2019年03月16日

郷土のかなづかひ(二)     あはき・あをき(檍)    高崎一郎

漢字には「國訓」といって本來の字義とは異るものが少なくない。特に動植物など比較同定は難しく、また社會に定着したものは今さら否定できない。「鮎」が「なまづ」であって「あゆ」ではない事など有名であらうか。

多田南嶺の『南嶺子』は、河豚中毒の患者が「自分が食べたのは鮭≠セ」と言ひ張った愚をあげて「正字せんさく」を戒めてゐる。插話としては一寸とでき過ぎで、文意に添った創作かもしれないが、少くとも江戸中期には認識の不一致が意識されてゐた事になる。

横濱市青木町に洲崎大神といふ古社があり、戰災に罹る前は境内に神木の「檍(あはき)」が茂ってゐた。そもそも「あはき」とは何か。記紀によると伊弉諾尊が「阿波岐原」あるいは「檍原」で黄泉國の穢れを祓ひ、住吉の神が産れたとある。おそらくは「檍」の生ひ茂る場所であったかと思はれるが、具體的にそれが何なのか文獻ごとに矛盾があり、植物學的に全く推定できないらしい。

平安時代には既に「檍」の正體はわからなかったらしく、『和名抄』の記述にはためらひが見られる。中世には「青木」との混同が始まり、洲崎大神の鎭坐する「青木町」もその類らしい。宮崎市には今も「阿波岐原町」の町名があり、また鹿兒島縣囎唹市にも「阿波岐原」の比定地がある。兩地とも「檍神社」や「檍小學校」がありいづれも「あをき」と讀む。能「高砂」にも「西の海 檍が原の波間より あらはれ出でし住吉の神」とあるが、これまた「あをき」である。

「檍」はJIS第二水準漢字でもあり、近年の辭書にはよく收載されるやうになった。如上の複雜な經緯を端的に解説するのはなかなかに難事であるが、
・種名未詳の「アワキ(あはき)」
・學名Aucuba japonicaの「アオキ(あをき)」
・漢籍にある「檍(ヨク)」
の三項目に分けて理解するのがよいやうに思はれる。ちなみに洲崎大神の「檍(あはき)」は樫の大木であったらしく、これは「檍(ヨク)」の解釋に沿ったものといへる。
posted by 國語問題協議會 at 20:50| Comment(0) | 高崎一郎

2019年01月19日

郷土のかなづかひ(その一) 大給さん   高崎一郎

大給さん
舊臘に「大給さん」と仰る方と會ふ機會があつた。これで「オギュウ」とはまた典型的な難讀姓である。匆卒の間、由來などについて伺ふこともできなかつたので、歸宅後に少し調べてみた。
大給姓は徳川家の庶流の一つで、本據地の地名にちなむらしい。場所は三河國加茂郡(愛知縣豐田市)大給。松平姓を名乘れる「十八松平」家の一つである。大給藩の藩主松平乘謨(のりたか)公は明治政府から子爵を拜し、名も「大給恆(ゆづる)」と改めた。現在、大給姓の人は300人ほどといふから、その内のお一人だつたことになる。
目黒の庭園美術館はもと朝香宮邸であつたが、朝香宮湛子(きよこ)女王は大給義龍伯爵に嫁してゐる。文京区千駄木には大給坂といふ坂があり、もと大給家の屋敷があつたらしい。また兵庫縣には「大給組」なる建設會社がある。各方面で活躍されてゐるのである。

さて地名にせよ人名にせよ、「給」のつくものは極めて少ない。あつたとしても世田谷區給田のやうに、ほとんどは律令制によるものである。吉田東伍著『大日本地名辭書』には「荻生(をぎふ)の義歟(か)」とあり、やはりさういふ解釋が自然なのであらう。「給」は漢音キフ、呉音コフ。「荻(をぎ)+生(ふ)」に「大(おほ)+給(キフ)」と漢字の「切りかた」が異るあたり、漢字意識の薄い「成熟した」地名であるやうに感じる。

「切りかた」とはどういふ事か。たとへば福井縣「遠敷(ヲニフ)」は字音「遠(ヲン)+敷(フ)」を「小(を)+丹生(にふ)」に宛てる如く、あるいは鹿兒島縣「吾平(あひら)」が「姶良(アヒラ)」の轉である如く、本來の語の構成からすると少々奇妙なのである。もし日常「荻」と「生」の意識があれば、わざわざ「大」と「給」に切り分けようとはしないだらう。

ちなみに「遠敷郡」は大寶律令以來の歴史を誇る一方、「吾平」は近世のもの、また「を・お」の別は平安時代初頭に消滅し始めるから、「大給」地名誕生の時代は全く推定できない。強ひていへば「河内」から「高知(縣)」のやうに、戰國時代前後には「驗をかついだ」地名改稱があるから、その類なのかもしれない。特に「給」の字は縁起がよい。

「生」の讀み方はさまざま變化に富む。「丹生(にふ)」が辰砂すなはち水銀の生産地であるやうに、地名の最後につく「生(ふ)」は何らかの特産を示す。しかし長い歴史のなかで主に四種の讀み方が生じてしまつた。列擧してみよう。

【あふ・おふ→オウ】
「粟生(あふ)」「兵庫縣相生(あふ)」「麻生(あさふ)」「賀名生(あなふ)」「蒲生(がまふ)」「芝生(しばふ)」「園生(そのふ)」「能生(ノふ)」「室生(むろふ)」「名古屋市榮生(さかふ)」
【いふ→イュウ】
「丹生(にふ)」「淺茅生(あさぢふ)」「桐生(きりふ)」「埴生(はにふ)」「日出生(ひぢふ)」「柳生(やぎふ)」。
【えふ→イョウ】
「芹生(せれふ)」「豆生田(まめふだ)」。ただし「武生(たけふ)」はタケフのまま。
【ふ→オ】
「漆生(うるしお)」「高松市浦生(うろ)」

「園生(そのふ)」はたとへば「竹の園生の末葉」ならソノウ・ソノーと讀むだらうが、人名の「園生さん」はソノオサンと微妙に異る。恐らくは「その+男(を)」さんといふ意識が働くのだらう。とすれば人名に限つて「そのふ」ではなく「そのを」と振假名すべきであらうか。しかし作家の「桐野夏生」はナツオと讀み、しかも女性であるから「なつお」以外に選擇肢がないものと思はれる。
posted by 國語問題協議會 at 13:45| Comment(0) | 高崎一郎