2018年11月10日

日本語ウォッチング(7) 一姫二太郎 織田多宇人 一姫二太郎

「一姫二太郎」は、「子供を持つなら、最初が女の子で二番目が男の子と言ふ順番だと育て易いと」言ふ意味だが、最近の若い人は、「子供を持つなら、女の子一人と男の子二人が良い(子供の合計は三人)」と思つてゐる人が多い。太郎(長男)は一人しかいないのだが。
若い世代の言語感覺の違ひは「住めば都」と言ふ言葉にも現はれてゐる。もともと「どんな所でも住み慣れてしまへば、そこが最も住みよい土地になる」と言ふ意味だが、若い世代の過半數が、「住むのなら都會が良い」と思つてゐる。「住めば都」を文語文と捉へると「住む」の已然形で、「住んでみたところ」と言ふ意味になるが、口語文と捉へると「住む」の未然形で「もし住むらば」と言ふ意味になつてしまふので、誤解するのもうなづける。
「噴飯もの」の意味は@腹立たしくて仕方がない、Aおかしくてたまらない、のどちらか?と言ふ文化廳の調査で、@と誤答した人が49.0%、Aと正答出來た人が19.7%、「分からない」と答へた人が27.4%だつた。これなども若い人の影響が大きいのだらう。「噴飯」の「噴」は「噴火」や「噴射」と言ふ言葉があるやうに、「パーッと出す」と言ふ意味だが、@と答へた人は、「憤慨する」の「憤」だと勘違ひしたのだらうか。

posted by 國語問題協議會 at 10:58| Comment(0) | 織田多宇人

2018年10月13日

日本語ウォッチング(6) 火事が起きた 織田多宇人

近頃は何でも「起きる」ことになつたやうだ。「火事が起きた」、「事件が起きる」と言つた調子。火事や事件がひとりで「起きる」わけではあるまいに、どうも耳障りである。「起きる」は目を覺ますこと、また横になつてゐる状態から立ち上がることが、もともとの意味で、主語は一般的に「人間か動物」。「起こる」は、病氣や災害などある状態・状況が發生するときに用ゐられて來て、主語は「出來事」。從つて「子供が早く起こる」等とは言へない。しかし、近頃はもともとは「起こる」と言うべき時に「起きる」を使う場合が大變多くなつて來てゐる。、
ただし、いまでも「起こる」しか使えない場合もある。たとえば、「サッカーブームが巻き起こる」や「拍手がわき起こる」などは、「巻き起きる」「わき起きる」とは言えない。また「国が(産業が)おきる」とは言はない。この場合は必ず「おこる(興る)」である。
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2018年09月22日

日本語ウォッチング(5)  歸つてしまふとも限らない 織田多宇人

週刊誌の小説か何かで「元來、變つてゐる彼女のことだから本當に歸つてしまふとも限らない」とあつたが、妙な表現である。これでは、歸つてしまふのではないかと言ひたいのか、歸つてしまはないだらうと言ひたいのか、はつきりしない。文脈から判斷すれば、歸つてしまふかもしれないと言ふ事らしいのだが、それなら、「歸つてしまはないとも限らない」と言ふべきではないか。さうでないと、逆の意味に受取られる惧がある。また、歸らないのかも知れないと言ひたいなら、「歸つてしまふとは限らない」と言ふべきであらう。何れにしても、元の儘ではどうしやうもない。
日本語ではこのやうな二重否定の言葉がしばしば使はれるので紛はしい。お座敷小唄の「富士の高嶺に 降る雪も 京都先斗町に 降る雪も 雪に變りは ないじやなし とけて流れりや 皆同じ」の歌詞で、「雪に變りは ないじやなし」と言ふのは、「あるじやなし」が正しいと思ふ。「なし」は否定ではなく、強調を意味する間投助詞だからその儘で良いのだと言ふ人もゐるがやはり、「あるじやなし」とすべきだらう。皆樣はどう思はれますか。
posted by 國語問題協議會 at 10:38| Comment(0) | 織田多宇人