2019年06月23日

日本語ウォッチング(18)  織田多宇人

流れに棹さす
夏目漱石の『草枕』の冒頭に有名な「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい 」と言ふ文が出てくるが、「棹さす」の使ひ方を反對の意味に用ゐて、時流に反抗する意味で、「時流に棹さす」等と書くのを見ることが餘りに多い。「棹さす」とは、棹を水底に突き刺して舟を進めることで、流れに逆ふことではなく流れにのることである。
文化廳の平成18年度の「国語に関する世論調査」で,「その発言は流れに棹さすものだ。」という例文を挙げて,「流れに棹さす」の意味を尋ね結果は次の通り。(下線を付したものが本来の意味。)

(ア)傾向に逆らって,ある事柄の勢いを失わせる行為をすること・・・・・・・・62.2%
(イ)傾向に乗って,ある事柄の勢いを増す行為をすること・・・17.5%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1.5%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0.3%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18.5% 

年代別に見ても、この言葉については,全ての年代を通じ,本来とは違意味で使ってる人の方が多くる。

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2019年06月16日

日本語ウォッチング(17)  織田多宇人

衆にぬきんずる
週刊誌などで「衆にぬきんずる」と言ふ表現を見たことがあるが、これは「ぬきんでる」でなければならない。「ぬきんでる」は「抜き出づ」が変化したものと思はれ、他より目立って優れる、ひいでると言ふ意味である。おそらく書いた人は「ぬきんずる」は、「先んずる、重んずる、輕んずる」と同類の語と錯覺したに違ひない。「「先んずる」は「さきにす」の音便で「ぬきんでる」とは同類ではない。
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2019年06月09日

日本語ウォッチング(16)  織田多宇人

しないことができる
戰後、何でも口語にすれば易しくなつた等と言ふ誤つた國語觀が横行した結果、「しないことができる」と言ふ言ひ方が法律や規則の類に用ゐられてゐる。「....セザルコトヲ得」を口語に直譯したものと思はれる。しかしどうもしつくり來ない。「しなくてもよい」とか「しないことが許される」とすれば未だマシなのだが。辭令とか卒業證書などまで簡潔で威嚴のある文語調が影を潛めたのは殘念である。
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