2021年04月24日

國語のこゝろ(6)「傳統的󠄁な漢字やかなづかひについてアンケートを取ってみた」/押井コ馬

【主󠄁な漢字の新舊對應表】
傳(傳) 舊(旧) 對(対) 應(応) 藝(芸) 讀(読) 學(学) 覽(覧)

今回は特別篇です。
先月(2021年3月)、私の主宰するウェブサイト/文藝同人サークル「はなごよみ」にて、傳統的󠄁な漢字やかなづかひについて(讀み書き能力、どのやうに學んで書いてゐるか等)のアンケートを取りました。
その結果を下記のウェブサイトに揭載してゐますので、是非御覽下さい。

「正漢字(旧漢字)・歴史的仮名遣について」アンケート集計結果
posted by 國語問題協議會 at 12:15| Comment(0) | 押井コ馬

2021年04月10日

日本語ウォッチング(39)  織田多宇人

一生懸命
もともと主󠄁君から賜つた一箇所󠄁の知行地を命に懸けて大切にするということから「一所󠄁懸命」と言ふ言葉が生れたのだが、「一生懸命」と書く人が尠からずゐる。「一生懸命」では一生命を懸ける、と言ふ奇妙な意󠄁味にしかならない。「一生懸命」が行してゐる今日、その追󠄁放をなんとか一所󠄁懸命叫ばうともどうすることもできないかも知れない。しかしせめて、「一生懸命」と書く人に、これは「一所󠄁懸命」の訛(なまり)であることだけは知つて貰ひたいものである。
posted by 國語問題協議會 at 02:00| Comment(0) | 織田多宇人

2021年04月03日

かなづかひ名物百珍(7)「松浦佐用姬」/ア一カ

佐用姫a
佐用姫b
 戀仲であった大伴󠄁狹手彦が、新羅に出征する悲しみのあまり石と化󠄁した傳說が萬葉集や風土記に見える。唐󠄁津市嚴木(きうらぎ)がその舞臺とされ、少々山奧のやうであるが、最後に見送󠄁った領巾振山(ひれふりやま)はもう玄界灘に近󠄁い。

 中世以降、能や御伽草子などでさまざまに語られてきた物語については別の機會に讓るとして、そもそもなぜ「さようひめ」ではないのだらう。一言で表現すれば、上代の日本人は「母音󠄁の連續は發音󠄁はできなかった」といふ事だらう。「アイ(愛)」だの「ヤマタイ」だのは、漢字音󠄁の輸󠄁入以降なのである。『魏志倭人傳』に登場する地名や人名もさうで、むしろ「邪󠄂馬臺」が例外的󠄁といへる。ちなみに「松浦」が「末盧(マツロ)國」であるに相違󠄂ないと衆目は一致する。

 じつは兵庫縣佐用郡佐用町も「さよ」と讀む。ここは佐用姬が彷徨ってたどりついた地であるともいふが、傳說の事とて眞僞の程󠄁はわからない。『日本書紀』には「狹夜郡」とあり長らく「さよ」であったところ、昭和三十年に「さよう」へと變更してしまった。

佐用姫c蜜柑
佐用姫d菓子
 唐󠄁津の方では佐用姬を「町おこし」的󠄁に利用してゐるやうで、蜜柑や菓子など「さよ姬」がしっかり生きてゐる。唐󠄁津市の「嚴木(きうらぎ)」は「Cら木」の轉であり、また北九州市の京良城(きゃうらぎ)町や甲州街道󠄁のヘ來石(けうらいし)宿なども同趣の由來と言はれてゐる。
posted by 國語問題協議會 at 09:00| Comment(0) | 高崎一郎