2019年01月05日

數學における言語(39)(40)非ユークリッド幾何と日本ブンガク

非ユークリッド幾何と日本ブンガク(U)(39)

 「非ユークリッド」といふ言葉は直接出てきませんが、すでに第8回でも觸れたやうに、この幾何學の議論が登場する横光利一の『旅愁』もある意味では日本ブンガクの例外かもしれません。横光利一は、彼自身の分身ともおぼしき矢代といふ青年にこんなことを言はせてゐます。
  「やはり、地球といふものは球面をしてゐますよ。だから、ギリシャの平面の三角幾何學ばかりぢや、實社會といふ、つまり球面上の三角形を計るには誤りを犯すことも多いのですね。それはさうと、日本の昔からの幾何學は球面の三角形ですよ。リーマンだ。どうしたつて、平面と球面とは違ふなア」
 矢代は、この小説のもう一人の主人公である久慈とは對照的に、ヨーロッパ遊學後日本への思ひ入れがますます強くなつていく人物として描かれてゐますが、矢代の戀人千鶴子の兄である帝大の數學學徒槇三に「日本に昔、幾何學はあつたのですか」と問はせ、矢代に「ありましたとも、日本の古い祠の本體は弊帛ですからね。弊帛といふ一枚の白紙は、幾ら切つていつても無限に切れて下へ下へと降りてゆく幾何學ですよ。同時にまたあれは日本人の平和な祈りですね」と答へさせてゐます。
横光利一が川端康成の盟友で新感覺派の“偉い作家”の一人であるといつたことは、私にはどうでもよいことですが、しかし矢代の「平面と球面の三角形」にせよ、「無限に切れて下へ下へと降りてゆく幾何學」(まるでヘリコイド!)にせよ、二十代の頃この箇所をはじめて讀んで、言葉は惡いのですが私は「コノオッチャン、イッタイナニイッテンノカ」と嫌惡感を抱いたものです。私自身、微分幾何やリーマン幾何を學んでゐた時期と重なつてゐましたから「球面幾何學を實社會にたとへ、擧句にリーマン幾何とは恐れ入るね」と思つたのです。
 上に引用した箇所を讀むと、横光利一といふ人はいつたいどういふ觀點で數學や幾何學を見てゐたのか、と訝ります。かういふ文章を讀まされると、前回の三島由紀夫の「日本語獨特の抽象概念にあたるものは、いつも情緒の霧にまとひつかれ、感情の濕度に濕潤されて」といふことを痛感します。
 「なぜ日本には數理哲學の歴史がなかつたのか」−これについては第9回の「口惜しい思ひ」でも書きましたが、もう50年以上も前の少年時代に抱いたこの疑問に、私はいまだに繰り返し立ち返つてしまひます。
 高群逸枝(1894〜1964)は、アナーキズムの立場から女性解放を主張した、はつきり言へば私にとつては無縁の人ですが、しかし彼女は『女性の歴史』といふ本で、「日本文化は古來女性上位の文化だ」(全くその通りで、だとすればなぜ女性解放などといふお題目を唱へる必要があるのでせうか)と述べ、さらに「日本文化史」を書いたアメリカのある學者の言葉を引用しながら、次のやうに指摘します。すなはち「日本女性は男に從屬的でもなく、壓迫されてもゐず、情緒と本能と空想が働くままに自由に振舞ふことができた。男たちの使ふ漢文は、死んだコトバを使つてゐたのと同じだが、女性たちは子供のときから口にしてゐた生きたコトバで表現することができた。日本女性は自分自身の考へを書くことができたが、日本の男たちはシナ人の見たものを盗用、盗作したにすぎない」と。無縁の人とは言へ高群逸枝に脱帽するほかはありません。
三島由紀夫は『文章読本』で、「日本文學はよかれあしかれ、女性的理念、感情と情念の理念においては世界に冠絶してゐる」と指摘し、文學に登場する日本の男は「戀愛(肉欲)と行動にのみ寄與する存在」として描かれ、「男性の精神的世界は閑却され、この傳統は明治以後の近代文學にまで續いてゐる」と述べてゐます。こんなことを言へば、傲慢の謗りを免れませんが、そもそも日本の男に真の「形而上學的精神」があったかどうかは疑問です。かつて70年代には「戀愛と行動にのみ寄與」する「ヤクザ映画」の主人公が大衆の人氣を博し、一世を風靡しましたが、かういふところにも“日本ブンガク”の伝統がしぶとく生き延びてゐた、と言へるのかもしれません。 

射影幾何學と無限遠点(T)(40)
 「射影幾何學」といふ言葉を聞かれたことがあると思ひますが、これはイタリアの建築家ブルネレスキ(1377〜1446)によつて創始された「遠近法」を母胎として生まれた幾何學と言はれてゐます。言ふまでもなく、「遠近法」は「2本の平行線が無限の彼方で1点に融け合つてゐる」やうに見える、素朴で自然な“視覺”に依據した画法で、アルベルティ(1404〜1472)、フランチェスカ(1416〜1492)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)、デューラー(1471〜1528)などの画家や建築家たちによつて實践的に研究されたやうです。特にフランチェスカは遠近法を理論的、數學的に探究したやうですが、遠近法の「實技」が確立された16世紀以降は、遠近法の研究は画家たちから顧みられなくなり、その理論的研究は數學者たちの仕事になりました。
 ところで、「2本の平行線が交はつてゐるかのやうに視える無限遠點」を恐れ氣もなく是認する「射影幾何學」は、古代希臘ではついに生まれませんでした。「無限(無限定)を忌避」した希臘文化の當然の結果だと思はれますが、このあたりの事情を考察した120頁足らずの面白い書物があります。William M. Ivins,JRといふ人の『ART & GEOMETRY A Study In Space Intuitions』(DOVER BOOKS)といふ本で、これは1946年に出版され、現在でも注文すれば入手可能です。
 Ivinsはこの本の第3章の最後で、“Greek art and Greek geometry were based on the same tactile-muscular sensuous intuitions”と記してゐます。「希臘藝術も希臘幾何學も、ともに『筋肉觸感』を土臺にして成立してゐる」といふわけです。第38回で紹介した寺坂英孝氏の『非ユークリッソ幾何の世界』でも、『原論』における直線や平面は「ガラスや石の塊を根気よく擦り合わせてできる」もので、それは「手段として手の觸覺を使ふわけだから、かういふやり方で作つた平面や眞つ直ぐな線などを觸覺的平面とか觸覺的直線とか言つたらいいと思ふ」と語られてゐますが、なるほど、ユークリッド幾何の「平行線の公理」が、「視覺的公理」ではなく「觸覺的公理」である、といふのはまことに興味深い指摘です。
ところで、スイスの文化史家J・ブルクハルト(1818〜1897)は、『ギリシア文化史』(新井靖一訳)において、希臘藝術の考察を「彫刻」からはじめてゐますが、「彫刻においては、精神の唯一の、そして自然な表現は肉體である」(第6章)と述べてゐます。そして「美はギリシア人に最高度の影響を及ぼしただけではなく(中略)、美を倫理的な立場からいとも果敢ない財寶と見なすことに汲々としてゐる近世とはまつたく反對であり、何よりもまづ、何のはばかりもなく美を求めて祈ることが許されてゐた」(第9章、ゴシック河田)と指摘してゐます。さらにまたブルクハルトは「ギリシア人を見るとき、そこに世間の耳目を惹いたり、恣意的であつたり、不自然に個性的なものや、天才の突飛な行動といつたやうなものがまつたくないことを確認するのである」(第6章)とも述べてゐます。要するに古代希臘では、近世以降においては“よし”とされてゐる「主觀的なもの、個性的なもの」が出しやばる餘地などなかつた、と述べてゐるのです。奇妙な話ですが、希臘人のこのやうな「近世とはまつたく反對である」價値觀を想ふにつけ、私は下村寅太郎の「無限を有限以上のものと考へるのは近世的な理解の仕方で、希臘人はそれとは反對の考へを抱いてゐた」といふ指摘を思ひ出します。
「精神」とはすなわち「肉體(筋肉)」であり、「美」は「見えざる彼方(彼岸)」にではなく、「いま、ここ(此岸)」に確固とした形で存在してゐる、といふのが希臘人の考へでした。「内面の美」が近世の發明あるいは發見であれば、希臘人にとつては美は手で觸れ得る外面そのものでした。“tactile-muscular”なる幾何學が生まれるゆゑんですが、「ユークリッド幾何における「觸覺的平面や觸覺的直線」の背後に、上で述べた希臘人の藝術觀が潜んでゐたと考へるのも、あながち穿ち過ぎた見方ではないと私は思つてゐます。     (河田直樹・かはたなほき)

posted by 國語問題協議會 at 10:32| Comment(0) | 河田直樹

2019年01月04日

一月一日

一月一日    作詞 千家尊福  作曲 上眞行

一、年の始めの 例(ためし)とて
  終りなき世の めでたさを
  松竹たてて 門ごとに
  祝ふ今日こそ 樂しけれ

二、初日のひかり 明らけく
  治る御代の 今朝のそら
  君がみかげに比へつつ
  仰ぎ見るこそ 尊とけれ
posted by 國語問題協議會 at 10:42| Comment(0) |

2018年12月18日

日本語ウォッチング(9) 聞かないじまい 織田多宇人

文語文で慣用的に使はれてゐる言葉をわざわざ口語文に變へると妙な事になる。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(河出書房)二十二頁に「父から聞かないじまひだった」と言ふ表現が出てくる。文語の「ず」は口語の「ない」に當るので、「聞かずじまひ」は口語では、「聞かないじまひ」になる譯だが、なんとも語呂が惡い。言葉は慣用によって成立つてゐる分が大きいので、慣用を重んずべきだらう。「讀まずじまひ、書かずじまひ」を、「讀まないじまひ、書かないじまひ」などとしたら日本語らしくない。「知らず識らずのうちに・・・・・」、「親子水入らずで・・・・・・」を、まさか「知らない識らないうちに・・・・・・」、「親子水入らないで・・・・・・」などとは書かないだらう。最近出版社がもともと文語文で書かれてゐる本を口語文に改めて出版する例がある。本來口語文に改めることには反對だが、どうしてもと言ふ場合でもかう言ふ所は愼重によく考へて作業して貰ひたいものだ。
posted by 國語問題協議會 at 22:12| Comment(0) | 市川浩