2019年08月12日

日本語ウォッチング(22)  織田多宇人

たつぷりの水
NHKの『きょうの料理』の以前の版で「たつぷりの水の中に一晩つけてアク拔すると...」とあつたさうだが、なんとなくしつくり來ない。たつぷりは副詞であり、副詞に「の」をつけることは古典の例外的な使用例を除いては日本語にはない。もしこれを認めてしまふと、「ゆっくりの電車に乘つて」とか「どんよりの空に浮ぶ」のやうな言ひ方も出來てしまふ。何故、「たつぷり入れた水の中に」、「ゆっくり走る電車に」、「どんより曇つた空に」としてはいけないのか。
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2019年06月28日

日本語ウォッチング(21)  織田多宇人

卒園式
「卒園式」といふ言ひ方が至極當り前に使はれてゐるが、良く考へるとをかしい。幼稚園にせよ大學にせよ「業を卒へる」のが卒業であるので、幼稚園の場合でも「卒業式」で良い。幼稚園を出るのが「卒園」なら、小中學校・高等學校は「卒校」となり、大學なら「卒學」、大學院なら「卒院」となつてしまふ。誰が言出したか分らないがいい加減な新造後は勘辨して貰ひたい。以前、JR東日本が、特定區間の電車に「E電」と言ふ名前を附けたが、人氣が無く結局使はれなくなつてしまつた。しかし「卒園式」は日本語的に少々をかしくても人口に膾炙してしまったやうだ。
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日本語ウォッチング(20)  織田多宇人

情けは人の爲ならず
「情けは人の爲ならず」は「情けは人の爲だけではなくいづれ巡り巡つて自分に恩惠が返つてくるのだから、誰にでも親切にせよ」と言ふのが本來の意味だが、「情けをかけることは、結局その人の爲にならない(ので、すべきではない)」と言ふ意味で使う人の方が多くなったと、文化庁の調査で公表されてゐる。

諺(ことわざ)の解釋についてはこのやうなケースが結構ある。「地獄の沙汰も金次第」と言ふのがある。一般には、「地獄の裁判も金の力で有利になる。この世はすべて金の力で左右される」と解釋されてゐるが、元々はさうではなかつたやうだ。亡くなつた長者の葬式の時に、長者が地獄に墜ちていく光景が見えた和尚が、「長者さんの全財産を村人に分けなさい。そうしないと長者さんの霊は地獄界に墜ちますよ」と知らせた。長者の遺族は、地獄に墜ちるのでは大変だと、直ぐに財産を村人達に分け與へた。その結果によつて、地獄行きの沙汰が變更になつたと言ふ。大金持ちに對して「餘りある財を捨てて世のため人のために尽くし『徳』を積むように」と言ふのが元々の解釋だつたとのこと。
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