2019年06月09日

日本語ウォッチング(16)  織田多宇人

しないことができる
戰後、何でも口語にすれば易しくなつた等と言ふ誤つた國語觀が横行した結果、「しないことができる」と言ふ言ひ方が法律や規則の類に用ゐられてゐる。「....セザルコトヲ得」を口語に直譯したものと思はれる。しかしどうもしつくり來ない。「しなくてもよい」とか「しないことが許される」とすれば未だマシなのだが。辭令とか卒業證書などまで簡潔で威嚴のある文語調が影を潛めたのは殘念である。
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2019年06月03日

幾何學の意味の變容(V)(47)

「解析幾何學」の世界では、「點」は“部分をもたないもの(『原論』)”ではなく2つの實數の組(x,y)であり、直線や圓などの圖形は最早紙の上に書かれた“セン”や“マル”ではなく、それらは“數式”で定義されるものとなりました。したがつてゐたとへば“2直線が交はるか否か”といつた幾何學的問題は、“2直線の方程式を連立した連立方程式が解を持つか否か”といふ代數的問題に姿を變へてしまひます。つまり、これが幾何學における「意味の變容」であり、實はこの「意味の變容」については中學や高校で「圖形と方程式」として學んだことでした。

しかし、これで幾何學の「意味の變容」が終はつたわけではありません。ご承知のやうに、アーベル(1802〜1829)やガロア(1811〜1832)の5次方程式の研究から“群”といふ概念が生まれ、今度は代數學自體に「意味の變容」が起こります。いはゆる「抽象代數學」の誕生です。

「代數學」は、「具體的な數の計算」から「文字の計算」に移行することによつて生まれましたが、その文字計算の操作自體を對象化して、その“操作(囘點や對稱移動、文字の並べ替えなど)の計算”を考へて生まれたものが「抽象代數學」と言はれるものです。“群(group)”といふ概念もそこから生まれたもので、さらに整數(0、±1、±2、・・・)の「加法、減法、乗法」を抽象化して“環(ring)”といふ概念が、そして有理數(整數比で表はされる數で、いはゆる分數)の演算から“體(field)”といふ概念が生まれます。これらについてここで詳述することはできませんが、いづれにせよ「反省による主題化」によつて、古典的な代數學は「抽象代數學」に變容していくことになり、この抽象代數學と幾何學が結びついて、幾何學に再び「意味の變容」が齎されます。この「意味の變容」について統一的な視點を與へたのが、獨逸の數學者Felix Klein(1849〜1925)です。クラインと言へば、メービウスの帯の3次元versionである“クラインの壺”がよく知られてゐますが、23歳のクラインがエルランゲン大學に就職したときの講演で發表した「エルランゲン目錄(Erlangen programm)」でその統一的視點が語られます。その内容は要するに「一つの幾何學は一つの變換群によつて不變な性質を研究する學問(不變式論)」といふものでした。“變換群”といふ厄介な言葉が出てきましたが、たとへば中學で學んだ幾何における“合同”や“相似”といふ考へ方が、短絡的に言へば“合同變換(ある圖形をそれと全く重なるやうに移す操作)”や“相似變換”のことだと思つて頂いて差し支へはなく、これらの“變換”も變換群の一種です。

私たちは、ふつう△ABCと△A'B'C'が相似であるとき、この2つの圖形は“同じ形”をしてゐるといふ言ひ方をしますが、氣難しい數學屋は、そもそも圖形の“形”とは何かといふところから出發して、“圖形の形とは、任意の相似變換によつて不變に保たれる性質”と定義し、その相似變換群によつて不變な性質(つまり圖形の形)を研究する幾何學が“相似幾何”だ、といふ言ひ方をするのです。言ふまでもなく、合同變換によつて不變に保たれる性質を調べる幾何が“合同幾何”です。

19世紀における幾何學には合同幾何や相似幾何の他に、「アフィン(affine)幾何(擬似幾何)」、「射影幾何」、「非ユークリッド幾何(楕圓型 と雙曲型の2つ)」といつたものが知られてゐます。アフィン幾何といふのは、相似變換をさらに擴張して得られる變換群に對する幾何學で、この世界では線分の長さや角、また圓や三角形の大きさといつたものは意味をもちません。いづれにせよ、これらの幾何學や20世紀になつて急速に發展した「位相幾何(通俗的な言ひ方をするとコーヒーカップとドーナツが同じ形だと認識する幾何)」などは、すべてクライン流の幾何學認識で把握することができ、さらにこれらはすべて「射影幾何」から派生することがクラインによって示されました。しかし、19世紀後半になってクラインの幾何學認識の枠には收まらない幾何學が生まれます。これが“リーマン幾何學”と呼ばれてゐるものですが、殘念ながらこれについてここで説明することはできません。
(河田直樹・かはたなほき)
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2019年06月01日

幾何學の意味の變容(U)(46)

非ユークリド幾何の出現によつて幾何學の「意味の變容」が起こつたといふことは前回お話ししましたが、「意味の變容」といふ言葉は、實は1973年『月山』で芥川賞を受賞した森敦氏のユニークな評論『意味の變容』から拝借したものです。この作品は74年から5回に亘つて「群像」に連載され、單行本は84年筑摩書房より刊行、さらにその7年後の91年に「文庫本」が出てゐます。文庫本には「意味の變容 覺書」が付されてゐて、森氏は「わたしは學生のころから數學が好きで、數學だけはよく勉強した」とお書きになり、學校をやめてからは數學書が手許になく次第に忘れていつたが、しかし忘れようにも忘れきれないものが頭に残り、その残つた初歩的な數學でいろいろなことを考へるのが樂しかつた、と回想されてゐます。

『意味の變容』は「寓話の實現、死者の眼、宇宙の樹、アルカディア、エリ・エリ・レマ・サバクタニ」の5章からなりますが、各章についてそのテーマを私流に端的に要約すれば、
寓話の實現−森敦の『ツァラトゥストラはかく語りき』
死者の眼−森敦のレンズ磨きと無限遠點
宇宙の樹−森敦の非ユークリツド幾何と位相幾何學 
アルカディア−森敦の言語論と意味の變容論
エリ・エリ・レマ・サバクタニ−森敦の『海と夕焼』
といふ具合になります。『意味の變容』は、ピアジェのいふ「反省に基づく主題化」といふ知的行為によつて、人生の様々なモノやコトの意味が變容していく様を樂しめる本で、讀者の方々にも一讀を薦めておきたいと思ひます。

ところで、「幾何學の意味の變容」についてですが、結局幾何學とは何を研究する學問なのでせうか。こんにち、「合同・相似」といつた言葉が登場する「ユークリツド幾何」は中學で學びますが、さらに中學では、直線や円や抛る放物線などをxやyの式で表はす幾何學も學びます。いはゆる「解析幾何學」で、これはフェルマーやデカルトたちによつてはじめられたもので、アラビア代數學と幾何學の結婚でした。小林秀雄は「常識について」で次のように述べてゐます。

デカルトは、數學を學んでみて、この貴重な學問が、なぜ死んでいるかを看破した。それはこの學問が、常識に結合してゐないからなのだ。數學の仕事の背後では、目に見えぬ、極度に純化された常識が働いてゐるはづなのだが、これに目を着けないから、數學は惡く専門化し、幾何學者は圖形を追ひ、代數學者は符号に屈從し、實効のない、いたづらに複雑な技術と化してゐる。デカルトは、數學を計算の技術と見る眼から、數學を「精神を陶冶する學問」と解する大きな精神の眼に飛び移る。そして、これを實地に當つて、陶冶してみる。すると古代の幾何學は近代の代數學に結合してしまつた。

「精神を陶冶する學問」といふ言ひ方は、大東亜戦争時における“精神主義”などといふ言葉を聯想して誤解する人もゐるかもしれませんが、そういふ人はデカルトの『精神指導の規則』を一讀し、さらにフレデリツク・ド・ブゾン氏の『La Science cartésienne et son objet』(HONORÉ CHAMPION)などに當たられてみるとよいでせう。『精神指導の規則』についてはいづれ數學との關聯で論じてみなければならないと思つてゐますが、小林秀雄は17世紀前半の歐羅巴における數學事情を的確に言ひ當てゐて、さすがだと思ひます。心理學者ジャン・ピアジェが指摘したやうに「代數學」自體も、單なる數値計算から「意味の變容」を通して生まれてきたものですが、その「代數學」と「幾何學」とが結合した結果、實はお互ひに影響し合つて、さらに「意味の變容」が起こります。ちなみに、拙著『優雅なe^iπへの旅』(現代數學社)でも述べたことですが、実は“貨幣”も「意味の變容」の結果であり、“假想通貨”も同様です。“アルゴリズム革命”などと大袈裟に受け止める必要など全くない、といふのが私の持論です。
(河田直樹・かはたなほき)
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