2020年01月27日

日本語ウォッチング(28)  織田多宇人

花がよんぶ咲き
「花が四分咲き」とか「七分咲き」等と言ふ場合、ラジオ・テレビで「よんぶ」「ななぶ」と發音してゐる場合が多い。しかしこれは「しぶ」、「しちぶ」と言ふことに決まつてゐる。例へば「四十七士」「四萬六千日」をまさか「よんじゅうななし」「よんまんろくせんにち」とは言はないだらう。金錢や數字の聞き誤りを避ける場合は無理も無いが、いはば成語となつてゐるものは、ラジオ・テレビも正しい發音に從つてもらひたい。年齡等でも「よん」「なな」を使ふのは耳障りである。「四歳」は「しさい」と言ひにくいので、昔から「よっつ」と言ひ、「十四歳」は單に「十四」と言つた。「男女七歳にして」は成語なので「しちさい」である。「七歳」が發音しにくければ、「ななつ」と言ふ言ひ方が用意されてゐた。戰後、年齡に一々「歳」をつけて言ふやうになつて「四歳」、「七歳」のやうに發音がぎこちなくない言葉が生れて來た。柔道等の「段」も「七段」は「しちだん」だ。但し「四段」は「しだん」とは發音しにくいので、「よだん」と發音してゐるのが一般的のやうだ。
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2020年01月07日

日本語ウォッチング(27)  織田多宇人

とんでもございません
最近かう言ふ言ひ方をちよくちよく耳にする。「とんでもない」の語原は「途(と)でもない」で「途」は「道筋」「道のり」「方法」「手段」を意味し、「途」+否定を表す「ない」で成り立ち、「思つても見ない」「道理から外れた」といふ意味を表す「途でもない」といふ言葉が誕生し、そこから「とんでもない」と變化したのであらう。「とんでもない」は形容詞であり、一つの單語として使用するのが正しく、「とんでもない」で一つの言葉になるため、「ない」の一部分を變化させて「ない」の叮嚀語「ございません」を持つて來ることは出來ない。 從つて文法的には「とんでもございません」は誤用と言ふことになる。 「とんでもない」は、他の形容詞「だらしない」もつたいない」などと同樣で「ない」迄で一つの言葉である。 「だらしございません」や「もつたいございません」と言はないやうに、「とんでもございません」も誤りとなる。正しく言ふには「とんでもないことでございます」である。
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2019年12月08日

日本語ウォッチング(26)  織田多宇人

盜癖が覺める
また『小説宝石』の昔の號だが、「いつたん眠つてゐた盜癖がふたたび覺めたのだ」と言ふ一文があつたが、引つかかる。盜癖がまた始つたと、意味は通ずるが、「覺める」には、正氣に戻るとか、迷が解けると言ふ意味があるので、「覺めたのだ」と言はれると、惡い状態から良い状態になつたやうに、つまり、盜癖が無くなつたやうに思つてしまふ。上に「眠つてゐた」とあるため「覺めた」で受けたくなるところかもしれないが、「盜癖が覺めた」を「盜癖が始つた」の意に用ゐることには無理がある。

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