2019年12月18日

『萬葉集』卷五序(題詞)←『文選』卷十五(歸田賦)。漢字の言靈(ことだま)。 原山建郎

『萬葉集』卷五序(題詞)←『文選』卷十五(歸田賦)。漢字の言靈(ことだま)。 原山建郎

 新元號「令和」が發表された4月1日、安倍晉三首相は午後の記者會見で、「歴史上初めて國書を典據とする元號を決定した」と滿面の笑顏で大見得を切つた。
 首相談話のポイント部分を再録してみよう。

 『令和』と云ふのは、いままで中國の漢籍を典據としたものと違つてですね、自然のひとつの情景が目に浮かびますね。嚴しい寒さを越えて花を咲かせた梅の花の状況。其れがいままでと違ふ。そして、その花がそれぞれ咲き誇つていくと云ふ印象を受けまして、私としては大變、新鮮で何か明るい時代につながるやうなさういふ印象を受けました。


 その出典とされた『萬葉集』卷五にある題詞(前書き)「梅花歌卅二首并序」は、れつきとした漢文(中國語=漢語)である。
 此れを書き下し文(邦文)にすると「梅花の歌三十二首并(あは)せて序」となる。新元號の典據とされた引用文(漢文)、書き下し文(舊漢字・舊假名遣による邦文)は次の通りである。

于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 初春(しよしゆん)の月(れいげつ)にして 氣(き)淑(よ)く風(かぜ)(※やはら)ぎ 梅(うめ)は鏡前(※きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き 蘭(らん)は珮後(はいご)の香(※かう)を薫(※くゆ)らす


 ところが、首相官邸のホームページに掲載された書き下し文は、【和(やわら→やはら)ぎ、鏡前(きょうぜん→きやうぜん)、香(こう→かう)】など、舊假名遣ひではない「現代假名遣い」で書かれてゐる。原文の「氣(舊漢字)」を「気(常用漢字)」と表記している。
 また、「香(かう)を薫(かお)らす」と訓讀してゐるが、香(かをり)は「薫(くゆ)らす」のはうが似つかはしい。
 國書(漢籍・佛典・洋書などに對して、日本で著述された書物。和書)を典據とするといふならば、もつと萬葉集へのリスペクトがあつて然るべきではないか。これはすなはち、高校時代の「古文」の授業で習つた「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎ〜」といふ『枕草子』の冒頭を、「春はあけぼの。ようよう白くなりゆく山ぎ〜」と書くやうなものである。

 萬葉集は七世紀から八世紀にかけて編まれた日本最古の歌集だが、五世紀ごろ朝鮮半島(百濟)を經由して傳へられた「漢字」の音韻(發音)を借り(假借)て、日本語(やまとことば、和語)の語順に「漢字」の音韻をあてた萬葉假名で書かれた、四千五百四首あまりの和歌(短歌、長歌、旋頭歌)が收められてゐる。
 やまとことば(和語)で書かれた和歌の前書き(序)は「詞書(ことばがき)」といふが、漢文で書かれた萬葉集の和歌の前書きは「題詞(だいし)」といふ。狹義の意味で「國書」をとらへるなら、漢文で書かれた題詞は「漢籍(中國人によつて書かれた漢文形態の書物)」、和語(やまとことば)で詠はれた和歌が國書(國文)といふことになる。然し、萬葉集の題詞は「日本人によつて書かれた漢文形態の文章」である事に注目すれば、廣義の意味で漢文である題詞も「國書」と呼べるものだといへるだらう。

 參考までに、「梅花の歌三十二首」から、代表的な和歌二首(上段・萬葉假名、下段・漢字交じりの「やまとことば」)を紹介しよう。萬葉假名の漢字は、やまとことばを表記するための當て字(假借)なので、新元號となる「漢字」二文字を萬葉假名(やまとことば、和語)から選ぶことはできない。


武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曾 烏梅乎乎<岐>都々 多努之岐乎倍米 [大貳紀卿]
正月(むつき)立ち 春の來(きた)らば かくしこそ 梅を招(を)きつつ 樂しき終へめ [だいにきのまへつきみ=紀朝臣男人(きのあそみおひと)]
烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我霸能曾能尓 阿利己世奴加毛 [少貳小野大夫]
梅の花 今咲けるごと 散り過ぎず 我が家(へ)の園に ありこせぬかも [せうにをののだいふ=小野朝臣老(おののあそみおゆ)、※大宰少貳として、小野老の大宰府着任を祝ふ饗宴で、老(おゆ)自らが詠んだ和歌]


 さて、新元號が發表された、ちやうど同じ日、岩波文庫編輯部が次のやうに(括弧内は一部省略)ツイートした。

 新元號「令和」の出典、萬葉集「初春の令月、氣淑しく風和らぐ」ですが、『文選』の句を踏まえてゐる事が、新日本古典文學大系『萬葉集(一)』(岩波書店、1999年)の語注に指摘されてゐます。「「令月」は「仲春令月、時和し氣清ら可也」(張衡「歸田賦・文選卷十五)」とある。」


 『文選(もんぜん)』は六世紀前半に成立した中國古代文學の詩文撰集。日本にも天平(710〜794年)以前に傳へられ、奈良時代から平安時代にかけて廣く讀まれた。「卷十五」に收められた『歸田賦(きでんふ)』は、後漢代の文人、張衡が順帝永和三年(138年)に作つた賦(漢詩)で、その中に「令」と「和」の二字がある。

 於是仲春令月 時和氣C 原隰鬱茂 百草滋榮 おりしも今は 春も半ばのめでたい月よ。時節はなごやか大氣は澄んで、岡も濕地も鬱(うつ)さうと 百草(ひやくさう)は繁り花さく。


 このツイートが引き金になつて、新元號「令和」の由來をたどれば(中國)後漢代の『歸田賦』だから、「歴史上初めての國書典據」ではなく、これまで通り漢籍を典據としたものだといふ聲が上がつた。其の一方で、たとへ漢文であつても、日本人が書いた漢文だから「國書」だといふ反論もあつたが、安倍首相が「歴史上初めて國書を典據とする元號を決定した」と切つた大見得に、暗雲が立ち込めたかに見える。

 しかし、ここで萬葉集が編纂された當時の文人たちが、和歌(やまとうた)の歌人であつただけでなく、『文選』など漢文(漢語)で書かれた漢籍にも通じてゐたことに注目しなければならない。つまり、「令」と「和」の二文字が『歸田賦』にあることを知つてをり、その幅廣い素養をもとに、和歌でいふ本歌取り(古歌から句の一部を借用し、新たな歌を作る技法)を援用して、「仲春令月 時和氣清」を「初春令月 氣淑風和」と、「和風漢文」に詠み替へたに違ひない。ちなみに、萬葉集の「初春」は舊暦一月、歸田賦の「仲春」は舊暦二月をいふ。仲春には「百草」だが、初春は「梅花」が似合つてゐる。

 萬葉集を編んだ時代の日本人は、中國から朝鮮半島經由で傳はつた中國語の漢字といふ種子(コード、記號)を、日本の土壤に蒔いて育てるといふ「和魂漢才」の技(わざ)によつて、漢字かな交じり文といふ日本語(モード、樣式)に變換した。そして、現代の私たち、日本人はいまもなほ、中國語である「漢文」を、高校時代の「漢文」の授業で習つた「書き下し文」と云ふ日本語で讀むことができる。

 紀元前十四〜十一世紀ごろに榮えた古代中國・殷王朝時代に創られた甲骨文字にルーツを持つ漢字(漢民族の文字)は、現代支那では1950年に制定された簡體字(簡略字體)の使用によつて、漢字本來の成立ち(會意・象形・形聲・指示文字)がわからなくなりつつある。
 かつて漢字を日本に傳へた(元漢字文化圈の)朝鮮半島でも、十五世紀半ばに創られたハングル(朝鮮語を表記するための表音文字)を用ゐて、現在では漢字を用ゐず、漢字の發音で表す、감사(カムサ)=感謝、안녕(アンニョン)=安寧など、全てハングル表記である。したがつて、ハングル表記の「漢字熟語」では、大意はわかるが、本來の字義をたどる事は難しい。

 令(レイ)を「よい・みことのり」、和(ワ)を「やはらぐ・なごむ」、音讀(漢語讀み)も訓讀(和語讀み)もできる日本語だからこそ、新元號の「令和」といふ漢字の言魂(ことだま)を味はふことができるのだらう。
(ゴム報知NEXT 連載コラム「つたへること・つたはるもの」63 2019年4月9日)
posted by 國語問題協議會 at 07:03| Comment(0) | 原山建郎

2019年12月08日

日本語ウォッチング(26)  織田多宇人

盜癖が覺める
また『小説宝石』の昔の號だが、「いつたん眠つてゐた盜癖がふたたび覺めたのだ」と言ふ一文があつたが、引つかかる。盜癖がまた始つたと、意味は通ずるが、「覺める」には、正氣に戻るとか、迷が解けると言ふ意味があるので、「覺めたのだ」と言はれると、惡い状態から良い状態になつたやうに、つまり、盜癖が無くなつたやうに思つてしまふ。上に「眠つてゐた」とあるため「覺めた」で受けたくなるところかもしれないが、「盜癖が覺めた」を「盜癖が始つた」の意に用ゐることには無理がある。

posted by 國語問題協議會 at 11:32| Comment(0) | 織田多宇人

2019年11月15日

きゃりこの戀(56) 假名遣の論理(1)

きゃりこ: 先生いつも、たとへば「笑う」を「笑ふ」、「いる(居)」を「ゐる」とか書くぢゃありませんか。最初、外人だから間違へるのかな、と思ったんですけど、先生賢いから、間違へるはずないな、と思ふやうになったの。優ちゃんに訊いたら、昔の書き方だって言ふの。昔はそんなふうに書いたんですか。わざわざ面倒なことをしたのね。昔の人って、馬鹿だったのかしら。
オスカー:わざわざ面倒なことをしたわけぢゃありません。自然にできてきた日本語のスペリングなんですよ。
きゃりこ: 發音するとほりに、「わらう」「いる」って書けばいいぢゃありませんか。こんな馬鹿なことやってゐたの、日本だけでせう。
オスカー:日本だけぢゃありませんよ。英語だって、「テイク」と發音するのに、teikではなくて、takeって書きます。おんなじですよ。どこの國のスペリングもさうなの。
きゃりこ: さう言はれればさうですね。英語習ったとき、スペリング見ても發音できませんでしたものね。考へれば、一語一語、發音まで暗記させられたんですね。
 さうだ。knifeは「クナイフ」でなく、「ナイフ」。nifeって書けば濟むことなのにね。
オスカー:knowも「クノウ」でなく、「ノウ」。
きゃりこ: ほんとだ。--------------はッ。もしかして、knで始まる單語はみんなさうなのかな。
オスカー:よく氣が付きました。knee「膝」 knuckle「指關節」 knock「叩く」。みんなkを讀まずに、ノウ、ナックル、ノックですね。實は「knで始まる單語はkを讀まない」といふルールには、例外がないのです。
きゃりこ: すごいね。
オスカー:古い英語では、kを讀んでゐました。knowは「クノウ」だったのです。
きゃりこ: 嘘でせう。馬鹿なこと言って、お馬鹿の私を馬鹿にしてるんだ。怒らせるなよ。あたし、先生に手荒なことはしたくないんだ。それとも、美女に毆られると嬉しいか。
オスカー:本當ですよ。ついでに、takeは「ターケ」と讀んでました。
 よく考へてね。takeを「ターケ」と讀むのは、「思ひます(omohimasu)」を「おもいます(omoimasu)」と發音するのと理窟が似てゐると思ひませんか。
ねね:こんにちは。遲れまして。
きゃりこ: わわわ。今日、鬼姉が來るの忘れてた。
ねね:今、「オニなんとかって言った?」
きゃりこ: 「おにゃあさまがいらしたって言ったんだよ。三河辯でお姉さまのことをおにゃあさまって言ふんだって、家康ドラマで言ってゐたよ」(讀者の皆樣へ。これ嘘です)
オスカー:今、takeを「ターケ」と讀むのは、「思ひます」を「おもいます」と發音するのと同じだって話してゐたのです。
ねね:昔はスペリングどほりに發音してゐた。まあ、發音が先にあったのですから、「發音どほりに書いてゐた」と言った方が理窟に合ふかな。
オスカー:そのうち、だんだんと發音とスペリングが乖離(かいり)してきた。
ねね:あるときから、「eの前の母音はアイウエオでなく、エイ・アイ・ユー・イー・オウと讀む」ことになったんですね。
きゃりこ: 何言ってゐるのか全然分からない。だいたいお姉ちゃん、國際政治學の大學院で、そんなこと教はったの?
ねね:どこでも教はらないよ。そんなこと、中學の時から氣づいてゐたよ。
きゃりこ: チュ、チュー學?! ああん。なんで姉妹なのに、こんなに頭が違ふんだろ。おねえちゃんの英語の實力、中學三年のときには、今の私より上だったんだね。
ねね:馬鹿にするんぢゃないよ。英語始めてから一週間で、あんたの六年分マスターしたからね。
きゃりこ: そこまで言はなくても-------------。しくしく。
ねね:そのかはり、顏はあたしの勝だって、いつも言ってるんだろ。優ちゃん、誘惑してやる。
きゃりこ: いや、いや、いや。言ってないよおお。
オスカー:takeのaはeの前にあるから(kを挾んではゐるが)、アでなくエイと發音するのです。tieやpileはiもeの前にあるからイでなくアイ。tube, Peter, poleのu, e, oもユー、イー、オウですね。アルファベットの表にある讀み方だから、「アルファベット讀み」と言ひます。
ねね:そして、knで始まる單語のkは讀まない。psで始まる單語もpは讀まない。さういふ變化がある時期に一齊に起ったんですね。
きゃりこ: psで始まる單語って?
ねね:psychology(心理學)はなんて發音する?
きゃりこ: プシチョロジーでしょ。當然。
ねね:サイコロジ。
きゃりこ: えええ? それって、賭博のことぢゃないの。
ねね: 一方、日本語では、omohimasuがomoimasuになったのを考へると、「語中のhは發音しない」といふ變化が、これも一齊に起ったのですね。
きゃりこ: よく分からないけど、日本語の昔の假名遣は--------。
オスカー:「歴史的假名遣」って、呼んで下さいね。
きゃりこ: 歴史的假名遣は、英語のスペリングに似てゐるんですね。
オスカー:世界中、どこの國でも、スペリングにはさういふ傳統があるのです。ところが、日本だけ、戰爭に負けたドサクサで、傳統重視の氣持がなくなって、發音記號みたいな「現代仮名遣い」を捏造したのです。
 ところで、ねねさん。さっきの、「語中のhは發音しない」といふのをもう少し正確に言ってもらへますか。
ねね:ううん。ちょっと考へさせて下さいね。----------------「語中のhはaの前ではwになり、i,u,e,oの前ではサイレントになる」
オスカー:おみごと。ううん。これほど見事な定義はないね。
きゃりこ: 説明してよ。
オスカー:「思はず(omohazu)」は「おもわず(omowazu)」と發音しますね。ほら、haがwaになってゐるのは、aの前のhがwの發音に變はってゐるぢゃないですか。
きゃりこ: なるほど。少し分かる。
ねね:そして、omohimasu, omohu (思ふomofu), omohe(思へ)では、hはu, eの前にあるから、サイレント(無音)になって、omoimau, omou, omoeになるといふわけ。
きゃりこ: さうすると、「思はず」は昔は「オモハズ」って發音してゐたわけ?
オスカー:大雜把に假名で書くと、さう言っていいのですが、「オモハズ」と書いても、omohazuではなく、omofazu、もつと昔だとomopazuだったのです。
ねね:ハ行子音がfだったことは知ってゐましたが、もっと前にはpだったのですか。
オスカー:奈良時代にはp。「はひふへほ」は「パピプペポ」といふ發音だった。
 きゃりこさん。「近江」は何と讀みますか。
きゃりこ: チカエ。女の子の名前にしちゃちょっとへんだね。
オスカー:「オウミ」つて讀むんですよ。
きゃりこ: ああ、聞いたことはあるね。名前ぢゃなくて苗字かな。
オスカー:これを奈良時代にはなんと發音してゐたでせう。
きゃりこ: え。え。え。?????
ねね:「アプミ」って讀んでゐたんだよ。
きゃりこ: ほんと? オスカー先生。
ねね:今。私を侮辱したね。今日、家に歸ってからが楽しみだね。
きゃりこ: ごめんよ。ごめんよ。許して。
オスカー:「近江」は歴史的假名遣では、「あふみ」と書きます。「近江」は琵琶湖のこと。語源は「淡水の海」といふことで、「淡海」。「あはうみ」だったのですが、「は」は奈良時代にはpaだったから、apaumi。ところが、古代日本語には「母音連續を嫌ふ」といふ傾向があったので、auが連續するのを嫌って、apumi。それを歴史的假名遣で書くと、「あふみ」になる。後はねねさんに任せよう。ハ行子音がpだったことは知らないと言ったけど、ねねさんなら想像で説明できるでしょ。
きゃりこ: ふん。勝手にしやがれ。
ねね:pがfになり、そのあと、語中ではhまたはサイレントになった。apumiがafumiになり、aumiになり、さらにauが「オー」といふ長音になって、「オーミ(オウミ)」になったといふ次第ですね。
オスカー:そして、「あふみ」を「オーミ(オウミ)」と發音するのはそれほど無理な飛躍ではありません。假名遣と發音の變遷を頭に入れた上で、無理のない範圍に收まるスペリングにしたのが歴史的假名遣なのです。そして、英語のスペリングもそれと同じ、無理のない範圍に收まった綴字法といふことができます。
ねね:つまり、昭和二十一年に、歴史的假名遣を現代假名遣に變へたのは、何の必要もない無駄なことだったといふわけですね。
posted by 國語問題協議會 at 12:22| Comment(0) | 雁井理香