2019年03月02日

日本語ウォッチング(13)  織田多宇人


嫌悪感を感じた
「嫌惡感を感じた」、「好感を感じた」、「連帶感を感じた」、「親近感を感じた」と言ふやうな表現に接すると、氣になつて仕方がない。日本語では同じ言葉の繰返しを避けるのが一般的だ。先程の例であれば、「嫌惡感を覺えた」、「好感を抱いた」、「連帶感を覺えた」、「親近感を覺えた」あるいは「親近感が湧いた」と表現して貰ひたい。
翻譯もので「ポールはまたもや孤獨感を感じた」と言ふのがあつたが、「孤獨感に襲はれた」とでも言ふべきだらう。譯者はかう書く事で何か特別な效果を出せると思つたのか、それとも單なる日本語の表現力の問題か。

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2019年02月16日

日本語ウォッチング(12)  織田多宇人

口を濁(にご)す
「彼は口を濁(にご)した」と言ふ表現を耳にすることがあるが、正しくは「言葉を濁(にご)す」だろう。口には比喩的な成句が澤山ある。例へば、「口が重い」は口數が少いこと、その反對が「口が輕い」であり、「口が酸(す)くなる」は何度も同じことを言ふこと、「口に合ふ」は好みの味と一致すること、「口を合せる」は接吻することではなく二人の言ふことを一致させること、「口を尖(とが)らす」は不滿さうな顔附をすること、「口を糊する」はやっと暮しをたてること、「口を割る」は白状すること等など。しかし「口を濁(にご)す」はない。それは「言葉を濁(にご)す」といふ言ひ方が別にあるからだ。文化廳が發表した平成17年度「國語に關する世論調査」では、本來の言ひ方とされる「言葉を濁(にご)す」を使ふ人が66.9パーセント、本來の言ひ方ではない「口を濁(にご)す」を使ふ人が27.6パーセントといふ結果が出てをり、正しい使ひ方をする人の方が多い。
因みに「口」と「言葉」、どちらも使へる慣用句もある。「口(言葉)を愼む」、「口(言葉)が過ぎる」等が、その代表例。そのため、「口を濁(にご)す」も「言葉を濁(にご)す」と同じ意味で使へると認めてゐる辞書もあるが、「言葉を濁(にご)す」が正統であることは變らない。
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2019年02月01日

日本語ウォッチング(11)  織田多宇人

口をつむつてゐた
昔の文藝春秋の記事に「大男の辛さが解つてたまるかと私は口をつむつてゐた」とあつたが、口をつむると言ふ表現はない。つむるは「つぶる」とも言ひ、閉ぢるとか塞ぐと言ふ意味だから、意味の上では矛楯がないやうにみえる。しかし、つむるの漢字は「瞑る」であり、目を瞑るとは言へても口を瞑るとは言へない。
つむるは閉ぢると言ふ意味だからと言つて、戸をつむるだの、本をつむるだのとは言はない。口を閉ぢると言ふ意味で一般に使はれてゐるのは「噤(つぐ)む」である。因みに他の言ひ方としては、沈黙する、語らない、 黙つてゐる、口にチャックをする、貝になる等がある。
posted by 國語問題協議會 at 21:40| Comment(0) | 織田多宇人