてゐるのが本といふもの……】
(『千夜千冊』一四八六夜)
昨今、アベノミクス、株價の亂高下など、主役は經濟問題だが、「部分最適(コスト削減)ばかり求めてゐると、全體最適(ワークフロー)が破綻する」といふ警句も何のその、なるほど「むだ」と「隙間」をきらふ効率第一主義が闊歩してゐる。

まてよ、醫療現場でも同じことが起きてゐる。そこで、文化を「からだ」に、經濟(効率主義)を「標準的西洋醫學(現代醫學)」に、本を「東洋物療(東洋醫學的物理療法)」に讀み替へた醫療バージョンの「セイゴオ語録」を作つて、鍼灸専門學校の授業で配布した。
『からだといふものは「むだ」と「隙間」でできてゐます。標準的西洋医学といふものは「むだ」と「隙間」を殺さうとしてゐます。
それを埋めてゐるのが東洋物療といふもの……』
ちやうど、一年生は解剖學のテスト直前で、身體体各部の骨の名称やその機能を勉強中。最初の『からだというものは「むだ」と「隙間」でできて……』あたりで、おやつという顔をする。
さらに、からだには「むだ」と「隙間」だけでなく、「遊び(ゆとり)」も「ため(溜め)」も「間(間合ひ)」もある、からだの理想形は「しなやかな臨機應變」と話すと、やつとそのニュアンスが通じたやうだ。

女優のアンジェリーナ・ジョリーが、遺伝子診斷で乳がん發症率が八七パーセントの確率と判明し、豫防的乳房切除を選擇した。それでも五パーセントの發症率は殘る。とことん「むだ」を排し、「隙間」を埋める、いかにも現代醫學的な發想だ。
 
『無門關』第八則に「奚仲造車」がある。書き下し文では、【月庵和尚僧ニ問フ、奚仲車ヲ造ルコト一百輻、兩頭ヲ拈却シ、軸ヲ去却シテ、甚麼邊ノ事ヲカ明ラム】となる。これをざつと譯せば、月庵和尚が修行僧に公案を出した。奚仲といふ男が車(一輪荷車)をたくさん造つた。そして完成した車輪の止め具を捻じ切り、車軸を抜き取つて、何かを探してゐる。奚仲はいつたい何をさがしてゐるのか、さあ答へよと、月庵和尚はいふ。
奚仲はいつたん完成させた車を、バラバラの部品に分解して、「車はどこにあるか」とさがしてゐる。止め具の中にも、車輪の中にも、車は見當たらない。さて、本当の車はどこにあるのか、といふ公案(質問)である。
いくつか答へを考へてみる。おそらく、まず車を造らうと考へた奚仲の發意に、さらに心に描かれた一輪車のイメージ(設計圖)に、實は本當(理念)の「車」が存在する、と解釋釈することもできるだらう。

連なつて動くからだを観察しようと、教室中央に運んだ診察臺に學生を一人あほ向けにして、「足指もみ」を行なつた。
足の指を、親指から一本ずつ順番に押し回しもみする。お腹がゆれる、顔の皮膚がゆれる、兩肩もゆれる、兩側に垂れた手先もゆれる。足指からの小さなゆれが、からだ全体に小波のやうに傳はつていく。
「あつ、肩が樂になつた、あごもゆるんだ。からだ全体がぽかぽかしてきた。氣持ちがいい」
足指をもまれてゐる学生の表情がどんどん變はつていく。もんでゐる私の親指にも、氣持ちのよさがやさしく傳はる。

東洋物療のアドバンテージは、患者を診る手、治す手、手當てを施す、生きた手にある。
一本の足指をもむだけで、全身にゆるみが傳はり、眠りから覺めた六十兆の細胞たちの會話が始まる。
(武藏野大學非常勤講師『出版ニュース』コラム Book Therapy no.18)
posted by 國語問題協議會 at 18:59| Comment(0) | 原山建郎

2017年02月24日

へぇー、なるほど、さうか!うん。 原山建郎


何でもインターネット情報に答へを求める、いまどきの学生たちに、私が考案した「好奇心完結の法則」を勸めてゐる。
この法則には「へぇー(好奇心のきっかけ)、なるほど(概要の理解)、さうか(さらに調査、新發見)、うん(納得)」といふ4つのフェーズがある。
ふつうの好奇心の場合は、せいぜいが「へぇー、なるほど……」止まり、第一次情報をそのまま受け入れて終はりとなる。
しかし、本物の好奇心の場合には、さらなる調査を進めて、「さうか!」といふ新発見を手に入れる。最後は、好奇心の完結を表す納得の「うん」だが、その「うん」が次の「へぇー」につながるといふ仕組みだ。

たとへば、「鏡・かがみ」の語源」をインターネットで検索すると、次の情報が出てゐる。
漢字の「鏡」には、【「鏡」は<金+竟>。<竟>は「さかひ目」で、「明暗の境目を映し出す銅製(金色)のかがみ」】という説が、和語「かがみ」の語源には、【1、姿・形を映して、モノや面影を見る意味の影見(かげみ)。2、光の赫(かが)やきを見る意味の赫見(かがみ)】などが擧げられてゐる。

ここは、「なるほど」などと安易に妥協せず、念のため、「紙の本」に當たってみよう。
まづ、漢字の「鏡」を漢和辞典『字統』(白川靜著、平凡社、一九九四年)で引いてみる。
「鏡」は【形聲符(※音を表す文字)は竟(きやう)。古くは水鑑を用ゐたので、鑑にもその意がある。(中略)鏡の精妙なるものには破邪の力があるとされ】とある。さらに、「竟」は【會意。音と人に從ふ。(中略)すべてのことの終結、終了することを竟といひ】と、「鑑」は【形聲。聲符は監(かん)。監は盤に水を盛り、顔容を寫す形の字で、鑑の初文】と説明されてゐる。
(武藏野大學非常勤講師『出版ニュース』コラム Book Therapy no.21)

posted by 國語問題協議會 at 11:46| Comment(0) | 原山建郎

2017年01月23日

「米百俵」から「八重の櫻」、「原發供養」まで。 原山建郎


先月末、宇都宮市での講演で「歴史に學ぶ日本人の生き方」といふテーマで話をした。
副題を「米百俵≠ゥら八重の櫻≠ワで」として、幕末から明治初期にかけての戊辰戰爭、なかでも苛烈な戰ひで知られる北越戰爭(長岡藩)、會津戰爭(會津藩)を紹介した。講演の後半では、二年前の福島第一原發事故での政府・東電による犯罪的情報操作と、十分な檢證なしに虚僞情報を流した新聞・テレビなど大マスコミの報道に、若干の私見を披瀝した。

この演題に決まつたのは、招聘元の「米百俵≠ノまつはる歴史の話が聞きたい」というリクエストがきつかけだつた。
おそらく、栃木市出身の作家・山本有三が昭和十八(一九四三)年『主婦之友』新年号、二月号に連載し、のちに新潮文庫に収められた戲曲『米百俵』があるので、郷土つながりといふ面、それがひとつだらう。
また、平成十三(二〇〇一)年、小泉純一郎首相(當時)の「今の痛みに耐へて明日を良くしようといふ米百俵≠フ精神こそ」といふ發言を取り上げた拙著『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社、二〇〇一年)があるのだが、その「米百俵」ブームを覚えてゐたらしい。

北越戊辰戰爭では、新政府軍と舊幕府軍の間で長岡城陷落・奪回・再陷落を繰り返すはげしい戰ひがあり、生き殘つた長岡藩士たちは會津藩領内に敗走する。そこから先、ことしのNHK大河ドラマ『八重の桜』では、會津・鶴ヶ城での一カ月あまりの籠城抗戰(東北戊辰戰爭)に、綾瀬はるか演じる山本八重が斷髮して男装し、小銃片手に參戰することになる。

戰いの終息(新政府への歸順)後、長岡藩はお取りつぶしは免れたが七萬四千石から二萬万四千石に減知され、支藩から届いた救援米を藩の大參事・小林虎三郎が學校建設資金とした『米百俵』の故事を生む。
會津藩も二十八萬石から三萬石に減知され、下北半島の斗(と)南(なみ)に流刑同然の國替へとなる。
鳥羽・伏見の戰ひから始まつた戊辰戰爭は、この二つの戰ひいだけでなく、彰義隊が東叡山に立て籠もつた上野戰爭、舊幕臣らによる市川・船橋戰爭、新撰組の土方歳三らによる宇都宮城の戰ひ、そして翌年、箱館・五稜郭の開城で幕を閉ぢる。


「錦の御旗」を押し立てる新政府軍、逆らへば「朝敵」となる舊幕府軍といふ、戊辰戰爭の政略的二極構造は、二〇一一年に起つた福島第一原發事故においても、虚僞を眞實と言ひ張る政府・東電の「官製タッグ」に逆らはず、政府發表を垂れ流した全國紙・テレビ陣營、ゲリラ的取材で「大本營發表」に疑問を投げかけた一部の週刊誌・月刊誌陣営、この報道姿勢の質的な違ひにも重なる。
講演では『呪いの時代』(内田樹著、新潮社、二〇一一年)の「原発供養」を取り上げた。
四十年間、耐用年数を十年過ぎてまで酷使され、あげくに地震と津波で機能不全に陷つた原發に對して、日本中がまるで「原子怪獸」のやうに嫌惡するのではなく、誰かが「四十年間働いてくれて、ありがたう」と言はなければ、原發だつて浮かばれない、といふのである。
いま日本人がなすべきは「原發供養」であるといふ内田さんの提言は、かつて長岡で、會津で、郷土の誇りを守るために戊辰戰爭で花の命を散らした戰没者の「供養」にも通じる。

その後の懇親会では、「米百俵」(長岡・栃倉酒造)、「ならぬことはならぬものです」(會
津喜多方・ほまれ酒造)、「四季櫻 花(か)寶(ほう)」(宇都宮酒造)、小林虎三郎の師・佐久間象山(しょうざん)ゆかりの「松代城」(松代・宮坂酒造)、で、戊辰戰爭の戰没者、東日本大震災の死者・行方不明者、そして福島第一原發に向かつて、獻杯をした。
(武藏野大學非常勤講師 『出版ニュース』誌のコラム Book Therapy no.15)
posted by 國語問題協議會 at 18:54| Comment(0) | 原山建郎