難行する
「組閣まで難行し續けた各派調󠄁整に……」と言ふ文章を見た。難行は「なんぎよう」と讀み、身體を苦しめる非常に辛い修行の意󠄁であり、「難行苦行の末に漸く名僧と言はれるまでになつた」等と用ゐられる。この文章にある「難行」は使用法を誤󠄁つてゐることになる。おそらく、物事がいろいろな障礙の爲にはかどらない意󠄁の「難航(なんこう)」のつもりで「難行」を用ゐてゐるのであらう。
2025年08月09日
日本語ウォッチング(78)「難行する」/織田多宇人
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| 織田多宇人
2025年08月02日
かなづかひ名物百珍(46)「龜戶」/ア一カ
關東の人は龜戶天~などで耳に馴染んだ地名だが、これをカメイドとするのは存外の難讀である。中間の「イ」の由來が判󠄁然としないからである。
『大日本地名辭書』に、土地の者は「龜ヶ井」に由來すると傳へるが、この地は島が陸地とつながったもので古稱「龜島」の轉であらうとした。この說は槪ね今も支持されてゐる。ただし各種辭典も歷史的󠄁假名遣󠄁を「かめゐど」とし、また龜戶天~や香取~社の境內には「龜ヶ井」の舊趾がある。
平󠄁成󠄁十五年には香取~社で新しい「龜ヶ井」が整備された。傳說は素直に樂しむのが一番よい。
posted by 國語問題協議會 at 14:30| Comment(0)
| 高崎一郎
2025年07月30日
國語のこゝろ(34)「「契冲」を近󠄁代化󠄁改修してみた」/押井コ馬
【今回の要󠄁約󠄁】
@開發元が事業休止し、最新PCでの使用に制約󠄁もある「契冲」を近󠄁代化󠄁改修してみました
A變換辭書を別のかな漢字變換システムに移植する事でそれを實現しました
B道󠄁具󠄁があれば使ひたいと云ふ人も多いはず。これがその切掛けになれば幸ひです
【主󠄁な漢字の新舊對應表】
國(国) 發(発) 變(変) 辭(辞) 實(実) 舊(旧) 對(対) 應(応) 囘(囘) 會(会) 學(学) 樂(楽) 譯(訳) 齡(齢) 繼(継) 續(続) 單(単) 獨(独) 聲(声) 假(仮) 戰(戦) ヘ(教) 豫(予) 濟(済) 氣(気) 萬(万) 圓(円) 當(当) 證(証) 滿(満) 來(来) 體(体) 勞(労) 處(処) 條(条) ョ(頼) 效(効) 覽(覧) 數(数) 慘(惨) 惡(悪) 雜(雑) 經(経) 既(既) 輕(軽) 將(将) 圍(囲) 獻(献) 禮(礼)
![[契冲64]](http://kokugomondaikyo.sakura.ne.jp/sblo_files/kokugomondaikyo/image/E59C8BE8AA9EE381AEE38193E3829DE3828D34_E5A591E586B264-thumbnail2.jpg)
今囘の記事は、『みんなのかなづかひ2019』に以前󠄁書いた記事を基に、加筆修正部分をMacに導󠄁入したかな漢字變換辭書「契冲64」で書いてゐます。
正字・正かなによる かな漢字變換辭書「契冲64」
これは本會の市川浩副會長が開發し、「有限會社申申閣」から發賣されてゐたかな漢字變換システム「契冲」を、Windows10/11の64ビットアプリやMacでも動かせるやう「近󠄁代化󠄁改修」したものです(正字・正かなによるかな漢字變換システムがあると便利な理由は、過󠄁去の記事、國語のこゝろ(2)「大學の卒業論文もこれで樂々」をご覽ください)。「契冲」にはどんな課題があって、どのやうに改修したのでせうか。
■「契冲」の抱󠄁へてゐた課題
大きく分けて二つありました。「最新のPCでの使用に制約󠄁がある」事と「開發元が事業休止した事」です。
後者から先に說明󠄁すると、今から七年前󠄁の平󠄁成󠄁30(2018)年に、開發元の申申閣のウェブサイトで、「誠󠄁に申し譯ございませんが、事業主󠄁の市川浩は骨折で入院中であり、高齡であることから事業繼續が困難となりましたので、事業を停止いたします。長年のご愛顧󠄁ありがとうございました。(2018年2月󠄁24日)」と突然の發表がありました。
それだけなら誰かがこのソフトを單に引き繼げば良いのですが、もう一つの問題があります。現在はウェブブラウザやワープロソフトを含め多くのアプリが64ビットアプリですが、どちらも「契冲」のかな漢字變換が正しく動作しません。「契冲」は、管理工學硏究所󠄁により作られたかな漢字變換プログラム「松茸」(最終󠄁版は平󠄁成󠄁11(1999)年)に獨自の「かな漢字變換辭書」「文法辭書」を載せたものだったからです。
1999年といふとWindows95とか98とかMeの全󠄁盛󠄁期󠄁で、XPはもちろん2000も出てゐない時代でした。現在のWindows10/11はWindows NT/2000/XPなどNT系と呼ばれる新しい設計ですが、Windows95/98/Meはその前󠄁の設計です。それでもマイクロソフトの互換性維持は大したもので、Windows11でも「松茸」を何とか無理矢理インストールする事は可能です。しかし動作が不安定な事があったり、そもそも64ビット版アプリでは動きません。
勿論、「Mac」「iPhone」「iPad」「Android」等、Windows以外のコンピュータにも對應してゐません。「スマートフォンで正字・正かな入力したい」と云ふ若者の聲を最近󠄁よく聞き、「契冲」のスマートフォン版のやうなものが期󠄁待されてゐましたが、我々が「契冲」の移植に難儀してゐる間、嬉しいことに「舊假名キーボード」といふiPhone/Android用アプリが誕生し、「このアプリがあるなら舊字・舊かなで入力してみよう」といふ人が揩ヲてゐるやうです。
■「松茸」の64ビット版は作れないのか
開發元の事業休止の知らせを聞いて、「このまま無くなってしまふにはあまりにも惜しい」といふ意󠄁見をよく耳にしましたし、私もその一人でした。「契冲」は只の「正字・正かな入力に對應したかな漢字變換システム」ではありませんでした。戰前󠄁に現役で國語ヘ育を受󠄁けた世代が作成󠄁した變換辭書で、漢字制限で滅多に見掛けなくなってしまった漢字表記による候補や、文語文向けの候補など、國語改革前󠄁の時代の言葉選󠄁びの細かなノウハウが詰まってゐるからです。
勿論、現在のアプリのまま引繼ぐのも一つの方法でした。しかし、「契冲」で日本語入力出來ない64ビット版ソフトが主󠄁流になる時代が來る事が豫想されてをり、その前󠄁に新しいコンピュータへの對應が濟んでゐるのが理想的󠄁でした。
しかし、管理工學硏究所󠄁はかな漢字變換システム「松茸」の開發を20年以上前󠄁に終󠄁了してをり、最新版の出る氣配は全󠄁くありません。本會でも「何百萬圓、何千萬圓掛かるか分らないが、管理工學硏究所󠄁に交涉して、『松茸』の64ビット版を作ってもらふしか方法はないのでは」と主󠄁張する人が時々ゐました。
しかし、當時プログラムを作ってゐた社員が今でもゐる保證すらありません。「契冲」だけの爲に「松茸」の最新版を作ってもらふのも、人的󠄁・金額的󠄁に難しいでせう。本會で「『松茸』の64ビット版しか『契冲』が生き延󠄁びる道󠄁はない」と言ふ人に對し、私は「どうしても『松茸』でなければいけませんか?」と反論しましたが、それを理解してもらふのは困難でした。「『松茸』あらずんば『契冲』にあらず」といふ思ひ込󠄁みは意󠄁外にも大きなものでした。
そもそも、「松茸」が歷史的󠄁假名遣󠄁によるかな漢字變換に最適󠄁なプログラムかと云ふと、さうとも言ひ切れません。野嵜健秀氏は自身のウェブサイトでかう書いてゐます。
■「ハ行四段活用動詞」のハードル
「『松茸』が駄目なら、Windowsに最初から附いてくるMicrosoft IMEに『契冲』の辭書は載せられないのか?」。それが出來れば苦勞はしません。「契冲」のかな漢字變換辭書は「プログラムを選󠄁ぶ」のです。
「歷史的󠄁假名遣󠄁によるかな漢字變換」を實現するためには、一つの大きなハードルがあります。「ハ行四段活用動詞」(「言ふ」「笑ふ」など)の登錄に對應してゐるプログラムが少ないのです。文語體もとなると、上二段・下二段活用動詞等を的󠄁確に變換する必要󠄁もあります。對應してゐないソフトでも、「言は」「言ひ」「言ふ」……と全󠄁活用形に展開して登錄すればいいのですが、辭書のサイズが大きく作成󠄁が面倒だったり、變換候補が適󠄁切に出なかったり、處理時間が掛かったりしますから、なるべく最初から對應してゐるのが理想的󠄁です。
「現在入手可能で、少くとも『ハ行四段活用動詞』の單語登錄に對應したかな漢字變換ソフト」といふ條件となると、幾つかに絞り込󠄁まれます。「ATOK」「Google日本語入力」「Mozc」(「Google日本語入力」のオープンソース版)の三つです。
■契冲の品詞に「二段活用」は無かった
「契冲」のかな漢字變換辭書を吸󠄁出すのは「辭書管理」の機能で簡單に行ふ事が出來ます。しかし、どうも出力が不完全󠄁である氣がして仕方ありませんでした。松茸標準の品詞は見當りますが、歷史的󠄁かなづかひで必要󠄁な品詞がほとんど見當らないのです。口語についてはハ行四段活用動詞が問題ですが、まづこの品詞名が見當りません。「上二段活用」「下二段活用」など、文語特有の品詞も見當りませんでした。
メーカーの保證しない使ひ方ですが、「松茸」は文法辭書の改造󠄁が出來ます。MTBUNPO.DICといふファイルを改造󠄁ツール(MS-DOS版松茸用はフリーソフトとして存在したが、Windows用は見附けられず)で改變すると、獨自の活用を定義できるさうです。普通󠄁に考へると、ハ行四段活用や文語特有の品詞も追󠄁加されてゐてをかしくないはずです。しかし吸󠄁出したかな漢字變換辭書にはそんな品詞名はありませんでした。もしかしたら、文法辭書を改造󠄁した場合、「辭書管理」ツールでかな漢字變換辭書を吸󠄁出せないのではないか、といふ疑ひが出てきました。すると、「辭書管理」にョらずに辭書の中身を吸󠄁出す必要󠄁がありますが、ファイルフォーマットは公開されてをらず、解析も難しいため難航しました。
その原因が分ったのが、今から四年前󠄁。實はハ行四段活用動詞は「ワ行5段」といふ品詞で登錄されてゐたのです。そして二段活用はイ段やエ段の活用が「1段名詞」、ウ段が「1段非名詞」といふ品詞に分けて登錄されてゐたのです。市川さんに確認󠄁すると、その通󠄁りとの事でした。ナ變やラ變は「ナ行5段」「ラ行5段」で代用してゐましたが、「死ぬる」「有らば」「有り」も何故か正しく變換出來てゐました。形容詞のシク活用は口語と同じく「し」「じ」も語幹に含めた扱󠄁ひで登錄されてゐるやうです。「美しき」「美しかれ」といった文語の活用も正しく變換出來ます。
■ATOKへの移植で挫折した
まづは「ATOK」の辭書として移植できないか試してみました。「Google日本語入力」と異り、最初から入ってゐる變換辭書をまるまる無效化󠄁するのが容易だからです。そして上二段・下二段活用など文語の活用の多くにも對應してゐます。
「契冲」で單語登錄してゐる語の品詞と、「ATOK」で登錄可能な品詞の一覽、そして變換表を作成󠄁し、Excelのワークシートにいろいろ函數を埋め込󠄁んで、契冲の辭書をATOKで取込󠄁めるやうに變換してみました(昔のExcel は約󠄁六萬五千行しか入れられなかったのですが、現在は辭書データ約󠄁二十萬行を丸ごと一つのシートに入れる事が出來て、作業效率󠄁も上がりました)。しかし結果は慘憺たるもので、まともな變換候補が出て來ません。とても實用にはなりませんでした。
後になって分かったのですが、勿論「契冲」や「ATOK」が惡いのではなく、私の作成󠄁した變換テーブルで、品詞の對應が正しく出來てゐなかったのが原因でした。そしてこの問題が解決しないまま、時だけが過󠄁ぎていきました。松茸とWindows10/11との相性もあまり良くない事から、インストールがうまくいかなかったり面倒で使用を斷念するユーザの聲も時折聞くやうになっていきました。それではどうすれば良いか。「管理工學硏究所󠄁に交涉して、『松茸』の64ビット版を作ってもらへないのか」と相變はらずよく質問されました。
■雜なプロトタイプ作成󠄁のつもりが奇跡起󠄁こる
このやうな質問に「『松茸』以外のかな漢字變換システムに移植するのも一案だ」と口頭で說明󠄁しても、大抵は今ひとつピンと來ないやうでした。雜でも良いのでプロトタイプ版を作って實物で見せるのが一番だと思ひ、前󠄁回の移植挫折から何年か經ってゐましたが、作業をやり直す事にしました。
今回の移植先は「ATOK」ではなく「Google日本語入力」に變更しました。「ATOK」は優れたソフトなのですが、買切り版が無くなりサブスクリプション(月󠄁間契約󠄁・年間契約󠄁)に一本化󠄁されてゐて、皆が無事インストール出來るかどうかの不安がありました。「Google日本語入力」は既存の候補を無效化󠄁するのが難しいのですが、フリーソフトで手輕にインストール出來ます。將來的󠄁に「Google日本語入力」のオープンソース版である「Mozc」に移植し、プログラムそのものも歷史的󠄁かなづかひ向きに改良するとしても、品詞の種類がほぼ同じなのでやりやすいでせう。
「松茸」から「Google日本語入力」への品詞變換テーブルは出來てゐましたが、今度はExcelワークシートではなく、變換用のExcelマクロを新たに作成󠄁して變換してみました。「まあ何となく雰圍氣が分かるプロトタイプが作れたらそれでいい」とあまり期󠄁待してゐなかったのですが、單語がどのやうな品詞で登錄されてゐるのかの全󠄁容が見えてきた事もあり、この新しい變換プログラムの出力結果をテストしてみると、「大筋、これで良いのでは」と思ふ程󠄁、劇的󠄁に改善されてゐました。最初から「Google日本語入力」にある、新字・新かなによる變換候補も一獅ノ出て來ますが、「契冲」辭書の候補に目印を附ける事で、取敢へずどちらの候補を選󠄁べば良いのかの目安にしました。
本會のア理事にも試用していただいたところ好評󠄁だったので、「契冲」の開發者である市川副會長にお會ひして、Windows11の64ビットアプリやMacで動くところ、またフォントを(從來の「契冲」に附屬してゐた)「文字鏡契冲明󠄁朝󠄁」や三年前󠄁に開發した「暫定正字明󠄁朝󠄁」に切換へると、正漢字の表示や印刷も可能である事を實演してきました。そして幸ひな事に、「契冲」の開發を國語問題協議會が引繼いだり頒布する許可や(元々はかなりの勞力を掛けて作られた有償ソフトでしたが、無償頒布で良いとの條件で、こんなに有難い事はありません)、また「契冲」の商標登錄は來年まで繼續してゐますが、歷史的󠄁かなづかひに關するソフトには「定家」「契冲」「宣長」など歷史的󠄁かなづかひに貢獻した人の名が相應しいでせうと云ふ事で、この名前󠄁も引續き使用する許可もいただきました。この場を借りて、市川副會長にお禮を申し上げます。
自然な正字正かなの文書を綴れる「契冲」が新しいコンピュータでも不便なく使へる時が來て欲しいと思って七年、やうやく移植版の第一步が始まりました。「道󠄁具󠄁があれば使ひたい」人も揩ヲるでせうし、そんな需要󠄁に應へるべく、より良い變換辭書にすべく改良を豫定してゐます。昔の文獻の引用程󠄁度なら最低限の內容の辭書で良いでせうが、私達󠄁は「日常の言葉」を綴るのにも使ひます。その爲には、「使ふ人が作る」なら、きっと最適󠄁なものが出來るでせう。
@開發元が事業休止し、最新PCでの使用に制約󠄁もある「契冲」を近󠄁代化󠄁改修してみました
A變換辭書を別のかな漢字變換システムに移植する事でそれを實現しました
B道󠄁具󠄁があれば使ひたいと云ふ人も多いはず。これがその切掛けになれば幸ひです
【主󠄁な漢字の新舊對應表】
國(国) 發(発) 變(変) 辭(辞) 實(実) 舊(旧) 對(対) 應(応) 囘(囘) 會(会) 學(学) 樂(楽) 譯(訳) 齡(齢) 繼(継) 續(続) 單(単) 獨(独) 聲(声) 假(仮) 戰(戦) ヘ(教) 豫(予) 濟(済) 氣(気) 萬(万) 圓(円) 當(当) 證(証) 滿(満) 來(来) 體(体) 勞(労) 處(処) 條(条) ョ(頼) 效(効) 覽(覧) 數(数) 慘(惨) 惡(悪) 雜(雑) 經(経) 既(既) 輕(軽) 將(将) 圍(囲) 獻(献) 禮(礼)
今囘の記事は、『みんなのかなづかひ2019』に以前󠄁書いた記事を基に、加筆修正部分をMacに導󠄁入したかな漢字變換辭書「契冲64」で書いてゐます。
正字・正かなによる かな漢字變換辭書「契冲64」
これは本會の市川浩副會長が開發し、「有限會社申申閣」から發賣されてゐたかな漢字變換システム「契冲」を、Windows10/11の64ビットアプリやMacでも動かせるやう「近󠄁代化󠄁改修」したものです(正字・正かなによるかな漢字變換システムがあると便利な理由は、過󠄁去の記事、國語のこゝろ(2)「大學の卒業論文もこれで樂々」をご覽ください)。「契冲」にはどんな課題があって、どのやうに改修したのでせうか。
■「契冲」の抱󠄁へてゐた課題
大きく分けて二つありました。「最新のPCでの使用に制約󠄁がある」事と「開發元が事業休止した事」です。
後者から先に說明󠄁すると、今から七年前󠄁の平󠄁成󠄁30(2018)年に、開發元の申申閣のウェブサイトで、「誠󠄁に申し譯ございませんが、事業主󠄁の市川浩は骨折で入院中であり、高齡であることから事業繼續が困難となりましたので、事業を停止いたします。長年のご愛顧󠄁ありがとうございました。(2018年2月󠄁24日)」と突然の發表がありました。
それだけなら誰かがこのソフトを單に引き繼げば良いのですが、もう一つの問題があります。現在はウェブブラウザやワープロソフトを含め多くのアプリが64ビットアプリですが、どちらも「契冲」のかな漢字變換が正しく動作しません。「契冲」は、管理工學硏究所󠄁により作られたかな漢字變換プログラム「松茸」(最終󠄁版は平󠄁成󠄁11(1999)年)に獨自の「かな漢字變換辭書」「文法辭書」を載せたものだったからです。
1999年といふとWindows95とか98とかMeの全󠄁盛󠄁期󠄁で、XPはもちろん2000も出てゐない時代でした。現在のWindows10/11はWindows NT/2000/XPなどNT系と呼ばれる新しい設計ですが、Windows95/98/Meはその前󠄁の設計です。それでもマイクロソフトの互換性維持は大したもので、Windows11でも「松茸」を何とか無理矢理インストールする事は可能です。しかし動作が不安定な事があったり、そもそも64ビット版アプリでは動きません。
勿論、「Mac」「iPhone」「iPad」「Android」等、Windows以外のコンピュータにも對應してゐません。「スマートフォンで正字・正かな入力したい」と云ふ若者の聲を最近󠄁よく聞き、「契冲」のスマートフォン版のやうなものが期󠄁待されてゐましたが、我々が「契冲」の移植に難儀してゐる間、嬉しいことに「舊假名キーボード」といふiPhone/Android用アプリが誕生し、「このアプリがあるなら舊字・舊かなで入力してみよう」といふ人が揩ヲてゐるやうです。
■「松茸」の64ビット版は作れないのか
開發元の事業休止の知らせを聞いて、「このまま無くなってしまふにはあまりにも惜しい」といふ意󠄁見をよく耳にしましたし、私もその一人でした。「契冲」は只の「正字・正かな入力に對應したかな漢字變換システム」ではありませんでした。戰前󠄁に現役で國語ヘ育を受󠄁けた世代が作成󠄁した變換辭書で、漢字制限で滅多に見掛けなくなってしまった漢字表記による候補や、文語文向けの候補など、國語改革前󠄁の時代の言葉選󠄁びの細かなノウハウが詰まってゐるからです。
勿論、現在のアプリのまま引繼ぐのも一つの方法でした。しかし、「契冲」で日本語入力出來ない64ビット版ソフトが主󠄁流になる時代が來る事が豫想されてをり、その前󠄁に新しいコンピュータへの對應が濟んでゐるのが理想的󠄁でした。
しかし、管理工學硏究所󠄁はかな漢字變換システム「松茸」の開發を20年以上前󠄁に終󠄁了してをり、最新版の出る氣配は全󠄁くありません。本會でも「何百萬圓、何千萬圓掛かるか分らないが、管理工學硏究所󠄁に交涉して、『松茸』の64ビット版を作ってもらふしか方法はないのでは」と主󠄁張する人が時々ゐました。
しかし、當時プログラムを作ってゐた社員が今でもゐる保證すらありません。「契冲」だけの爲に「松茸」の最新版を作ってもらふのも、人的󠄁・金額的󠄁に難しいでせう。本會で「『松茸』の64ビット版しか『契冲』が生き延󠄁びる道󠄁はない」と言ふ人に對し、私は「どうしても『松茸』でなければいけませんか?」と反論しましたが、それを理解してもらふのは困難でした。「『松茸』あらずんば『契冲』にあらず」といふ思ひ込󠄁みは意󠄁外にも大きなものでした。
そもそも、「松茸」が歷史的󠄁假名遣󠄁によるかな漢字變換に最適󠄁なプログラムかと云ふと、さうとも言ひ切れません。野嵜健秀氏は自身のウェブサイトでかう書いてゐます。
「松茸」は、取敢ずWindows9xに對應しただけのIMEであり、基本設計は1980年代當時そのまゝ、變換アルゴリズムは二世代以上前󠄁のものです。「契沖」の辭書の內容も、必ずしも充實してゐるとは言難く、必ずしも實際の文書作成󠄁で滿足出來るものであるとは言へません。
また、「松茸」本體が「現代假名遣󠄁」で入力される事を前󠄁提に設計されてゐるらしい節があります。文法辭書の「契沖」は正假名遣󠄁に對應してゐるものの、正かなづかひで入力した時、妙に不自然な文節の切り方になる事があります。
■「ハ行四段活用動詞」のハードル
「『松茸』が駄目なら、Windowsに最初から附いてくるMicrosoft IMEに『契冲』の辭書は載せられないのか?」。それが出來れば苦勞はしません。「契冲」のかな漢字變換辭書は「プログラムを選󠄁ぶ」のです。
「歷史的󠄁假名遣󠄁によるかな漢字變換」を實現するためには、一つの大きなハードルがあります。「ハ行四段活用動詞」(「言ふ」「笑ふ」など)の登錄に對應してゐるプログラムが少ないのです。文語體もとなると、上二段・下二段活用動詞等を的󠄁確に變換する必要󠄁もあります。對應してゐないソフトでも、「言は」「言ひ」「言ふ」……と全󠄁活用形に展開して登錄すればいいのですが、辭書のサイズが大きく作成󠄁が面倒だったり、變換候補が適󠄁切に出なかったり、處理時間が掛かったりしますから、なるべく最初から對應してゐるのが理想的󠄁です。
「現在入手可能で、少くとも『ハ行四段活用動詞』の單語登錄に對應したかな漢字變換ソフト」といふ條件となると、幾つかに絞り込󠄁まれます。「ATOK」「Google日本語入力」「Mozc」(「Google日本語入力」のオープンソース版)の三つです。
■契冲の品詞に「二段活用」は無かった
「契冲」のかな漢字變換辭書を吸󠄁出すのは「辭書管理」の機能で簡單に行ふ事が出來ます。しかし、どうも出力が不完全󠄁である氣がして仕方ありませんでした。松茸標準の品詞は見當りますが、歷史的󠄁かなづかひで必要󠄁な品詞がほとんど見當らないのです。口語についてはハ行四段活用動詞が問題ですが、まづこの品詞名が見當りません。「上二段活用」「下二段活用」など、文語特有の品詞も見當りませんでした。
メーカーの保證しない使ひ方ですが、「松茸」は文法辭書の改造󠄁が出來ます。MTBUNPO.DICといふファイルを改造󠄁ツール(MS-DOS版松茸用はフリーソフトとして存在したが、Windows用は見附けられず)で改變すると、獨自の活用を定義できるさうです。普通󠄁に考へると、ハ行四段活用や文語特有の品詞も追󠄁加されてゐてをかしくないはずです。しかし吸󠄁出したかな漢字變換辭書にはそんな品詞名はありませんでした。もしかしたら、文法辭書を改造󠄁した場合、「辭書管理」ツールでかな漢字變換辭書を吸󠄁出せないのではないか、といふ疑ひが出てきました。すると、「辭書管理」にョらずに辭書の中身を吸󠄁出す必要󠄁がありますが、ファイルフォーマットは公開されてをらず、解析も難しいため難航しました。
その原因が分ったのが、今から四年前󠄁。實はハ行四段活用動詞は「ワ行5段」といふ品詞で登錄されてゐたのです。そして二段活用はイ段やエ段の活用が「1段名詞」、ウ段が「1段非名詞」といふ品詞に分けて登錄されてゐたのです。市川さんに確認󠄁すると、その通󠄁りとの事でした。ナ變やラ變は「ナ行5段」「ラ行5段」で代用してゐましたが、「死ぬる」「有らば」「有り」も何故か正しく變換出來てゐました。形容詞のシク活用は口語と同じく「し」「じ」も語幹に含めた扱󠄁ひで登錄されてゐるやうです。「美しき」「美しかれ」といった文語の活用も正しく變換出來ます。
■ATOKへの移植で挫折した
まづは「ATOK」の辭書として移植できないか試してみました。「Google日本語入力」と異り、最初から入ってゐる變換辭書をまるまる無效化󠄁するのが容易だからです。そして上二段・下二段活用など文語の活用の多くにも對應してゐます。
「契冲」で單語登錄してゐる語の品詞と、「ATOK」で登錄可能な品詞の一覽、そして變換表を作成󠄁し、Excelのワークシートにいろいろ函數を埋め込󠄁んで、契冲の辭書をATOKで取込󠄁めるやうに變換してみました(昔のExcel は約󠄁六萬五千行しか入れられなかったのですが、現在は辭書データ約󠄁二十萬行を丸ごと一つのシートに入れる事が出來て、作業效率󠄁も上がりました)。しかし結果は慘憺たるもので、まともな變換候補が出て來ません。とても實用にはなりませんでした。
後になって分かったのですが、勿論「契冲」や「ATOK」が惡いのではなく、私の作成󠄁した變換テーブルで、品詞の對應が正しく出來てゐなかったのが原因でした。そしてこの問題が解決しないまま、時だけが過󠄁ぎていきました。松茸とWindows10/11との相性もあまり良くない事から、インストールがうまくいかなかったり面倒で使用を斷念するユーザの聲も時折聞くやうになっていきました。それではどうすれば良いか。「管理工學硏究所󠄁に交涉して、『松茸』の64ビット版を作ってもらへないのか」と相變はらずよく質問されました。
■雜なプロトタイプ作成󠄁のつもりが奇跡起󠄁こる
このやうな質問に「『松茸』以外のかな漢字變換システムに移植するのも一案だ」と口頭で說明󠄁しても、大抵は今ひとつピンと來ないやうでした。雜でも良いのでプロトタイプ版を作って實物で見せるのが一番だと思ひ、前󠄁回の移植挫折から何年か經ってゐましたが、作業をやり直す事にしました。
今回の移植先は「ATOK」ではなく「Google日本語入力」に變更しました。「ATOK」は優れたソフトなのですが、買切り版が無くなりサブスクリプション(月󠄁間契約󠄁・年間契約󠄁)に一本化󠄁されてゐて、皆が無事インストール出來るかどうかの不安がありました。「Google日本語入力」は既存の候補を無效化󠄁するのが難しいのですが、フリーソフトで手輕にインストール出來ます。將來的󠄁に「Google日本語入力」のオープンソース版である「Mozc」に移植し、プログラムそのものも歷史的󠄁かなづかひ向きに改良するとしても、品詞の種類がほぼ同じなのでやりやすいでせう。
「松茸」から「Google日本語入力」への品詞變換テーブルは出來てゐましたが、今度はExcelワークシートではなく、變換用のExcelマクロを新たに作成󠄁して變換してみました。「まあ何となく雰圍氣が分かるプロトタイプが作れたらそれでいい」とあまり期󠄁待してゐなかったのですが、單語がどのやうな品詞で登錄されてゐるのかの全󠄁容が見えてきた事もあり、この新しい變換プログラムの出力結果をテストしてみると、「大筋、これで良いのでは」と思ふ程󠄁、劇的󠄁に改善されてゐました。最初から「Google日本語入力」にある、新字・新かなによる變換候補も一獅ノ出て來ますが、「契冲」辭書の候補に目印を附ける事で、取敢へずどちらの候補を選󠄁べば良いのかの目安にしました。
本會のア理事にも試用していただいたところ好評󠄁だったので、「契冲」の開發者である市川副會長にお會ひして、Windows11の64ビットアプリやMacで動くところ、またフォントを(從來の「契冲」に附屬してゐた)「文字鏡契冲明󠄁朝󠄁」や三年前󠄁に開發した「暫定正字明󠄁朝󠄁」に切換へると、正漢字の表示や印刷も可能である事を實演してきました。そして幸ひな事に、「契冲」の開發を國語問題協議會が引繼いだり頒布する許可や(元々はかなりの勞力を掛けて作られた有償ソフトでしたが、無償頒布で良いとの條件で、こんなに有難い事はありません)、また「契冲」の商標登錄は來年まで繼續してゐますが、歷史的󠄁かなづかひに關するソフトには「定家」「契冲」「宣長」など歷史的󠄁かなづかひに貢獻した人の名が相應しいでせうと云ふ事で、この名前󠄁も引續き使用する許可もいただきました。この場を借りて、市川副會長にお禮を申し上げます。
自然な正字正かなの文書を綴れる「契冲」が新しいコンピュータでも不便なく使へる時が來て欲しいと思って七年、やうやく移植版の第一步が始まりました。「道󠄁具󠄁があれば使ひたい」人も揩ヲるでせうし、そんな需要󠄁に應へるべく、より良い變換辭書にすべく改良を豫定してゐます。昔の文獻の引用程󠄁度なら最低限の內容の辭書で良いでせうが、私達󠄁は「日常の言葉」を綴るのにも使ひます。その爲には、「使ふ人が作る」なら、きっと最適󠄁なものが出來るでせう。
posted by 國語問題協議會 at 13:05| Comment(0)
| 押井コ馬