2017年01月12日

きゃりこの戀(39) 侍従長  雁井理香(かりゐりか) 

きゃりこ:
 この前、昭和天皇と本庄侍従武官長の話を伺ひました。「侍従武官」つて、天皇の側に隨ふ軍人のことですよね。さうすると、ふつうの「侍従」は文官なのですね。戦後は「侍従長」がゐるけど、戦前も「侍従武官長」の外に文官の「侍従長」もゐたのですか。
オスカー:
 ゐましたよ。ただし、昭和に入つてからは、「侍従武官長」だけでなく、「侍従長」も軍人であることが多くなりました。有名なのが、昭和の初めの鈴木貫太郎侍従長。
きゃりこ:
 終戦の時の総理大臣ですね。
オスカー:
 読者の皆様に、雁井さんからお報せです。おばかキャラのきゃりこさんが、終戦のときの総理大臣を知つてゐるはずがないといふ苦情が來さうですが、知つてゐないと話が続かないので、仕方ないと思つて下さい。納得の行かない方は、本当はねねさんが話してゐるのだとお思ひ下さい、とのことです。
きゃりこ:
 むかつく。
オスカー:
 鈴木貫太郎は昭和四年から昭和十一年まで侍従長を務めたのですが、この人は海軍大将。その前は軍令部総長(海軍の作戦面のトップ)だつたのですが、昭和天皇の信任に應じて、ずつと格下の侍従長になることを承諾しました。二二六事件で負傷して、辞任しますが、この期間は、侍従長は海軍の軍人、侍従武官長は陸軍の軍人でした。
 「満洲某重大事件」が起つたのもこの時期。陸軍の陰謀で、満洲の匪賊である張作霖を爆殺してしまつたのですが、時の田中義一首相は、天皇に責任者の処罰を約束しておきながら、履行しませんでした。(この爆殺事件は、蘇聯(ソ連)崩壊後に流出した極秘書類を検討した結果、蘇聯の仕業だつたといふ有力説が出されてゐます)
 拝謁したとき、天皇は激怒なさつて、「この前の話と違ふではないか。もうおまへの話は聞きたくない」とまでおつしやいました。
 恐縮して退出した田中は、翌日また参内して、鈴木貫太郎侍従長に、拝謁を願ひ出ました。
 そのときの鈴木の返事が、「たつてのこととあれば、お取次ぎは致しますが、おかみは會ふとはおほせられますまい」
きゃりこ:
 なるほど、侍従長つて、さういふ仕事をしてゐたのか。
オスカー:
 田中は断念して帰り、翌日辞表を出しました。そして、翌年、蟄居したまま病死したのですが、自殺説もあります。
きゃりこ:
 戦前の軍人や政治家が天皇に嫌はれたら、どうしやうもなかつたでせうね。
オスカー:
 この鈴木貫太郎は、昭和十一年の二二六事件で陸軍の叛乱部隊に襲撃されました。拳銃を三発打ち込まれて倒れました。指揮官が軍刀を抜いてとどめを刺さうとすると、鈴木の夫人が、それまで、部屋の隅で、軍人たちに抑へ付けられてゐたのですが、「どうせ死ぬのですから、とどめは刺さないで下さい。必要ならば、私に刺させて下さい」と氣丈なことを言つたので、指揮官の安藤輝三(この人はクーデター参加者の中で一番の人格者だと言はれてゐたのですが)は断念してそれ以上の危害は加へませんでした。
 鈴木は甦つて、昭和二十年に総理大臣に任ぜられ、終戦に漕ぎ付けたのです。
きゃりこ:
 ふうん。偉い奥さんだね。貫太郎は、その後一生、浮気はできなかつたでせうね。
オスカー:
 この奥さんは若い頃に歴史に登場するのです。
きゃりこ:
 へええ。若い女が歴史に出て来るといふのは、よほど美人か、さうでなければ親が偉い人だつたんだね。
オスカー:
 美人でもあり、親もある程度偉い人でしたが、さういふことではないのです。
 昭和天皇が子供の頃の保母だつたのです。
きゃりこ:
 保母? 乳母ぢやなくて。
オスカー:
 未婚だから乳母にはなれませんよ。養育係りですね。東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)附属幼稚園の保母だつたのを皇室が引き抜いたのです。結婚前の名前は「足立たか」。鈴木貫太郎の後妻として結婚したのですが、昭和天皇はこの人を慕つてゐて、鈴木の侍従長時代も首相時代も、ことあるたびに、「たかはどうしてをる」「たかのことは母のやうに思つてゐる」とおつしやつてゐたさうです。戦後も、記者会見で、昔の思ひ出を語つて、「たかは私にとつて母親のやうなものだつた」とおつしやつたことがあります。
 二二六事件で、天皇が烈火の如くにお怒りになつたのは、母のやうに思つてゐた女性の夫が重傷を負はされたことに逆上なさつたのではないかとも言はれてゐます。
きゃりこ:
 天皇の憧れの女性なんだ。ロマンティックなお話ですね。
オスカー:
 今回は日本語の話ぢやなくて、歴史だけの話になつてしまひました。
きゃりこ:
 でも、言葉と歴史は密接につながつてゐるんだから、一回くらゐは、「日本語のあやとり」を管理してゐる怖い先生も許して下さるでせう。


posted by 國語問題協議會 at 10:53| Comment(0) | 雁井理香

2017年01月07日

歴史的假名遣事始め (二十五) 市川 浩

クイズで遊ぶ歴史的假名遣(二十五) 平成二十九年一月一日

先月のクイズ解答
練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

ルビは漢字の訓みを示す優れた方法であるが、これこそは表音式が相応しいのではないか。古例にこだわつて字音仮名遣いなどでルビを振つたのでは、ルビの用をなさない。今は旧かなの仮名に振つて効果を上げているではないか。

この主張に對する反論の一例を擧げます。

ルビは漢字の讀みと共に、普段漢字に隱れた語の假名遣を示す優れ者です。しかもルビの假名遣に接することにより、漢字と字音假名遣との關係に存在する法則性に氣附いて行くことになります。
「繪圖面」「手傳」「教へる」を假名でルビを振ると「ゑづめん」「てつだひ」「をし」ですが、
之を新かなルビにすると「えずめん」「てつだい」「おし」となつて、本文との整合性は目茶苦茶になつてしまひます。特に歴史的假名遣の假名に新かなルビを振るなど、破壞を目的としてゐることは明らかです。
この主張にはカタカナを含めた假名が國語書き言葉の表記文字として漢字と竝ぶ文章文字であるとの意識がなく、單純な表音文字として扱つてゐる處に基本的な誤りがあります。

練習問題
下記の所論に問題があるとすれば、その反論を御書き下さい。(問題の性質上、敢て新字・新かなで表記してあります)。

結局正字・正かなは昭和二十年までの表記といつても、完成は契冲以後であり、それも不徹底であつた。つまり所詮近世の人造物に過ぎず、同じ人造物である現代仮名遣いの方が遥かに合理的ではないのか。
posted by 國語問題協議會 at 11:22| Comment(0) | 市川浩

2017年01月01日

 きゃりこの戀(38) 明治の皇室典範  雁井理香(かりゐりか)

 
オスカー:
 さて、今日は新年といふことで、日本の皇室の将来を考へてみたいと思ひます。
きゃりこ:
 天皇陛下が退位の御希望を述べられたのですね、昨年は。皇室典範を改正するとかしないとか、揉めてますね。
オスカー:
 今日は、明治の皇室典範を説明したいと思ひます。
 明治の皇室典範は、明治二十二年二月十一日、大日本帝国憲法と一緒に公布されました。憲法の「告文」(コウブン/天皇が神々に報告する文書)には「茲(ここ)に皇室典範及憲法を制定す」とあります。憲法と一体になつたもので、皇室典範の方が格上なのです。
 前文は「天佑ヲ享有シタル我カ日本帝國ノ寳祚ハ萬世一系歴代繼承シ以テ朕カ躬ニ至ル」で始まります。
 あ。「寳」は「宝」の正字。「祚(そ)」は「位」。「皇位」のことを「宝の位」と言つてゐるのです。「躬」は「み」。「ちんがみにいたる」つて、漢字見ながら考へると分かりやすいでせう。
きゃりこ:
 「代々一つの血統で受け継いで、現在の朕の治世まで続いてゐる」といふことね。
 本文もヘへて。
オスカー:
第一條 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス
きゃりこ:
 ふむふむ。「祖宗の皇統」といふのは、皇室の血統だね。皇室の血統に属してゐる男系の男子でなければ天皇にはなれないんだ。
 今、愛子様を天皇にすればいいといふ人もゐますけど、「男系ノ男子」でないといけないんだから、そもそも無理ぢやない。あ、さうか。これは明治の皇室典範だね。今の皇室典範では「男系の男子」でなくてもいいのかな。
オスカー:
 今の皇室典範(終戦後に改正された)では、かうなつてゐます。
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
きゃりこ:
 ぢやあ、愛子様はなれないぢやない。
オスカー:
 そこで、愛子様を天皇にしたいといふ人たちは、皇室典範を改正すべきだと言つてゐるのです。
 まあ、今日は僕の意見は言はないで、事実だけを説明しませう。
第十條 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ踐祚シ祖宗ノ~器ヲ承ク
きゃりこ:
 最後の所凄いね。法律の中に三種神器が出て來るとは思はなかつた。「承く」は何と讀むの? この流れだと「そそうのじんぎをうく」となるのかな。
オスカー:
 さうですね。「承ける」といふことだから、「うく」です。ただ、「じんぎ」でなく「しんき」と讀んで下さい。
きゃりこ:
 「さんしゅのじんぎ」のことだから、「じんぎ」でせう。
オスカー:
 ふつうに話題にするときは、《呉音》で「じんぎ」ですが、詔書や法律のやうな公式文書では「しんき」と《漢音》で讀むことになつてゐます。
きゃりこ:
 それにしても、「皇位に即(つ)く」ことを「神器を承く」とは驚くね。宗教国家ぢやないですか。
 「祖宗」って、何だらう。なんとなく分かるけど、正確に言ふと?
オスカー:
 「皇祖皇宗」を縮めたもの。「皇祖」は「皇室の先祖」で「天照大神」のこと。「皇宗」は「代々の天皇」のことです。
 では、続き。
第十三條 天皇及皇太子皇太孫ハ滿十八年ヲ以テ成年トス
第十四條 前條ノ外ノ皇族ハ滿二十年ヲ以テ成年トス
きゃりこ:
 天皇が未成年者扱ひだと困ることもあるから、成人するのを早めたのね。でも、この規定は、當然、今の皇室典範にはないのでせう。
オスカー:
 それが、面白いことには、今も殘つてゐるのです。
きゃりこ:
 愛子様も悠仁様も十八歳で成人なさるのか。
オスカー:
 違ひます。愛子様も悠仁様も「皇太孫」ではないから、ふつうの皇族扱ひで、成人なさるのは二十歳です。
 ただし、現在の皇太子殿下が即位なさつて、悠仁様が皇太子におなりになつたら、十八歳で成人です。
 さて、その次。
第十九條 @天皇未タ成年ニ達セサルトキハ攝政ヲ置ク
A天皇久キニ亘ルノ故障ニ由リ大政ヲ親ラスルコト能ハサルトキハ皇族會議及樞密顧問ノ 議ヲ經テ攝政ヲ置ク   (「親ラ」は「みづから」)
きゃりこ:
 なるほど、摂政の規定か。@(第一項)は天皇が十八歳以下のときは、必ず摂政を置くんだ。Aでは、御病気のときなどは摂政を置くことができるといふことね。
 今回の「生前退位」騒動では、老齢のためだから、Aの規定によつて、摂政が置けるのね。
オスカー:
 それは、今の皇室典範でも同じ。でも、陛下は摂政では中途半端だから、もう退位したいとおつしやつてゐるわけです。
きゃりこ:
 で、退位の規定はどうなつてゐるの?
オスカー:
 前の皇室典範にも、今の皇室典範にも、退位の規定がないのです。
きゃりこ:
 ぢやあ、退位はできないのか。
オスカー:
 だから、退位して戴くために、皇室典範を改正するとか、特別法を作るとか言つてゐるのです。
 次行きますよ。
 第二十一条に摂政就任の順序が定められてゐて、皇太子・皇太孫が第一位、第二位は親王(それ以外の皇族男子)なんだけど、第三位は皇后なの。
きゃりこ:
 へええ、女は天皇にはなれないけど、摂政にはなれるのね。
オスカー:
 面白いのがその次。
第二十四條 最近親ノ皇族未タ成年ニ達セサルカ又ハ其ノ他ノ事故ニ由リ他ノ皇族攝政ニ 任シタルトキハ後來最近親ノ皇族成年ニ達シ又ハ其ノ事故既ニ除クト雖皇太子及皇太孫 ニ對スルノ外其ノ任ヲ讓ルコトナシ
 これは難解です。文語文の解釈の勉強になりますね。
きゃりこ:
 「たっせさるか」とか、「にんしたるとき」とか、日本語ぢやないみたい。
オスカー:
 あ、それは違ふの。前に教へたと思ふんだけど、戦前の公の文書は、濁点句読点をつけないのです。「たっせざるか」「にんじたるとき」と讀んでね。
 ついでに、「後來(こうらい)」は「後になつて」の意味です。
 摂政になる順序が一番先である皇族が未成年の場合(A.たとへば天皇の弟)、二番目の優先順序にある皇族(B.たとへば皇后)が摂政になります。その後、Aが成人しても、Bは摂政の地位をAに譲ることはない。ただし、Aが皇太子・皇太孫である場合は、Bは摂政の地位をAに譲らなければならない。
きゃりこ:
 さつぱり分からないけど、じつくり考へてみるね。
posted by 國語問題協議會 at 11:20| Comment(0) | 雁井理香