2018年11月03日

「明治節」   作詞 堀澤周安 作曲 杉江秀

「明治節」   作詞 堀澤周安 作曲 杉江秀
一. 亞細亞(あじあ)の東 日出づる處(ところ) 聖(ひじり)の君の現(あ)れまして
古き天地(あめつち) とざせる霧を 大(おほ)御光(みひかり)に 隈(くま)なくはらひ
教(をしへ)あまねく 道明(あき)らけく 治(をさ)めたまへる御代(みよ)尊(たうと)
二. 惠の波は 八(や)洲(しま)に餘(あま)り 御稜威(みいつ)の風は 海原越えて
神の依(よ)せさる 御業(みわざ)を弘め 民の榮(さか)行(ゆ)く力を展(の)()ばし
外(と)つ國國の史(ふみ)にも著(しる)く 留めたまへる御名畏(みなかしこ)
三. 秋の空すみ 菊の香高き 今日のよき日を 皆ことほぎて
定めましける 御憲(みのり)を崇め 諭(さと)しましける 詔勅(みこと)を守り
代代木の森の 代代(よよ)長(とこし)へに 仰(あふ)ぎまつらん大帝(おほみかど)
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2018年10月25日

〈ほとけごころ〉その一 原山建郎

「むづかしいことを、やさしく。やさしいことを、ふかく。ふかいことを、ひろく。」

五木寛之さんは、『他力』(講談社、1998年)のなかで、法然上人は「むづかしいことをやさしく」=易(い)行(ぎやう)往生(わうじやう)、親鸞聖人はそれを「やさしいことをふかく」=自然法爾(じねんほうに)、さらに蓮如上人は「ふかいことをひろく」=本願(ほんがん)他力(たりき)といふところに惹きつけられる、そして、この三つの言葉の背後には、「わがはからひにあらず」といふ他力の聲が響いてゐるやうに思へてならない、と書いてゐます。
武蔵野大學佛教文化研究所客員研究員である私は、數年前の『研究紀要』第32号に、『和語(わご)が啓く「ほとけ」の世界』と題する論文を發表しました。これは、紀元前6世紀の古代インドで生まれたブつダ(buddha)は、その後中國にわたつて佛陀(ぶつだ)と漢譯(漢音寫)され、さらに朝鮮半島(高句麗、新羅、百済)を經てもたらされた6世紀の日本では、漢字(呉音)の佛陀(ぶつだ)・佛(ぶつ)(ブつ)の音讀とともに、和語の訓讀で「ほとけ」と讀まれた民俗學的な背景、和語(ひらがな)で育まれた上古代日本の身體感覺、和語「ほどけ(ほとけ)」と佛教との接點についてまとめたものです。
編集工學の創始者、松岡正剛さんは、『17歳のための 世界と日本の見方』(春秋社、2006年)のなかで、インド發・中國(朝鮮半島)經由でもたらされた佛教傳來の流れについて、【このやうにして、佛教は發祥の地、インドを離れて、その類ひ稀な普遍主義や平等主義の思想と慈愛の枝を、西域や中國や東南アジアのはうに伸ばすことになつていつた。その枝に稔つたいくつもの果實が、ぽとりぽとりと中國や日本の大地に落ちたとき、そこには非ヒンドゥ(※講座のなかでその意味を解説します)でもない佛教が「挿し木」された。このことが、佛教がインドから遠い中國でその葉を豊かに茂らせ、朝鮮半島を經由して、日本で美しい花を咲かせる理由になつていく】と書いてゐます。
注目すべき言葉は、「挿し木」です。インドで誕生した佛教(木)のひと枝が、直接インドから移送された土(原産地の培地)ではなく、日本にもともとあつた土(上古代日本の精神的・文化的な土壌)に挿し木された、つまりインドで芽吹いた木(佛教のDNA)と同じ遺伝子を持つクローン體(教義)が、日本で美しい花(華)を咲かせたのです。
「美しい大輪の佛花は、日本で豊かな實を結ぶ」と書いたのは、過去完了形の「實を結んだ」ではなく、未来完了形の「實を結ぶ」、つまり「やがて實を結ぶ」であらう、「おそらく實を結ぶ」にちがひない、日本佛教の近未来のすがたについても、皆さんといつしよに考へてみたいと思ひます。

2.中國語で書かれた佛典を日本のことばで説き、書く
日本佛教學の泰斗、中村元さんは、『佛教のことば 生きる智慧』(主婦の友社、1995年)「はじめに」に、こう書いてゐます。
【極東の孤島・日本に生まれ育つたわれわれが、日本人のことばをもつて普遍的な宗教の眞理をかたるといふのは、當然のことであり、つとめでなければならない。ところが學者のあひだには、古來一つの迷信が支配してゐて、漢文をもつて書かれた典籍が尊いといふのである。邦文(※和語=日本語)をもつて書かれた佛教書は、古來「假名法語」と呼ばれ、佛教の典籍のうちでは、從屬的な地位しか與へられていなかつた。
 しかし、われわれは日本人なのだから、日本のことばをもつて説き、書くのが當たり前ではなからうか。
佛教の教へは難しいといふのが、世間一般の印象である。しかし難しくて何のことかわからぬものであつたら、アジアの人々の心から心へと傳へられることはなかつたであらう。佛教の開祖・釋尊(しやくそん)(ゴータマ・ブッタ)は、人びとのために當時の口語(はなしことば)で教へを説いた。當時の諸言語が消滅したから解らなくなつてしまつたといふだけである。實際に説かれたことは解りやすいものであつた。
佛教は漢譯されたが、それは主として隋唐時代の中華民族の言語に飜譯されたのであつて、現在の中華民族にはもう解らなくなつてゐる。まして海を隔てた異國である日本人一般には、ますます解らなくなつてゐるのは當然である。】
(同書1〜2ページ)

3・「日本的靈性」のはたらき  日本の淨土系思想、禪的生活
禪についての著作を英語で著し、日本の禪文化を海外に廣く知らしめた佛教學者、鈴木大拙さんは、その著書『日本的靈性』(岩波文庫、1972年。原著は大東出版社、1944年)で、「靈性」をかう解説してゐます。
【靈性と言つても、特別なはたらきをする力かなにかがあるわけではないが、それは普通に精神と言つているはたらきと違ふものである。精神には倫理性があるが、靈性はそれを超越してゐる。超越は否定の義ではない。精神は分別意識を基礎としてゐるが、靈性は無分別智である。(中略)靈性なるものを精神の外において、物質と精神の對峙の上にいまひとつの對峙を考へる人があるかも知れぬ。さうすると頭上に頭を重ねるわけで、甚だ持つて回つたことになる。それゆゑ簡単に、靈性は精神の奥に潜在してゐるはたらきで、これが目覺めると精神の二元性は解消して、精神はその本體の上において感覺し思惟し意志し行爲し能うものと言つておくのがよいかも知れん。即ち普通に言ふ精神は、精神の主體、自己の正體に觸れてゐないものだと言つてよいのである】
(同書17・19ページ)
そして、「日本的靈性」の解説です。
【上來の所述で、靈性は何を意味するかが大體においてわかると思ふ。(中略)靈性はそれ故に普遍性をもつてゐて、どこの民族に限られたといふわけのものでないことがわかる。漢民族の靈性もヨーロッパ諸民族の靈性も日本民族の靈性も、靈性である限り、變つたものであつてはならぬ。しかし靈性の目覺めから、それが精神活動の諸事象の上に現れる様式には、各民族に相違するものがある。即ち日本的靈性なるものが話され得るのである。
 それなら靈性の日本的なものは何か。自分の考へでは、淨土系思想と禪とが、もつとも純粹な姿でそれであると言ひたいのである。それはなぜかと言ふに、理由は簡單である。淨土系も禪も佛教の一角を占めてゐて、その佛教は外來の宗教だから純粹に日本的な靈性の覺醒とその表現ではないと思はれるかもしれない。が、自分はだいいち佛教を以て外来の宗教だとは考へない、從つて禪も淨土系も、外來性をもつてゐない。(中略)
 禪が日本的靈性を表詮(ひょうせん)してゐるといふのは、禪が日本人の生活に根深く食ひ込んでゐるといふ意味ではない。それよりもむしろ日本人の生活そのものが、禪的であると言つた方がよい。禪宗の渡來は、日本的靈性に發火の機縁を與へたのではあるが、發火すべき主體そのものは、そのころ十分に成熟してゐたのである。(中略)
 なるほど眞宗教徒は、淨土三部經を所依(しょえ)の經典としてゐる。が、それならば眞宗は何故にシナまたはインドで展開しなかつたか。淨土教の起こりは、シナでは六朝時代(222〜589年)だと思ふが、それから今日に至るまで少なくとも千五百年を經過してゐる。それにも拘らず千五百年前の淨土教は、千五百年後の淨土教である。それから眞宗的横(おう)超(ちょう)經験および彌陀の絶對他力的救濟觀は生まれなかつたのである。これに反して日本では、法然上人が天台教義より獨立させて一宗の面目を保たしめんとするや否や、彼の會下(えか)には親鸞聖人が出現した、さうして彼の所説に一大飛躍を與へてゐるのである。鎌倉時代における日本的靈性の活動は、法然上人の淨土観にも止まることを許さなかつたのである。それは親鸞聖人を起(た)さなければ已まなかつたのである。これは決して偶然の事象だと考へてはならぬ。日本的靈性でなければ、この飛躍的經験は淨土系思想の中に生まれ出なかつたのである。淨土系思想は、インドにもありシナにもあつたが、日本で初めてそれが法然と親鸞とを經て眞宗的形態を取つたといふ事實は、日本的靈性即ち日本的宗教意識の能動的活動に由るものといはねばらならぬ。(中略)大いに有力な力のはたらきかけが、日本的靈性の中から出たと斷定しなくてはならぬのである。このはたらきが淨土系思想を通して表現されたとき、淨土眞宗は生まれた。眞宗經験は、實に日本的靈性の發動にほかならぬのである。それが佛教的構想の中に出たといふことは歴史的偶然であつて、その本質の日本的靈性なることを妨げるものではない。】
(同書20〜24ページ)

4.やまとことば(ひらがな) ほとけごころ(いつくしみ)
4〜5世紀(※諸説あり)に中國から漢字が傳來するまで、文字のない上古代日本では、もつぱらやまとことば(話しことば)によるコミュニケーションでした。やまとことばの發音を、傳來した漢字の音韻を借りて表したのが萬葉假名です。音讀は中國語の發音で讀む漢語、訓讀はやまとことばの發音で讀む和語ですが、その後、草體(崩し字)の變體假名を經て、明治時代に現在の「ひらがな(カタカナ)」となりました。
ひらがなで書く〈ほとけごころ〉は、もちろん日本のことば、やまとことばです。
漢字の「佛(ぶつ)心(しん) @佛の大慈悲心、A衆生のなかに本來備はつてゐる佛性)」よりも、ひらがなの「ほとけごころ(ほとけさまのやうにいつくしむ、なさけぶかいこころ)」の方が、日本人の情感に響きます。

@ と(溶)く/ほど(解)く
→と(融)ける/ほど(解)ける
A ゆる(許)す/ゆる(弛)む
→ゆ(搖)れる/ゆる(緩)める
B たす(助)く/すく(救)ふ
→ま(負)ける/まか(任)せる
C つつ(包)む/さら(晒)す
→あら(洗)ふ/すす(濯)ぐ
D な(成)る/な(鳴)る/な(生)る
→あ(生)る/あ(顯)る

全五回、「たのしい」講座を心がけます。

posted by 國語問題協議會 at 21:28| Comment(0) | 市川浩

2018年10月13日

日本語ウォッチング(6) 火事が起きた 織田多宇人

近頃は何でも「起きる」ことになつたやうだ。「火事が起きた」、「事件が起きる」と言つた調子。火事や事件がひとりで「起きる」わけではあるまいに、どうも耳障りである。「起きる」は目を覺ますこと、また横になつてゐる状態から立ち上がることが、もともとの意味で、主語は一般的に「人間か動物」。「起こる」は、病氣や災害などある状態・状況が發生するときに用ゐられて來て、主語は「出來事」。從つて「子供が早く起こる」等とは言へない。しかし、近頃はもともとは「起こる」と言うべき時に「起きる」を使う場合が大變多くなつて來てゐる。、
ただし、いまでも「起こる」しか使えない場合もある。たとえば、「サッカーブームが巻き起こる」や「拍手がわき起こる」などは、「巻き起きる」「わき起きる」とは言えない。また「国が(産業が)おきる」とは言はない。この場合は必ず「おこる(興る)」である。
posted by 國語問題協議會 at 15:35| Comment(0) | 織田多宇人