2018年07月14日

日本語ウォッチング(4)  会議を持つ 織田多宇人

「會議を持つ」という言ひ方は英語の直譯から來た表現であらう。國語では、會議は「開く」ものである。言葉と言ふものは時代によつて動いて行くものだし、古くは漢文の訓讀によつて特殊な言ひ囘しなども固定した例があるから英語の翻譯によつて變つた表現が作られ、それが新鮮に感じられたりして次第に用ゐられるやうになるのだ、と言へばそれまでのことである。
しかし、素晴らしい翻譯文に會ふと嬉しくなる。米原万里氏の『不実な美女か貞淑な醜女か』にこんな文章があつた。「來年度の日本のGNP成長率は四%前後になります」と言ふ發言に對して、「Oh, it’s too optimistic!」と言ふ反應があつた場合、田中さんは決してこれを「それは、餘りに樂觀的過ぎます」なんてこなれない日本語に置き換へたりせずに、「讀みが甘過ぎませんか」と譯してくれるのだから、舌を卷く。
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2018年06月11日

日本語ウォッチング(3)  織田多宇人

処方せん
常用漢字にないために平假名で書くため、をかしな表示が少くない。「処方せん」もその類だらう。「処方箋」と書くべきだが、2010年の改訂で「箋」の字は既に「常用漢字」になつてゐるが、藥局の看板は未だに「処方せん」のまゝになつてゐるのが大半だ。笑ひ事ではないが、これでは「処方しません」と言ふ意味になつてしまふ。因みに「処」の正漢字は「處」。
2001年に「肢」は「常用漢字」になつたが、「上し」、「下し」と書かれてゐたこと長かつた。これでは全く意味が分からない。「上肢・下肢」でなくてはならない。
「拏捕」も、「拏」が未だ「常用漢字」にはなつてゐないのだらう、「だ捕」と書かれてゐる場合が多い。本會のFB倶樂部で「被ばく事故から一年・日本原子力研究開發機構」のテロップに腹が立つとかいてゐる人がゐました。
昔のやうに極力漢字にして、ルビを振つた方が良い。昔の子供達はルビを振つた新聞や本を讀んで、自然に漢字を憶えて行つた。良い事は今からでも實施して欲しいものだ。
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2018年05月13日

日本語ウォッチング(2) 降り乘りお早く願います 織田多宇人


駅のアナウンスは何氣なく聽いてゐるが、よく考へるとをかしいことが時々ある。「乘り降り」と言ふべきところを「降り乘り」と言つてゐる時がある。どうやら、降りる人が先で乘る人が後だからと言ふことらしいが、これは屁理窟だらう。一人の人間に注目すれば、乘るのが先で降りるのは後になる理屈だが、「乘り降り」と言ふ言葉は二つの動作として扱つてゐるのではなく、慣用句である。「讀み書き」、「飮み食ひ」を「書き讀み」、「食ひ飮み」とは言はないだらう。
posted by 國語問題協議會 at 10:19| Comment(0) | 織田多宇人